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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第6章 穏やかな日々の終わり
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273 保護者だと思われている芸妓

 玄関に置いてあったランドセルを背負い、藤城皐月(ふじしろさつき)明日美(あすみ)の部屋を出ようとしていた。

「じゃあ、明日学校が終わったらすぐに来るね」

百合(ゆり)姐さんには私からも連絡を入れておく」

 ぎこちない口づけを交わし、皐月は明日美の部屋を出た。


 夕食の時間の6時を少し過ぎていた。こんな時間にランドセル姿で外を歩くことに皐月は気持ち悪さを感じていた。いつも歩いている通学路と見える景色が微妙に違う。

 この時間まで外で遊んでいることは及川親子が家に住み込むまではよくあった。だが今では門限ができたし、今日は明日美と会ってきた直後ということもあり、皐月は少し後ろめたい気持ちになっていた。

 小百合寮の行燈(あんどん)にはすでに明かりが灯っていた。玄関の鍵を開けて中に入ると、居間で母の小百合と住込みの及川頼子(おいかわよりこ)とその娘の祐希(ゆうき)が夕食の準備をしていた。夕食の時間にギリギリ間に合ったようだ。

「ただいま」

「おかえり。明日美から連絡もらったよ。もうご飯の用意ができるから、早くランドセルを部屋に置いてきなさい」

「うん。もう腹減っちゃったよ」

 いつもと変わらない母の態度に皐月は安堵した。明日美の家でお菓子を食べてきたのでお腹はまだすいていない。外では大人の恋人同士がすることをしてきたので、家の中では子どもっぽく振舞おうと思った。


 夕食は皐月の好きなハンバーグだ。頼子が家に来るまではスーパーで売っているハンバーグを買って、自分で温めて食べていた。頼子が来てからは手作りのハンバーグを食べられるようになった。

「俺、頼子さんのハンバーグ好きだよ」

「ありがとう。皐月ちゃんはいつも料理を褒めてくれるから、作りがいがあるわ。ハンバーグのお代わりがあるから、足りなかったら遠慮なく食べてね」

「祐希の分もあるの?」

「もちろん作っておいたわ。あの子もよく食べるからね」

 皐月と頼子が笑っていると、台所から祐希がお茶を持って来た。

「何か面白いことでもあったの?」

「お代わりのハンバーグがあるんだってさ。よかったね」

「キャベコロの時みたいにたくさん作ってないよ。1個ずつしかないからね」

「それだけあれば十分だよ。祐希は1個じゃ足りないの?」

「足りるに決まってるよ。人のことを大食いみたいに言わないで」

 火曜日の夜はお座敷のないことが多い。4人の夕食は賑やかになるので、皐月は火曜日の夕食をいつも楽しみにしている。小百合がいると場を上手く回してくれるので心地よい。

「明日、服を買いに行くんだってね」

「うん」

「学校が終わってからだと帰りが遅くなっちゃうね。明日美と晩御飯食べてくる?」

「えっ?」

 小百合は当たり前のように驚くべきことを言った。

「時間を気にして買い物するのなんて嫌でしょ。後で衣装代と食事代を渡すから、買い物だけじゃなく食事も行っておいでよ」

「うん……いいの?」

「私から明日美に頼んでおくから」

 小百合は明日美に対して全く警戒感を抱いていない。さすがに小百合でも明日美と皐月が恋愛関係になっているとは思っていないようだ。小百合は明日美のことを皐月の保護者のように考えているのかもしれない。

(みちる)からも連絡があったよ。日曜日に皐月を借りてもいいかって。どうする?」

「日曜日か……別に遊ぶ予定はないし、いいよ」

「じゃあ、あんたから満に連絡入れといてね。あとで満のアカウント教えるから」

「うん」

 急に予定が増えたことに皐月は戸惑った。


 皐月は検番(けんばん)以外で若い芸妓(げいこ)と二人で会ったことがない。出かけるとなると、長時間二人でいることになる。

 明日美も満も親しくしている芸妓だが、二人とも年齢が離れ過ぎていて、皐月はどのように接したらいいのかわからない。相手は芸妓だから、小学校の同級生たちのようなわけにはいかないだろう。

「皐月ちゃん、よかったね。明日美さんと二人で食事ができるなんて、お座敷のお客さんが知ったら羨ましがるよ」

「ははは……。そうだろうね」

 事情を知らない頼子も無邪気なことを言っている。皐月は自分が小学生であるという属性を目一杯活用してやろうと思った。

「私は明日お座敷があるから、頼子と祐希ちゃんも外食してきたらどう? たまには家事なんかしないで、外で美味しいものでも食べに行くといいわ」

「いいの? ありがとう、小百合」

「頼子には休みなしで家のことをしてもらっているからね。本当はこういう日をもっと作らなきゃって思ってたのよ」

「何言ってんの。私はいつも楽をさせてもらってるわ。申し訳ないって思うくらいに」

「タクシーの永井(ながい)さんにいいお店、紹介してもらおうか?」

「タクシーなんていいって。この家の近くにも行ってみたいお店がたくさんあるから。私、『五十鈴川(いすずがわ)』で焼肉食べたいな。祐希、『五十鈴川』でもいい?」

「焼肉食べた〜い。私、焼肉屋さんって行ったことがないから、楽しみ」

 皐月は祐希の焼肉屋に行ったことがないという話に驚いた。生まれ育った場所が新城(しんしろ)市の山間部だから、家の近くに焼肉屋がないからなのかもしれない。

「『五十鈴川』は町の焼肉屋だから、鳳来牛みたいな高級肉はないけれど、お肉もタレも美味しいし、ホルモンもあるよ」

鳳来牛(ほうらいぎゅう)なんて食べたことないから、気にしなくていいよ。じゃあ、明日は祐希と二人で焼肉を食べに行くね。小百合、ありがとう」

「お金のことは気にしないで、好きなだけ食べて来て」


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