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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第四話 バカとテストとレオナルド
20/25

4-2 下半身むき出しで逃げ惑う馬鹿しか想像できねぇ

(ふわぁあーあ、どう? テストどうだった?)


 テスト中は干渉するなという言いつけ通り、どこかで寝てでもいたのだろうか。当の守護霊である鞠は起き掛けのぼんやりした声で、下校途中の朱莉に話しかけてきた。


(まあね、だいたいいけてると思うよ)


(ありゃま、朱莉ちゃんにしてはなかなかの自信っぷりね? ってその時計……)


(ああ、これ? たまにはレオナルドも使ってやらないとかわいそうだと思ってさ)


 鈍い真鍮色の懐中時計を掌の上に載せて、ハンカチで丁寧に表面を拭いてやる。レオナルドはくすぐったいような笑みを浮かべて喜んでいる。


(ふむぅ、あんまり関心しないわよ。朱莉ちゃんがどうしても、っていうから見過ごしてるけどさ。時計に自縛してる霊なんて妙なやつ……)


 もともと朱莉がこの時計を手に入れたのは商店街の裏通りの古物商で、高校生になった記念に時計を手に入れようと考えたのがきっかけだった。素直に腕時計でも買えばいいところを、なんとなく大柄の手巻きの懐中時計が欲しいと言い出した。


 古物商の店主が言うには、モノは悪くないが、四時二十分で長針が引っかかって、進まなくなるので、そこだけ竜頭を操作してやらなければいけない、という難点があることを告げられていた。


 だから安くしておく。ちゃんとしたところに分解整備オーバーホールを頼むなら紹介するよ、とまで言われたので、それにいくらかかるのか勘案しないまま、古い時計の魅力に惹きつけられた。


 鞠からは、人が肌身離さず持つ物には念が移りやすいので、アンティークはやめた方がいいとさんざん言われていたが、どうしてもこれが欲しいと押し切って手に入れた。


 高校に入ったばかりの朱莉は、不具合があれど、それを気に入って普段使いの時計としていつも携帯していた。


 真鍮製のずしりとした質感と精緻なムーブメント、上品なジンクホワイトの文字盤に配された格式の高いローマ数字。皆からオシャレだね、粋だね、ともらう褒め言葉は、十六歳の少女のささやかな優越感であったのだ。


 しかしそんな動機だけで、アンティークそのものを愛でるような精神的成熟を果たしていない朱莉にとって、スマホという万能デヴァイスの入手は、手持ち鞄の中から懐中時計をハブにする充分な理由になった。


(せっかく買ったんだから使いなさいよ)と鞠に窘められるも、文明の利器に夢中な朱莉には馬の耳に念仏である。


 ところが、朱莉がスマホを入手して数日後から、なぜか家においてきたはずの懐中時計が鞄の中に入っていることに気づいた。いつもの癖で入れてしまったのだろうかと、家に帰って取り除くも、翌朝にはまた入っている。


 あるいは、道具を大切にしろと口うるさい鞠がこっそり入れてるのだろうか。


 これはおかしいと訝って、ある夜懐中時計と鞄を見えやすい場所に置いて、闇の中で布団の中に潜って観察することにした。


 深夜三時も過ぎた頃、何も起きない状況にあくびをかみ殺していると、ゴロゴロと、かすかに硬いもの同士がこすれ合うような不気味な音に目を開く。


 月明かりに照らされた勉強机の上をみて驚いた。なんと懐中時計がひとりでに転がって鞄に入ろうとしているのだ。


 鞠が念動力で動かしているのかと、眉間に精神を集中して霊視を試みる。無論それだけでは朱莉から鞠の姿は見えないが、気配くらいなら探ることは出来る。


 だが、その結果見えたのは、懐中時計を全身を使って転がし、鞄に押し込む小人の姿だった。


 鞠が言ったとおりただの懐中時計ではなかった。念が載ってるどころではなく、霊が憑いていた。それもサイズが掌に満たない小人のような人霊。


 レオナルドは手巻時計に憑いた霊で、霊力がほとんど発現せず、鞠でさえ購入時には気付くことはなかった。朱莉が使い始めてからも、懐中時計レオナルドを道具以上の認識としていなかったせいで、やはり微細な霊波動は朱莉にも鞠にも察知される事がなかったのだ。


 レオナルドが言うには、存命時に持っていた懐中時計への思い入れが強すぎて、そこに地縛してしまったそうだ。


 小人のようなサイズになっているのは、念力場が時計であるため決して霊力は強く出せず、その規模に応じて顕現する姿だからだろうと、鞠には教えられた。

 

 こうして、朱莉とレオナルドの関係が始まった。


 鞠は相変わらずいい顔をしていなかったが、朱莉としては自分の持ち物が生きているという事実が、ペットを飼うような気持ちで捉えていた。


しかし、だからこそ、以前のように時計として携帯する事はなくなり、朱莉の気まぐれでネジを巻き、スマホの傍らで適当な話し相手として扱われているというのがこのところの現状であった。


(朱莉ちゃんってさ、レオナルドのことどうするつもり?)


(えー、別に考えてないよ。道具を長く大事に使うってのはいい事でしょ? いいじゃん、レオナルドは害もないし、面白いし、もし何かあったら鞠さんいるしさ)勉強机の上に置いた懐中時計をくるくると指先でいじりレオナルドと遊ぶ朱莉に、鞠は呆れた口調でこう告げていた。


(何かあるようなら真っ先に破壊するからね?)と。


 一週間後。


「……こいつ、破壊してやろうか……!」


 誰もいなくなった放課後の教室、朱莉は返ってきた答案用紙を前に、懐中時計を頭上に持ち上げ、怒りに打ち震えていた。


(うっおわ! やめろやめ! なんで怒るんだよ、俺があんな問題解る訳ないだろ! 俺ガイジンだぞ、それに百年も前に死んでるんだぞ!)レオナルドは懐中時計にしがみつき必死に抗議している。


(それでも英語くらいまともに答え出せるだろうがぁああ!)


(日本人の悪い癖だよっ! 白人見たらアメリカ人かイギリス人だと思ってるだろ! 俺イタリア人だぞ!)


(あーっはっはっは! 悪いことはできないものよねぇ! ねぇ朱莉ちゃん!)


(うっるっさい!)


 朱莉が悶着している間に、放課後の教室の開け放った窓に突然風が吹き込んだ。


 初夏を思わせるさわやかな緑の風に髪をなでられて、昂ぶった激情を窘められたような気がした。


 朱莉は懐中時計をいったん机に置き、溜めた怒りと共に息を吐いた。


(――――あんた、イタリア人だったのね。ちなみにイタリア人って何ができるのよ)


 レオナルドは時計に腰掛けた状態で、両掌を開き、朱莉に向けて広げると、ウィンクしながら言う。


(ピッツァとワインが好きだな。あ、パスタはイカ墨がおすすめだな!)


 朱莉は素早く懐中時計を手に取り、窓に向けオーバースローに構える。


(うわわわ、やめろよ、そういうの卑怯だぞ!)


(聞いてねぇし! 特技だよ、その民族特有のスキルとかあるでしょうが)


(ハッ、そうだな。争いは好まない温和な民族だからな、戦わずして逃げるのは得意だな。けど好きな女のためならピサの斜塔からでも飛び降りるぜ! キリッ!)


 レオナルドは文字盤の上に立ち、すっと顎を引いて流し目で朱莉のことを見る。


(一瞬かっこよく聞こえたけど、下半身むき出しで逃げ惑う馬鹿しか想像できねぇえ! この役立たずがッ!)


(なんだとぅ!)


(あっはっは! よりによってイタリア人の憑いた時計ですもんねぇええ、そりゃあ役にたたないわ!)鞠の“イタリア人”という部分をより強調して煽るその口調は、なにがしかの険念が籠もっている。


(はあっ? 鞠さんまで俺のことを! ちきしょー!)


 真鍮製の蓋は強引に閉じられ、レオナルドの憤りは封殺される。


 乱れた髪を直しつつ、憎々し気に懐中時計をカバンに放り込んでいると、教室を迂回した風が窓際の机上の答案用紙をふわと浮き立たせた。


 中でまだ、ぎゃあぎゃあとレオナルドが文句を言っているが構わず鞄を閉める。


「おーぅ、朱莉。テストの結果どうだったよ?」声に振り返ってみれば、聡子が相変わらずぼんやりした目で教室の入り口にもたれかかって立っていた。バイトのこともあり、あれ以来聡子とは下校を共にする仲になっていた。


 一瞬、さっきのやりとりを訊かれていまいかと戦慄し、「そ、そういう聡子はどうなのさ?」と焦って質問返しをする。


「まあまあ。赤点は免れてセーフってとこだね。私は学力には注力する必要ないから、卒業さえできりゃ、ギリでもいいんだよ」


「へ、学力には……?」


 卒業後はフルハウスで金を稼ぐという意味だろうかと考えていると、背後から無邪気な声が躍り出してくる。


(朱莉ちゃん朱莉ちゃん、窓の外ー、みてみてー)


 鞠の声に気付いて窓の外に気付いた時には、それら赤ペンのレ点が踊り狂う答案用紙が、まるで意思を持った者達のように風に乗り、瑞々しい空気に満たされた初夏の眩しい空へと羽ばたいていた。


「うっ、うわああああ! まった! まってぇええ!」

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