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『忘却の調律師――視力と存在をささげた少年は、のんびりと世界の綻びを治してまわる』  作者: ミロク
序章:世界はまだ僕を覚えている

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1/7

序章1:勇者パーティ全滅

見つけてくださりありがとうございます。

人生で初めて小説を作り上げていくので、つたない文章や内容になってしまっているかもですが、そっと見守っていただけますと嬉しいです。

 世界が、止まった。


 それは比喩ではない。空を引き裂いていた魔王の咆哮も、大地を砕く衝撃波も、仲間たちの叫びも――何もかもが、まるで硝子の中に閉じ込められたかのように、ぴたりと静止している。


 直前の記憶は断片的にしか残っていない。


 金色の髪を振り乱したルークの聖剣が断たれ、その青い瞳が絶望に染まる。


 銀髪の聖女セシリアの杖は無残に折れ、純白だった法衣が血染まる。


 二メートルを超す巨躯を誇った重戦士ガルドの盾は粉々に砕け、その岩のような肉体が木の葉のように吹き飛ばされるのを見た。


 三人の命の糸がぶつりと千切れかける、あの嫌な予感を肌の裏側で感じ取った瞬間。


 小柄な少年――ノアの指先が、無意識に動く。


 古びたローブの袖から覗く細い指先が、震えさえ忘れて虚空を求めた。


 虚空を一度だけ、弾く。


 リンッ、と。


 鈴を転がすような、あまりにもか細いその音に、世界は沈黙した。


 轟音が凍りつき、炎が空中で固まり、振り下ろされた魔王の腕は空を裂く途中で化石のように硬直している。


 魔族の王、この大陸最大の特異点。


 破壊と死が約束されていたはずの一瞬が、そのまま永遠へと引き延ばされて、戦場は完全な沈黙に沈む。


 そのとき、ノアの漆黒の髪が、根元から毛先へと静かに白く染まっていく。


 まるで墨が水に洗い流されるように、音もなく、色が拜けていく。世界を止めた代償が、少年の身体から静かに何かを奪っていく。


 動けるのは、自分だけ。


「……ああ、間に合って、よかったです」


 震える息をひとつ吐いて、ノアはゆっくりと立ち上がる。


 足元は覚束なく、ローブの裾は焦げて破れている。


 左腕からは血が伝い落ちていたが、痛みよりも先に安堵が胸を満たしていた。


 間に合った。まだ、みんなの糸は繋がっている。


 ノアの眼が、世界を視る。


 ――神の眼。


 それは、この少年が生まれながらに持っていた、たったひとつの特別。


 金色に輝くその瞳に映る景色は、他の誰が見ているものとも違う。


 大気を満たすマナの流れは、数え切れない光の糸となって視界を埋め尽くし、岩のひとつ、草の一本に至るまで、星のことわりが織り成す精緻な綾模様として立ちのぼっている。


 風は銀の糸。炎は朱金の縒り糸。大地は琥珀を溶かしたような太い幹糸。


 それらが幾重にも絡み合い、交差し、この世界という巨大な織物を構成している。


 それは、言葉を失うほどに美しい光景だった。


 何度見ても、何万回この眼を開いても、ノアはその美しさに慣れることはない。


 ――世界はこんなにも綺麗なものでできているんだなあ、と。


 朝日を浴びるたびに、夕焼けに染まるたびに、焚き火の傍でルークたちの笑い声を聞くたびに、そう思う。


 けれど今、その眼に映っている景色は、美しさとは程遠い。


 仲間たちの身体から伸びる命の糸は、三本とも、ほつれて、千切れかけている。


 残り時間は、もう、ほとんどない。


 ルークの金色の糸は燃え尽きる寸前の蝋燭のようにちらちらと揺れ、ガルドの太い糸ですらささくれだって今にも断ち切れそうだ。


 セシリアの銀白の糸に至っては、もう半分ほどが解けかかっている。


「だめですよ、セシリア。まだ解けちゃ」


 ノアは、まるで猫のあやとりを解くような手つきで、虚空に手を伸ばした。


 見えない何かを掴み、不器用にもたつきながらも素早く結び直す。


 セシリアの命の糸がかろうじて繋ぎ止められて、ノアはほっと小さく息をついた。


 でも、それは応急処置にすぎない。


 この時間停止は長くは持たない。


 ノアが弾いた音の残響が消えれば、世界はまた動き出す。


 そうなれば、魔王の一撃が落ち、三人は今度こそ死ぬ。


 分かっている。


 だから、ノアは歩き出した。


 凍りついた戦場を横切り、砕けた岩と立ち昇る灰の間をすり抜けて。


 目指す先は、戦場のどこでもない。


 この世界のどこにもない場所――彼の眼だけが捉えている、理の糸が最も密に束ねられた一点。


 世界の裏側へと続く、見えない裂け目。


 一歩、踏み出す。


 足元の地面が溶けるように崩れ、ノアの身体は光の奔流に呑み込まれた。




 真っ白な空間だった。


 上下左右の区別がない。


 地平線もなければ壁もない。


 ただ果てしなく白い虚無が広がっている――と、普通の人間の眼には映るだろう。


 けれどノアの眼には、ここは虚無などではなかった。


 何億、何兆という理の糸が、天の川をいくつも束ねたような光の大河となって、頭上からも足元からも押し寄せてくる。


 一本一本の糸が微かに異なる色と音を持ち、それらが交差するたびに宝石のような光の粒子が弾けて散る。


 この世界を構成するすべての法則が、すべての物語が、すべての命が、ここに集束している。


 息を呑むほどに、美しかった。


 ノアは目を細め、ゆっくりと周囲を見回す。


 糸の河に照らされた白い髪が淡く輝き、ボロボロのローブの裾が光の粒子に撫でられてふわりと揺れる。


「……本当に、綺麗ですね」


 思わず、そう呟いていた。


 六年間の旅で様々な景色を見てきたなぁと。


 ルークと二人で駆け上がった丘の上から望んだ朝焼け。


 ガルドが背中に担いでくれた夜の星空。


 セシリアが呆れ顔で差し出してくれた、雨上がりの虹。


 どれも素敵な景色だったけれど、ここはそれらとは次元が違った。


 世界そのものの素顔を、たったひとりで覗き見ている。


 あまり長くそうしている訳にはいかないのだけれど。


「でも、これじゃあ……動けないみたいです」


 ノアは小さく首を傾げ、ローブの裾をそっと握りしめる。


 足の感覚がない。


 地面がないのだから当然だ。


 浮いているのか、立っているのか、それすらよく分からない。


 ただ、ひとつだけはっきりと分かることがある。


 この空間の中心に、何かが在る。


 

最後まで読んでいただきありがとうございます。


「序章の3エピソードを一挙公開しています!

ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。」


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