4-6 お気楽に人生楽しまなきゃ
「ごめんね、ウチの人。話し始めたら止まらなくて」背後から女性の声がして、振り返る代わりに正面の鏡を見つめる。
薄手のゴム手袋を嵌めながら近づいてきたその女性の容姿に驚いた。
左右で赤と金色に分かれたライオンヘアーに、元の顔が想像できないほど執拗に描きこまれたアイメイクに、赤すぎるリップ。何かテーマでもあるんですかと問いたくなるような、ド派手で複雑なデザインのロックファッションに、無数のアクセサリーを、首という名のつく部位に巻き付けるだけ巻き付けた女性だった。
ウチの人、ということは、どうやら加美谷の伴侶であるようだ。そして、男前で背の高い加美谷に負けず劣らず、すらりとした、艶っぽい長身の女性だ。
「シンディよ、よろしく。あなた、聡子とは同級生?」
話すイントネーションからしてまず日本人であることは間違いないのだが、当たり前のように、まずシンディと名乗るのに驚いた。それに、聡子の名前が突然出てきて、思わず逡巡してしまった。
「え、と……バイトで一緒でして……あ、クラスは別なんですけど、中学も、ええ――」
「あの子、変わっているけど、仲良くしてあげてね」
あなたの方がずいぶん上手です、と言いたかったがやめておく。
“聡子に、あの子”。彼女と聡子がそれなりに親しいことの証だ。それに聡子があのようにただ快活な少女でない事を、よく知っているような口ぶりだ。ならばこの機会に訊いてみるのもいいかと、朱莉は思った。
「あの、でも、聡子って、中学の頃は黒髪で眼鏡かけてて、こう、おさげで――」
「ぱっとしなかった、って?」
「……うん……ええ。正直言うと、随分変わったなって、あはは……高校デビューって奴ですかね?」
「うーん、あの子が初めてウチに来たの、そのくらいだったかな? そうね、確かにそうだったわね。私たちはお客様の希望を形にするのが仕事だけど、でも、大変身? みたいな依頼はあんまり受けないのよねぇ。髪だけとはいえ、多感な時期に人が変わったみたいに外見を大きく変えてしまうと、心と体のバランスがとれなくなるから」
「大変身?」
「そ、あの子ウチに来るなりこう言ったの。“今の私をやめたい”って。何があったのか訊いてもなかなか教えてくれなくてね。ただ切実に、自分を変えたいって言い張ってさ、ウチの人もハサミ持ったまま一時間も立ちんぼで――」
シンディは落ち着いた話し方からして年の頃、四十に近いくらいかと思うのだが、その外見はどこからみても年齢不詳、遠目にみたら地球人には見えないかもしれない。
「で、色はどうする?」シンディもまた、そのぐりぐりと描き込んだアイラインに縁取られた目で鏡越しに覗き込んでくる。
朱莉はヘアカラーの色のことなどそもそもよくわからないのだから、彼女が宇宙人でもない限り上手くやってくれるだろうと踏んで、
「あ、――なんかこう、軽い感じで? お任せします!」
「フフ、軽い感じね? じゃあ、あなたにはこれがいいかな――今の黒じゃ、まるで磯にへばりつく海苔だもんねぇ……」
「あははッ海苔って! ひどくないですかぁ」
笑いを交えながらも、プロの手際とは、こういうものなのかと感心する。
背筋を伸ばして背後に立つ彼女と、そこから生えているはずの手が同じ身体のように思えない動きで、朱莉の頭に丁寧にヘアカラーのクリームを馴染ませてゆく。
「人間ってさ、見た目九割はホントなのよ。それで人生が変わるって言ってもいいわね」
「なんだか大げさな気もしますけど」
「見た目で最初の人間関係が決まる。雰囲気で波長が合いそうだと思う人が寄ってくるのよ。そしたらどうなると思う?」
「え、と。その人達に影響される、とか?」
「そうね。誰だって人は初対面からいい顔をしたいものだから、話を合わせたり、態度を合わせたりするわよね。意志の弱い子はそのまま染まってしまって、言動も変わってゆくし、素行もグループにあわせたものになる。だけどそれに反発したらどうなると思う?」
「ううん……喧嘩、になるのかな?」
「ふふ、喧嘩にはならないけどね。ただ、変な奴って言われるの。この世界はね自分の好きな姿と自分の考えをしっかり持てば持つほど、変人扱いされるのよ。自分たちの偏見を盾に、イメージと違うってね」
霊も同じだ自分の勝手な思い込みで寄ってくる。ただ彼らはこちらが相手をしなければそれ以上は何もしてこないし、言ってもこない。
「勝手な話ですね」
「勝手だけど、多数意見ってそういうもの。そういう人たちが、見た目九割の理屈を支えているのよ。だから無理に外見から変えることはしないほうがいいの」しかしシンディはこうも言う。そうしたほうが良かったって人もいるにはいるが、それは中身が伴っていたって事だと。
美容室でロック姉さんと、こんな話をすることになるとは思わなかった。普通はそこまでお客の事情なんて考えてくれないだろう。ヘアカタログを見せられて、こうしてくれと言われれば、そのままをイメージ通り忠実に仕上げるのが普通だ。
「髪型ひとつで人を幸せに出来る、なんて思っているほど浮かれてないけど、気持ちを変えられる、変えてしまう、ってことは覚悟してるつもり」
そうだ、心の持ちようで人の生き方は変わる。鞠にも言われたことだ。だが、心の持ちようを変えることが、いかに難しい事なのかを教えられもした。だから人は肉体を持って生まれてきているのだと。
「じゃ、じゃあ……えと、今やってもらってるカラーは、あたしの…………?」
「ええ、お気楽に人生楽しまなきゃ、ってイメージで! あなたにぴったりよ」
それを聴いて悪い予感しかしなかった。シンディさん、あなたぶっ飛びすぎてますから。
(ま、鞠さん……あたしって、こういうイメージなの?)
美容室を出て歩道に立ち尽くす朱莉の背後で、引きつるような笑いがこだましている。笑いすぎて声が出せない鞠である。
(あたし、一度くらい言ってみたかったのよ、趣味は人を笑顔にすることだって。でもね……でも、人を笑顔にするって、こういうことじゃないと思うの)
(くッ、苦しい! 死ぬ! 笑い死ぬッ!)
朱莉は冷静に、霊でも腸捻転で死んだりするのだろうか、と考えてみる。
ストレートを生かしたセミロングの内巻きボブカットは、カット担当の加美谷のまさに神業と言えよう、見事にイメチェンに貢献している。だがしかし、この夕陽の赤に難なく染まりきってしまうような髪色はなんだ。
(あっはっは! でも、いいじゃない、似合ってるわよ!)
シンディは確かに言った。
髪型で生き方を変えてしまえると。
そして朱莉も言った。
軽い感じで、お任せしますと。
「シンディさん……あたしにこれで、学校に行けと?」思わず口から漏れた。「生き方変えるって、あきらかに、確かに、絶対、そおりゃあぁあああ! 変わるわい! つーか、あたしがよっぽど揺るぎない反社会的ポリシー持ってるって思われるじゃんか! どーすんだよぉおおおおお!」
叫んでみたものの、美容室に殴り込む勇気はなかった。あまりに加美谷とシンディ夫妻の笑顔が純粋に、眩しく、慈愛に満ちていたからだ。
とっても素敵だよ、女の子を楽しみなさい、と。




