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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第三章 鬼の鼓動
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鬼人の誕生

 その鬼は夢を見ていた。以前とは立場が逆になっていた。今度は、自分に立ち向かってきた戦闘員たちの死体を見下ろしている。

 この城に新たな敵がやってきた。長い黒髪に黒いセーラー服の騎士少女、大きな右腕を持つグリズリーのような戦士、栗色の髪にツンテールのスナイパー少女。三人は自分に挑んできた。しかし力の差は歴然で、瞬く間に彼らは倒れた。スナイパーの少女は蹴り飛ばされ壁に激突し、騎士の少女は腹を殴打され膝をつき、勇猛な戦士は顔を地面に叩きつけられ額を割った。


 ――ドクンッ!


 鬼は不思議な気持ちを抱いていた。誰に対してかは分からない。ただ、誰かが自分を呼んでいるような気がしていた。静かに、ゆっくりと、だが確実に鬼は目を開けた。


「――アァァァァァァァァァァッ!」


 今、鬼は目覚め、盛大な水しぶきと一陣の疾風が舞う――


 …………………………


 城のエントランス。亮はかろうじて意識のある半鬼狼たちへ軽快に語っていた。


「――いい加減直視しなよ、現実をさあ。愛しの影仁くんは死んだんだ」


 雅人は身をよじり、うつ伏せの状態から仰向けに転がった。朦朧とする目を開き、エントランスの天井を見る。万華鏡のような模様の天井画に目が眩む。


「かげ、ひと……」


 雅人が朦朧とする意識の中、リーダーの名を読んだ。


「いや……」


 由夢はうずくまりながらも一筋の涙を流した。そんな中、薫がのっそりと立ち上がる。階段の上にいる亮を見上げた瞳は、虚ろで生気が感じられなかった。落としていた細剣を再び拾う。


「……う、うわあぁぁぁぁぁっ!」


 幼子のような叫びを上げると、階段を飛び上がり亮へと迫った。意思を介さず、がむしゃらな突きを繰り出すが、すぐに手首を掴まれる。


「つまらないなぁ。もういいか。君、死ねよ」


 亮は不敵な笑みを浮かべささやき左手を振り上げた。薫は真上から振り下ろされる手刀をただ、虚ろな目で見上げる。その一撃はただの人間の頭蓋を砕くには十分だろう。


「じゃ、サヨナラ」


 トドメの一撃が振り下ろされる刹那――亮の眉がピクリと動いた。


「――来たか」


 開け放たれた城の入口から疾風が舞い込む。閃光のように駆け巡った人影は、まるで『鬼の脚』のような速さで亮へ迫ると、その胸に強烈な掌打を見舞った。

 両腕でガードした亮は吹き飛ばされ、壁に背を叩きつけられる。


 薫が瞳に光を取り戻す。へたり込んだ彼女の目の前に立っていたのは、黒装束で全身から水の滴っている乱入者だった。雅人と由夢も唖然とその姿を目に焼き付けている。


「――影仁、さん?」


「……へっ、そうこなくちゃな……」


「……良かった、生きててくれた……」


 感動の再会を静寂が包む中、「パチパチパチ」と亮が愉快そうに手を叩いた。受けたダメージなど意に介していない。


「さすがだ。リーダーの見立て通りだね。まさか本当に鬼人になるとは」


「これがお前らの目的か」


 影仁は不愉快そうに亮を睨みつける。その佇まいは普段のものだが、全身から漂うオーラは獰猛で禍々しかった。隣にへたり込んだ薫が、信じられないといった表情で口を押えている。


「そうだ。折角見つけた鬼人を君が殺してしまったからね。元の能力が高い君を鬼人にしようと考えた。鬼人になる条件は三つ。まず死ぬこと。獣鬼になること。そして目覚めた直後に、『心を揺さぶられる』ことだ」


 影仁は全ての条件を満たした。宗次に殺され、湖に沈められた後に獣鬼となった。そして、千里鬼眼で見た仲間のピンチで目覚めたのだ。


「そんなことのために、お前らはこれだけの人間を犠牲にしたのか」


 影仁の言葉に強い怒気が混じる。


「うぬぼれるなよ。君はついでだ。別に鬼人にならなくても構わなかった。目的は別だからね」


「なら、それを話せ」


「嫌だね。それにしても、君が鬼人になったのは喜ばしいが、残念だ」


 亮がオールバックの銀髪を撫で、悲しげに眉尻を下げた。次の瞬間、亮は影仁の目の前に迫っていた――


「――弱すぎる」


「っ!」


 影仁は亮の右ストレートを見舞われ、両腕で防ぐものの吹き飛ばされた。一気に階段の下まで落ちる。鬼の両腕で防いたというのに、かなりのダメージを受けた。床に手をついた影仁がすぐに上を見上げると、亮のかかとが迫っていた。


「そら!」


 バックステップで回避する影仁。亮のかかと落としは城の床を叩き割り、轟音を響かせた。亮はのっそりと上体を起こすと影仁へ目を向けた。影仁は眉をしかめる。


「……弱い、だと?」


「ああ。見たところ君の能力は、針生と同程度の『平均型』だ。せめて海野や隼人のような『特化型』なら許せたけど、その程度の力ならいらない。リーダーはそれでも仲間にすると言うだろうけど、僕は雑魚が大嫌いなんだ」


「そうか」


「そのすまし顔、恐怖と苦痛で歪めてあげるよ」


 亮は喜々として地を蹴り、影仁に高速で迫る。影仁は亮の姿を視界から外さず薫へ叫んだ。


「薫、剣を」


 薫は頷きすぐに手の細剣を影仁へ投げた。それよりも早く亮の掌底が影仁へ突き出される。


 ――ギィン。


 鈍い音が響く。間一髪、影仁は潤のトンファーを拾い亮の拳を防いでいた。

 遅れて細剣が降って来る。影仁はそれを掴むと亮へ向けて薙ぎ払った。亮は軽々と後ろへ跳び退く。影仁は、左手にトンファー、右手に細剣を握りしめ亮へと足を踏み出した。

 影仁の剣閃が鮮やかに宙へ描かれ、亮はステップを踏んで回避する。忌々しそうに頬を歪め、掌底と蹴りをカウンターで放つが、影仁には当たらない。細い剣閃と、鋭い手刀と蹴りと、トンファ―と……風を切るような応酬が高速で繰り返される。

 どちらも息一つ乱さず、熱戦を演じていた。当初、簡単に殺せると思っていた亮は焦りを募らせていく。影仁が亮の連撃をさばきながら諭すようにゆっくりと語り始めた。


「確かに俺は、腕力も脚力も、視力も思考力も全てがお前に劣っている。だが、そのハンデを己の努力、工夫、時には他人が補って前に進むのが人間だ。鬼のお前では理解できまい」


「お前だって鬼だろうがぁぁぁ!」


 亮は悔しさにぐしゃっと顔を歪め、渾身の掌打を繰り出した。影仁は紙一重で回避するが、風圧で胸を一文字に裂かれる。だが気にも留めない。


「俺は『元』人間だ。人間を語ってなにが悪い。お前のように人を忘れた、ただの鬼ごときがいきがるな!」


「ちっ、雑魚の癖に!」


 冷静さを失った亮は、がむしゃらに拳を繰り出した。その隙を影仁は見逃さない。遂に影仁の剣は亮の右腕を切り裂いた。無情にもぼとりと腕が落ちる。亮は目を見開き、奥歯を強く噛みしめながら大きく跳び退いた。


「……僕は認めない。生まれ持った力が全てなんだ。それを工夫や努力で覆そうだなんて虫唾が走るんだよ! 凡人は天才にこうべを垂れていればいいんだぁっ!」


 影仁は地を蹴った。無様に世迷言を喚き散らす亮へトンファ―を突き出す。防ごうとした亮の左腕を剣で切り捨て、その胸へトンファ―の切っ先を当てた。


「――もう二度と、生き返るなよ」


 トンファ―の切っ先からドリルが飛び出し、亮の胸を貫いた。

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