第6話:命を懸けるには90秒じゃ長すぎる
見つけてくださりありがとうございます。
人生で初めての小説、頭の中をアウトプットしているのでつたない文章や内容になってしまっているかもですが、そっと見守っていただけますと嬉しいです。
水竜の攻撃は、容赦がなかった。
「前方、ブレス! 左に三歩!」
跳んだ。水流が背中を掠める。ローブの裾がもう一枚、引き裂かれた。
その間に、右手の指先を空中に伸ばす。
——あった。
冷たい糸。水しぶきが気化しかけて、熱を奪われて震えを止めかけている理の糸。
それを、そっと指先に引っかける。
手繰り寄せる。
一本。
「上! 尾が来る!」
伏せて転がる。地面に叩きつけられた水竜の尾が、大地を陥没させた。土と石の破片が雨のように降ってくる。
左腕で顔を守りながら、右手の指先だけは動かし続ける。
二本目の糸を、引っかけた。
「右、九歩先。大きいのがある。でも——直後にブレスが来る。三秒しかないわ」
「三秒で足りますよ」
「嘘ばっかり」
走った。右に九歩。三歩目で水溜りに足を取られてよろけた。シオンが「四歩目、段差!」と叫ぶ。跳び越える。五歩目、六歩目。指先を伸ばす。
——大きな糸だった。
氷点下に近い温度で、振動がほとんど止まりかけている。これだけの質量の「冷たさ」を一本に纏めれば。
指に引っかけた。ぐい、と手繰り寄せる。
「来るわよ!」
身を翻す。
ブレスが背後を薙ぎ払った。水圧がコートを叩き、背中を殴打する。一瞬、息が止まった。
でも、三本目を手に入れた。
「……ノア。血が出てるわ。背中」
「まだ大丈夫です」
「嘘よ」
「……まだ、大丈夫です。あと少し、あと少しだけ——」
四本。五本。六本。
水竜の攻撃を避けるたびに、少しずつ、僕の指先に冷たい糸が集まっていく。
右手の五本の指に、びっしりと。
あやとりをするときみたいに、指と指の間に糸を渡して、蜘蛛の巣のような構造を編み上げていく。
「——ノア。七時方向。最後の大きな収縮点。でもあそこは水竜の旋回軌道の真下よ。行くなら——」
「行きます」
「五秒。五秒で戻ってこなければ、私が力ずくで引きずり戻す」
「はい」
走った。
足が痛い。膝が笑っている。血が流れているのはもう分かっていたけど、考えないようにしていた。
七時方向。
水竜の影が、上空を横切る気配。空気が重くなる。巨体が旋回する風圧で、全身が押し潰されそうになる。
三秒。
指を伸ばした。
——あった。
これまでで最も大きな、最も冷たい糸。この逆流する滝の飛沫が何百年もかけて奪い続けてきた熱が、一本の糸に凝縮されている。
引っかけた。
四秒。
ぐい、と手繰る。重い。今までの糸とは比べものにならないほど重い。
五秒——。
「ノア! 上!」
影が落ちてきた。
水竜の降下だ。真上から、僕を押し潰すように。
逃げられない。
——逃げなくていい。
最後の糸を手繰り寄せた瞬間、僕は右手の指先を、左手でそっと包み込んだ。
七本の冷たい糸が、僕の両手の中で、一つの結び目に収束していく。
——紡ぎ。
手繰り寄せた糸を、一つの「構造」に紡ぎ直す工程。
ここからが、本番だ。
「シオン——」
「分かってるわよ!」
シオンが、僕の肩から跳んだ。
空中で、漆黒の影が膨れ上がる気配がした。
猫の姿から——もっと大きな、もっと恐ろしい何かへ。
ほんの一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、シオンは「影」になった。
水竜の降下攻撃が、その「影」に衝突した。
ごう、という衝撃。
空気が爆発するような轟音。
止まった。
「……っ、ぅ——」
シオンの小さな呻きが聞こえた。猫の姿に戻ったシオンが、僕の肩に戻ってくる。着地の衝撃で、小さな身体がぐらりと揺れた。
「シオン!? 大丈——」
「黙って。紡ぎなさい。私のことは気にしないで」
声が震えていた。でも、爪はしっかりと僕の肩に食い込んでいる。
——離さない。
シオンは、何があっても、僕を離さない。
だから僕も、この糸を離さない。
両手の中で、冷たい糸たちが螺旋を描いて絡み合い始める。水竜が撒き散らした莫大な冷気を——この森の数百年分の「熱のない振動」を——僕は今、一つの結び目に紡ぎ直している。
三十二人の魔導師が十五分かけて編む儀式。
その構造を、僕は指先だけで、暴風の中で、血を流しながら組み上げている。
水竜が再び体勢を立て直す音がした。
次の攻撃が来る。
「シオン」
「……何」
「あともう少しだけ、時間をください」
「——何秒」
「九十秒」
「…………六十にしなさい」
「努力します」
「努力じゃなくて、やりなさい」
シオンの声が、不規則に、けれど切実に、僕の鼓膜を震わせた。
——あと六十秒。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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