343 下鴨神社の由緒
藤城皐月たちの班は訪問先の清水寺と八坂神社の起源を調べ終え、これから次の訪問地の下鴨神社について調べることになった。
「賀茂御祖神社なんだけど、言いにくいから通称の下鴨神社って言わせてね。下鴨の方が言いやすくて……」
確かに神谷秀真の言う通り、賀茂御祖と発音するよりも下鴨の方が言いやすい。
「で、下鴨神社ができたのはいつかっていうと、公式では紀元前90年にはすでに祀られてたって書かれている。弥生時代だよ? 凄くない?」
公式サイトの創祀の説明を見ると、『崇神天皇の7年(BC90)に神社の瑞垣の修造がおこなわれたという記録があるため、それ以前の古い時代からお祀りされていたと考えられます』と書かれている。
瑞垣は玉垣ともいい、神社などの周囲に設けた垣根のことだ。神社だけでなく、神霊の宿ると考えられた山・森・木などの周囲に巡らした垣も瑞垣だ。
「俺たちの家の近くの神社って、なぜか瑞垣がないんだよな……」
皐月たちの家の近くの豊川進雄神社、素盞鳴神社、稲田神社、秋葉神社、熊野神社には簡易な塀や柵はあっても、瑞垣(玉垣)と呼べるような垣根はない。
「それでね、瑞垣の修理をしたっていうことは、その頃にはそれなりの神社があったってことだと思うんだよね」
「じゃあ最初の下鴨神社って、建物とか今の下鴨神社とは全然違うのかな?」
下鴨神社の画像を見ていた栗林真理が秀真に疑問をぶつけた。真理が見ていたのは丹塗りの柱で造られた楼門と瑞垣の写真だ。
「資料が残っていないからわからないけど、全然違うと思うよ。弥生時代に今の下鴨神社のような建築ができるわけないから。で、参考になりそうなのが旧約聖書に出てくる幕屋なんだけど……ちょっと画像を出すね」
秀真はネットで「幕屋」の画像検索をした。そこには古代の工事現場みたいな写真が多数掲載されている。
「幕屋って何?」
「幕屋はね、古代イスラエルの移動式神殿のことだよ。幕屋の構造って神社と似ているんだ。昔の神社は聖書に出てくる幕屋のようなものだったのかもしれないね」
神社と幕屋はそれぞれ垣根で囲った中を聖域として、その中に神社なら「拝殿」と「本殿」、幕屋なら「聖所」と「至聖所」がある。それらの配置や機能も良く似ている。
「神社と聖書って関係があるの?」
吉口千由紀が神道とユダヤ教の関連性に興味を持ったようだ。
「関係はある……と思っている。神社の原型は幕屋だと思う」
4時間目が終わるまでに打ち合わせを終わらせなければならないので、秀真はまだ話したいことがたくさんあったけれど、我慢した。
「神谷氏、下鴨神社のウィキペディアには『社伝では、神武天皇の御代に御蔭山に祭神が降臨したという』って書いてあるけど、これってどういうこと?」
岩原比呂志から難しいところを聞かれて、秀真と皐月は少し焦った。これは秀真と皐月も困っていたところで、ウィキペディアに書かれた社伝が何なのか、調べてもよくわからなかった。
「御蔭山っていうのは京都市左京区にある小さな山のことで、御生山ともいうんだ。ここに下鴨神社の境外摂社の御蔭神社があって、御蔭神社は下鴨神社の奥宮で……」
「ちょっと待って、神谷氏。何言ってんのかわかんない」
「えっ? なんで?」
秀真の悪い癖が出た。自分の好きなことになると相手の知識のレベルを考えないで、言いたいことを捲し立ててしまう。女子には引かれるということを秀真はこれまでの経験で学んでいたが、相手が比呂志だから気が緩んだのかもしれない。
「あのね、下鴨神社のウィキに書いてあるんだけど、御蔭神社っていうのは下鴨神社に関係のある神社のことでさ、境外摂社っていうのは下鴨神社の敷地の外にある関連神社のことなんだ」
「ありがとう、藤城氏。で、奥宮って何?」
「奥宮っていうのはね、同じ神様を祀った神社で、本殿よりも山奥とかにある神社のこと。よくあるパターンだと、最初に山の頂上に祠を建てたんだけど、参拝に不便だから、里に同じ神様を祀った神社を造っちゃって、こっちの神社にお参りしよう、みたいな感じ」
「ふ〜ん。じゃあ、下鴨神社って御蔭山にあった御蔭神社が里に下りてきたってこと?」
「まあ、そう言ってもいいんじゃないかな」
この判断で間違いないんじゃないか、と下鴨神社と御蔭神社の関係をよく調べていなかったが、皐月は自分の勘を信じることにした。




