無情なピンポーン
ご覧いただきありがとうございます。
愛が重すぎる嫁との日常をお楽しみください。
マイペース更新になりますが、よろしくお願いします。
弁当箱を開くと、
そこには“愛”が詰まっていた。
……物理的に。
真っ白なキャンパスに、黄色いハート。
「うっわあ! 先輩、奥さんと喧嘩したんですか」
「愛妻弁当だバカヤロー」
馬鹿にした口調。
語尾には草を生やす声で話をかけてきたのは、
俺の後輩にあたるチャラ男──田中純平だ。
真顔で返答しても、
田中は動揺することなく、俺の隣へ断りもなしに座った。
「またまたー。
喧嘩でもしないかぎり、どこの世界にお粥を持たせる奥さんがいるんですかー」
「失せろ。飯が不味くなる」
ハッキリ言って、こいつが嫌いだ。
何人もの女子社員を泣かせたと、噂で聞いていた。
それだけなら所詮は噂と我慢したが、
武勇伝のように語っている姿を見て、明確に拒絶するようにした。
──なのに
「えー! 先輩つめたーい
そんなの捨てて、俺とメシ食いに行きましょーよ」
「……今、なんて言った」
相手の返答を聞く前に、
ガタッと音を立て、勢いよく立ち上がる。
「よーく聞け。
このお粥はな、土鍋で作ってあるんだ」
「へっ?」
怒鳴られる。
そう身構えていた田中は、間抜けな声を漏らす。
「昨日、誕生日料理を食いすぎて、
胃もたれした俺のために、朝早くから起き!
何時間も、土鍋の前に張りついて作ってくれたんだぞ!!」
そう、それだけじゃない。
消化しやすいように、お粥までトロトロにしてくれた。
卵は分けたお粥と混ぜ合わせて、
ハートになるように型抜きまで使っていた。
まぁ……気になると言えば、
土鍋に向かって、何か呟いてたな。
『ねぇ、分かってるよね?
美味しくならないと、どうなるか覚悟してるよね』
……あれ、料理に向かって話しかけるやつだっけ?
自分だって仕事があるのに、
本当にいい嫁と結婚できて幸せだな。
「神崎くん、昨日誕生日だったのかい」
背後から聞こえた声に振り返る。
そこにいたのは、俺の先輩──黒崎 恒一だった。
「お疲れ様です。先輩も休憩ですか?」
「そうなんだ。
ようやく、ひと仕事終えたところでね」
そう言って肩を叩き、疲れた笑みを浮かべている。
俺が入社した時から、ベテランだった先輩。
五年ほど一緒に働いてきたが、
何度お世話になったか、数え切れないほどだ。
「神崎くんとは長い付き合いなのに、
誕生日すら知らないなんて、先輩失格だよな……ははっ」
「何を言ってるんですか!
先輩には何度助けられたことか。俺の方こそ、礼をしなくちゃいけないのに」
申し訳なさそうにする俺に、田中の視線が突き刺さる。
別に、誰にでもこういう態度を取るわけじゃない。
普通に仕事する相手には、普通に接する。
ただ──こいつだけは無理だ。
「とは言え、お祝いしないのも申し訳ないな。
何か、欲しいものでも買ってこようかい」
先輩に優しく微笑まれるが、俺は全力で首を振った。
「本当に大丈夫です! 遠慮とかじゃなくて、
その、俺、祝いごとが苦手でして……」
「自分のことなのに?」
不思議そうにされるが、無理もないだろう。
”あんなこと”がなければ、
俺は今でも、普通に喜べていた。
「まぁ、嫁が盛大にご馳走してくれたんで」
「ん? 祝われるのは苦手なんじゃないのかい」
先輩の言う通り、
祝いごとは、嫁であったとしても無理だろう。
──けど
「あれは祝いと言うより……料理のジャングル?」
「「……はっ?」」
返答に悩み、首を傾げる俺と、
目が点になったまま、同じリアクションをする二人。
「嫁の話では、
『自動的に歳をとる日は、
世界に反逆しなくちゃいけないの!』って」
言葉を失う二人。
首を傾げる俺。
「そ、そうなんだね。
何もしないのは、良心がとがめるなぁ」
「本当に気にしないでください。
俺、嫁がいてくれるだけで十分なんで!」
言葉にするだけで、胸の奥が暖かくなる。
早く嫁に会いたくなってきた。
「そうか。
幸せそうで何よりだよ。
でも、君を胸焼けさせるまで食べさせるなんて、奥さんも若いな」
「はい、最高の嫁です!」
間髪入れずに返答すると、
先輩はどこか狼狽えながらも、挨拶をして去っていった。
「……先輩、よくあの人と会話しますね」
田中は侮蔑の目を向け、
姿が見える距離で、吐き捨てるように漏らした。
「お前なぁ。仮にも先輩なんだから敬意くらい払えよ」
「あの人、なんか気持ち悪いんですよ」
どんなに冷たくあしらっても、
俺に嫌悪することなんてなかったのに。
「黒崎さんと何かあったのか? ……おい」
首を捻ると、今まで隣にいた田中は、
他の女性に話しかけていた。
「はぁ、ウサギかよ」
胸がモヤッとする。
今日は早く帰ろう。
仕事が終わると、家までの足取りは軽い。
たとえ、嫁が包丁を持っていようと、メロンで窒息しかけても、不思議と心が弾んでしまう。
「ただいまー」
今日は足音を消し、素早く鍵を回して扉を開く。
すぐに駆け出す足音が聞こえ、俺は身構える。
「拓ちゃーん。おかえりなさい」
「なっ! か、かのん……その格好は」
目の前に現れたのは、
裸エプロン姿で微笑む、かのんだった。
「……? どうしたの拓ちゃん」
可愛く首を傾けるが、
俺には、そういうお誘いにしか見えない!!
「かのん。服、服を着てくれ」
己を律するために、
手で顔を覆い、目を伏せる。
そんな光景に、かのんは楽しそうに笑うと、
エプロンを掴んでは、一気に捲りあげる。
「もー拓ちゃんたら、ちゃんと着てるよ」
ご開帳されたのは、かのんの……
メロンだった。
下は短パン、上はキャミソールを着ていたが、
ネットに包まれたメロンをさらけ出し、
まるで何事もなかったかのように、しゃべり続けている。
目が、離せない。
「今日は汗かいたから、
先にシャワー浴びた……きゃっ!」
俺はかのんの腰に腕を回し、力強く抱き寄せた。
触れた瞬間、体温がじわりと伝わる。
その弾みで服から手が離れ、
無防備にさらされた彼女の姿に、理性が揺らぐ。
逃がさないように、
残った手で後頭部を掴み──そのまま唇を奪った。
かのんの身体が、びくりと跳ねる。
遅れて、ぎこちなく背中に腕が回り、
縋るようにしがみついてきた。
「た、く……んんっ……」
唇越しに伝わる吐息が、
思考をじわじわと溶かしていく。
もっと──
気がつけば、腰に回していた手は、
柔らかな感触へと引き寄せられていた。
わずかに顔を離す。
絡み合う視線は、熱を帯びていて──
「……かのん」
もう一度、唇を重ねようとした、その瞬間。
──ピンポーン
玄関のチャイムが、
すべてを凍らせるように鳴り響いた。




