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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
第二章 激動
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生か正義か

 自分の身に迫る危機を知らない光汰は、その日も闇夜に紛れ街のパトロールをしていた。人目につかないよう極力暗い道を進む。人とすれ違う際は下を向いて歩く。ここ何日もパトロールし続けているが、一向に死鬼とは遭遇しない。今は、街の外れにある港区に来ていた。辺りに物流関係の倉庫や工場が並んでいる。


「やっぱ、こんなところにはいないか……」


「それはそうだよ」


 後方を歩いていた薫がクスクスと笑う。


「弓岡さんだって止めなかったじゃん」


 光汰が口を尖らせ、ジト目を薫へ向けた。


「まあまあ、絶対にないなんてことはあり得ないんだから、確かめるだけ無駄じゃないよ」


 薫は気にせずそう答える。真黒なセーラー服に半人半鬼の仮面を付け、腰に細剣を携えているというのに、発する声は鈴を転がすような可憐な声なのだから、えらくミスマッチだ。

 二人は港区を去りしばらく歩いた。街外れの公園に差し掛かると、


「あれ?」


 薫は、公園のベンチに蹲って寝ている少女に気付き駆け寄った。


「君、どうしたの?」


 薫が体を揺さぶると、少女は目を開け身を起こした。そして、自分の顔を覗き込む相手の顔を確認すると、「ひっ!」少女の顔が恐怖に歪む。当然の反応だ。なにせ今の薫は、不気味な半人半鬼の仮面を被っているのだから。


「あ、ごめんなさい」


 そう言って仮面を上にズラし素顔を晒すと、少女は安心し薫に事情を話し始めた。

 少女は『涼』という名で中学一年生だった。家で両親と口論になり、家を飛び出してきたようだ。家出するつもりでいたが、少し寝たことで冷静になったと語った。今の時間は深夜の0時。彼女の両親もさぞ心配していることだろう。


「じゃあ、涼ちゃんはもう帰るのね。家まで送って行くよ」


 薫は特に迷惑そうな様子を見せることなく微笑んだ。理想のお姉ちゃん像とはこのような女性なのかと、光汰は思った。光汰は弓岡姉妹のやりとりを想像し苦笑する。薫は少女と手を繋ぐと、蚊帳の外にいた光汰へ振り向いた。


「じゃあ、伊刈くん。今夜のパトロールはここまでで――」


 言いかけた薫の言葉が止まる。彼女は目を見開き、光汰の後ろを見ていた。その様子に悪寒の走った光汰は背後を振り向く。

 ゾウの形をした滑り台の上に『死神』がいた。否、鬼の髑髏の仮面を付け焦げ茶色のマントを夜風にはためかせた『死鬼』が。その紅い瞳はじっと光汰を睨みつけている。


「涼ちゃん、逃げて」


 敵から目を逸らさずに、緊張感を孕んだ声で薫は言った。


「え?」


 少女は状況が分からず、混乱している。


「ごめんなさい。お姉ちゃんは用事ができたから、すぐに帰って」


 有無を言わさない薫の切羽詰まった声に涼は従った。異様な寒気を感じながら逃げ出すように走り出す涼。しかし、突然死鬼が跳んだ。その着地点は涼の進行上。


「くっ! 待て!」


 光汰が慌てて走り出すも距離は遠い。


(あいつ、自分を見た相手は必ず殺すようにしてるんだ)


 光汰もしかり。雅人が倒れた夜、駆けつけた光汰は死鬼の標的となっていたのだ。


「い、いやっ!」


 両の目の前へ着地し、正面から涼へ手を伸ばす死鬼。間に合わない光汰。しかし、


「――彼女から離れなさい」


 薫が瞬時に死鬼と涼の間に割って入った。右手で細剣の柄を握ると抜刀と同時に薙ぎ払う。

 死鬼は、バックステップし紙一重でその一閃を躱した。


「涼ちゃんは左から逃げて」


 薫はそう告げると、足を踏み出した。そして、砂塵を巻き上げ死鬼に肉薄する。


「キヒッ!」


 死鬼は不気味に笑うと迫りくる薫へ手刀を放った。薫は体を逸らして難なく避け、カウンターの突きを放つ。紙一重で躱されるが構わず、連続で繊細な刺突を繰り出す。だが当たらない。


「……鬼の眼か……」


 薫は忌々し気に呟く。半人半鬼と違い、死鬼は正真正銘の獣鬼なのだ。個体差はあろうと、眼、脚、腕、どれをとっても人間の比ではない。


「クァッ!」


 薫の攻撃が緩んだのを機に、死鬼が反撃を始めた。


「うっ!」


 凄まじい勢いと速さで繰り出される手刀と貫手。紙一重で避けると、空気が裂け斬撃となって薫の肌を薄く裂く。


「弓岡さん!」


 インカムで桐崎への報告を終えた光汰は、涼が逃げ切ったのを確認し、薫の元へと急ぐ。


 ――ダンッ!


 とうとう、死鬼の掌底が薫の胸を直撃した。彼女は、かろうじて細剣を胸の前に滑り込ませて防御したが、刀身は簡単に折れ薫を吹き飛ばした。勢いよく地面に叩きつけられ、砂塵を巻き上げながらゴロゴロと転がる。


「かはっ!」


 光汰が駆け寄ると、薫は吐血した。なんとか呼吸はしているが、「ヒューヒュー」と瀕死の様相を伺わせる。光汰が声をかけるが、薫は呼吸をするので精一杯といったように反応できない。


「てめぇ」


 光汰が激怒を声に滲ませ、死鬼を睨みつけると、死鬼も何食わぬ顔で光汰を見下ろしていた。

 そこに、インカムから慌てたような桐崎の声が入る。


『どうした、光汰くん! 薫くんは無事か!?』


 光汰が通話をオンのままにしていたことで、現場の状況が伝わったのだろう。


「弓岡さんはなんとか生きてます! 早く病院に連れて行かないと」


 光汰の声は焦りで早口になっていた。


『光汰、影仁だ。場所を教えろ。すぐに向かう』


「街外れにある勇往公園です。影仁さんが来るまで、なんとか持ちこたえてみせます」


 光汰は、立ち上がり背の薙刀を構えた。その足と手は小刻みに震えている。

 しかし、桐崎の指示は予想外のものだった。


『……いや、君は逃げろ。勝ち目がない』


 光汰は耳を疑った。あの優しい桐崎が「仲間を見捨てろ」と言ったのだ。それに、ここで光汰が逃げれば、涼だって狙われる。逃げるという選択肢など論外だ。しかし桐崎と影仁の判断は合理的だった。


『……桐崎の言う通りだ。お前まで死なれるわけにはいかない』


 彼らは既に薫のことを諦めているようだった。


(それが正しい判断だってのか)


 光汰は仮面の下で、唇を噛みしめる。影仁たちにそう判断させてしまう自分の弱さが悔しかった。手負いの薫を連れて逃げることは困難。だからといって光汰一人で立ち向かっても、返り討ちに合い、犠牲者が増えるだけ。であれば、最も合理的な策は、光汰一人で逃げること。そうすれば、犠牲は薫一人で半鬼狼の戦力ダウンは一人分に収まる――だから、なんなのだ。


『光汰くん?』


 反応のなかった光汰へ桐崎が呼びかける。


「嫌です」


『待て、光汰』


 影仁が割り込む。その声は珍しく上ずっていた。焦りが感じられた。

 そんな影仁に申し訳ないと思いながらも、光汰は面を上げ目の前の強敵を見据えた。


「影仁さん、すみません。俺は初めてあなたの指示に背きます。だって――『生きる』よりも『正義』を選ぶのが、男ってもんでしょうっ!」


『『っ!』』


 影仁と桐崎が息を呑み目を見開いているのが想像できた。今の光汰にはそれで十分だった。

 光汰は静かに耳のインカムを外す。深く息を吸った。覚悟を決め、腰を落とす。そして、


「それじゃあ、雅人さんと弓岡さんのかたき討ちだ。行くぞバケモノォォォッ!」


 光汰は、叫びと共に恐怖を捨て、微動だにしていない死鬼へと駆け出した。

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