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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第7章 大人との恋
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281 地下駐車場

 豊橋(とよはし)の中心街に入ると、明日美(あすみ)の車の運転に集中力が高まってきた。スマホのナビを見ると、もうすぐ目的地だ。

 豊橋の駅前大通には路面電車が走っている。鉄オタの藤城皐月(ふじしろさつき)はテンションが上がってきたが、明日美は慣れない道のドライブに緊張しているようだ。

「明日美、あのビルのところに駐車場があるみたいだよ」

「もうそこに停めちゃおうか。お店に駐車場があるかどうか、わからないし」

 24階建ての白い高層ビル「emCAMPUS(エムキャンパス)」の地下には豊橋まちちか駐車場がある。その駐車場を出ると、すぐに水上(すいじょう)ビルと呼ばれる、長屋ビル群の大豊(だいほう)商店街がある。皐月たちの向かうアパレルショップはその商店街の店舗だ。

 水上ビルとは東西800メートルにわたって連なる、昭和30年代に建てられた板状建築物群の通称だ。

 水上ビルはレトロな外観がそそるディープな商店街で、豊橋ビル、大豊(だいほう)ビル、大手ビルの3群を総称している。それらは暗渠(あんきょ)化された牟呂(むろ)用水の上に建設されているため、水上ビルと呼ばれるようになった。

 このトリッキーな建物は今の法律では違法建築になってしまうので、建て替えは不可能らしい。水上ビルは耐用限界が近づいているため、近い将来に取り壊されることが運命づけられている、はかない空気をまとう建築物群だ。


 明日美は駅前大通から地下駐車場にすべり込ませた。車で地下に潜っていくのは皐月には初めての経験だ。

 世界中で軍事衝突が起こっている昨今、皐月はこの地下駐車場に核シェルターを連想して、変な興奮を覚えた。この瞬間、愛知県に核攻撃がなされたとしても、地下に避難している皐月と明日美は生き残って、荒廃した新世界のアダムとエバになるかもしれない。皐月はこんな中二病的な妄想をした。

 駐車場の中は空いていて、大きなレジェンド・クーペでも取り回しがしやすそうだ。地下なのに照明で明るく、皐月の想像していた以上に健全な空間だ。

 明日美は前後左右に車が止められていないところを選んで、悠々と前から車室に車を入れた。明日美がホルダーからスマホを外したので、皐月も音楽を止め、FMトランスミッターからスマホを外した。車内はエアコンの小さなモーター音と、静かなエンジン音だけしか聞こえなくなった。


「ふう……着いた」

「お疲れ様。明日美の運転、思ったよりも上手かったよ」

「車がいいのよ。レジェンドは古くても、一応高級車だから」

 エンジンを切ると、車内はさらに静かになった。皐月はこの静寂の中で、ずっと明日美と二人きりでいられたらと思い、もう服を買うことなんてどうでもよくなっていた。

 明日美はバッグから眼鏡ケースを取り出して、黒縁の太いフレームの眼鏡をかけた。眼鏡に度が入っていないことを皐月はわかっていた。

「やっぱり眼鏡、かけるんだ」

「これがないと落ち着かないのよね」

 以前、明日美と二人で検番(けんばん)から家に帰る時に眼鏡姿の明日美を見た。美しい明日美でも、この眼鏡をかけていると地味で目立たなくなる。だが今日は髪型もメイクも違っているので、眼鏡をかけていても華やかさが漏れ出している。

「じゃあ、行こうか」

「えっ? ……」

「どうしたの?」

「さっき、後で抱きしめてくれるって言ったじゃん」

「こんな所で? 監視カメラに映っちゃうよ?」

 明日美は皐月の言葉をあっさりとかわし、先に車を出ようとした。皐月もあわてて助手席のドアを開けた。レジェンドのフロントドアは大きくて重かった。


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