300 華やぐコート
昼休みの校庭のコートで6年生と5年生がドッジボールをしていた。最初は男子だけで遊んでいたが、藤城皐月の提案で女子も一緒に遊ぼうということになった。そんな時、3人の少女が遅れてやって来た。
背の高い子は月映冴子で、外国人はステファニー、もう一人は皐月のガールフレンドの入屋千智だ。皐月は千智たちを見て驚いたが、5年生の男子たちはそれ以上に驚いていた。
「私たちも入れて」
「月映さん、入ってくれるの? ありがとう!」
冴子が月花直紀に頼んでチームに入れてもらうと、他の女子たちは何も言われなくても冴子に追従するようにチームに加わった。
皐月は冴子と少しだけ話したことがあるが、その時は冴子にこんなカリスマ性を感じなかった。後で千智から聞いて知ったが、ドッジに参加した女の子の中にはかつて千智に意地悪をした鈴木彩羽たちもいたという。
「月映さんがみんなとドッジボールするのって初めてだよね。入屋もステファニーも。うわっ! 今日ってめっちゃ楽しいな。6年なんかに負けないよう、頑張ろうぜ!」
直紀たちがはしゃいでいるのを見て、皐月は自分の目論見が上手くいったことに満足した。男子と女子が一緒に遊べば場の波動が軽くなる。皐月は真剣勝負の重い空気より、女子と仲良く遊ぶ楽しい雰囲気の方が好きだ。
皐月が好奇の眼差しで5年生たちを見ていると、盛り上がっている5年生の中心にいた千智と目が合った。千智が笑って手を振ってくれたので、皐月も笑顔で手を振って応えた。千智の隣で冴子とステファニーが微笑んでいて、そんな皐月と千智を他の女子が興味深げに見ていた。
「晴香、あの子が藤城君の彼女って噂の子だよ。めっちゃかわいいね」
恋愛話の好きな惣田由香里が千智を指さし、松井晴香にそっと耳打ちした。
「へぇ、あの子が……」
「ちょっと由香里ちゃん! 美耶ちゃんに聞こえちゃうから、この話はやめようよ」
小川美緒は皐月と筒井美耶がくっつくことを期待しているので、こんなところで恋愛話を持ち出す由香里のことをたしなめた。
美緒は皐月のことをキッと睨んだが、皐月は全く気付いていない。ちょうどその時、美耶が晴香たちのところにやって来た。美耶に話を聞かれなかったことに美緒はホッとした。
6年4組のエース、村中茂之が普段よりもハイテンションで皐月に話し掛けてきた。
「お前、入屋さんと友だちなんだってな」
「まあな。茂之は彼女と同じ通学班らしいじゃん。あの子、お前のこといい人だって言ってたぞ」
「本当か?」
皐月は適当なことを言って茂之をおだてた。皐月の言ったことを茂之が千智に確認をすることがないと踏んで、茂之が喜びそうな話を作って聞かせてやった。
「ああ。だからお前さ、張り切り過ぎてあの子にはキチガイみたいな球、投げんなよ」
「なんだ、藤城。お前、もしかして手を抜こうとしているのか? あいつら5年生に失礼じゃないのか?」
「違うって。俺はただ楽しいゲームにしたいだけだ。別に5年生とは星取表をつけていないだろ? だったら少しくらい5年生男子に花を持たせてやってもいいじゃないか。せっかく女子も一緒に遊んでくれるんだからさ」
6年生はどのクラスの男子も昼休みの球技の勝敗表をつけている。お互いのクラスをライバル視していて、6年男子は誰もが勝敗にこだわっている。皐月はこういう真剣勝負は面白くもあるが、ギスギスして鬱陶しくもあると感じている。
「ああ、そういうことか。5年とは勝敗なんて関係ないもんな。わかった。月花には俺から伝えておく」
「あいつは弟の手前、手を抜きたくないみたいだ」
「じゃあ男子には手を抜かずに全力でやるってことでいいんじゃね。俺だって筒井さんや入屋さんにカッコいいところを見せたいし」
直紀たち5年生3組の男子はアイドル的存在の千智が入ることで色めき立っている。直紀たちも千智にいいところを見せたいんだろう。前のゲームで一方的にやられて意気消沈していたが、元気が復活したようだ。皐月はこういう熱い展開を望んでいた。