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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第7章 大人との恋
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335 この涙はそんな美しいものではない

 明日美(あすみ)藤城皐月(ふじしろさつき)のスマホを手にして過去の写真を見ていた。その中には及川祐希(おいかわゆうき)入屋千智(いりやちさと)の写真もある。

 皐月は彼女たちの写真を見た明日美の反応を見てみたかったので、厳選して無難な写真を残しておいた。皐月も明日美にくっつくようにスマホの画面を見た。

「電車の写真がたくさんあるね。皐月って本当に電車が好きなんだね〜」

「最近は車も好きになってきたよ。明日美のレジェンド・クーペは凄く良かったし、満姉ちゃんの乗ってるビートも面白かった」

 ビートの写真も撮ってあったので、明日美に見せながら車の説明をした。意外にも明日美はビートに強い興味を示した。

「機会があったら私も満ちゃんのビートに乗せてもらいたいな。でも、どうしてビートのことを知ってるの、って満ちゃんに怪しまれちゃうか。皐月に教えてもらったとは言えないよね」

 皐月は明日美と満、両方の秘密に関わっていることが意外にも安全だということに気が付いた。だが、一度でも綻びるとあっけなく壊れてしまうだろう。

 明日美と満、二人との関係を皐月が続けたいと思えば、二人を強力な秘密で縛らなければならない。そのためには悪い男にならなければならないと思うと、あまりいい気はしなかった。


「この子は頼子さんのお嬢さんね。かわいい」

「祐希って言うんだ」

「ここって豊川稲荷?」

「そう。頼子さんたちが小百合寮に引っ越してきた日にお稲荷さんを案内したんだ。これはその時の写真」

 明日美は皐月が祐希と一緒に暮らしていることを知っている。それなのに明日美は祐希に対して一切の嫉妬を見せない。望ましい展開のはずだが、皐月にはそのことが少し不満だった。

「この4人で写っている写真……皐月の髪がまだ長かった頃だね。かわいいね」

 この頃から皐月は2度、髪を短くした。今見ると、よくこんな頭をしていたものだと思う。しかも祐希と千智はこのころの自分と仲良くなった。祐希も千智もバカなんじゃないかと思った。

「この男の子、格好いいね。皐月の友だち?」

 月花博紀(げっかひろき)を見た女はみんな同じ反応をする。皐月は少しムッとした。

「こいつは博紀って言って、同じ町内の奴。クラスも同じで、ファンクラブまである」

「へぇ〜。じゃあ、モテるんだね」

「運動もできて、勉強もできる。性格もいいからモテモテだね。俺なんかとは大違いだ」


 明日美に嫉妬させたいと思っていたのに、自分が博紀にヤキモチを焼いてしまったのは皐月の皐月の思惑が外れた。

「皐月は私にモテているんだからいいじゃない。かわいいな〜」

 明日美は昔のように皐月のことを抱き寄せて猫かわいがりをし、頬や髪にキスをしてきた。

「皐月だって頭が良くて性格がいいじゃない。運動は知らないけど」

 明日美に抱かれながら、今日の自分は恋愛関係よりもこういう一方的に愛されるのを望んでいたのではないかと思い、久しぶりに子どものように甘えた。だが、明日美の体が小さくなっていて、昔とはちょっと包まれた感触が違っていた。

「この女の子、なんか凄いね。こんなにきれいな子って現実にいるんだね」

 明日美がスマホの画面をピンチアウトして千智の顔を食い入るように見た。この反応は皐月の予想以上だった。

「えっ? 明日美の方が美人だよ?」

「……ありがとう」

 皐月の言葉を適当な相槌で流し、明日美は他の千智の写真を探していた。

「このきれいな子に皐月のこと取られちゃうかな……」

 言葉ほど明日美の顔は深刻には見えなかった。皐月には明日美の本心が良くわからない。


「取られるわけないじゃん。心配しなくてもいいよ」

 皐月は体勢を直し、明日美の頬にキスをした。明日美は動かないで写真を見続けていた。

「でも、やっぱり若い子同士の方がお似合いだと思う……」

 明日美から伝わってくる生気が急に衰えた。皐月には明日美から出ているオーラも翳っているように見えた。

「明日美って、つまんないこと考えるんだね」

 教室で吉口千由紀(よしぐちちゆき)に言われたことを、皐月は主語を変えてそのまま言った。言ってみて初めて千由紀の言いたかったことがわかったような気がした。

「似合うとか似合わないとか、そんなの他人がどう思うかってことだろ? どうだっていいじゃん、そんなこと」

 ずっと甘えていたいと思っていたが、そういうわけにはいかなくなった。皐月は千智を見慣れているからもう何とも感じないが、千智の美しい顔立ちは初見殺しだ。これも皐月の想像を上回っていた。

「もしも私が死んだら、この子に皐月のことをお願いしたいな」

「何バカなこと言ってんだよ……」

 明日美は常に心臓の病気のことを気にしている。皐月はそんな明日美が哀しかった。そして複数恋愛をしている自分のやましさが穢らわしかった。


「泣かないで」

 そっと涙を拭ったつもりでも、明日美に気付かれてしまった。バレたのなら隠してもしょうがないと思い、皐月は明日美に憚ることなく涙を拭いた。だが、いつまでも涙が止まらない。

 明日美は席を立ち、隣の寝室からティッシュの箱を持って来た。この白い部屋には手の届くところに何も置いていない。

「私……死なないように体に気をつけてるよ。だから、泣かないで」

 この涙はそんな美しいものではなかった。自分のことが嫌になって泣いていただけだ。

 こんな汚い自分をやさしく慰める明日美のことを思うと、満と約束した秘密を守ることがつらくなってきた。明日美を裏切っていると思うといたたまれなくなる。だが、皐月はもう明日美から離れられなくなっていた。

「死んだら許さないから」

「うん……」

 明日美をきつく抱きしめると、勢い余ってラグマットに倒れ込んでしまった。下着をつけていない明日美の体は温かく、柔らかかった。だがこの時、男になろうという気がまるで起きなかった。皐月はただ、明日美の胸に頬をうずめてじっとしていることしかできなかった。


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