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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第四話 バカとテストとレオナルド
21/25

4-3 他人が知らなくていいことを、わざわざ知らせてやる必要はないじゃん?

 飛んだ解答用紙は聡子の手伝いもあって、いくらかは回収できたが何枚かは見つけられずじまいだった。


「あっはっは! 間抜けもいいところだね。あんた面白いわ、やっぱ」


 校内では相変わらず無口な聡子だったが、ひとたび校門を出ると豹変する。意図的にそういうキャラ・・・・・・・作りをしているのかと思うほどだ。


「そういや聡子の家ってどこ? あたしの家からそんなに離れてないみたいだけど?」


「――やっぱ覚えてないか、私のこと」


「なに?」


「いや私、あんたと同じ中学だったんだよ。三年の三学期だけ」


「え? 何組? 転校してきたの?」


「気づかなかったなら別にいいんだよ、知らなくても」


「じゃあ、なんで与鶴高校に行かなかったの?」


「それを言うなら、あんただって同じだろ」


 地元を出たかった理由はある。朱莉は部活内でのいざこざから、修正不能なほどの人間関係の破綻をきたし、ほぼエスカレーターのように与鶴第二中学から推奨指定学区の与鶴高校に進学する事をためらい、隣の学区の東関高校へと進学した。


 偏差値の程度は似たり寄ったりなので学力如何にはなんの問題もないが、与鶴第二学区の生徒がわざわざ遠方になる同程度の学力の学校へと通うのはデメリットしかないため、中学の同級生というのは極々少なくなる。


 朱莉は中学時代の人間関係をリセットしたかった。そのために選んだ高校であり、特にこの東関高校が気に入っている訳でもない。


 あえて一ついいところをあげるなら、昔の関所があったという、低山の上に校舎が建っていて見晴らしがよく、風通しがいいということくらいか。もっとも今回はその風通しの良さ故に、答案用紙が街へと元気に羽ばたいていったのだが。


 何人かの物好きが、与鶴中学からこの東関高校にきていることは知っていた。


 与鶴高校は制服がブレザーで、東関は学ランにセーラーなので、三年間着る制服で高校を選ぶという変わり者もいるにはいる。だがそういった連中と朱莉は仲が良いわけでもなければ、顔を少し知るくらいで挨拶すらしない関係性だったので、当初の人間関係リセットという目的は果たされていた。


「そういや朱莉って、一年の時、向井とやり合ってたよな」聡子は愉快そうに言うが、ほんの半年ほど前の話だ、今思い出しても気分が悪い。


「あん時教室の隅で見てたけど、ちょっとスカッとした」


「は? なによ聡子、あんた向井になんか恨みでもあるわけ?」


「いーや、別に……ああいう調子こいた連中が嫌いなだけだよ。だから仲間になってるあんたのことも気に入らなかった」


 あの向井グループに所属して変革を試みたが、一年をかけて失敗した。いわばキャラ作りに失敗したといってもいい。


 そして二年になった今は、一連の奇行と、あの金髪でとどめを刺した感じだ。


 避けられるという程でなかったとしても、腫れ物に触れるよそよそしさは感じずにはおられない。なにより、このアウト・オブ・アウトロウの大塚聡子に存在を認められている時点で、ダメな奴になっているのではないかと思う。


 だが、彼女といるのは心地がいい。


 家族や鞠とはまた別種の心地よさ。朱莉が今までに感じたことのない感覚だった。


 まだまだ彼女が、自分にすべてを話してくれているようには思えないが、それでも彼女がとる距離感が朱莉にとってはほどよい。互いに深い事情は訊かない、ということを明言するまでもない。そこは空気を読むというより、自分のもつ対人感覚に委ねていれば問題がないという気楽さが良いのかもしれない。


 ただ、彼女のことについてはどうしても気になるところはある。


 例の“妖狐”のことだ。

 あの端整な顔立ちをした狐の妖怪。

 

(やっぱり視えないね?)


(ん? ああ、そりゃまあね。今の朱莉ちゃんくらいなら視えないでしょうね)


 あれから何度か場を変えて、聡子のことを霊視したことはある。未熟な朱莉には相手の守護霊を視るのも一苦労という程度で、妖狐の姿は全く見つけられなかった。


 そうしていて一つわかったのは、聡子の守護霊は自分たちよりも年下くらいの少女の霊であるらしいことだった。ただ、年下だ少女だといっても守護霊の能力や役割と、容姿はまるで相関性がない。守護霊なり天上霊界に属する天霊たちは、自分の姿を思うように変えることが出来るためだ。

 

 鞠は(あの妖狐はね、憑いているといっても、居る次元が違うから、ちょっとやそっとじゃ尻尾さえ視えないわよ)ともいう。


 鞠からすれば足下にも及ばないそうだが、朱莉は元々、霊感応力者の両親の影響もあり、能力者としての懐が深い。テレビの番組などで、霊能者を自称する者などと比べてもけしてひけはとらないレベルである。


 しかし朱莉が霊感応力に目覚めてからの三年間、いかにそれらと関わらないかだけを考えて過ごしてきたため、宝の持ち腐れとなってしまっているのだという。


 鞠の言う“次元”というのは、そのまま霊格と言い換えてもいいらしいが、霊格とは『念度』と『韻枢』という単位から測られるもので、強さや大きさとは相関性がない。あえて言うなら、ラジオや無線機などに使われる周波数が違うのに似ているのだという。


 高位の霊術者や、鞠のような高級霊ならその周波数が記号化されたものが難なく視えるそうだが、当然朱莉にはそれらも視えない。とはいえ、それらが視えるようになりたいなどとは、今までも一度も思ったことはないのだが。


(あの、妖狐は何が目的なんだろ?)


(ううん、どうだろね。でも低級霊じゃないわよ。尻尾も九本あったでしょ? 狐が現世を経て仙術を会得して、修行を積み重ねた結果成ることのできる『仙霊』の一種よ。動物霊はもともと個の霊格を持たないものだけど、キツネやタヌキ、その他ほんの一部だけど、神格化して人のようにふるまってコミュニケーションを取ることがあるの)


(クジラやイルカみたいな?)


(それとはまた別ね。もちろん人霊ではないから、彼らは地縛霊でもないし、浮遊霊でもないし、それに天上霊界には昇ることはないの。格をもった動物霊が地霊や山神のようにふるまったり、特定の人間の傍に守人みたいに寄り添う、って話は昔から多いのよ。なんでそんな仕組みがあるのかは私も知らないけど、人はそれを有難がったり、迷惑がったり、畏れたりして“御守様おもりさま”なんて呼ぶのよ)


(へぇ……なんか、かっこいい……)


(え?)


(……なんでもない)


 二の腕に軽い衝撃を感じて、強制的に鞠との念話を閉ざされた。


「――あかり?」聡子が肘で小突いたのだ。


「――あ、ごめん、あたしなんかヘンな事言った?」


「べつにぃ。急に黙り込むから変に思っただけだよ。私、買い物して帰るから、じゃ、ここで」そう言って聡子は商店街の方に身体を向け、軽く手を挙げた。


 急いで家に帰る理由もなかったし、聡子がどんな店で何を飼うのか少し興味があったので、朱莉はそのまま聡子の買い物に付き合うことにした。


 ところが、高校生の買い物かと思いきや、聡子は食料品の商店街に歩みを進めて肉屋で豚肉を三百グラム、豆腐屋で絹ごしを三丁、卵を一パック、と主婦並みの夕飯の買い物である。そして次に向かったのは八百屋、「おおう、まいど聡子ちゃん!」という威勢のいい声は、曾根崎翔である。


「ありゃ朱莉ちゃん? なんだ二人はツレ同士なのか」と。


 別に地元商店街で互いに顔見知りの八百屋があったって不思議でも何でもない。そうは思うが、聡子と曾根崎翔のやりとりは、ずいぶんと仲睦まじいものにみえる。


 誰に対しても気後れしないのは曾根崎翔の良いところであり、それで主婦から老人にまで人気がある。無論大型のスーパーが近隣に出来て、店主と直接のやりとりを煩わしいと思うような人は寄り付きもしないのだが、質の良い野菜と安心信頼を求める一定の層のファンを獲得してこの八百屋は成り立っている。周防家でも御用達の店だ。


「お、朱莉ちゃん髪の毛の色戻したのか」


「え、ええ、まあ……イベントも終わりましたんで……ぇ」


 聡子に聞こえないよう小声で応える朱莉に、そうかいそりゃよかった、と口元だけで笑いながら野菜を袋に詰めはじめる。


「はい。キャベツとほうれん草、うーん、聡子ちゃんかわいいから、まとめて三百円でいいや」


「わぁ、翔さん、いつもありがとうございます!」


 その二人のやりとりから、聡子がここによく来ている事がうかがい知れる。曾根崎翔は結局誰にでも“かわいい”を振りまいているのではないか、という事実に気づきつつ、買い物のない朱莉は、ぼんやりとその風景を見ていたのだが、「これは朱莉ちゃんに」と突然目の前に折りたたまれた紙を差し出されて一瞬身を引いた。


 にやと不穏な口元をゆがめる曾根崎翔。

 

 わなわなと震える手でその紙を受け取る朱莉に「俺もワルだったがここまでではなかったぜ、さすがに」と言ったが最後、曾根崎翔は身を翻しパンと柏手を打って、商店街を歩く人々に向かって威勢のいい声で客引きを始めだした。




「あっはっは! ウケる!」八百屋を離れて商店街を抜けるまで、聡子はこの調子で笑いっぱなしだった。曾根崎翔に拾われた答案用紙は、特に成績最悪の数学と英語だった。


「翔さんがどんぶり勘定なのは計算が苦手だから、って……」


「あれ? 朱莉知らないの?」


「なにがよう」


「翔さん国立大卒の、バリバリ理系なんだよ」


「へ? バリバリ系、じゃなくて?」


「私もそこまで詳しくはないけど、機械工学とかなんとか」


「じゃあ、なんでまたヤンキーに戻って八百屋なのよ!」


「知らないよ、っつーか、別に見た目なんて個人の好みでしょ」


 聡子と曾根崎翔に、二重で裏切られた気分だった。別に責める筋合いのない話だが、朱莉が知っていると信じていたことが、いともたやすく崩され、それを上回って自分の友人から既知の事実を告げられたことにだ。


「それに、別に隠してる訳でなくとも、他人が知らなくていいことを、わざわざ知らせてやる必要はないじゃん?」


 聡子の言うことはもっともだ。朱莉が金髪をとがめられたときも、自分でそう言って反発した。人間見た目じゃないし、事情を説明したとて理解も出来ないだろうと。




家に帰った朱莉は、墨汁を被ったような真っ黒の髪を後ろでくくると、押し入れをまさぐり中学の卒業アルバムを確認してみた。


 たしかに聡子はいた。隣のクラスだった。探し当てるまで少し時間がかかったのは、今とは違い黒髪の三つ編みで眼鏡をかけていて、伏し目がちでいかにも影が薄いというのもあったが、なにより苗字が大塚ではなく、西川となっていたからだ。


 自分の苗字が好きではないという言葉とこの目の前の情報だけで、聡子の家庭に何が起きて、聡子がどう考えたのかはおおよその見当がつく。それがデリケートな問題であるということも。


 アルバムを閉じてベッドに身体を投げ出した。今時離婚再婚なんて珍しい話じゃない。朱莉のかつてのクラスメイトにも片親の子はたくさんいた。春夫だってそうだ。


 そんな中で自分は幸せだと思うべきなのかな、と考える。


 霊感応力なんて面倒なものを、両親から受け継いだ身体で生まれてきたとしても。


(まりさん……)

(んーなあに?)

(……いや、なんでもない)


 そこへ部屋の扉がノックされる。


「朱莉ぃー、入るわよぉ」


 機嫌が良いというよりも、無理矢理オクターブを上げたような母の声色に一瞬戸惑ったが、それ以上は何も考えずに返事をした。


 ベッドから身体を起こす朱莉に正対して、母美智子は腕組みした状態から、右掌をちょいと朱莉に向けてさしだし、


「テスト、どうだった?」とニヤニヤと笑っている。


「どうって……べつに、ふつー……だよ」言葉も切れ切れに目をそらし身を引く朱莉だったが、「聞いたわよ、レオナルド君から。今回のテスト、朱莉頑張ってたんだってぇ?」と、嬉々として不気味な輝きを増すその眼に抗えなかった。


 やっぱり、人の心が読めて何でもお見通しの霊感応力を持つ、意地の悪い親なんて嫌だと思う。

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