トメ3
トメは昔ばなしを語りだした。
あるところにな、幸せな若夫婦がおったんじゃ、可愛い子供も授かって幸せに暮らしていたんじゃと。
そこにな、女狐が現れて、旦那さんを一目みるなり激しい恋に落ちたんじゃ。
女狐は相手に家庭があるのを知っとたが、旦那さんを好きすぎて気持ちが抑えられなかったんじゃと。
そんで、旦那さんの心を奪ってしまったのじゃ。
女狐の腹の中には子が宿って、それを知った奥さんは首くくりをしてしまってな。
神様が見ておって、性悪女狐が悪いのじゃからそなたは死ぬことはない、可哀そうにと命を助けてくださった。
そんで、性悪女狐には罰を与えたのよ。
子は女狐の腹の中で死んでしまった。死産だったのじゃ。
ただただ、傍にいたいっちゅう考えなしの浅はかな自分の恋がのう、奥さんを死に向かわせる行動に走らせたのを知った女狐は、やっと因果応報に気付いたんじゃ。
罪を犯したとやっと気付きよった。
女狐はよう、その時決心したんじゃと。この先どんなに淋しかろうとずっと一人でいよう。
それが女狐の覚悟じゃったのよ。
「あの人がよお、ジジイになってから私と住みたがってよお、心まで奪ってしまって身体まで奪えんじゃろう? だから、あんたの死に場所はここじゃねー、帰りな! って追い返したのさ」
「トメさんカッコイイね!」
高校生には重すぎる昔ばなしに和希は耐えきれず、場の雰囲気を和ませるつもりで言った言葉に、トメはロングカマーを持ってくる勢いで本気で怒りだした。
「カッコよくもなんともねーぞ! ただの泥棒さ、奥さんの気持ちになってみろ! 心ここにあらずの亭主と何年も一緒に暮らしたんだぞ」
「今、その男の人はどうしてるの?」
トメは黙って天を指さした。
「私はなあ、死んでも天国には行けんのよ、地獄に落ちて償ってこなければのう」
遠い目をしたトメの目から涙がポロリと落ちた。
それは、後悔の涙なのか懺悔の涙なのか、若い二人には分からなかった。
トメは鼻をすすり洋服の袖で涙をぬぐった。
「そうだ、あんたたち! これ、あげるからよお、すぐ使えとは言わんから、貰っておくれな!
賞味期限長いから大丈夫だろうよ、はいよっ!」
トメはカリスマ読者モデル監修のコンちゃんを、二人に一個ずつ手渡した。
心美は賞味期限じゃなくて、使用期限だよトメさんと突っ込みたかったが、話を切り替えようとふった話題でトメの過去に触れ、さっきの質問は軽率だったかなと悔やまれ、言葉を返せなかった。
普段なら断るはずが、昔ばなしの余韻でおとなしくなっってしまった二人は、黙ってコンちゃんをバッグにしまった。
それから数日後、何の前ぶれもなくトメは亡くなった。
見つけたのは、下校中にリサイクルショップに寄りこんだ小学生達だった。
トメは椅子に腰をかけたまま冷たくなっていた。
その時、机の上には子供たちのために用意された大きな茶菓子盆が置いてあり、CDプレイヤーからはブラックエッグの『デスヘブン』が流れていたという。
トメは穏やかな死に顔で、まるで微笑んでいるようだったそうだ。
葬儀が済んだシャッターが閉まったトメの店先には、沢山の花が手向けられている。
子供たちは道端で摘んだ野の花を置いて手を合わせている。
それに、文房具やら玩具やらも……。
心美と和希も小遣いで花を買い、シャッターの前に手向け手を合わせた。
「こんなに、沢山の花凄いね、トメさん皆に好かれていたんだね」
「俺も、トメさん好きだったよ……」
うん、私もと心美が頷くと、和希はトメを真似て歌いだした。
「うぇいーー! ふわぃよーうぅーうぅあああー、きぇいちゃーーんどうあー! うぇい」
「ちょっとー、何?」
「トメさんには、この念仏のほうが似合うだろ」
「そうね……トメさん、本当に地獄にいっちゃったのかな?」
「違うよ、天国さ! ホラ!」
和希は心美の頭を両手でクイッと空に向けた。
「あーーっ! トメカーだあ! おでん買いに行くのかしら」
暗い夜空にトメカーの電飾パレードが瞬く。
トメカーに続けとばかりに他の星屑たちが列をなす。
「私も、トメさんのように皆に慕われるお婆ちゃんになりたいわ」
「しょうがないなあ、じゃあ俺は心美が女狐にならないように、ずっと一緒にいてやるよ」
和希がバッグをポンポンと叩き、空に向かって叫んだ。
「トメさんからのプレゼント、いつか必ず使うからねー! な? 心美!」
「……う、うん」
(いつかは、いつなのか、分からないけど使用期限が切れるまでに、ね、トメさん……)
星がチカチカと瞬く、それはトメの返事のようだった。
読んでくださってありがとうございます。
今まで、出会ってきたお年寄り達の個性をミックスして、トメさんに凝縮してみました。




