第十三話 変装の罠
曇天の朝。スピレのホテルに泊まる伊織は、黒い液体で満たされたカップを手に、自分の書いたメモ帳を眺めていた。
レキの手記。ライナが記録していた、タノスの最期。それらから得た情報をまとめたメモだった。
「……苦い」
ホテルから提供されたその飲料を口にし、伊織は少し後悔する。好まない味だった。
(俺の舌は子どもなんだよ)
ふと、缶コーヒーを飲む剛弘の姿を思い出す。
(あいつだったら、おいしく飲めたのかな……)
ほとんどコーヒーを飲むことがなかった伊織には、今手にしている飲み物がコーヒーと似た味なのかどうかもよく分からない。そしてそれを確かめる機会も、剛弘に飲ませる機会も、もう来ることはない。
伊織の世界は、とうの昔に滅んでしまっていた。
上にある世界は、その真下の世界より、時間の流れが約二十五万倍早い。リミニアとタノスが発見したことだ。
伊織が下の世界で十日間苦しんでいたとき、真ん中の世界では約七千年が、上の世界では約十八億年の時間が経っていた。
その間に、魔王の負魔力放出によって上の世界は滅び、真ん中の世界の楽園時代は終わった。伊織の使った転移装置は遺跡に残され、災害の二千年後にリミニアがそれを発見し、上の世界に転移した。
そして七千年の最後、タノスがリミニアを封じ込める際、“施錠”に異常をきたさないよう、真ん中の世界を覆うフェンジェオの障壁を取り除いたことによって、伊織は下の世界から真ん中の世界に転移することができた。
魔王の真実を知ったテュオキズは、孫のミュシエの死を恐れた。すでに“開錠”を使用したミュシエが死ぬことによって、“開錠”を持つ者が再び生まれ、魔王のもくろみが成功するおそれがあった。
逆に言えば、リミニアの死までにミュシエが死なない限り、“開錠”の使用は不可能であり、魔王の目的が達成されることはない。
テュオキズは、ミュシエを守るため伊織に“分散”を使うよう求めた。ミュシエの“死”を人類に分散させることで、ミュシエに死の危険が訪れたとき、誰かが自動的に犠牲になってミュシエの命が保たれるようになる。
伊織は、賢者会の財産の一部を貧しい人々に分配することを条件にその要求を呑んだ。それだけでなく、万一の場合のために、魔王を斃す方法を考えついた。
そしてその計画を実行するべく、必要な人員を集めて計画を知らせる日が来た。
(そういや、なんでレキさんの部屋の所だけ、下の世界との間の障壁に穴が開いてたんだろうな……開いてさえいなかったら、こんなことにはなってなかったのに……)
「……イオリ君」
「ん、どうかしたか?」
庁舎に向かう車内でメモをにらみつづけていた伊織は、隣のシェミカの声を受け、思考を中断した。
「その、ありがとね」
「……ごめん、何の話だ?」
「えっと、この前、賢者様に賢者会の制度を改めるように言ってくれたでしょ。それに今だって、この世界を救うために頑張ってくれてる」
「それは……当たり前だろ。俺が勇者なんだし」
「でも、イオリ君の世界はもう滅んでて、やけになってもおかしくないのに」
「……」
(……まあ、ある意味やけなのかもな……そうじゃなかったら、こんな計画は立てなかったかもしれない)
伊織は目を細め、メモの表面に触れる。
そこに記された言語を理解できる者はもう、伊織を除いて誰一人いない。
庁舎の会議室に集まったのは、前回と同じく、テュオキズ、ヒュリエ、ゼイネ、トートス、シェミカ、そして伊織の六人だった。
「イオリ、始めてくれ」
テュオキズが静寂を破った。
「……では、ヒュリエさんとトートスさんに説明します」
伊織は二人に目配せして、話し始める。
「この計画の目的は、ミュシエさんが魔王に狙われたときに、魔王を殺害することです。魔王の死因は私に、私の死因は魔王にそれぞれ集約されているので、殺害の方法は限られています。私の身体か魔術を用いるか、私を殺させることで魔王の不死性を取り除くか、まずはその二択です。私は後者のほうが現実的だと判断しました」
「え、それじゃ……」
ヒュリエが思わず呟き、口に手を当てる。
「……その理由は、魔王がリミニア姫から多くの魔力を引き継いでいて、魔力の多寡にかかわらず対象を殺害できる手段を私は持ち合わせてないからです」
「では逆に、魔力量と関係なく殺せる方法自体はあるのか……ああ、あれか」
トートスは質問を投げかけようとして、得心した。
「はい、“自殺術印”です。免疫の暴走によって死に至らせる術印……ライナの隠れ家の装置を使えば自由に発動できます。タノス氏の件も、おそらく彼が死亡した後、ライナが世界を滅亡させようとする魔王を匿うために発動させたものだと思います。魔王がリミニア姫の魔力と共に通信機も引き継いでいるので、“自殺術印”によって魔王を殺害することは可能です……問題は、その前に私をどう殺させるかですが」
そこで伊織は一息を入れる。
「私がミュシエさんに変装します」
「え……?」
ミュシエの姉であるヒュリエは一瞬固まった後、気まずそうに指摘した。
「いや、無理でしょう……まず身長からして全然違うじゃないですか」
「普通の変装ではありません。魔術によって、身体そのものから変形させます」
「それも無理なんですよ。肉体を自然状態から著しく変化させようとしたら、それが自分の魔術であっても免疫に阻害されるんです」
「知っています。なので、シェミカの“干渉”を使います。短時間であれば変装を保てます」
「……」
「計画の全容はこうです。仮に魔王がミュシエさんの情報を得て殺害を企てた場合、魔王の位置をライナの隠れ家で調べることでそれを事前に察知します。今のところ、魔王は遺跡にずっと潜んでいますから、少しでも動きがあれば注意してください。そして察知したら、賢者様とヒュリエさんはミュシエさんを匿いながら逃げ、変装した私がミュシエさんの家に向かって囮になります。トートスさんはライナの隠れ家で、魔王の位置把握と、私が死んだ直後の自殺術印の発動を担当してください」
「……ゼイネ氏は?」
「えっと、その、私は遺跡に行って、遠くから目視で魔王を監視しようかなと……」
おずおずと、そのわりに勇敢な発言をするゼイネ。
「……ゼイネさんとはすでに計画のことで話していて、どうしても監視したいということだったので、お任せすることにしました」
「そっその、イオリさんだけ犠牲になるのはおかしいと思って、それで私も危ない役目をしたかったんです」
伊織は監視のリスクにリターンが見合うとは思えなかったが、ゼイネの調査のおかげでこの計画を閃いたのもあって、彼女を強く否定できなかった。
「……イオリさん、ごめんなさい。私たちのために、命を懸けさせて……」
ヒュリエの謝罪は、前のそれと違い、確かな感情がこもっているように伊織には聞こえた。
「……いいんです。私の生きてる意味なんて、もうこれくらいしか思いつきませんから……」
「……」
その言葉を聞いて暗い顔をしたシェミカに気づいた伊織は、慌てて言葉を付け加える。
「そもそも、魔王がミュシエさんを狙ってこないのなら、すべて平和に終わりますよ」
「それを言うなら、そもそも魔王はミュシエを殺せないんでしょう……? イオリさんが犠牲になる必要はないじゃないですか」
「……ヒュリエ。万一のときのためだ……魔王が“分散”を無効にする固有魔術を持つ可能性も、皆無ではない。人類の存亡にかかわる話だ」
「……」
静まり返った会議室に、テュオキズの咳払いが響いた。
「いや、気を悪くしてくれるな。私もイオリを好んで生贄にするわけではない。魔王が来ずに終わることを願っているのだ……前向きでいるのだぞ、イオリ」
「……ありがとうございます……少し気分が沈んでいましたけど、そうですね。私もそう願います」
そのとき自分が本当に生きることを望んでいたのか、伊織には後から振り返っても分からなかった。
いずれにせよ、願いは叶うことなく、魔王は襲来した。
その夜、伊織がトートスとゼイネから通信を受け取ったタイミングは、ほぼ同時だった。
計画通りにミュシエを逃がして彼女に変装し、魔王を待ち構える。伊織の心臓が、早鐘を打ちはじめる。
「くそっ……怖がるなよ……俺は今、“何も知らずに眠る少女”なんだから……」
聞きなれない声で、自分を落ち着かせようとする。魔王に違和を感じ取られることは、何としても避けたかった。
(来るならさっさと来い……魔王……)
半ば自暴自棄となっていた思考とは裏腹に、死の恐怖が寒気と化して、ベッドに横たわる伊織の全身を駆け巡っていた。
そして伊織は、自分のものでない微かな呼吸音に気づく。その直後だった。
「起きて」
(……来たか……!)
目覚めるには十分な声量。伊織は起きないほうが不自然だと判断し、恐る恐る目を開けた。
「……誰……?」
窓から差す月光に照らされた、少年の姿を目に捉える。幼さと美しさが同居した面貌に、伊織は一瞬、死の予感を忘れ、息を呑んだ。
「さあ、ぼくは誰でしょうか?」
「……」
「ちなみに、ぼくは君のことを知ってるよ。君は……ふ、ふふっ……あはははっ!」
魔王の様子をどこか不自然に思い、伊織は訝しむ。
「……君は、コウヅキ・イオリだよね」
「なっ……!?」
驚愕。焦燥。疑念。伊織の脳内で、思考が溢れ、こぼれていく。
「……わ、私は、ミュシエ・スピラリヤ……」
「やっぱり気づいてなかったんだね。もし気づいてて、こっちを上回る策を用意してたらどうしようかと思ったけど……さてもう一回、ぼくは誰でしょうか?」
「……」
絡まった思考はやがてほぐれ、答えを見つけ出した。
「ゼイネ……」
変装の罠を仕掛けたのは、敵も同じだった。
「ふふっ、正解です! あ、口調は魔王様のままのほうがいいですか?」
「……なんでだよ……」
「ふふっ、言うと思いました。それじゃあ語りましょうか、魔王様と私の出会いを……」
それは、タノスが事切れた直後のことだった。
「タノスさん、入りますよ?」
通信を受け取ってタノスの邸宅へ赴いたゼイネ。到着を知らせても返信は来ず、無断で屋内に上がり、タノスの部屋の前に立った。
そして扉を開けたゼイネは、まずユシェルを、次に彼の足元に横たわるタノスの遺体を見た。
「……あ……」
そしてこの光景を見ている理由を、おぼろげに理解する。
「……」
ユシェルは大きな目を丸くし、しばらくして細めた。
「大丈夫ですよ、誰にも言いませんから……私は魔王様の味方です」
「……君は誰?」
「ゼイネ・フレマ・ハロイナインです。リミニアちゃんの監視役をしてました……リミニアちゃんから、話は聞いてますよ」
「……」
「リミニアちゃんのことが好きなんでしょう? ふふっ、分かりますよ。とっても優しくて、強くて、可愛くて、胸が大きいですもんね」
「……」
「あ、もしかして大きいのは好みじゃなかったですか?」
「……」
「……」
「……何しに来たの……?」
ユシェルは困惑交じりに、生まれて初めて呆れ顔を作った。
「えっと、いや、それはタノスさんに呼ばれてなんですけど……あっごめんなさい、本題に入れってことですよね、はい……その、大体事情は察せましたよ。リミニアちゃんに会いたいんですよね? “開錠”の探索と、魔王様の隠蔽をお手伝いします」
「どうして……?」
「……そうですね……」
ゼイネは少しの間、目と口を閉じて、また語りだした。
「私、自分が嫌いなんですよね。“被干渉”っていう、自分の免疫の活動を止める固有魔術で、ずっと自分の姿を変えたまま生きてきました。本来の私は、もっと醜いんです。だからずっと、心の奥で劣等感が募ってて……本当の自分を暴かれるのが怖くて、死んでしまいたいくらい。いっそ生まれて来なければ良かったって思うと、この世界そのものに逆恨みしはじめちゃって、そんな気持ちをずっと抱えてたんです。だから、魔王様の話を聞いたとき、仲間だなって思いました……魔王様も、リミニアちゃんを奪った、この世界が嫌いなんでしょう?」
「……そうかも……しれないけど……」
「とにかく、魔王様をお手伝いすれば私の望みは叶うんです……それに、こんなに可愛い恋する男の子、応援したくなるに決まってるじゃないですか、ふふふっ」
「……」
ユシェルの反応は変わらず芳しくない。ゼイネは説得を続ける。
「それで、具体的にどうお手伝いするかですけど、まずタノスさんが自殺したように見せかけます。通信機には“自殺術印”っていう、希死念慮を持つ人の免疫を暴走させて殺す術印が刻まれてるんですけど、これを発動させるんです。私が“被干渉”でタノスさんに擬態して、通信機のロックを解除して、“自殺術印”を発動させます。“被干渉”の発動中に免疫は活動しないので、実際に私が死ぬことはありません。実際、自分の通信機で一回発動したことがありますからね。それから“開錠”の持ち主をどうやって探すかですけど……これはまあ、賢者様に取り計らってもらうように頼んでみます。どうですか? 私は本気なんですよ」
「……」
ユシェルは難しい顔をしたが、やがて結論を出した。
「……分かったよ。一人でどうすればいいか分からなかったし……ゼイネのこと、信じる。よろしくね」
「やった! ありがとうございます、魔王様!」
「……その、“魔王様”っていうの……まあいいけど……」
ユシェルの不安そうな表情を見て、ゼイネはその小声に気づかず、彼の手を握る。
「大丈夫ですよ、絶対リミニアちゃんに会わせてあげますから!」
「……」
「その後、イオリさんが“開錠”の持ち主を探してることが分かったので、イオリさんに助け舟を出して、持ち主が判明した直後にその人を攫ってしまおうと思ってたんですけど……持ち主がミュシエさんだと知らせる前に、賢者様が“開錠”を使わせてしまったでしょう? あれが誤算でしたね。賢者様の身内じゃなければ、まず持ち主をイオリさんに知らせてから、その人の所に向かって“開錠”を使ってもらうように交渉するって流れになってたと思うんですけど」
得意げに語る、ユシェルの姿をしたゼイネ。場違いに聞こえる口調は、伊織との初対面の頃と変わらなかった。
「今、魔王はあんたに通信機を預けて、ミュシエさんを殺しに向かってるのか……」
「いえ、今すぐ殺しはしませんよ? まあいずれは殺すことになるんですけど、イオリさんがミュシエさんの死を“分散”させてしまったでしょう? だからすぐには無理なんですよ。ミュシエさんに致命傷を与え続けて、人類に死を肩代わりさせていって、全人類を滅ぼしてからですね。そのためにミュシエさんを攫うんですよ。ついでにイオリさんも攫って、魔王様に手出しできない所に置いておく……ふふっ、イオリさん自身がその絶好の機会を作ってくれたんです」
「……“分散”を解除できるわけじゃなかったのか……そんな方法で殺しても意味がないだろ。まず全人類を滅ぼせるだけの致命傷を与え続けるっていうのが可能かどうかも分からないけど、仮にできたとして、その“全人類”の中には魔王と俺も入ってるぞ……あんたもだけど……それにもし人類が滅んだら、肝心の“開錠”を継ぐ人間がいないだろ」
「イオリさんが“分散”させたのは、“この世界にいる人類”に向けてだったじゃないですか。イオリさんと魔王様は、人類滅亡の瞬間だけ下の世界に転移すれば問題ないです」
「……!」
閃いた様子の伊織を見て、ゼイネは不敵に笑った。
「ふふっ、今から下の世界に逃げようとしても無駄ですよ。障壁、貼り直されてるんで」
「……貼り直した……? 誰が……?」
「それがですね、前のものを貼った人と同じなんですよ」
「……フェンジェオとかいう、楽園時代の支配者だったか……?」
「そうです! 今、楽園時代に行方不明になった人なんて生きてるわけがないって思いましたよね? 私も実際会うまではそう思ってましたよ。フェンジェオさんに会えて、しかも仲間に加わってもらえたのは本当に幸運でした。フェンジェオさんの固有魔術は“分離”……肉体と魂を離して命を奪う、まさに致命傷を与えるのにぴったりの魔術なんです。それに、イオリさんがさっき言っていた、“開錠”を継ぐ人がいない問題の解決策も、フェンジェオさんが出してくれたんですよ」
「……」
伝聞でしか知らないその人物の存在について実感が湧いてこず、伊織は言葉に窮する。
「まあ、ここの辺りはフェンジェオさん自身に詳しく話してもらいましょうか。イオリさんに伝えたいことがあるって言ってましたしね……さあ、ついてきてください」
「……」
「抵抗してもいいですけど、そのときは気絶させて運びますよ」
「……あんたたちに従うよ……もうどうにでもしてくれ……」
伊織は素直にゼイネの手を取り、魔王のいる遺跡に向かいはじめた。
(調査結果の報告のときから、ゼイネにこの計画を立てるよう誘導されていたんだ……ミュシエさんと俺が離れている状態で、両方を安全に確保するために。俺は、失敗した……)
伊織が軟禁されている部屋は高層に存在し、ガラス張りの壁から見える薄曇りの空は、少し近くに感じられた。
「イオリさん、フェンジェオさんが来ましたよ」
「……」
「入りますね?」
扉が開く音が聞こえても、伊織は振り向かずに外の光景を眺めていた。
「初めまして、じゃのう」
「……」
「ああ、ゼイネには下がってもらいたいのじゃ」
「あっはい、どうぞごゆっくり」
扉は閉まり、フェンジェオは椅子を引いて腰かける。
「そうじゃな……とりあえず、顔を見せてもらいたいのじゃ」
「……」
「変装はもう解けておるじゃろう?」
「……」
「むう……無視し続けるつもりかの?」
「……あんた、俺に伝えたいことがあって来たんだろ。さっさと話せばいいじゃないか」
「ふむ……」
フェンジェオは腕を組み、柔らかい笑みを浮かべた。
「それもそうじゃが、おぬしから聞きたい話もあるのじゃ」
「……誰がこんな状況で素直に言うことを聞くんだよ。今から世界を滅ぼすような奴の言うことを……」
「ははっ、まあそうじゃのう……しかし、そういった者に向ける憎悪が、おぬしからは感じ取れんのじゃ」
「……」
「おぬしは憎しみを持てないまま魔王を殺そうとした。違うかのう?」
「……あんたは……」
伊織は思わず振り返った。長身長髪の美青年が、微笑んでいる。
「ふむ。おぬしの顔、なかなか良い造りなのじゃ」
「……」
「その物憂げな表情も、それはそれで悪くないがのう。おぬしの笑顔も見てみたいのじゃ」
「……笑えるわけねえだろ……俺の世界はもう滅んでて……この世界だってあんたたちが滅ぼす……なんであんたは笑えるんだよ」
「さあのう。確かなのは、わしは悔やんでいないということなのじゃ。おぬしは悔やんでおるのじゃろう?」
「ああ、そうだよ……俺の頭がもっと回れば、世界を滅ぼさずに済んだかもしれない……」
「……」
「……ああ、いや、もっと前からだな……」
そう言って伊織は歩き出し、フェンジェオの前に座った。
「あんたの言う通りだよ。俺はこんなときでさえ、誰を憎めばいいのか分からない……何か悪いことがあるたびに、自分を憎んでる。自分の行いを、悔やんでる……」
「そうじゃろう……おぬしがそうなったきっかけを、教えてくれんかのう?」
「……」
伊織が逡巡している間も、フェンジェオは黙って微笑みつづけていた。
「そうだな……この話は、誰にもしてこなかったんだけど……教えてやるよ」
一呼吸置いて、伊織はフェンジェオと目を合わせた。
「友達を殺したんだ」




