↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/57

38_【祭】十四日目・『福笑い、集めて楽し』2


 なにかが……響いている? 声? それとも音?

 耳が無いのにどうして『聞こえる』んだろう?


 いや、そうじゃない。これは……『遠くで』音がしているんだ。

 『ここ』じゃなくて、どこか離れた場所にある『わたしの耳』が音を拾って、それを無線イヤホンのように頭に送ってきているんだ。

 右目の視界がそうだったように、耳もまだ繋がっている……!


 わたしは立ち止まり、ここには存在しない『聴覚』を研ぎ澄ませた。


――~~♪


 聞こえる。かすかだけど、確かに聞こえる。ノイズ混じりの、ラジオみたいな音。

 でも、リズムがある。旋律がある。


 これは……音楽?

 厳かで、重々しいこの感じは……間違いない! クラシック音楽だ!


 それも、クラシックに詳しくないわたしでも知ってる、ベートーベンの『月光』だ。

 重厚なメロディが、遠くから響いてくる。

 もちろん誰かが演奏しているわけじゃない。オーディオの音だ。

 それも、かなりいいスピーカーの音。低音が遠くからでも鼓膜に響くような感覚がある。


 こんなパニック状態の村で、優雅にクラシックを流している場所なんて一ヶ所しかない。


 遊技場だ! 確かあそこには、何百万もするような金ピカの高級オーディオセットがあったハズ。


 誰かが音楽を流しているのか、それとも自動で流れるようになっているのか。

 どっちでもいい。とにかく遊技場に行けば私の耳がある!


 わたしは自然と走り出していた。

 音の無い世界を走るのは、すごく怖いことを今初めて知った。

 自分の足音が聞こえないから、どれくらいのスピードが出ているのか、地面をちゃんと踏めているのか、まるで感覚が掴めない。


 ふわふわした、月面を走っているような心細さ。

 時々、バランスを崩してよろめく。

 その度にヒヤッとした。もし転んだら、また右目が取れてしまうかもしれないと思ったからだ。


 そんな恐怖と戦いながら、私は遊技場を目指した。

 息が切れる感覚はあるのに、ハァハァという息づかいが聞こえないのも気持ち悪い。


 遊技場に近づくと、頭の中の音楽がだんだん大きくなっている気がする。

 まるでボリュームのつまみをゆっくり回されているみたいだ。

 急いで遊技場の重厚なドアを開ける。


――ギイィィ。


 扉の開く音が近くに聞こえた。

 間違いない。この遊技場のどこかにある。


 広いホールには――遊技場という名前の通り――ビリヤード台やマージャン卓などがあちこちに置かれている。

 そして壁には、バンクシーを初めとした近代アーティストの絵画が飾られている。


 その静かな空間を、ベートーヴェンの『月光』が厳かに満たしていた。

 ピアノの旋律が、一音一音、丁寧に空気を揺らしている。

 外は阿鼻叫喚の地獄なのに、ここだけ時間が止まったように優雅だ。


 わたしは目を凝らして探した。

 どこ? わたしの耳はどこにあるの……?

 音の発生源は、奥にある巨大なスピーカーだ。


 あの辺かな……?

 わたしはスピーカーの方へ近づいていく。


 すると、頭の中の音楽がよりクリアに、より鮮明になっていく。

 まるで高性能イヤホンで聴いているみたいだ。

 悲しくも美しい旋律が、頭に直接染み渡ってくる。


 多分この辺りだと思うんだけど……。

 わたしは目を凝らして周りを見渡す。

 音の聞こえ方からして、箱の中とかではないハズだ。

 床に直接置いてあるか、もしくは――。



 ……あった! 見つけた!



 ビリヤード台の上にポツンと置かれた、肌色の物体。

 スポットライトが当たっているわけじゃないけど、そこだけ存在感があった。

 形からして、左耳のようだ。けど、ゲームの重要アイテムみたいに置いてあるのがイヤだった。

 

 急いで駆け寄って手に取る。

 グニグニとした柔らかい軟骨の感触。

 本物の耳を手に取っているハズなのに、オモチャを触っているような気分だった。


 これで2つ目だ。わたしは喜んで左耳をつける。――その寸前で手を止めた。

 これは……本当にわたしの耳なの? そんな疑問が湧き上がってきてしまった。


 もし違う誰かの耳をつけたら、いったいどうなってしまうんだろう……?

 そのままくっついてしまうの? それとも、間違った罰としてわたしの耳は失ってしまうの?


 どうしたらいいんだろう? どうしたらわたしの耳だって確信を持てるんだろう?


 ……そうだ!

 わたしは耳に向けて指を構えた。そして耳のすぐ側で――パチンと指を鳴らした。


 瞬間、頭の中に『パチン!』という音が鳴り響いた。

 静かなピアノの音色を切り裂くような、祝福を告げる音。


 これで確定だ。

 これは間違いなく、わたしの耳だ。


 わたしはその左耳を、左側の頭に押し当てる。

 すると、吸盤みたいにピタッと張り付いた。

 肉と肉が吸い付くような、不思議な感触だった。



 本当の意味で耳が繋がった瞬間、世界が変わった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。