第42話 Uncrossed
手の中でカチリと小さな音が鳴って、金色の髪がそれに合わせるように揺れて、倒れた。
「え? え……?」
生まれて初めて引き金を引いたロザリタはぶわりと涙を溢れさせて、弾がでなかった拳銃と、倒れたエルを見比べた。
「え? なに? なんで……? どうし……?」
足がガクガク震えて尻餅をつく、銃を持った手が硬直してしまって指がはずれない。
「エル? ……エル?!」
手に歯を立てた。皮膚を噛み切った痛みでなんとか感覚がもどった指を引き剥がし、四つん這いにはいずりながら倒れたエルのところへいく。
「エル、エル!」
端正な顔の半分は傷口からの血で真っ赤に染まり、肌が青白い。
「ごめんなさい、違うの、撃つつもりなんて……なんで? 嫌、目を開けて……ねえ!」
ボタボタ滝のように涙が流れてロザリタはギュッとエルの手をとり、胸に泣き崩れた。
しばらくそうしていると、燃える炎の音に混じって、トクトクと知っているリズムがエルから聞こえてくることに気がついた。
ロザリタは泣きはらした顔を上げ、目をパチパチとまたたく。
「エル?」
「ローズ、こういうときはキスするんだ、そうしたら僕が愛の力で蘇るから」
「生きて……っ! 喋らないで!すぐ止血を……」
「弾の入っていない銃でどうやって人が殺せるんだよ。キミ、圧倒的に暴力ごとにむいていないな」
ロザリタは急いでエルの体を調べた。火傷や顔の傷はあったが、身体はまったくの無事だった。
「なら、どうして倒れたの……?」
「実はさっき毒を飲んだんだ……ウチで売ってる薬をすこしブレンドしたヤツで……おかしいな、僕は効かない身体のはずなのに全身痺れてきて……」
「バカ!」
「なんだよ、僕が死んだと思って、この世の終わりみたいに泣いてたくせに」
「最低だわ、私は……死人と大馬鹿者の区別がつかなくなっていたなんて……」
「初めて人を撃ったんだから仕方ないさ」
「弾は入っていなかったのでしょ」
「それでも、僕に向かって撃ったことにかわりない……うれしいな、キミが助けた男はたくさんいるけど、殺そうとしたのは僕だけなんだ……」
ヘラヘラと笑うエルにロザリタは腹が立った。
「貴方なんて嫌いだわ。大嫌い」
「ああ……言葉の散弾で死にそうだ」
「死ぬのは許さない」
エルに肩を貸しながらロザリタは起き上がった。
それが、初めて出会った大雨の夜のようで、エルは嬉しくなる。
「極悪人だとわかっても僕を助けてくれるのかい? それって、求愛を受け入れてくれるってことかな」
「私が医者だからよ」
煤だらけになりながら、ロザリタは言う。
「怪我をしていれば誰でも、助けてしまうの。マフィアのボスでも、泥棒の女の子でも、野良犬でも」
「バカをやらかした、大嫌いな鉄砲玉でも?」
「そうね」
煙と火を避け、アパルトメントの屋上から屋根が隣り合っている建物へと悪戦苦闘しながら逃げているとき、ロザリタは半壊したトリナクリアの街をみた。
ここにはもう、ルチアーノもコーザノストラもいない。
ならーー
「だけど、そろそろ私も助けが必要かもしれない。潤沢な物資を提供してくれて、新しい診療所を作ってくれて、治療方針に口をださない、そんな素敵な手助けをしてくれる人がいたら……まあ、デートくらいはしてもいいわ」
トリナクリアの惨劇は、事実上たった二日で幕引きとなった。
世間を騒がせたこの事件は、カポネファミリーの名を不動のモノにし、カポネのギャングスター街道のはじまりでもあった。
つぎにカポネが世間を騒がせるのはこの年の冬だ。南の保養地で医学連の医者と学者、数十人殺害した事件は多くの人間を震撼させ、春にはカポネファミリーは五大マフィアの一つに名を連ねられることになる。
義侠心と掟を何よりも重んじるカポネには敵が多く、少なくとも大手新聞は八回、彼の死亡を報じたが、そのつどカポネは表舞台に生き返ってきた。
興味深いのは、彼が支配するトリナクリアという街の治安の良さだった。
ギャングの街でありながら、犯罪と市民の死亡率が驚くほど低く平和だった。
とある記者が、トリナクリアについてカポネを取材したとき、彼はこう答えたそうだ。
「暗黒街こそ規律と秩序が求められる。僕の街では名誉と誇りが悪党のステータスなのさ。それに、3ブロックごとにドンパチしていたら、いつまでたってもデートの時間が確保できなかったというのも理由のひとつだ。僕とのランチより、バカのどてっ腹に空いた穴を縫ってるほうが楽しいとフラれることが無くなるからね」
アンクロッセド・クラウンーー了
完結です。
面白かったら★1つから評価を。
面白くなかったらゼロでお願いします。
感想コメント、面白かったつまらなかったところ、教えて頂けるとこれからの作品作りの課題になりますのでぜひアナタが読んで思ったままを教えてください。ここまでお付き合いありがとうございました。
この作品があなたと私の娯楽になることを祈って。




