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リュミエーレ王国純愛奇譚無双  作者: 富士伸太
デジレ=ハークレイ 7歳~12歳 目覚めのとき
2/12

2話


 状況を整理しよう。


 俺……もとい、私の名前はデジレ=ハークレイ。


 リュミエーレ王国の貴族、ハークレイ伯爵家に生まれた、7歳の女の子だ。


 お母様と使用人達に囲まれ、蝶よ花よと愛でられてきた。


 こう言うと凄まじい箱入り娘のように聞こえるだろうが、貴族の中では別に珍しいというわけでもない。だが「あれが食べたい」とか「なにがほしい」とか、物理的に不可能でない願い事はだいたい叶ってきたように思える。特に最近、母親が過保護気味だった。


 私には大学受験に失敗した18歳の浪人生、五十嵐文彦……という記憶がある。今までなんとなく暮らしてきた違和感がはっきりとしてきた。まさか男が前世だったとは。まあ前世なのかどうか、そもそも「五十嵐文彦」が死んで、私、「デジレ=ハークレイ」として生まれ変わったということだろうか。いやしかしそうだとしても、ゲームと同じ世界なんてありえるのだろうか。ゲームと同じ世界であるとしても、自分も周囲の人間も、血の通った生身の人間であり現実のはずだ。決して作り物なんかじゃない。それ故に、現状をどう解釈すべきなのかがわからない。


「ですから! デジレの教育は私が手配致します! あの子は女の子なんです!」

「……だが、ハークレイ家の人間には変わりあるまい」

「貴族の女子には剣術など不要です! 覚えるにしても学校で学ぶだけで十分です!」


 ……隣の部屋から怒号が聞こえてくる。


 私の教育方針を巡って、母と父方の祖父が言い争いをしている。……これが嫌になって、メイドを伴って外で遊んでいたのだった。まあ木登りしてすっ転んで屋敷のベッドに連れ戻されてしまって、結局意味のない行動になってしまったが。


「木に登って転ぶなど、才のない証拠です! あの子には普通の貴族の子女として結婚して、幸せに暮らせば良いのです!」


 うっ、耳の痛いことを言われる。


「いいや違う、本当に才能のない子はそもそも木にすら登ろうと思わん。自分の足で歩き、自分の手で物を掴む。猪口才な才覚や天稟などがあっても、自ら動かぬものは覚えたことをやがては忘れる」


 ここ数日はずっと揉めていた。それも――


「忘れたって構いません! 武芸などかじるから、あの人達のように戦場で死ぬことになるのです!」


 ……そう、私の父バラガス=ハークレイと、その兄でありハークレイ家当主のラスコー=ハークレイは、隣国との戦争であえなく討ち死にしてしまったのだ。敵方の魔術師から奇襲を受けたらしく死体も焼き尽くされ、家に戻ってきたのは熱で溶けかかった武具だけだ。相手側にも相応の痛手を与えたらしく名誉の戦死として荼毘に付され、国からも潤沢な見舞金や年金がもらえたが、それでも母、ミーシャ・ハークレイはその悲しみに耐えきれずにいた。いや……恐らくお祖父様にとってもショックだろう。だからこうしていがみあっている。母も、祖父も、自分は好きだ。だからどちらに肩入れすることもしたくはなかった。


 だが今は、思い出した前世の知識と記憶がある。


 『リュミエーレ王国純愛奇譚』におけるデジレ=ハークレイだが、ゲームにおいては確か、「親に甘やかされた駄々っ子」という感じだった。ワガママでおつむも体も鈍重。貴族の負のイメージをカリカチュアライズしたような存在だ。


 一方で、原作ゲームの攻略可能キャラの一人であり私の従兄にあたる「ランベール=ハークレイ」はまさに質実剛健。武人風のイケメンという設定だ。戦争で亡くなった父の代わりを務めるため若くから剣術や軍人教育を受けたエリートにして、上官の命令には絶対服従。忠実に任務を遂行する鉄面皮。その性格からか、腐敗した上官を疑わずに汚職の罪を着せられそうになるところを主人公に助けられ、徐々に愛と正義に目覚めて悪と戦うことになる――という、ある意味王道のストーリーだ。タフネスにおいては攻略可能キャラ随一を誇る。攻撃力はメインを務める男性キャラに一歩及ばないものの十分以上に「使える」キャラクターだ。原作ゲームについても無双版についてもその総合的な能力の高さは際立っていた。


 そのはずなのだが。


「家の秘伝を教えたいならばランベールに教えるべきでしょう! あの子こそ次の当主なのですよ!」

「……今のあやつでは、難しい」

「何故です!」

「才覚がない」


 …………あるぇー?



★★★



 さて、前世の記憶を取り戻した自分が何をするかと言えば、別に大それたことは何もしなかった。


 というより今の生活、今の自分に適応するのにいっぱいいっぱいであったし、そもそも何かしようにもこれといって問題ないのだ。ゲームのシナリオは断片的にしか覚えていないが、ゲームの敵役が狙ったのはあくまで国家転覆までであって、世界が終わるとか人間が滅亡するとかいうスケールではない。敵の目論見も、主人公達の手でなんとかしてしまうはずだ。自分、すなわちデジレ=ハークレイもその過程で死ぬことにはなるが、主人公や敵勢力にかかわらなければ十分に回避できるはずだろう。主人公と対立さえしなければ良いのだ。当面の目標としてはゲーム中のようなメタボリックボディにならないための努力をするくらいだろう。


 なので、まず食生活の改善をお願いすることにした。最近は生活バランスが著しく狂っていた。おそらくは何の改善もなく生活をしていればメタボまっしぐらになるのだろう。だから母に「ちゃんとしたご飯を食べて、ちゃんと生活するよう自分を正したい」伝えたところ、母は大いに喜んだ。にもかかわらず――


 晩餐の空気がとても重い。


 お母様とお祖父様と自分の三人で囲む食卓には団欒の空気というものがなかった。母は私には話しかけるのだが、祖父との会話になると露骨に期限が悪くなる。勘弁してほしい。


「あら、デジレ。あまり食が進んでないわね。他のにする?」


 と、お母様は何気なく言う。

 よく手入れされた綺麗な赤毛、一児の母とは思えぬすらりとした美貌の持ち主である母だが、機嫌が悪い時は本当に怖い。給仕するメイドに緊張が走るのが手に取るようにわかる。


「ううん! 美味しいですわおかあさま!」


 恥を承知で言えば、ここ一ヶ月、好物のお菓子ばかりを食べ肉も魚もあまり口にしていない。「五十嵐文彦」としての知識のおかげで「このままじゃヤバいな」という危機感を持つことが出来た。幸い、この国は海に面していている一方で穀倉地帯もあり、貴族であれば新鮮な魚や野菜も手に入りやすい。今日は鮭のムニエルに柑橘ソースをかけた絶品だ。味噌や醤油がないのは残念だが、それでも日本人の舌にとってこの海の幸はたまらない。今は日本人じゃないが、食べ残すなんてもったいない。


 しかし料理をろくに食べないということは調理する使用人にもお母様の怒りがふりかかり、負担がかかっていたことだろうな。実に申し訳なく感じる。


「でも珍しいわね、魚を食べたいだなんて」

「……これでも豪華過ぎるくらいじゃ。そもそも」


 祖父が会話に混ざるが、すぐに母がキッと睨む。


 祖父も、白髪頭に年齢を感じるところはあるが、威厳なる髭に180センチは超えている身長、そして鍛え上げられている筋肉。まさに貴族であり武人といった佇まいだ。しかしお母様は意に介さず反論する。


「もちろん、先代様も、亡き当主様も、武の道で立身出世したのはわかります。立身出世したからこそ高貴な振る舞いをせねばならぬのです!」


 そして万事が万事、こんな調子の嫁VS舅戦争だ。

 メイド達もさぞかしストレスがたまることだろう。


「あのう、ところで……」

「ん? なあにデジレ」

「おにいさまは……まだお部屋ですか?」


 私は、3つ年上の従兄弟のランベールのことをお兄様と呼んでいた。


 同じ屋敷に住み、兄妹同然に育っているのだからまあ当然といえる。


 印象としてはワンパクな少年といった感じだ。身分のせいもあるだろうが、乳母兄弟や使用人の子供らのガキ大将という扱いをされている。広い庭で鬼ごっこやかくれんぼ、木の棒で剣術ごっこをしては大人に怒られつつもへこたれない。そんな子供だ。いや、「だった」と言うべきか。


「…………そうね、はやく元気を出してくれれば良いのだけれど」


 今は元気をなくし、部屋で臥せっている。


 彼の母親――つまり私にとっての義理の伯母にあたる人は、既に病気で他界している。その分だけ張り切って彼の父、ラスコー・ハークレイが面倒を見ていたのだが、戦争で死んでしまったのだ。両親ともに死んでしまい、今は相当な失意の底にあるのだろう。家族としても皆、ランベールのことを心配に思っているのと同時に、ハークレイ家として直系男児はランベール一人であり、彼に何かがあればお家断絶の危機すらありえる。今まではなんとなく「おにいさまはやくげんきにならないかしら」とのほほんと考えていたが、日本人の頃の記憶を思い出したことによって現状がちょっとヤバいということが理解できた。


 それに、そういう生臭い事情を抜きにしても、単純に引きこもったままではお兄様にとっても良くない。自分も父を亡くしたことはショックだったのだが、父は仕事に次ぐ仕事で屋敷に帰る暇もなく、申し訳ないことに顔も今一つ覚えていない。


 だが、その分だけ、自分は冷静に考えられる。


 母も祖父も、ランベールのことを心配しているのだろうが、それでも言い争いをしているところを見るに冷静とは言い難い。


(……ちょっと会ってみるか)


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