275 親に送り出されるデートなんて
藤城皐月は及川頼子の部屋を出て、自分の部屋に戻った。部屋に放り投げたランドセルの中身を入れ替えて、明日の準備を終えた。スマホと財布と家の鍵だけを持って、下の階へ下りた。
母の部屋に入ると藤城小百合も一階に下りていて、皐月の服の用意をしていた。小百合の選んだ服に着替え、脱いだ服を脱衣所のかごに入れた。
「なんか老けて見えない?」
「小学生が何言ってんのよ。ちょっとは大人っぽく見える方がいいでしょ」
「これ、大人っぽいのかな……」
少しは明日美との年齢差が小さくなるように見えるなら、この格好でもいいかと思った。それに、新しい服を買ったらすぐに着替えてしまえばいい。
「この封筒にお金を入れてあるから、そのまま明日美に渡しなさい。衣装代と食事代で2万円入っているから。足りなかったら後で教えてね」
「わかった。じゃあ行ってくるね」
皐月はチノパンのポケットに財布とスマホと鍵と、預かったお金を全部突っ込んで家を出た。
母にお金をもらい、見送られて明日美に会いに行くというのはあまり気分のいいものではない。こういうのは親の目を盗んでコソコソと会う方が背徳感があり、大人に近付く気がする。
せっかく明日美に会えるのに、このままではまるで気持ちが盛り上がらない。いくらバレていなくても、親に許可をもらって明日美とキスするような気持ち悪さがある。
明日美の家に向かう途中、下校途中の稲荷小学校の児童と何人かすれ違った。慌てて早く学校を出たせいで、下校時間とかぶってしまった。知り合いと会いたくないなと思っていると、ストレスがたまってくる。皐月はモヤモヤした気持ちと相まって、少しイライラしてきた。
スクランブル交差点を渡ったところで、通学路の細い路地から月花博紀が現れた。皐月にとって、博紀が一人でいたことは運が良かった。
「お前、めずらしい格好してるな。どうした?」
「ちょっとこれから出かけるところがあるんだよ。学校に行くような格好はできないからな」
「ふ〜ん。普段もそういう服着て学校に来ればいいじゃん。いつもよりも落ち着いて見えるぞ」
「マジか!」
「ああ。さすがにもう半袖半ズボンはねーからな。お前、修学旅行はちゃんとした服着て来いよ。稲荷小学校の恥になるから」
「わーってるよ。今日はこれから修学旅行に着て行く服を買いに行くんだから」
そういう博紀は名古屋グランパスとアパレルメーカーのコラボTシャツを着ていた。下はデニムのパンツを穿いていて、このままの姿で京都にだって行けそうなコーデだ。こいつはいつも格好いいな、と軽い敗北感を覚えた。
「イオンにでも行くのか? なんで自転車じゃねーんだよ?」
「これから豊橋に服を買いに行くんだよ。芸妓のお姉さんに車を出してもらうんだ」
「そうか……。だからお前、慌てて帰ったんだな」
「まあな。大人の女性を待たせるわけにはいかないだろ?」
「……そうだな」
博紀は皐月の母親が芸妓をしていることを知っている。だが、皐月がプライベートで母親以外の芸妓と付き合いがあることまでは知らない。
「じゃあ、そういうわけだから。俺、行くわ」
「おう。今日買う服、明日学校に着て来いよ」
「いや、修学旅行までとっておくわ」
「そうか……それもそうだな」
会ったのが博紀で良かったと思った。少しでも皐月と芸妓の関係を知っている博紀なら、弟の直紀には話してもクラスの友達にペラペラと話すこともないだろう。
博紀に芸妓と会うことを話したことで、少し気分が回復した。遊び自慢をするようで格好悪いと思ったが、メンタルを回復させるのに博紀を利用する形となった。
校外で芸妓と会うなんて博紀に嫌われるかなと思ったが、この時の博紀は優しかった。博紀はいい感じに自分の相手をしてくれた。
明日美は人の心に敏感だ。自分が楽しそうにしていなければ、すぐに気付かれてしまうだろう。
博紀ももしかしたら、明日美のように人の心の機微がわかるタイプなのかもしれない。博紀が女子にモテるのは外見だけが理由じゃないことはわかっていたが、男子からも好かれているのはこういうところなのかもと思った。




