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第五話 閉ざされた帰路

「私の親、二人ともさ、私が小さいころに自殺しちゃったんだよね」


 シェミカが自分の生い立ちについて語りだしたときの、最初の言葉だった。


「この世界にはイェルバ王国、ファノールド王国、スピラリヤ賢者国の三つの国があって……って言ってもどの国もスピラリヤの賢者様に支配されてるんだけど、まあそれは置いといて、私達はイェルバの小さな街に住んでた。両親とも働き詰めの苦しい生活だったけど、まあこの世界の一般人って大体そんな暮らしでさ、普通感覚が麻痺してるんだ……でも、私の親は違った」


 窓の外に見える水平線を眺めながら、とうとうと語るシェミカ。伊織はどういう反応をするべきか迷い、黙っていることしかできなかった。


「霊窓解析のときに賢者様に才能を認められた魔術師は、賢者会っていう組織に入会させられて、とてつもない富と権力が与えられるんだ。その代わり会員になれば、たとえスピラリヤ国民じゃなくても、親族もろとも強制的に国籍を移されて、賢者様の命令には従わないといけなくなる……まあ、みんな喜んで移るらしいけどね。私の親だって、もしそうなったら絶対喜んだだろうし」

「……」

「惜しかった、らしいんだ。あともう少しだけ魔力吸収量が多ければ、私は会員になれたんだって。父さんにも母さんにも、何度も聞かされた。『シェミカはそれだけすごい魔術師なんだよ』って、いつも誇らしげに言ってくれた。でもきっと、私が会員になれなかったことを悔やむ気持ちだってあったはずなんだ。だから、私は最後まで言えなかった」


 シェミカのまぶたが降りていく。


「私は、固有魔術、“干渉”を持ってる。どんな人の魂にも、自分に刻まれた術印を取り除こうとする“魔術免疫”って機能があるんだけど、私が固有魔術を使っている間は、私の術印は免疫で取り除かれなくなるんだ。普通は魔術で直接他人に干渉できないけど、イオリ君の痛みを消せたのはこれのおかげ……そういうふうに人を助けられる魔術だけど、持ってることを親に知られるのが怖くて、ずっと使わなかった」

「な、なんで……」

「固有魔術を持ってたら、会員になれない方が珍しいから。固有魔術持ちって、普通は魔力吸収量が多くなるはずなんだ。それに“干渉”なんていう強力な固有魔術を持った魔術師、少しくらい魔力に乏しくても、ほっとかずに手元で管理したいはず。だけど賢者様は私を手放した。“干渉”っていう大きな利点を帳消しにできるほど、私は劣ってたんだよ。こんなこと、娘の存在が心のよりどころだった二人に気づかせられるわけないでしょ?」

「……」


 伊織は、自嘲の笑みを崩さないシェミカを視界に入れられず、足元に視線を落とした。


「まあ、結局無意味だったんだけどね。先に死んだのは父さん……職場から久しぶりに家に帰ってきて、その次の日、朝すぐに職場に戻らないといけないはずなのに、私が起きる時間になってもまだ起きてこなくて。母さんが呼びに行って、ベッドの上で冷たくなってる父さんを見つけた……」

「えっ……」


 想像と違うほうへ向かった話に、伊織は思わず顔を上げる。


「……死因は何だったんだ?」

「分からなかった……検死した医師から伝えられたのはただ、自殺だったとだけ。死因が分からないのに自殺って判定するなんてありえないって、普通は思うよね。でもみんな知ってるんだ。自殺願望のある人が、寝ている間に魔力をなくして命を落とす事件が全世界で多発してるってこと。それも、私が生まれる数年前から始まって、今までずっと続いてる。原因は不明だけど、初めのころの調査で、死んだ人のほとんどに自殺願望があったってことは分かってるから、睡眠中の原因不明の死は、とりあえず“自殺”ってことにされてる」

「い、いや、それは絶対自殺じゃないだろ。この世界には魔術があるんだろ? すごい魔術師が何かの魔術で殺しまくってたりするんじゃないのか」

「“干渉”を使った私とか、一部の固有魔術とかは例外だけど、基本的に魔術で他人に直接干渉はできない……けどまあ、“魔術で干渉しようとする”ことで免疫を働かせて、その働きで魔力を枯渇させて、それで死なせるってことはできるね。でも世界のあちこちでそれを実行できるほど大規模な術印を作ったら、絶対ばれるはずだよ」

「……」


 魔術のことを知らない伊織は、シェミカの説明を素直に受け入れるしかない。だが、仮に殺人だと証明できなかったとしても、それを自殺だということにする社会には異常なものを感じざるを得なかった。


「……父さんが“自殺”した理由は、きっと一度希望を抱いちゃったから。シェミカがもし会員になれてたら……って想像が、苦しい生活に耐えきれなくさせたんだよ。父さんが死んでからすぐに、母さんも後を追って“自殺”した……ねえ、誰が悪いんだと思う?」

「えっ……と、それは……」


 シェミカが伊織のほうを向く。伊織は急な質問に少したじろいだが、答えを探し始めた。


「……程度の差はあっても、死にたいって思うことは多分誰にでもありえると思う。社会は自殺ってことにして済ませてるらしいけど、そもそも死にたいって思っただけですぐに死んでしまうような状況を生み出したやつが悪い、と俺は思うけど……」

「そっか。じゃあ、そういう状況が誰のせいでもなかったとしたら?」

「……それでも、シェミカは悪くないだろ。悪いのは……庶民から搾取して苦しい生活をさせてる、賢者と賢者会の会員、じゃないかな……」


 あまり歯切れの良くない返答だった。そもそもこの世界の事情について詳しくないのもあるが、こうした話題について断言を避けたい気持ちが伊織にはあった。


「やっぱり、そう思うよね。最初は自分だけを責め続けた私も、だんだん賢者会を憎むようになっていった……分かってるんだよ。もし会員になってたら、自分の立場を利用して、家族と一緒に憂いなく人生を謳歌してただろうって。それでも私は、この不公平な世の中を変えたいって思っちゃったんだ」

「じゃあ、楽園時代の遺跡を調査してたのは、その時代に憧れて……」

「そうだね、憧れてっていうか、どうやって全人類がいっぱい魔力を持ってたのかを解明したくて。まあ、最近リミニア姫っていうファノールド王国のお姫様が調査を始めてから魔物の数がかなり減ったみたいで、私はそれを聞いてチャンスだと思って行ってみただけなんだけどさ。私なら、一応魔物が出現しても“干渉”で足止めくらいはできるからね。結局収穫はなかったけど……あっ、イオリ君を拾えたんだった、えへへ」

「それは良かった」


 伊織には何が収穫なのか分からなかったが、シェミカに話を合わせておいた。


「そうだよ! そんないいことがあったのに暗い話することないよね、ごめんね。お詫びにティアレーさんに渡す手帳のこと、最後まで付き合ってあげる」

「えっ、いいのか? いやありがたいんだけど、手がかりもほとんどないし、正直かなり長くなりそうだぞ」

「いいのいいの。一緒に頑張ろ!」


 シェミカの笑みが明るいものになる。

 伊織は、シェミカが助けてくれること以上に、その表情に安心感を覚えた。




 伊織とシェミカは通信機を手に入れるために、スピラリヤの首都、スピレに向かった。

 通信機は通常、国籍を取得したときに与えられる。国籍は、霊窓解析を受けた新生児に与えられる。そして、何らかの理由で無国籍である者が国籍を取得する際にも、霊窓解析を受ける必要がある。霊窓解析が行われるのは月に一度である。


「えっ、じゃあそれまであの子はどうすればいいんですか?」


 スピレの庁舎に立ち寄り、係員の説明を聞いて初めてその事実を知ったシェミカ。


(“あの子”って言うほど俺と年離れてないだろ……多分)

「必要なものは保護者の方が買い与えてください。事情を説明すれば利用できる交通機関や宿泊施設は多いですよ」

「保護者……はい、分かりました、ありがとうございます!」


 シェミカは意気揚々と、後ろの椅子に座っていた伊織のもとに戻っていく。


「というわけでごめんねイオリ君、あと五日待たないと通信機貰えないんだって。それまで欲しいものがあったら遠慮なく言ってね!」

「お、おう……ていうか、月に一度ってことを考えると五日で済んで良かったな。こんな宙ぶらりんな状態で人里にいても居心地悪いって気づいたよ」


 この世界の一ヶ月はきっかり三十日である。


「あ、じゃあさ、もう一回遺跡に行ってみる? 実はね、通信機でティアレーって名前を調べてたら、楽園時代の物語が出てきたんだよ。三人の魔術師が力を合わせて楽園を見つけ出すって話で、題名はそのまま“楽園物語”」

「いや、レキさんの言ったティアレーさんは物語の登場人物じゃなくて、実在する人物だと思うけど……」

「それがね、えーっと……主人公のユシェルだけは架空の人物って考えられてるけど、その仲間のティアレー、フェンジェオは楽園時代の史料に名前が残ってるんだよ。この二人はすごい魔術師で、楽園を治めてたらしいんだけど、あるとき突然二人とも、同時期に行方不明になったんだって」

「……ああ、つまり、ティアレーさんっていうのは楽園時代の人物のことで、彼女は今も遺跡のどこかにいるかも……ってことか? じゃあそんな人に何か渡そうとしてるレキさんは何者だよって話だけど、実際あの人については謎だらけだしな……」


 こんな事態になるなら、駄目で元々と考えて、もっとレキから情報を得ようとするべきだったかと伊織は後悔する。だが、重要なことを話そうとしなかったレキを責める気にはならなかった。


「まあティアレーって名前の現代人もそこそこいるんだけどさ、そっちを調べていくのは国籍取って通信機を貰ってからにしよっか」

「確かにそのほうがいいな……分かった、遺跡に行こう。魔物は怖いけど」

「魔物の相手は私に任せてくれたらいいよ、なんてったって保護者なんだし!」

「あ、ありがとう……」


 シェミカの自分への接し方に思うところがなくもない伊織だったが、逆らうのはやめておいた。




 魔物は通常、魂だけの存在として陸上に漂い、近くの人間の存在を認識すると肉体をまとって物理的に出現する。

 シェミカの“干渉”によってそれを払いのけながら二人は、遺跡の中心部にある、ティアレーとフェンジェオが居住していたとされる官邸に辿り着いた。

 そこには最近誰かが探索したと見られる痕跡があり、二人はひとまずそれを辿ることにした。


「これ、来てたのはやっぱりリミニア姫かな?」

「俺を狙撃してきた人かもしれない……結局あの人は誰だったんだろう」

「遺跡に来るくらいだから、相当強い魔術師か、魔物と相性のいい固有魔術を持ってるかだと思うけど……多分、賢者様の命令か何かで調査に来た会員なんじゃないかな。イオリ君を撃ったのは魔物の足止めを狙ったんだと思う」


 少し声量を落として話しながら、地下階を潜っていく。魔術で施錠されていたと見られる扉は、既にすべて破られていた。


 そして最深部の扉を開けた瞬間、伊織は目を疑った。


「っ……」

「どうしたの……あっ」


 その部屋は、伊織の最初の転移先である子供部屋だった。


「……ここだ、間違いない……装置もある……でも、なんで……」

「え、えっと、レキさんの家に転移するって話だったんだよね? 間違えたのか、それともレキさんが楽園時代の人でここに住んでたとか……」

「……だとしたら、ティアレーさんが楽園時代の人物のことってのも本当なのか」

「ていうかイオリ君……! そんなことより、元の世界に帰れちゃうよ……!」

「確かに……」


 そもそも、ティアレーを探すのは、手帳を渡すためだけでなく、むしろ子供部屋の場所を知って元の世界に帰るためであるところが大きかった。


「……レキさんには悪いけど、一旦帰らせてもらうか。どうにかしてレキさんと連絡取って、今度はもうちょっと情報仕入れてからこっちに来るよ」

「そうだね……今度っていつくらいになりそう?」

「学校があるからな……夏休み中に連絡取れればいいんだけど、無理だったら冬休み、五ヶ月くらい先になりそうだな」

「そ、そっか……でもそれだったら通信機貰ってから帰ったほうが良くない? 私と連絡取れるしさ」

「それもそうだな。でも一応今ここで帰れるかどうかの確認だけするよ、すぐ戻ってくるから」


 そう言って伊織は“上昇”しようとしたが、強く阻まれる感覚に襲われた。


「あれ……?」

「どうしたの?」

「……穴が開いてない」

「ほ、ほんと? 装置を使ったら突破できない?」

「いや、装置で穴を開けられるのは一度きりってガイダンス音声で言ってた……けど、一応試してみるか」


 伊織は装置を使って転移を試みるが、結果は変わらない。


「ど、どうしよっか……」

「……」


 伊織は、額に伝う汗を感じた。


「とっとりあえずさ、レキさんには悪いけど手帳を読んでみない? もしかしたら何か分かるかも……」

「……無理だ、魔術で鍵がかかってる」

「簡単なのだったら私が外してあげるから、とりあえず見せてよ」

「……これだけど」

「……ごめん、無理そうこれ……」


 遺跡の深奥で、気まずい空気が漂う。


「……あ、そういえば“開錠”っていう、鍵のかかったものを何でも開けられる固有魔術があったんだった……誰が持ってるかは分からないんだけど、霊窓解析してる賢者様なら知ってるはず……!」

「なるほど、その人に頼めばいいのか」

「……でも確か、“開錠”は生涯で一度しか使えない固有魔術だったような……だから私達のために使ってくれるかは難しいところだし、そもそももう使っちゃってるかも。他にも問題はあるけど、とりあえず賢者様に聞いてみようか」

「そうだな……この手帳が一番の手掛かりだし……」


 伊織は焦燥感を抑え、何とか平常心を保つように努めた。




「イオリ・コウヅキです。よろしくお願いします」


 新生児の霊窓解析が終わり、今賢者テュオキズの前に座るのは、伊織とシェミカの二人だけだった。


「変わった名前だな。異世界から来たなど、信じることはないが……」


 白髭を蓄えた賢者は、無表情で伊織に手をかざす。


「……終わりだ。下がって良いぞ」

「すっすみません、お願いがあります! “開錠”を持っている人を教えてください!」


 シェミカの大声に、テュオキズは片眉を上げた。


「……そうした個人情報の開示は、賢者会会員のみに許されている」

「……」

「あの……それなら、私が会員になることはできませんか?」


 一か八か、伊織が尋ねる。会員になれるとしたらこのタイミングしかない。


「できない。君はそもそも魔術を使うだけの魔力を持っていない……魔術師ですらない」

「……で、でも私は、楽園時代の魔術師に不死身にされた勇者です……きっと何かの役に立ちます」

「い、イオリ君……」


 テュオキズには伊織の言葉は支離滅裂にしか聞こえない。賢者はため息をつき、目を閉じた。


「下がりたまえ。従わないなら、強制的に——」


 その時だった。


「賢者様! 報告がございます!」


 扉が勢い良く開かれ、大男が息を切らしながら、部屋に飛び込んできた。


「……トートス、なぜ通信せずに、ファノールドからここまで来たのだ……そもそも私は今、霊窓解析の途中だぞ」


 突然の出来事に、テュオキズは目を丸くし、伊織とシェミカは思わず顔を見合わせる。


「すみません、解析が終わるまで待っているつもりだったのですが、異世界から来たというその少年にまさに関係する話だったので……“自殺術印”の件なのです、通信では“彼女”に筒抜けです。昨夜、ファノールドの魔術師のタノス・ファナクスが、街の外れの家屋で“自殺”しているのが見つかりました」

「ああ、確かリミニア・ファノールドの……しかし、“彼女”に隠す意味はないだろう」

「いえ、それが、彼が死の直前に書いたと思われるメモが遺されているのです」


 トートスと呼ばれた男は息をつき、難しい顔つきをした。


「『犯人は魔王だ、異世界から来る勇者を探せ』と」

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