影仁の闘い
影仁は亮の亡骸をしばらく見つめていた。恐ろしく強い敵だったが、最後はあっけないものだった。これが己の力を過信し、思考を放棄した者の末路ということか。影仁の表情には微かな憐憫が混じっているようにも見えた。
「……影仁さん」
影仁が前を見ると、薫が階段を降りてきていた。影仁の背後には、雅人と由夢がゆっくり歩み寄って来ている。影仁は壁際に寄り、雅人、薫、由夢が視界に入るようにした。一人一人の顔を見回すと頭を下げる。
「心配をかけた」
薫は目を丸くし、健気に微笑んだ。
「いえ、無事ならそれでいいんです」
「そうです。私たちは影仁さんを助け出すために来たんですから。最終的には逆にこっちが助けてもらっちゃいましたけど」
由夢は「あはは」とはにかむ。雅人はなにも言わなかったが、頬を緩ませていた。彼自身、感動的な場面は苦手なのだ。雅人は左耳のインカムを外し、影仁に付けさせた。
「桐崎」
『ああ、君が無事で本当に良かった』
「礼を言う。お前のおかげで仲間が犠牲にならずに済んだ」
『ふふっ。君らしくないね』
しばらく再会の余韻に浸っていると、雅人が折を見て真剣な表情になった。
「影仁、これからどうすんだ」
「お前たちは、先に戻ってくれ。俺たちの街に」
由夢は不安の入り混じった表情で影仁を見上げる。
「でも、影仁さんは?」
「俺は鬼人衆のリーダーを倒しに行く」
影仁は階段の上、玉座へ繋がる扉を見上げた。薫が必死な表情で身を乗り出す。
「それなら、私たちだって……」
「いや、俺一人で行く。あいつは俺の弟なんだ」
「そ、そんな……」
薫は先ほどまでの勢いを失い、口元を押え後ずさった。
「それに、その力も長くは持たないんだろう?」
雅人は瞠目した。影仁の今の発言は、明らかに狂鬼化薬のことを知っているようだった。由夢は目を伏せ、薫はスカートの裾をぎゅっと握った。
「お前、なぜそれを……」
「一応は千里鬼眼でずっと見ていたんだ。あのときは自我がなかったが、今なら分かる」
影仁は、僅かに眉尻を下げ顔を伏せる。しばらく沈黙が続いた。やがて、影仁がなにかを決心したかのようにまっすぐ顔を上げると、強い眼差しで三人を見回し深々と頭を下げる。
「『最後』に礼を言わせてくれ。ここまで尽くしてくれて、仲間になってくれて、ありがとう」
それだけを一方的に告げると、影仁は彼らに背を向け、ただ一人城の奥へ進むのだった。かつてない清々しさを胸に。
影仁は、両手に鋼鉄のトンファ―、腰に細剣を携え、城の最奥へと向かった。玉座の間に辿り着くと、玉座には宗次が腰かけ目を閉じていた。影仁はすぐに理解する。宗次は寝ているのではなく見ているのだ。千里鬼眼で。宗次はボロボロな鈍色のマントを羽織り、その内側にヨレヨレの旧式戦闘服を着こんでいた。かつてレジスタンスとして戦場を駆け巡っていたときのものだ。影仁はそのあどけなさが残る顔立ちと、かつて自分も着ていた戦闘服に懐かしさを感じていた。荘厳な覇気を纏ってはいるが、体は五年前から成長しておらず服はぶかぶかなまま。
影仁がしばらく立ち尽くしていると、宗次はゆっくり目を開けた。
「やあ、兄さん。ちゃんと鬼人になれたみたいだね」
宗次は目を細め微笑を浮かべる。その表情にはなんの画策もなく、純粋に喜んでいるように見えた。影仁は、微かに眉をしかめ低い声で応える。
「こんな力、欲しくなどなかった」
「そうかい。それは悪かったよ。僕も寂しかったんだ」
宗次は困ったように笑いながら肩をすくめる。影仁は、宗次の能天気な反応に苛立ちを覚え、鋭い眼光を突き付けた。
「知ってることを全て話してもらう」
「まぁ、僕が知っているのは千里鬼眼で得た情報を、自分なりに推理したものぐらいだけどね」
影仁の険しい表情に、宗次も改まったような真剣な表情で応える。もたれていた背をまっすぐに伸ばし、影仁の方へ身を乗り出した。




