6話
「にーちゃん、最近楽しそうだね」
「だからこんな美少女を捕まえてにーちゃんと呼ぶな」
私はランベールの部屋で寛いでいた。
今日はお母様もお祖父様も領主としての仕事のために屋敷を空けているため、珍しく二人揃っての休日となった。お母様が居てお祖父様が居ない日は礼儀作法や古典、貴族としての教養の授業に費やされ、逆にお母様が不在でお祖父様が居る日はとにかく修行の日だったが、どちらも居ない日は体と頭を休めるというのが暗黙の了解になっていた。
メイド達もどこか空気が緩んでいる。戦国武将ならば主人がいないときこそ攻められる危機なのだから気合を入れろと言うところなのだろうが、別に戦争状態でも何でもない平時なのだから、ここは大目に見ようじゃないか。だからそこなメイドよ、菓子を持って参れ。
「膝の故障の心配もなく体を動かせるしな。じーちゃんはすげーわ」
「本当に大丈夫? 無理してない?」
「大丈夫だって。マンツーマンでプロからコーチングされてると思えば、むしろ学校の部活より遥かに安全なくらいだ」
「すごいなぁ……ちょっと僕はアレにはついていけないよ」
「おまえ、7歳の女の子に体力で負けてどーすんだよ」
「魔法だってあるんだから年齢じゃわかんないよ」
「まだ魔法習ってないぞ」
「ええっ!?」
「なんだよそんな驚いて」
ランベールお兄様は驚いている、というよりドン引きに近い。
「いや、うーん……まあいいか」
「なんだよ意味深だな」
「ストップウォッチもメートル法のメジャーも無いからなんとも言えないけど、多分今のデジレは中学生の平均的な体力は超えてるかも」
「いや流石にそこまではないだろ」
「まあ勘違いかもしれないけど、同い年の子と比べる機会あったら考えてみなよ」
「つっても学校も行ってないしなぁ……」
そう、俺達は学校に行ってない。
街には幼年学校はあるのだが、俺達クラスの身分ともなると「幼少期の教育は家庭教師や親が教育するもの」というハイソサエティの不文律があるらしい。自分もお兄様も家庭教師やお母様、そしてお祖父様から色々と教わっている。
「あ、そうだ。ぼく学校にはまだ通わないけど、引っ越そうと思ってるんだ」
「ほわっ!? なんで!?」
「前にちょっと言わなかったっけ。金策するって」
「あー、言ってたな。でも大丈夫だと思うぞ、そんな高価なマジックアイテムが無くても」
「……にーちゃん、ちょっと思い出したことがあるんだよ」
「ん? なんだ?」
「……お祖父ちゃん、多分5年以内に死ぬ」
「ほああああーー!?」」
俺はいきりたって立ち上がり、ランベールお兄様の肩を掴む。
「おま、ちょ、どういうことだよ!? 10年くらい余裕あるんじゃなかったの!?」
「ちょっと変な声出さないで!」
「落ち着いてられるか!」
「詳しく説明するから落ち着いて!」
ランベールお兄様が視線で、椅子に座れと俺に促す。
「……すまん」
「ゲーム中、僕の家族はまずデジレ、にーちゃんとおばさまだけって状況なんだ。僕は今10歳でゲーム開始時では20歳だから、それまでの間にお祖父様が死んでしまうはず……。ただ今は十分に元気だし、近い話じゃないって踏んでた」
「ふむ」
「で、話は変わるけど、今のハークレイ家の領地はこの屋敷周辺と山間の村々、あとは街道筋の町や村なんだけど……ゲームではほとんど領地が残ってないみたいなんだ。王都に屋敷を構えているだけで、収入源は『ランベール』の軍人としての給料だけって設定」
「……領地が奪われた?」
「国から召し上げられたか、手放したか、そんなところだと思うけど……お祖父様が居る限りはおりえないよ」
なぜ? と、ランベールお兄様の断定口調が気になって問いかける。
「お祖父様の故郷がここだからね。お祖父様はこのへんじゃカリスマなんだよ。魔獣退治とか賊退治とか、常に最前線で戦ってきたから。他の貴族が『今日から私が領主です』なんて言ったって絶対に上手くいかない。最悪反乱や一揆が起きる」
「なんだその忠誠心マックスの領民達」
「若い頃は凄かったらしいよ。でも逆に言えば、お祖父様が居なくなれば話は別。重しになってたお祖父様も居ないとなればこの領地を欲しがってる貴族は出るだろうし領民も諦める。血族の少ない僕らが領地経営にこだわる必要もない」
「……領地を抱えない方が良いって状況が来るわけか」
「ゲーム中のセリフで、ランベールが『領地の屋敷を捨てて5年くらい』ってセリフがあったんだよね。つまり20歳にとっての5年前。15歳くらいには家族ごと王都に移り住んでたってわけ」
「……それで『5年以内』ってことか」
「お祖父様が死ぬって話の根拠は他にもあるんだ」
「なんだ?」
「無双版のぼく、ランベールの必殺技って覚えてる?」
「えーと、攻撃技が滅魔剛剣だったかな。威力重視の単発の近距離攻撃。それと防御力を上昇させる滅魔剛体、そこから派生する大防御あたりか」
「お祖父様が教えてくれる滅魔闘法は、剣だけじゃなく槍も弓も素手も、なんでも扱う変態拳法なんだけど」
「変態言うな」
「他にも魔法防御とか闇のモンスターとかにも対抗できるって話なんだけど、ゲーム中のぼくは剣しか使えないんだよね」
「……そう言われると妙だな」
前世の頃もそれなりに使ったキャラだが、まさしく騎士といった風貌であり性能もそれに準じていた。デジレとはまったく真逆だ。
「そういえば、「デジレ」は武器をなんでも使おうとして中途半端な性能になってるよな」
「うん。そこから推察すると、お祖父様が途中で死んで失伝したって考えるのが一番自然なんだよ」
「嫌な状況証拠ばかり積み上がってくるな」
いくら回復魔法があるとはいえ近現代の医療制度の無いファンタジー世界であることを思えば、60代半ばで死ぬというのは不思議ではないかもしれない。が、近親者が近いうちに死ぬと言われたら流石に焦る。
「死因とかわからないのか?」
「魔獣退治で……」
「お祖父様が魔獣退治で死ぬ? ちょっと信じられんな……」
「いや、退治は成功したけど、ギックリ腰になって外に出られなくなって体力が落ちて、最終的には老人性肺炎にかかって死んじゃう」
「それ世知辛すぎない?」
流石にちょっと脱力してしまう。武人の最期としては不憫過ぎる。
「だってゲームのシナリオの中でランベールがそう言ってたんだよ!」
「しかしなぁ……ギックリ腰って回復魔法じゃ治らないのか」
「老年の人には回復魔法ってかかりにくいんだって」
「あー……」
それはなんとなくわかる気がする。
年齢関係なくほいほい治療できるなら不老長寿だって成立してしまうしな。
「だからにーちゃん」
「にーちゃんと呼ぶな」
「お祖父様が元気でいられる時間は限られてるんだ。修行も急がないとマズいかも」
「……いや、修行は急ぐが諦めるには早いぞ」
「へ?」
「どうも修行する上で遠大な目標しかなくて困ってたんだ。15歳になったらなんとかっていうおばさんをぶっ飛ばすとか、ランベール家の流派を継ぐとか。そこに行き着く前の目標として、ウチの領地を荒らす不届きな魔獣を倒す。それが良い」
私がむふんと鼻息荒く宣言すると、お兄様は疲れた顔で俺を見る。
「……にーちゃん、あのさ」
「なんだお兄様」
「筋肉とかパワーで解決する以外の思考って無いの?」
「無い!」
「せっかくスリムになってお嬢様らしくなってきたのに……」
俺が断言すると、お兄様は深々とため息を付いたのだった。




