5話
「結婚は諦めて剣の道に生きることにしようと思う」
「7歳の人生設計にしてはちょっとどうかと思うんだけど」
ランベールお兄様の部屋に遊びに行って人生相談をしたら彼は頭を抱えてしまっていた。
そんな顔しなくてもいいだろうと思うんだが。
「いやだって、メリットしかないんだよ」
「そーだけどさー、貴族家の女の子の生き方としてそれはどうなの?」
「お前だって悪いんだぞ。鳥兜未亡人だかなんだかを返り討ちにしろとか無茶言うから」
「いやあくまで思いつくところ言っただけだよ! ていうかタイマンでぶっ倒せなんて言ってないよ! 学校に入った時に腕利きの身辺警護を雇うとか、即死や催眠を防ぐマジックアイテムを調達しようとか考えてたんだから!」
「なるほど、マジックアイテムか」
「即金で買うとなると相当高いけどね……まあゲーム知識とか日本の知識を使って金策しようとは思ってるけど」
「さすがは次期当主様」
これは素直に感心した。こいつも前向きになってきたな。
「まーともかく、お祖父様から剣を真面目に習おうと思う」
「……大丈夫?」
お兄様は本気で心配そうな顔をする。
確か、相当過酷だとか言ってたな。
「前世じゃ陸上で鍛えたしな、それにそろそろダイエットしなきゃマズいし」
「それはそうだね」
「そこは素直に頷いてほしくなかったなお兄様」
ええい、この年頃で太ってもいずれ縦方向に伸びていくから良いんだよ。
泣いても笑っても成長期が来るんだから。たぶん。
「この世界じゃ女剣士や女冒険者だって居るだろう。魔法だってあるし、男のパワーを覆す手段だって少なくない」
「そりゃそうだけど、剣ばっか振ってたら結婚できないよ」
「むしろそれも狙いだな」
「あー、やっぱ抵抗あるんだ」
ランベールお兄様はなるほどと納得していた。
「むしろお前の方はどうなんだ?」
「ぶっちゃけた話、どうでも良いかな。前の世界だって積極的に彼氏欲しいとか思ったこともないし。ま、おばさまあたりが適当に見繕ってくれたら結婚するよ」
「テキトーだなぁ」
むしろお兄様も女性に対して淡白過ぎる。
上手いこと結婚できたとしてもちゃんと結婚生活を維持できるのか、妹分としてはとても心配だ。
「ていうか自分の自由意志で結婚どうこうとか無いよ、割と高位の貴族だもん。たぶん一番身軽なのは豪商の次男坊とか男爵あたりまでの貴族くらいじゃないかなぁ」
「なるほどなぁ……」
「ていうかおばさまはどうなの? 反対すると思ったけど……」
「そりゃしたさ。婚期が遅れるからやめろってな」
「だよねぇ」
私がやれやれとばかりに肩をすくめると、お兄様がくすくすと笑った。まったく他人事だと思って。
「幾つか条件付きで認めてもらったがな」
「条件ってどんなの?」
「ひとつは礼儀作法や勉強もちゃんとすること」
「まあそこは大丈夫でしょ。礼儀作法は要は慣れだし、勉強も、日本の高校卒業してるんだから十分以上にアドバンテージがあるよ」
「まあ勉強は大丈夫だと俺も思う。それともうひとつ条件があって、軍や騎士団には入らないこと」
「まあ……それはね」
父上や伯父上の死を考えれば、そういう条件を付けるのもやむなしだろうな。
私がことさら言葉に出さずとも、お兄様はお母様の気持ちをよく理解している。
「そこ、お祖父様はなんて言ってた?」
「反対しなかったよ」
「そっか」
そう言ったあと、お兄様は何も言わずに部屋の本をぱらぱらと流し見していた。
「ま、無理しちゃダメだよ」
「そりゃお互い様だろ、お前こそあんまり抱え込むなよ」
私がそう言うと、お兄様は朗らかに笑った。
★★★
この世界には魔法がある。
火を放ったり、水を出したり、風を巻き起こしたりといった超常現象を起こすことができる。
いわゆる地水火風といったわかりやすい括りもあり、原作ゲームにおいても説明書に記載されていた。すべての魔法がその4属性のどれかに分類されるというわけではないが、その例外となる魔法はあまり多くはなく何処の学校でもその4属性を基本として教えられる。ほとんどの教科書の序盤で水を生成する魔法や火をつける魔法が解説されているため、まずそれを使えない貴族は居ないだろう。
だが属性よりも前に、重要な分類があった。
オドとマナである。
オド――己の内なる魔力のことであり、マナとは自然に存在する魔力のことを指す。
この2つをどう使うかによって魔法はまったく違う姿を見せる。
「もっとも貴族学校や魔法の研究者などは、オドのみを使う魔法は魔法と認めんがのう」
私はお祖父様の話を青空の下で聞いていた。今私達がいるのは屋敷からすぐ近くの丘だ。女中すら付けておらず二人きりだ。お母様は手伝いという名の見張りを付けようとしたが、お祖父様が「修行の邪魔」と一蹴した。
「どうじゃ、わかるかの?」
「オドを使う魔法には属性ってあるんですか?」
「無い。あえていうならば、『人間』という属性じゃな」
「にんげん?」
「オドとは人間の生命エネルギー。人間にできることを強くすることはできても、人間にできないことはできぬ」
「なるほど……」
「マナの魔法は、自然から力を借りる術じゃ。故に水や砂、鉄を産んだり、火を起こしたり、風を吹かせたりという、人間には本来できないことができる」
「それが違いなのですね」
「わが流派は、そのオドを使いこなすことに根ざしている。つまり、人間ができることしかできない」
「はい」
「……がっかりしたか?」
そう尋ねるお祖父様の顔は、どこかイタズラっぽい表情をしている。
確かに、今の説明を聞かされればマナを使う、いわゆる一般的な魔法のほうが強いと感じるだろう。
「……マナを使う魔法に限界は無いんですか?」
「賢いの。気付いたか」
お祖父様がにやりと微笑む。
「マナを使う際は、オドを使うのだ」
「えっと……」
「言葉が悪かったな。自然の力を借りるために、己の力を差し出すと言ったほうがよいかな。例えば、馬を走らせるためにはまぐさや水を与えたり世話をせねばならんだろう? タダで自然の力を借りられるほど都合良くはないのだ」
なるほど、RPGで言うMPみたいなものだな。
「どちらにしてもまず自分の力を使うわけですね」
「うむ。それに……あくまで儂の考えじゃが、オドの魔法とマナの魔法に優劣はない」
「なぜ?」
「人もまた自然の一部だからじゃ。それにあくまでマナを主体とした魔法は、あくまで自然から力を『借りる』までであって、自然を支配するような神通力ではない。じゃがオドを主体とした魔法は人間に秘められし力を十全に扱うことができる」
「はい」
「だが、逆も真なり、じゃ。魔法を使わずとも己の体を十全に扱えぬようでは、オドを使った術を十全に扱うことはできぬ。ゆえに」
「はい」
ちらりとお祖父様は私を……というか、私のお腹や二の腕を見た。
「まずは走り込みじゃな」
……ダイエットですね、わかります。
★★★
『俺』は高校生の頃、陸上部に所属していた。
小学生の頃からずっと陸上一筋の長距離ランナーだ。持久力と脚の速さについては自身があり、全国大会にも出場したことがある。
続けていた理由は単純で、家族や妹が褒めてくれたとか。部活の友達と仲が良かったとか、単に走るのが楽しかったとか。大学への推薦を勝ち取れるくらいの記録が出せたこととか、まあそんなところだ。自分で言うのもなんだが、かなり頑張ったほうだと思う。
辞めた理由も単純で、オーバーワークによる故障だった。あっけなく陸上とは関係ない人生を歩まざるを得なくなった。高校三年だと言うのに受験勉強も捗らずに遊び呆けて、結果として留年。妹の早苗が居なければもっとひどい有様だっただろう。
「どうした、へばったか?」
私は屋敷のすぐ近くの丘、お祖父様と二人で修行をしていた。
朝に水浴びをして稽古着に着替え、軽くアップをした後に朝食。
そしてその後はずっと稽古だ。
大の字になって倒れる私に、お祖父様が煽るように声をかけた。
「なんのこれしきぃ……っ!」
お祖父様は、私が死にかけの犬の如くよろよろと立ち上がるのを見て嬉しそうに頷く。
「よし、自分で立ち上がったな」
だから今は、思う存分体を動かせることがたまらなく嬉しかった。
体力を使い果たしても、またすぐに内から湧き上がる力が体を動かしてくれる。
そして、
「……うむ、どこもおかしいところはないな」
お祖父様の手が私の体を撫でる。
別にそこにやましいものはない。お祖父様の手は、医者や回復魔法の使い手など裸足で逃げ出すほど鋭敏に怪我や故障の兆候を読み取り、そして痛みや痺れとして顕在化する前に直したり修正したりしてしまう。無理な鍛え方や、痛みとして現れない負荷すらも読み取ってしまうために、現代スポーツ科学以上に安全にトレーニングをすることができる。
というか、こうして怪我を治すことが前提であるために、修行の密度は凄まじいものであった。木登りして転んで怪我した頃からまだ3ヶ月ほどしか経っていないが、今とそのころの体力では雲泥の差だ。
家族に見守れながら体力がすっからかんになるまで修行に励むのは、楽しかった。
怪我を心配すること無く思う存分に走り、飛び跳ね、持ち上げ、鍛え上げるのは、楽しかった。
「……しかし意外じゃな」
「意外?」
「すぐ音を上げるかと思っておったわ。お前の父など、なんど修行から逃げたかわからぬわ」
その声に、父達の訃報が届いた頃の陰鬱さは無かった。
家族の死は悼むべきものだが、その痛みがときと共に薄れていくのは悪いことではないと思う。というか、そもそも父のことをよく覚えていなくて、懐かしさを共有できないことを申し訳なくとすら感じる。だからお祖父様が私との修行で悲しさが薄れるのであれば、全力で取り組みたいと思った。
が、それはそれとして。
「お祖父様……魔法とか剣とか、まだ教えてくれねーの……?」
「まあ、もう少し待て。このまま頑張ればいずれそれも教えよう」
「っしゃ!」
「……お主、ちょっと柄が悪くなったのう? 母上の前ではちゃんとするんじゃぞ?」
「わ、わかりましたわ」
うおっと、体力が尽き果てると頭が回らなくなるな。
どうも男だった頃の喋り方になってしまうな。
「よし、そろそろ帰るか。お主の母上に怒られてはかなわんからな」
「はいっ!」
そしてお母様に隠れて水浴びと洗濯を済ませて汗まみれ泥まみれの自分の姿を隠蔽しようとしたのだが、目ざといお母様をごまかせるはずもなく、程々にしろとお祖父様ともども怒られたのであった。




