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十悔目「物語」

 足元にあった石を軽く蹴る。かちかちっ、と転がっていき、大きい塊にぶつかった。


「……そんなこともありましたね」


 思い出し笑いが止まらない。


「あの頃はバカばかりやりました」


「そういえば、若海 礼香さんに告白したのですか? 結局、その話は自然消滅しちゃいましたよね」


「あぁ……。本当にあなたは鋭いです。……しましたよ」


 僕も年甲斐もなく照れる。


「久しぶりに皆を呼んで宴会しましょうか」


「僕の話を肴に……ですか?」


「もちろん」


 後頭部を優しく掻く。


「でも……宴会の前に、したいことがあるのです」


「何ですか?」






「瑠璃人、そっちの窓頼む。俺はこっちやるから」


「はい。それなら新聞紙を使ってください」


 今日は19日。テストも終わり、夏休みに入る直前の仕事をしている。


「掃除は好きじゃないな。手とか荒れるし……」


「主婦みたいなこと言わないでください。始まったばかりですよ」


「あぁ」


 大掃除だ。

 換気のために窓は全開になっている。僕ら窓拭き係は熱風と寒風の境界を跨いでいた。熱風は湿り気を含み、制服に吸い付くようだ。一方の寒風はその滴りを冷やして乾かす。身体が怠くなる係りだ。

 僕は埃を少し帯びた窓を眺める。指でなぞると跡ができた。さて、やるか。


「ところで、誰かに告白したのか?」


「窓と一緒に突き落としたいですね」


「したのか〜?」


 鼻を膨らませる。


「その質問……会う度にされるのですよ……。せめて陸奥実君は止めてくれませんか?」


「今までの仕返しだ」


「……本当にたちが悪いですね……」


 僕はそんなに目立つ存在ではない。ごく一般的な生徒だ。しかしあの一件でそのイメージが崩れ去りそうなのだ。全ては彼女たちの悪ノリのせいだ。収拾がつかなくなっている。それでも僕は普段通りに過ごしていくが。


「流さん、新戸君」


 僕らの後ろから声がした。箒を片手に何やら笑っていた。


「なんだ、真乃?」


「はい?」


「ワックスかけるみたいなので教室から出た方がいいですよ」


 そういえば教室には誰もいなくなっていた。皆廊下に出ている。笑っていたのはそういうことか。僕らは速やかに廊下に出ることにした。

 通路の半分くらいは運び出された机や教壇などで占められている。残りで生徒が屯っているのだから蒸し暑いのなんのって……。冷房が熱気に負けている瞬間だった。時間はまだ10時半だった。

 そこへ前橋君と馬場君がバケツとモップを持って中へ入っていった。バケツには白い液体が溜められている。


「よし、こいつをぶちまければいいんだな」


「それは危ねえだろ。塗ったとこは歩いちゃダメって言ってたじゃん」


「そこは気合いだろ?」


「気合いとかの問題じゃないから。ワックスの使い主の問題だから」


「とおちゃん! 俺やるからいいよ!」


 陸奥実君……。僕は教室と廊下を遮る窓から眺めることにしよう。


「なにいぃぃぃ! そう言われたらぜってぇ貸さねぇ!」


「素直に認めろよ! ワックスなんて見たこともないんだろっ?」


「見たことなくてもできねぇことはねぇ。才能で補うし」


「先生が二人に任せたら壁とか黒板にまでワックス塗りそうだからって……」


「……そ、そんなアホなことするかよ……。ワックスのゼリー食わせたろか」


「お前、やろうとしただろ? マジかウケ狙いかは聞かないでおく。とりあえず俺がいるから心配すんなよ、陸奥実」


「それならいいけど……、塗る時は足の踏み場を考えてやれってさ」


「こんなもん、一人で十分だぜぃ。岡本には自分の立場を考えて天才に言えって言っとけ」


「わかった。伝えとく」


「前橋、頑張れよ。いろんな意味で期待してる」


「……と亡き親友馬場先輩がおっしゃっておりました」


「俺になんか恨みでもあんのか?」


 ようやく二人は戻ってきた。本当に一人でする気なのだろうか。


「前橋マジで芸のレベル堕ちたな」


「そうなのですか? 僕は普通だと思いましたけど……」


「真の芸人はリアクションだけで笑いはとらない。会話の中でもできなければならないんだよ」


「……陸奥実君……キャラが壊れてますよ」


「……と陸上界のプリンス、前橋先輩が言って、」


「陸奥実、バリバリ聞こえてんぞっ! ネタパクんな! しかも恥ずいし……」


 僕らは笑いあった。陸奥実君ってこんなことしたっけ……とか思っていた。それにしても、ぶつくさ言いながらも彼の作業は的確かつ迅速だ。あっという間に床に薄く塗装された。しかし、お決まりのパターンにならなかったのが残念すぎる。


「真ん中に取り残されることはなかったな」


「そんぐれぇは計算できるぜぃ」


 これで大掃除は終了した。あとは帰るだけ。でも騒ぎ足りないようで、


「新戸、遊びに行かね?」


「すみません。今日は部活がありますので」


「そいつは残念無念だ……」


「つーかさ、まえばっしは…………行かない……」


「それはだね……」


 前橋君一派はどこかに消えてしまった。

 まだ1時にはならない。それまでどうしようか。部室に行ってもいいけど……。


「お、新戸君、とおやん見なかった?」


 話しかけた彼女はなぜか麦藁帽子をかぶっていた。紫のリボンがどことなく似合っている。でも帽子は大丈夫だっただろうか……。


「ついさっきどこかに行きましたよ」


 奈多弓さんはむっと顔をしかめた。しかしすぐに戻る。


「そうかぃ。ありがとうなぁ」


 爽やかすぎるのが逆に少し空しかった。


「彼は手を焼かせるのが好きみたいですね」


「まったく、がき大将やないんやからな……」


「……そういえば二人はどうやって知り合ったのですか? 奈多弓さんは関西っぽいですし」


 きょとんとして僕を見た。


「そんなん決まっとるやろ? ある日、関西弁の美少女が転校してくるっちゅうシナリオや」


「……」


 自己主張が激しいというか……。


「フツーに遊んで仲良ぅなっただけのことやで」


「そうですか……。二人は息が合ってますからね」


「……新戸君ってここの人や、」


「なつめーっ!」


 横から人の呼ぶ声。彼女の友人らしい。彼女は両手を合わせて謝った。


「ごめん! 今行くわぁ! ……すまんなぁ、ワイはここで失礼するねん」


「あっ……はい」


 鞄を肩にかけて走り去る。その方向には数人の女子がいた。一人だけ見知った人がいた。いつの間にそちらにいたのだろう。


「……」


 陸奥実君、僕、奈多弓さん……時期は違えど、こちらに引越してきたわけだ。何の変哲もないこの街に……。






 僕はある一室にノックする。そこは三階の渡り廊下に位置している。ゆっくり開けると……、


「こんにちはです」


「新戸センパイ、チャースっ!」


「こんにちはーっ」


 人がたくさんいた。

 ここは会議室だ。長机がUの字に並べられていて、いかにも雰囲気があった。しかし今ではただの休憩所だ。なぜなら吹奏楽部が使うからだ。

 全体を見渡せるUの字の横棒のところに彼女がいた。僕はその隣の角に座る。


「新戸おそいっ!」


「まだ15分前ですよ?」


「30分前には集合しとけよ。メンバー確認がめんどい」


 結局あれからは部室で楽器を弾いて暇を潰した。誰もいなかったのが幸いした。てっきり木村先輩とか礼香さんがいるかと思った。


「すみません。努力します」


 しかし、隣の席が空白だった。


「若海部長は休みですか?」


「わかは忘れ物を取りに行った。教えてくれなかったけど……」


「それって差し入れじゃないっすか?」


 彼女なら十分にありえることだ。以前にも手作りのお菓子をくれたこともあった。


「ん〜、お前らは食い意地張ってるからな。ちったぁ自粛しろよ」


 それから彼女待ちということで雑談をしていた。この部は比較的に男子が少ないが、お構いなしに絡んでくる。最低限の上下関係を守っていれば問題なく楽しめる。


「新戸センパイ、UNOしませんか?」


「いいですよ。罰ゲームはありですか?」


「当たり前っすよ! 今日こそは叩きのめしたるっす!」


「一度も勝ったことないくせに〜」


「あはは……」


 彼女のいない時間が刻々と過ぎていく。遂には、


「わか、来ないな」


「ですね。手荷物が重すぎたのでしょうか」


 約束の1時を過ぎてしまった。今日のミーティングは三年生最後の大会についてだ。部長がいないと示しがつかない。休みやサボリも考えられないし……。いつもとは違う展開で楽しんでいた部員はざわつく。特に木村先輩が落ち着かない。携帯電話をじっと睨みつけていた。


「早く来いよメール……」


「電話はかけましたか?」


「あいつ、なんでか出ないんだよ。電源切ってるわけじゃないのに」


 今日学校には来ていたみたいで、一旦帰宅している。しかも電話を拒否しているわけではない。彼女は数分のうちに返事をする人だ。よって携帯を見れる状況ではないということだ。考えられることは……。


「充電してるのではないでしょうか? たまたま家に置いてきたのなら頷けます」


「ってことは、こっちに来てるわけだな?」


「遅れてるだけですよ。先に始めても問題ないと思いますが……」


「今日は先生じゃなくてわかが召集したんだ」


 礼香さんが……?


「木村センパイ、やっぱり試食会ですよ! すっげえモン作ったんすよ!」


「はいはい、トッキーは黙ってろ。だから、あいつがいないことには始まらないんだよ」


「そう……ですか」


 そういえば、もう一人いないことに気付く。


「雛さんも来ていないみたいですが、……一緒に帰りましたかね」


「……」


 ドアがいきなり開いた。


「若海、いるっ?」


 丸眼鏡をかけたいかにも音楽の先生らしい女の先生。平田ひらた しん先生だ。


「いないですけど」


 木村先輩が珍しげに答えた。


「悪戯かと思ったんだが、本当らしいわね……」


「何かあったんですか?」






「え? 事故ですか!」


 電話からの声に思わず驚いてしまった。まさか……交通事故……。最悪の事態が想定された。

 声の主である彼女は息遣いが荒かった。吐息がこちらにまで鮮明に聞こえる。平田先生は急いで走りだした。置き去りにされた僕らは連絡を待っていた……けど……。


〈……腕を……刺されたらしいんです。深いみ……たいです……〉


 う、腕っ……?


「出血多量や感染症の疑いはっ?」


〈ありません。命に別状は……〉


 安堵のため息が出た。

 単なる通り魔的犯行のようだ。近いうちに警察が尋ねてくるらしい。きっと僕は居合わせる形になるだろう。しかし別の問題がある。もし、神経まで断裂していたら……。


「大会に支障はあるのでしょうか?」


〈……わかりません。今……緊急事態だから……。でも出してあげたいんです〉


「……」


 若海部長や木村副部長を含め、三年生は残りわずかだ。もしかしたら今回をもって引退するかもしれない。それなのに、どこのどいつかわからない人に……。もはや言葉すら失う。と同時に憎悪と殺意が湧いていた。自分でも恐ろしいと思ってしまうほどに。


〈瑠璃先輩〉


「……はい」


〈……出て……くれますか……?〉


「……」


 僕には別の仕事がある。やらなくてはならないことがある。どんなことであろうと絶対に許してはならない。


「……ごめん」


 一旦電話を切った。誰にも耳を傾けず素早く仕度を済ませる。すぐに彼女のところに向かわなければならない。しかし部屋を出て数分後に、僕は阻まれた。仕方なくポケットから出す。


「……今どちらに? ……校門……今から向かいます」


 学校から出ると、一台の赤い車がいた。中から細身で長身の男が現れた。


「瑠璃! 大丈夫か!」


「はいっ! 行きましょう!」


 僕は虹にぃの助手席に乗り込んだ。アクセルを思い切り踏み込んだのか、甲高い摩擦音が鳴り響く。少しして走り出してくれた。


「この学校の生徒が襲われたみたいだ」


「それは僕の……先輩です」


「! ……名前は?」


「若海 礼香」


「……」


 顔を渋らせる。ハンドルが握り締められる。


「腕を……切られたらしいです」


「瑠璃……」


「彼女は吹奏楽部の先輩です。フルート担当なのですが、本当に上手いのです」


「うん」


「なのに、大会一週間前なのに……よりによって腕を……!」


 僕は一年の頃から彼女に世話になっている。この吹奏楽部に入ったのも、勧められたからだ。思い入れがないわけがない。ずっとお世話になったのに、僕には何もできることがない。……くっ……。


「落ち着け、瑠璃」


「……」


 柄にもなく取り乱しているのはよくわかっている。でも普段の彼女の頑張りを思い出すと、腸が煮え繰り返りそうなのだ。一番楽しみにしていたのは礼香さんで、努力していたのも彼女だ。それらをよく理解している(つもり)だからこそ、この出来事の意味がわかる。

 どうして、なぜ……?


「まだ全てが決まったわけじゃない」


「…………」


 アクセルが踏み締められた。それにならって視界が速くなった。






「…………! ……瑠璃先輩……」


 先程までの声はすっかり枯れ果てていた。うなだれている頭を起こす。うっすら眼が潤んでいる。それだけで体の中心から痛みを発する。

 彼女の隣に扉があった。やや白い。下部に吹き抜けがついている。手摺りがあることから引き戸式のようだ。


「あなたは?」


 すかさず尋ねる。


「若海です。若海 雛……。あなたは……?」


 虹にぃが応えづらそうなので、代わりに僕がした。


「僕の兄です。刑事をしています」


「けっ警察……?」


 さすがに驚きは隠せなかった。


「大丈夫です。雛さんが思っているほど堅苦しくはありません」


 虹にぃは扉を開けて中に入っていった。僕は外で待っている。それがいつものやり方だ。

 待っている間、一言も話さなかった。一秒一秒流れていくのに浸っていた。誰も通らない。徹さんはどこにいるのだろう? すぐにでも聞きたい。時間が経つにつれてもどかしくなる。しかし反対に彼女は静かに表情を変えずに堪えていた。僕よりも胸が苦しいはずなのに……。

 それを理解した途端に自分が情けなくなった気がした。


「雛さん」


「はい」


 息を吐いただけのような声。


「八菜さんと三人で帰った時のこと……覚えていますか?」


 無言で頷く。


「“先輩はどうして部活をサボっているのか”、そう質問しましたね」


「……」


「雛さんだけに言います。僕は警察組織に身を置いている立場にあるのです」


「! ……瑠璃先輩は警察官……?」


「いえ。正確には補助です。こう見えてもいくつかの事件を解決したこともあります。その功績で僕はお手伝いをさせてもらっているのです」


「……漫画みたいですね……」


「僕の夢は虹にぃの補佐ですから」


「カッコイイですね……」


「雛さんは夢とか持ってますか?」


「わっ私ですか? うーんと……私は……」


 少し雑談した。だんだんとお互いに気持ちが落ち着いていく。笑顔も自然と零れてきた。こんなところで語り合うのも不自然だが、とにかく話がしたかったのかもしれない。

 そしてしばらくしてから本題を詳しく伺った。礼香さんは聞いた内容より酷いらしい。切られたのは右腕で神経が辛うじて繋がっている状態だ。そこらへんのことは詳しくないのでわからないが、復帰するには時間がかかるらしい。しかも礼香さんの様子がおかしいらしい。


「襲われた時のショックとかケガのこととかで、気持ちが荒れてて……」


「気が動転しているのでしょう……」


「……」


「何か知っていることがあれば話してみてください。もしかしたらそれが解決の糸口になるかもしれません」


「はっはい……」


 考えたくはないが、良くないことを知っていそうだ。

 そこへ虹にぃが戻ってきた。引き上げ時だ。


「家まで送りましょうか?」


「大丈夫です。お父さんとお母さんと来たので……」


「そうですか……。今は雛さんだけでも側にいてあげてください」


 虹にぃは気を利かせたのか、既にいなかった。僕も行こう。


「それはできません」


「……!」


 不意に立ち止まってしまった。


「お姉ちゃんは私のことが嫌いなんです。私は大好きなんですけどね。だから瑠璃先輩がいてくれた方が嬉しいと思いますよ」


 ……なるほど……。これで疑問が解消した。


「……なぜですか? 仲良さそうではないですか。部活の時……」


「……あの時言いましたよね。私はお姉ちゃんの足元にも及ばないって……」


「はい」


「でも実際には大差は無いくらいなんです」


「!」


「お姉ちゃんの前では全力を出さないようにしてます。お姉ちゃんの面子を壊さないように……。でもそれが癪に障るみたいなんです。当然ですよね。妹に手を抜かれてるなんて、馬鹿にしてるのかって思っちゃいますよね」


「……」


 僕は一瞬迷ってしまった。もしかしたらこの先起こる最悪の事態をここで食い止められるかもしれない。なぜかわからないけどそう思い込んだ。しかし、この問題は僕が入る余地はない。まったくもって大きなお世話だ。他に方法は……、


「それは最近の話ではないですよね」


「……はい、残念ながら……」


 素直に謝れば落ち着く問題ではない。しかも時間が経てば経つほど溝は深くなるばかり。……僕はそんな経験がない……。


「……でも、側にいてあげてください……」






「虹にぃ、どうでしたか?」


「うーん……微妙だ」


「微妙?」


「うん。……まるで悲劇の主人公を演じてるようだった」


「それは動揺しているからです。最後の大会をフイにされたのだから当然ですよ」


「そうだといいんだけどね」


「虹にぃは礼香さんのどこを疑っているのですか? 被害者ですよ? 襲われたのですよ?」


「落ち着きなさい。瑠璃、それはどんな人にも通ずることかい? 私情を抜きにしてさ」


「……当たり前です」


「……わかった。じゃあ最初から話していこう。犯人は背が高くて痩せ型。ジーパンと半袖のTシャツに覆面をしている。リュックなどの鞄はなし。片手に包丁のみだそうだ。1時12分、いきなり犯人が現れ、彼女は右腕に重傷を負った。その後すぐに逃走。さすがに追うことはできなかったみたいだ」


「明らかに不審者です。見つけるのに時間はかかりませんね」


「でもいくつか疑問点がある。まずそんな犯人がいると思うか? 白昼堂々とこんなことするやつが」


「いきなり全否定ですか。いたのだから仕方ありません。物騒なことです」


「……二つ目に、どうして負傷ですんだのかだ。成り行きはどうあれ、犯人は彼女を狙っていたのは間違いない。なのに殺さなかった」


「……」


「仮に殺す意志がなかったとしても、腕を狙うというのは奇妙だ」


「礼香さんはとっさに致命傷を避けたのではないでしょうか? 犯人は心臓や首を仕留める気でいました。しかし礼香さんはそこをカバーした、というのはどうでしょう?」


「命の次に大切な腕でか?」


「さすがに命には代えられませんよ」


「そしたら彼女はかなり冷静なタイプだね。いや、そうでもないか……うーん、でもな……」


「凶器となった包丁は持ち去ったのですか?」


「いや、今調べてもらってるんだけど、現場から発見されたそうだ」


「凶器を捨てたことになりますね。まぁ、逆に血だらけのまま持っていた方が怪しいですし……」


「犯人は手袋もしていなかったそうだ。つまり指紋べったりで捨てたことになるな」


「それならなおさらいいじゃないですか」


「たまにあるんだよ。被害者が犯人だったってこと」


「……それって礼香さんが犯人だって言いたいのですかっ!」


「詳しく調べないことにはないとは言えない」


「何の事件ですか? 今までの話から推測するに、礼香さんは何かの事件に巻き込まれたということになりますが」


「そういえば瑠璃は知らなかったっけ。瑠璃には知ってほしくないんだけど……うーん」


「今更ですか。肩足突っ込んでますから大丈夫ですよ」


「夏休み全部潰れるかもよ?」


「夏休みを返上して落着するなら願ったりです」


「そうか……」


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