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蠱毒の鬼 -シンギュラリティオブオーガ-  作者: 高美濃四間
序章
1/114

獣の如き鬼

 ある日の満月の夜、賑やかな都会の隅で静まり返った住宅街。ある民家の屋根に悠然と立ち、なんの感慨も感じさせない瞳を事件現場へ向けている少年がいた。

 彼の名は『黒野影仁くろのかげひと』。タイツのような紺の戦闘服の上に漆黒のマントを羽織り、左右の腰には西洋風の剣が一本ずつ。顔には奇妙な仮面をしていた。顔面の中心をさかいに、半分が人、半分が鬼というものだ。誰が見ても不審者だと思うだろう。


「……」


 影仁の冷たい目線の先には、車から慌てて出てきた若い男女が二人。

 彼らは、デートの帰りとでも言ったところか、住宅街の狭い路地で車を走らせていたが、運悪く飛び出してきた人影をはねてしまった。

 すぐ停車しドアを開け、倒れた人に声を掛けるが反応はない。人をいてしまった二人は、真っ青な表情で顔を見合わせる。

 いつになっても動きはなく、やがて彼らは周囲をキョロキョロとせわしなく見回すと、被害者を放置して走り去ってしまった。

 決定的瞬間だ。


「……」


 しかし、屋根に立つ影仁は倒れた人から目線を外さない。ひき逃げ犯のことなど眼中になく、ただ轢かれた人だけを凝視していた。

 やがてそれは、のろのろと立ち上がると、ゆっくり歩きだした。どこかに向かっているという様子はなく、ただフラフラと彷徨さまよっているようだった。暗闇にうごめいている姿は闇の住人とでも言ったところか。

 影仁は屋根伝いに闇の住人のすぐ近くまで移動し、その姿をよく確認する。


「――見つけた」


 その声に反応するように、ゆらゆらと彷徨っていた闇の住人は空を見上げた。


「……アァァァ……」


 ――シュッ!


 鋭く風を切る音と共に、影仁が降り立った。

 闇の住人は慌てることなく、影仁に掴みかかろうと右手を伸ばす。しかし、その腕は肘から先が無くなっていた。

 そしてもう一閃。

 血飛沫と共に首が落ちる。


「――桐崎きりさき、標的は始末した。すぐに離脱する」


 抑揚のない低い声が宙を彷徨う。

 しかし周囲に人影はない。


『了解。ご苦労さま、影仁』


 落ち着いた低い声は、機械を通して影仁の耳に届く。彼は、剣を腰に納め血の付いたマントをその場に脱ぎ捨てると、暗闇に溶け込んだ。


 ――――――――――


 彼は夢を見ていた。

『中東生物災害』と呼ばれた五年前の悪夢を。


 それは中東での紛争終盤。

 響く銃声に怨嗟えんさの絶叫、そして積み上げられていく死屍累々《ししるいるい》。その凄惨な戦場に、二人の少年兵の姿があった。

 鈍色にびいろなボロボロのマントを羽織り、ヨレヨレなカーキの戦闘服に身を包んだ少年『黒野影仁』とその弟『黒野宗次くろのそうじ』だ。年齢は影仁が十三歳、宗次が十二歳。まだ幼かった影仁と宗次は、海外旅行中に戦争に巻き込まれて両親を亡くし、兵士として訓練され戦場の最前線で戦っていた。

 しかし、影仁は淡々としており人生に絶望もしていなかった。ただ生き抜くことができれば、それでいいと。そのためであれば、人を殺すのもやむを得ないとさえ思っていた。


 影仁たちの所属する反乱軍は、勝利を目前としていた。重要な拠点を次々に制圧していくと、首都の中心にある正規軍の本拠地へと進軍していく。

 そして、異変は起こった。


「――っ! な、なんだっ?」


 敵の本拠地で派手な爆発音があったのだ。それを聞いた味方兵が浮足立つ。それでも影仁だけは慌てることなく、どのように目標を達成するかを考えていた。

 しかし――


「ぎゃぁぁぁぁぁあっ!」

「な、なんだこいつらはっ!」

「敵の兵器か!?」


 先頭で前進していた小隊から断末魔の悲鳴が響く。影仁は足を止めた。敵の陣営から全速力で疾走してくる人影を見たからだ。

 それはまるでイノシシのようにまっすぐ突き進み、素手で兵士に襲いかかると、人肉を噛みちぎっていた。獰猛どうもうな息遣いと、白目を剝き不自然に筋肉が隆起したそれは、バケモノ以外に形容できなかった。

 よくよく見てみると、そのバケモノたちは敵の軍服を着ていた。影仁は尋常でない悪寒に突き動かされ、敵の本陣へと一心不乱に駆け出す。


「ちっ! どけぇっ!」


 影仁は、襲い掛かってくる人の形をしたバケモノたちを両手の剣で切り伏せながら、返り血をものともせず駆け抜ける。


「くっ! うおぉぉぉっ!」


 雄叫びを上げ、次々倒れていく仲間を尻目に押し通る。柔軟でまだ未発達な体を武器に、仲間の横をすり抜けながら。

 ようやく本拠地へと辿りつき、建物に入ると、そこら中で断末魔の悲鳴が響き阿鼻叫喚あびきょうかんちまたと化していた。


「――兄さんっ!」


 影人は先行していた弟と合流し、心の中で安堵した。

 荒んだ日常の中でも、たった一人の家族への愛は残っていたのだ。


「宗次か。一体なにが起こっている」


「僕にも分からないよ」


 影仁などよりも感情豊かな宗次は、眉尻を下げ不安げに瞳を揺らしている。

 しかし右手に持つ剣からは、したたり落ちるほどの血が付いており、激戦を潜り抜けてきたのだと分かる。


「そうか……とりあえず散開だ。手分けして司令部を探すぞ」


 司令部なら何かを掴めると考えたのは、影仁の直感だった。これはおそらく、敵にとっても予想だにしない事態に違いないと。


「でも、固まって動いた方が……って兄さんっ」


 宗次が答えようとしたときには、影仁は駆け出していた。

 事態は刻一刻を争う。

 背筋を這いあがる恐怖感を紛らわせるため、今すぐにでも動きたかったのだ。


 ――宗次と別れてから数十分が経った。

 影仁は慎重になりながらも、確実に前へと進んでいった。

その間、遭遇したのは謎のバケモノと怯え逃げ惑う敵兵たちだった。

 敵の軍服を着たバケモノが敵兵に襲い掛かる光景は、影仁も唖然とせずにはいられなかった。しかし影仁は情け容赦はかけず、まとめて始末する。

 味方もバケモノの猛威に気圧され、中々進めないでいた。


「くそ……」


 影仁は、体力と共に精神力をも消耗していく。

 迷路のようになっている施設では、中々司令部が見つからず、同じ場所を行き来したりしていた。


「ここはもうダメか……」


 さら時間が経ち、施設全体に火が回ってきた頃、影仁はようやく司令部へとたどり着いた。そこは既に火の海で、床には無数の死体が転がっていた。

 豪勢な軍服を見るに、敵の上層部だと推察できる。

まさしく地獄絵図だ。

 生き残りがいないかあたりを見回していると奥に一人(たたず)んでいた。

 背丈はまだ少年。右手に血で真っ赤に染まった剣を握り、鈍色のマントを羽織っている。


「……宗次、なのか?」


「兄さん……」


 宗次は振り向いた。さきほどまでの気力はなく、まるで魂が向けたかのようにふらふらと揺らめいている。急に体格が良くなったように見えたが、影仁は気付かないフリをした。


「一体なにがあった? これはお前がやったのか」


 しかし宗次は答えず、虚ろな目で茫然と一点を見つめ、立ちつくしているだけだ。焦点もあっているようには見えず、狂気とも分からない危うさを漂わせている。


「……僕はね……分かってしまったんだよ」


「なにがだ?」


「なにをやっても無駄なんだよ。僕らはただの『えさ』なんだ。たった一体の『鬼』のためのね」


「……鬼、だと?」


 影仁は聞きなれないその言葉に困惑した。弟の気がふれてしまったのかと考えた。しかし、炎で脆化ぜいかした建物の支持物が落下し始め、思考が中断される。


「とにかくここはもうダメだ。一度外に――」


 急速に炎の息吹が活性化する中、影仁が最後に見たのは、宗次が今にも泣きそうな表情で背を向けるところだった。

 そして影仁の視界を眩い光が包みこんだ。


 ――それが全ての始まりだった。

 二十年にも渡る、全人類を巻き込んだ人体実験の、人と鬼の戦いの始まり――


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