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第一章 第1話 遺志 (前編)

この世界は、空が奪われている。

灰が舞い、結界に阻まれた人々は空を見上げる事は無くなった。


薄暗いテントの中、点滅するランタンの明かりが辺りを照らした。

「......完成したのか」

背の高い金髪の男が声を押し殺して言った。


「一応、間に合わせた」

私は布に包まれた赤子を見つめる。

小さな拳を握りしめ、必死に泣いている。

その背には、小さな翼と透明で丸みを帯びたコアがあった。

そこにランプの光が反射して、淡く脈打っていた。


「けど......」


赤子から目を伏せる。

「こんな物を、こんな小さな赤子に背負わせるなんて、やっぱり無責任だ。これじゃ、あいつと同じだ」

その時、テントの扉が乱暴に開いた。

そこから兵士が慌てた様子で入って来て敬礼した。


「失礼します!ルシウス殿下、開発主任!敵部隊が高速接近中、砲撃開始まで約五分!」


「予想よりも速いな......」

ルシウスは静かに呟き、こちらを向く。

「もう奴らが来たのか」

予想じゃ到着は数十分後だったはずだ。

選択する時間すら与えてくれないのか。

「迎撃準備は?」

「完了しています!」

そう言って兵士は飛び出していった。

外の空が震えている。


ルシウスが赤子のコアをなぞりながら言った。

「ノア、もう時間がない——君は上層へ行け」

「ルシウスはどうする?」

「一つだけ、方法がある」

私はハッとしてルシウスの胸を掴んだ。

「——アレを使う気?」

ルシウスは答えない。

ただ、赤子を見つめる。


「私たちがすべきことは、何だ?」

唇を噛んだ。

こうなることはわかっていた。

覚悟もしていた。

「......未来を、残すこと」

ルシウスは微笑んだ。


「そうだ」

爆光と轟音が響き渡り、テントが焼けた。


「決して、振り返るな」


私は赤子を抱え、走った。

遠くから四つの光が迫っている。

「——これでいい」


灰に覆われた空が裂けた。

背後から爆風に押される。

衝撃が地面から伝わる。


私は、必死に逃げた。

やがて、何も聞こえなくなった闇の中、私の腕の中で、赤子は泣き止んでいた。

その背の水晶が、闇を拒むように光を灯している。


小さく、だが確かに、未来は消えていなかった。

————————————————————

17年後。


「一緒に青空を見に行こう」

暖かい光に包まれていた。

優しい声。

懐かしい響き。


「......レイ......オキロ......」

目を開け目の前に映るのは灰色の壁。

冷たい現実が一気に降りかかってくる。

「......わかったから、静かにしてくれ」

もう少し寝ていたいと訴える体を起こし、服を脱ぐ。


背中がわずかに脈打つ、水晶のようなコア。

その奥で、羽の影が揺れている。

他とは違う不思議な翼、ルクス。


「オマエハ、イツモイツモ......」

毎朝聞く言葉をいつものように受け流す。

「外では静かにしてろよ」

多数と違う翼、小さい翼、色の薄い翼。

翼が劣ってるとわかれば、すぐに迫害する。差別する。そんな腐った世界。

「ワカッテイル」


味のしないパンをかじって、マスクを付け、フードをかぶる。

俺はコアを隠し、外に出た。

毎日同じことの繰り返し。

もう嫌気がさすことすらない。


灰が舞っている。

下層に空の光は届かない。

光を失ったこの世界には、なんの希望も期待もないただ死を待つだけだ。


地面が震える。

ゴォン......

空食そらく

今日も、うるさく何かを燃やしている。


色の無い殺風景な石造りの街を歩いていく。

ゴミは放置され、人よりもネズミや虫の方が住んでいる。

道端には倒れた老人が横になっていた。

黒く変色した翼が崩れ、灰へと変わっていく。

「ミルナ」


「ああ」

目を逸らして、歩みを進める。

もう慣れている。

いや、慣れてしまった。

いつからだろうか、こんなにも無気力になんの目的もなく生きるだけの日々を過ごし始めたのは。

「あれはもうダメだな」

「もう灰が全身まで侵食してやがる」

通りすがりに街の人間の話が耳に入ってきた。

俺はフードを深く被り、仕事場へ向かった。


俺の仕事場は空食いの燃料を運ぶための輸送場。

「止まるな!」

上からマスクをつけた2人組の声が落ちる。

胸には11の紋章。

少し赤みがかった白い翼。

俺たちを監視する羽監うかん


「働け。零階層に落とされたくなきゃな」

笑い声と空食いの音だけがあたりに響く。

「まあ一階層も変わらないか」

「ゴミども」

隣の男がうつむく。

誰も視線を上げない。

何を言われても、何をされても、俺たちはただ黙るしかない。

ひたすら舌を噛んで堪える。

生きるためには、そうするしかない。


「おいおい!お前ちんたら運ぶんじゃねえよ、日が暮れちまうぞ?」

そう言って羽監達は前の老人を蹴る。

「お前、こんな灰まみれで空もない下層に日なんてそもそも登らないだろ?」


空......

一緒に見ようって約束した。

羽監に連れ去られ、最後に"生きて"と残して行った人。

大切だった人。


思わず俺は言ってしまった。

「お前らだって、空なんて見えてないだろ」


ヒリヒリとした視線が俺を突き刺す。

「なんだと?」


でも、俺は止まれなかった。

どうせなら、もう最後まで言ってやろうと。

「上から見れば、俺たちの翼なんて全部同じだ」

その言葉を発した瞬間、何が起こったか目の前が暗くなった。


数秒後、やっと理解した。

腹に魔法が打ち込まれた。


意識が戻る......

全身に広がる痛み

軋む肋骨。

口には血の味が広がる。

それでも、まだ生きている。


「どうせなら、殺してくれよ」

「レイセイニナレ」

「わかってる。もうしない」

......慣れたはずだろ。

少し落ち着いて仕事に戻った。


だいぶ時間が経った後、仕事を終えて帰路に着いた。


その途中で待つゲート。

この場に不釣り合いな汚れの無い白いそれは、翼の有無を判別する。

差別の門。


下層に住む俺たちが持つ、飛べない翼。

魔法も使えない。

それでも"ある"。

それがこの世界で俺たちが持つ、最後の尊厳だった。


俺はいつもの通りくぐった。

その時だった。

警告音が鳴り響き、赤い光が広がる。


「異常個体発見」

自分では......ない。

他のゲートを見回した。


隣のゲート——

そこにいた少女の下には、赤い魔法陣が展開されていた。

一瞬見ただけで、その少女がおかしい事に気がついた。


その背中には、翼がなかった。

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