プロローグ
俺の名前は田中公児。
俺には両親がいない。生後間もなく、あかね市が運営する児童養護施設「あかね学園」の門前に置き去りにされていたらしい。身元を証明するものは何も添えられておらず、「すみません」という走り書きだけが残されていたという。
「田中」という名字には、何の根拠もない。あかね市が俺の戸籍を作るときに決めたものだと聞いた。「公児」という名前も同じだ。公立の「公」、児童養護施設の「児」。鉛筆を転がして決めた、と言われても、「ああ、そうですか」と返事できるくらいに愛着はない。
俺はそのあかね学園で育ち、あかね県立あかね商業高校商業科を卒業した。
高校では日商簿記二級と珠算検定一級を取った。俺のように裏打ちのない人間は、資格で自分を示すしかないと思ったからだが、結局、就職には乗り遅れた。
俺には、理由は分かっていた。一つ二つの免状で覆うには、保証人欄が特殊すぎた。俺が会社の人事担当でも、身元のしっかりした人間を採用したい。
高校を卒業すれば、俺はあかね学園を出なければならなかった。宿なし、職なしは目前。そして、誰にも文句は言えない。
卒業式を翌週に控えたある日の夕方、あかね市駅前のバス乗り場で、俺はゴミ箱に捨てられた夕刊紙に目を留めた。ありがちな三行広告。
――店舗運営スタッフ 募集
――十八歳以上 礼儀重視
――即採用可 電話後面談
俺はその部分だけをちぎり取り、公衆電話から電話を掛けた。電話口の男は住所だけを告げた。
それこそ身一つで、俺は指定された場所へ向かった。
あかね市駅の西口――いや、裏口とでも言った方がいい一角に広がる風俗街、あかね楽天地。戦後の再開発を免れたような雑然とした通りの両側に、派手な看板を掲げた建物が並んでいた。
その東側の出入口に近いところに、「あかねプラチナム」という店があった。指定されたのは、その最上階だった。俺は通用口から店へ入り、狭い階段を上がって面接に臨んだ。
面接は社長直々だった。禿頭の五十絡みで、仕立てのいいスーツを着ていた。革張りの椅子に腰掛け、葉巻をくゆらせていた。
俺の履歴書を一瞥した社長は、葉巻を灰皿に置き、俺に問いかけた。
「親は」
「いません」
社長は俺の顔をしばらく見た。驚きもなく、蔑みもなく、もうひとつ問いかけた。
「じゃあ、逃げ場はねえな」
「はい」
社長は軽く頷くと、デスクの前に立つ俺を上目遣いで見上げた。
「明日から来い」
「はい」
それから、丸五年。俺は「あかねプラチナム」――プラチナムの黒服を務めている。
プラチナムは個室型の温浴施設、いわゆる風呂屋だ。社長が率いる「あかねナイトグループ」には風呂屋が五軒、キャバレーその他が十一軒あり、プラチナムはグループの旗艦店。二時間で基本料金六万円の高級店だ。営業時間は正午から午前零時まで。
ただし、黒服には、劇画などに描かれる華々しさはない。
午前七時半には出勤し、店の掃除を始める。閉店作業が終わる頃には日付が変わる。客の案内や送迎、リネンやアメニティの整理や補充、コンパニオンの出勤確認、電話応対、予約の割り振り、売上や仕入の記帳、その他諸々。ひたすら裏方の日々だ。
最初のうちは怒鳴られたし、殴られもした。そのたびに、口の中が鉄の味になった。何を間違えたのか分からないまま殴られたこともある。だから俺は、殴られないために仕事を覚えた。
何時までに何をするか。何をどこに置くか。誰に何を報告するか。客をどこへ通し、どのコンパニオンを付けるか。一度覚えれば、難しいことではなかった。
後輩が何人も続いたが、だいたいはすぐに辞めた。怒鳴られるのが嫌だという者もいた。殴られるのが嫌だという者もいた。夜の仕事が嫌になったという者もいた。
俺には、どれもよく分からなかった。辞めたければ辞めればいい。ただ、俺には次の行先がなかった。その違いだけだ。
三年目にはすでに古株になり、四年目にはサブチーフへ昇進した。後輩を教える立場にもなった。
俺は先輩たちのように殴ったりしない。怒鳴ることもない。合理的ではないからだ。
間違ったなら、どこを間違えたのか教えればいい。覚えていないなら、もう一度やらせる。それでもできないなら、できる仕事を任せる。
人を殴っても、タオルの補充が早くなるわけではない。怒鳴ったところで、売上の計算が正確になるわけでもない。
黒服の仕事は、感傷を持たず、仕組みを覚えて手順を守ることだ。そして後輩には、手順通りに確実に仕事を行うよう指導する。それで店は回る。
俺の性に合った仕事だ。そう思っている。
一九八三年三月二十五日、午前九時。
そんな俺が、社長に呼ばれた。




