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リュミエーレ王国純愛奇譚無双  作者: 富士伸太
デジレ=ハークレイ 7歳~12歳 目覚めのとき
4/12

4話

 我が従兄、ランベールお兄様は元気を取り戻してベッドから起き上がり、ようやく普通の飯が喉を通るようになった。


 やや強引な手段を取ったことはメイドに咎められそうになったが、結果良ければ全て良しということでお母様やお祖父様にはたいそう喜ばれた。当主とその弟が共に死んで以来暗い影を落としていた屋敷に、僅かではあるが光明が灯った。


 使用人たちの子供らも、ガキ大将の帰還に喜んだ。だが戻ってきたガキ大将は今までよりも少し様子が違った。大人になったといえば良いのだろうか、戦争ごっこのような今までのような無茶な遊びはしなくなり、勉学に励むようになった。男のガキどもは不満だったようだが、女達にはウケがよくなった。そして周囲の大人達からも、ランベールは尊敬や慈愛の眼差しを受けるようになった。父母どちらも亡くしながらも諦めずに次代当主としての自覚に目覚めたのだと。しかも存命の頃の当主や当主の弟は脳筋で軍務や訓練ばかり。お勉強や事務仕事が大層苦手で、我がハークレイ家では「男は現場仕事に逃げる」という根強い偏見があったため、「勉学に励む男子」というのは屋敷で働く人間たちにとって新鮮を通り越してもはや革命的ですらあった。お母様など感激に打ち震えてむせび泣いたくらいだ。


 が、いささか不満を持った大人も居なかったわけでは無い。


「お祖父様は不満なのかな。どう思うデジレ?」

「うーん……」


 私は今、従兄のランベールお兄様と一緒にピクニックへ行く、という名目で屋敷から外出をして相談をしていた。


「剣を習わないかって言われて断っちゃったけど、やったほうが良いのかなぁ……やだなぁ……」


 やれやれと溜息を付きながらランベールはサンドイッチをかじる。

 引きこもり生活から脱して一ヶ月ほど経ち、ずいぶん血色もよくなってきた。

 むしろわんぱく坊主していたときよりも顔が引き締まり、使用人の娘達にキャーキャー言われている……どころか、良い年したメイドさえも顔を赤らめている。まったくなんてリア充だ。というかウチの職員にショタコンが居るんですが良いんですかお母様。お兄様はまだ10歳なんだけど。


「そうは言うが、ある程度はやらなきゃマズいぞ」

「それはわかるんだけどね……」

「まあ私も無理強いはしたくないんだがな」


 お祖父様――ケヴィン=ハークレイは、ランベールが勉学に励むのを見て励ましはするものの、どこか憂い顔のままであった。最近は悩んだ顔のまま自室で物思いにふけっていることが多いらしく、メイドたちが心配している。


「……って、あれ?」

「どうしたのにーちゃん」

「にーちゃんと呼ぶな。いやちょっと違和感があるというか」


 何か引っかかる、と考え込んでいたが、思い出した。

 お祖父様は私のお母様から「剣を教えてやれ」と言われたというのに、「才覚がない」と言って切り捨てていたのだ。


「本当にお祖父様は、剣の話で不機嫌になったのか?」

「だってお祖父様が悩みだしたのは、僕が剣を習うのを断ってからだよ」

「ふーむ……」


 確かにその通りなのだが、どこか辻褄が合わないように感じる。


「やっぱりお兄様は剣を習うのはイヤ?」

「……いつかはやらなきゃいけないと思ってるよ。でも……お祖父様から習うのはちょっと」

「なんか問題でも?」

「パパとお祖父様の稽古を見たけど凄い過酷なんだよね。習うとなったら他のこと一切できないくらい」

「そりゃ辛いな」

「ていうか、軍隊とか進まずに官僚を目指したり領地経営を勉強するほうが良いって言ったのにーちゃんじゃない」


 そう、私はランベールの人生設計において、「軍に入る以外の将来設計を模索しよう」と提案したのだ。前世における五十嵐早苗は、頭脳明晰で文系理系どちらも高得点を叩き出す才女だった。更に料理掃除その他の家事もばっちり。だがその一方で学校の交友関係が壊滅的な超絶コミュ障でゲームオタクで、そして自転車すらまともに乗れないほどの運動音痴。その彼女、もとい彼が、体罰上等で理不尽上等、上官がカラスは白いと言えば白ペンキをカラスにぶっかけなければいけないような軍人社会に馴染めるとはとても思えない。そりゃまあ立場や環境が人を育てるということもあるのだろうが、だからといって適正のなさそうな場所へ放り込むというのは流石に心が咎める。


「多分お前の才能を活かすならそれが一番良いだろうし、なによりゲームを再現してクーデター騒ぎに巻き込まれたくないだろうしな」

「まったくその通りだよ……」


 あえて口に出しては言わないが、ランベールの肉体のポテンシャルは前世とまったく違うのだから剣を習えば多分それなりに上達すると思う。だがそれはつまり、軍人として危険に飛び込むことを意味する。貴族階級から士官するとなれば死ぬ危険のない場所に配属されたりという配慮はあるかもしれないが、それでも何が起きるかわからないのが戦場というものであり、父達の死がそれを強く物語っている。そもそも幾ら肉体的に恵まれているからと言って、「敵」という属性をもっただけの生身の人間をぶった切れるかというと全く別の話なのだ。


 だから、前世では妹、今世では従兄のランベールが危険に飛び込むことになるのは流石に避けたかった。


「ま、お祖父様の件はちょっと探ってみる。孫娘には甘いからな、ぽろっと口を滑らせるかもしれないし」

「無理しなくてもいいよ。お祖父様もちょっと弱気になってるだけかもしれないし」

「そうだな」

「それにしても、のどかだねぇ……」

「そうだな……」


 ピクニックに来た丘はハークレイ家の私有地であり、屋敷からほど近い場所であった。


 昔はここで父親達が乗馬の練習をしたり剣の修業をしたり、あるいは天気の良い日に家族全員で昼餉を食べたりしていた。


 今は、私デジレと従兄のランベールしかいない。


「……ま、良いことあるさ」


 私の言葉に、ランベールは微笑みながらそうだねと頷いた。


「ともかく、できることを頑張ってみるよ」

「おう、がんばれ」



★★★



 屋敷に戻ったら、やたら神妙な顔をしたお母様が待ち構えていた。


「デジレ、ちょっと来なさい」

「はい、お母様」


 なんだろう、私にこんな怖い顔をするのは珍しいな。

 思い当たるとしたら……うーむ、ランベールの勉強の邪魔をしたことだろうか。

 だがお母様は何も言わずに屋敷の廊下を歩いて行く。


「えーと、お母様、どこへ……?」

「お祖父様のお部屋よ」

「?」


 自分に用があるのか、珍しい。


「お義父様、参りました」


 部屋に控えていたらしいメイドが扉を開け、自分らを招き入れた。

 祖父は部屋に座り、何か書き物をしていたようだ。

 その手を止めて、私と母さんの方に向き直った。


「座りなさい」

「はい」


 なんか就職面接みたいな気分だな。お祖父様もどこかピリっと緊張感のある空気だ。


「話というのは、お前の将来についての話だ」

「え? あ、はい」

「ん? どうした?」

「いえ、てっきり、お兄様と遊んでいたことで怒られるのかと」

「なに、あやつもまだ子供じゃというのに根を詰め過ぎじゃからな。羽根を伸ばすくらい問題ないじゃろう」


 お祖父様はカラっと笑い、私の頭を撫でてくれた。

 峻厳なところはあるが、こんな風に甘やかしてくれることも多い。


「ですが忙しいときは邪魔をしてはいけませんよ」


 母様が咳払いをして釘を刺す。


「ともかく、デジレの話でもあるが、ランベールにも関わることじゃ……」

「はぁ」


 話が見えないな。とりあえず聞くしかあるまいと相槌を打った。


「あやつは……頭が良い。恐らく勉学を重ねればバラガスやラスコーよりも優秀な貴族になるじゃろう」

「あたりまえです。旦那様も当主様も、そもそもお義父様も、貴族としての仕事も私や代官に任せきりだったではありませんか」


 うおっほんと誤魔化すようにお祖父様は咳払いする。

 なるほどこの家は脳筋の血筋だったんだなぁとしみじみ思う。


「本来、ハークレイ家は武門の家じゃ。戦とあれば誰よりも早く馳せ参じ、敵が攻めてきたとあれば剣を取る。賊が現れたとなれば、領民を守る盾となる。そうして今日こんにちまで成り上がってきた。じゃが家格があがった以上、それに見合う貴族の振る舞いが求められる。ランベールにはそれを覚えてもらわねばならぬし、その才覚がある。貴族として、当主として、あやつには頑張ってもらうつもりじゃ」

「はい」

「だから、武門として、武家としてのランベール家……おぬしが継いでみぬか?」

「はい?」


 なんだその超展開。

 話についていけずお母様の方を見ると、お母様は見事に口をへの字に曲げて、痛いくらい鋭い視線でお祖父様を睨みつけていた。


「いいですかデジレ。これは強制ではありませんよ」

「はぁ……ですがお祖父様、お母様」

「なんじゃデジレ」

「武門としてのランベール家を継ぐって、そもそもどういうことをするんですか?」

「つまり剣を習って戦う力を身に着けろということです」

「はぁ……」

「剣だけではないぞ。徒手空拳もじゃ。更には魔法も使う」

「お祖父様は全部使うのですか?」

「儂だけではない。儂の父も、祖父も、この技を受け継いできた」


 お祖父様は自慢げに語る。


「その名も、ハークレイ流滅魔闘法じゃ」

「なんだその中2ネーム」

「ちゅうに? なんじゃそれは?」


 うおっとしまった、お国言葉が出てしまったぜ。


「ええと、つまり……この家に伝わる剣術や武術みたいなものがあって、それを習得しろということですね?」

「うむ」


 お祖父様は頷く。話が早くて助かるという顔をしている。


「もちろんお主は女子じゃ。男には体格や腕力で劣ると思うかもしれんが、内に秘める魔力は男女で差はない。ゆえに男と遜色なく……いや、おぬしの秘めた魔力を考えれば、男よりも強くなれることじゃろう。武林に名を連ねることも夢ではない」


 などとお祖父様は私をおだてるが、隣りに座るお母様は顰め面のままだ。


「だとしても、貴族の子女にそんな危険なものを習わせるなど聞いたことがありません!」

「儂の三代前は、儂のひいお婆様が流派の長を努めておった。ちゃんと記録にも残っておる」


 ……そういえばこのゲーム、女性でも割と強いキャラは居たっけな。というか主人公の女の子だって鍛え方を間違えなければ男性キャラよりも強くなるし。魔法か剣技かに限らず必殺技を使うときは魔力ゲージを消費していたし、魔力があれば男顔負けで戦えるというのもあながち嘘ではないかもしれない。


「逆に言えば、男子よりも激しい修練を重ねなければならないということですよ」

「修練が厳しいのはどの世界でも同じじゃ。ランベールも、剣ではなく紙と筆で戦っているとも言えよう」

「だったらデジレはデジレなりの、世の中の渡り方というものがあります!」


 ……ははーん、なるほどな。大体読めてきたぞ。


 お祖父様は家に伝わる流派を誰かに継がせたく、お母様は娘にそんな荒事に関わってほしくない。お母様は最初、ランベールお兄様がそれらを継げば良いと思っていたのだろう。


 だがお兄様が引きこもりを辞めて勉学に励むようになったことで話は変わってきた。恐らくお母様は、お兄様が父や祖父と同じく脳筋の血筋だと考えていたが、その予想が良い意味で裏切られた。自分や代官がやってきた「本来当主がやるべき仕事」、つまり領地経営や他貴族との社交などを次期当主に任せられるかもしれない。そういう希望の芽が現れた。


 そこで困ったのがお祖父様だ。


 お兄様の意思表示には表立って反対できない……というより、家のことを考えれば賛成せざるをえないのだ。しかしランベールお兄様が武を磨くという選択肢を完全に捨ててしまうと、流派が途絶える。恐らくお祖父様の目論見としては、父をなくしたショックから立ち直れば、父のように剣の道に励むものだと思いこんでいて、それまでは無理強いするまいと考えていたのだろう。そこで白羽の矢が私に立ったわけだ。


「その、滅魔闘法って凄い名前ですけど……なんでそんな名前に?」

「ほほう、興味を持ったか。儂の10代前の開祖であるジャック=ハークレイは……」


 あ、これは話が長くなるフラグ踏んだな。


「ええと、お母様はご存知です?」

「名前の由来? 確かヴァンパイアや闇の眷属といった連中と闘うために生まれたから滅魔闘法と名付けられたと昔聞きました」


 お母様は話が早くて助かる。


「もっとも、今の時代そんな種族はこの大陸にはおりませんけど」

「わからんぞ。闇の眷属は催眠や変化の魔法、そして遁法が得意じゃからのう。今もどこかに隠れて勢力を増やしておる……かもしれぬ」

「大体そういうものが現れたらテンプルナイトの出番でしょうに」

「あやつらは教皇様の勅使がなければ動かぬ。キチガイ狂信者どものくせに腰が重い」


 ちょっと待てよ、いま大事なことを聞いたぞ。


「もしかして、催眠を防いだりできるのですか?」

「うむ。まあどんな流派でも剣や魔法に熟達して師範代くらいになれば自然と通じなくなるものじゃが、我が流派ならばすぐにでも邪法からの身の守りは身につけられる。それ以外にも、変化の魔法で身を隠しているものを暴いたり、敵の実力を読み取ったり、そういった心眼の術も訓練する」

「おおっ!」


 なんか凄いぞ! 渡りに船じゃないか!


「デジレ、あなたは最近、男の子のように活発ですから憧れてしまうのも無理はないかもしれません。ですがね、もっと大事なことがあるのですよ」

「う、うむ……」


 お祖父様が妙にたじろぎ、私から目をそらす。まさしく図星を付かれたような有様だ。


「そもそも貴族の……いえ、身分を問わず男性というものは、強すぎる女性というものをあまり喜びません」

「はぁ」


 まあ、そうかもしれんな。現代日本でも嫁さんの方が稼ぎが良くて旦那がイジケるなんて話も聞いたことがあるし。この封建社会では強すぎる女性はなおさら敬遠されるだろう。


「ハークレイ家に伝わる武術を身につければ確かに強くはなれましょう、しかし」


 お母様は目をくわっと見開いて告げた。


「婚期は確実に遅れます!」


 ……なるほど。


「あなたも、お兄様のような人と結婚するのが夢だと言っていたでしょう? ですがお兄様より強くなっては、確実に嫁の貰い手が減ります。女の幸せというのは結婚してこそです。わかりますね?」

「よくわかりましたわ、お母様」

「い、いや、結婚の話をするには早いんじゃないかと思うが……まだ7歳じゃぞ」

「いーえ、早すぎるということはありません!」


 お母様の般若顔にはお祖父様も弱いようだ。

 くるりとこちらの方を向くとそのお母様の表情が満面の笑みになっていてそれがまた怖い。


「デジレ、どうする?」

「はい、決まりました」


 お母様の勝利の笑み。お祖父様も、流石に「婚期が遠くなる」というのを出されては強く言えないようだった。だが私は、椅子から立ち、そしてお祖父様の目の前で跪いた。


「お祖父様……いえ、お師匠様! ご指導ご鞭撻、よろしくお願い申し上げます!」


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