影仁の日常
「――ん?」
影仁がゆっくり目を開けると、そこは教室だった。彼は自分の机に突っ伏し寝ていたようで、ゆっくり上体を起こすと、大きく息を吸う。
夢を見ていた気がするが、おぼろげで詳しく思い出せない。
時刻は昼。
教室は若々しい声で活気溢れていた。高校三年生にもなって落ち着きがない。
影仁が寝ている間に授業は終わったようで、弁当をバッグから取り出して机に置いたり、連れ立って購買へ向かう生徒もちらほら。
影仁は、出遅れたと慌てることなく、校庭側の隅の席で昼はどうするかと考え始めていた。
そんな中、無視できない単語が耳に入る。窓際で話をしている二人の女子からだ。
「ねぇ知ってる? 『鬼』のウワサ」
「え~なにそれ~?」
女子生徒は嬉々として話そうとするが、影仁にじっと見つめられていることに気付く。影仁は目が合ってもそらさず、話の続きを待っていた。
影仁は知りたかった。
本来、闇夜を徘徊する怪物『獣鬼』の情報は国家レベルで秘匿されている。それを知っているのは、行政の防災担当から警察や警備会社、一部の医療関係者ぐらいのものだ。影仁のような例外もあるが。
影仁と目が合ったお下げ髪の女子生徒は、慌てて目をそらし俯いた。
もう一人はその反応に首を傾げる。
「……どうしたの? ねぇ、早く続き……えっ?」
もう一人も気づいた。影仁が彼女たちに無機質な瞳を向けていることを。その不思議な雰囲気からか、二人は固まりぎこちない仕草で目を見合わせる。
「は、早く食堂いこ!」
二人のクラスメイトは、なにかやましいことがあるかのように、そそくさと教室を出る。
「……」
影仁は欲しい情報が得られず、静かにため息を吐いた。
「――なぁにやってんだよ、影仁ぉ~。お前そういうことばっかするから、女子に勘違いされるんだろ?」
影仁が視線を前へ向けると、二人の男子生徒が影仁の机の前に立ち苦笑していた。
友達の一人『智也』が「あちゃ~」と頭を押さえため息をつく。
智也は人当たりのいい穏やかな性格で、いつも一人でいた影仁にもこうして気さくに接している。細かいことは気にしないムードメーカー。
顔立ちや体格は平均的で、どこにでもいる健全な男子高校生といった印象だ。
影仁は智也を見上げ抑揚のない声で答える。
「そうなのか。別に大したことではないだろ」
「いやいや。それでキモいとか言われるならまだしも、お前そのルックスだからいったい何人の女子が泣いたことやら」
影仁には「勘違い」の意味も分かっていなさそうだったが、智也は両手の平を上へ向け、やれやれと首を横に振る。
「くだらないな。俺には関係のないことだ」
影仁は特に表情を変えることなく呟いた。
冷たい態度に見えるが、しっかりと会話のキャッチボールをしていることが、友達と認めている証拠なのだと智也には分かっていた。
「ひぇ~。クールだねぇ」
智也の横にいたもう一人の友人『直人』がカラカラと笑う。
彼は、黒ぶち眼鏡にスラッとした長身の優男で、インテリ感を醸し出していた。しかし、口を開けば道化のような軽い口調にギャップを感じさせる。
一年前に転校してきたが、当時は抜き身のナイフのように鋭利で近寄りがたい雰囲気を纏っていた。しかし、智也が懲りずにスキンシップを続け、徐々に心を開いていったという経緯がある。
今では三人で寄り道だってする仲だ。
直人に続き智也が薄ら笑いを浮かべて言い放つ。
「まったくだ。気取ってねぇでさっさと彼女作っちまえよな」
影仁はなんの感情も映していない瞳で智也を一瞥すると――
「人の心配はいいだろう。自分のことに集中しろ」
智也は「ぐふぁっ!」と急に奇声を上げ、胸を押さえながらガクンと肩を落とした。どんよりとした空気が漂い出す。
「いやぁ~見事なブーメランだね。影仁もちょっとは手加減してあげようよ」
直人も自分への言及が怖いのか腰が引けている。
「ふん」
影仁は小さく鼻を鳴らすと、席を立ち廊下へ出た。
今日の昼は食堂だ。
「ま、待てよ影仁!」
二人が慌てて後を追う。
これが今の影仁の日常だった。
五年前の中東生物災害以降、宗次は行方不明。
異形のバケモノは日本にも襲来し、『獣鬼』と命名され、影仁は水面下で戦い続けていた。




