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回顧 ――高校二年生 夏―― 9


久しぶりに来た瀬田の家は、まったく何も変わっていなかった。

相変わらず両親はあまり帰宅せず、研究に没頭しているらしい。

瀬田は瀬田で料理に没頭しているらしく、いないことに何の違和感も感じていないらしい。



「……」

玄関で靴を脱いであがるとーこさんを見ながら、つい躊躇してしまう。

本当に、上がっていいのか。

瀬田は来てもいいようなことを言っていたけれど、とーこさんがいるから仕方なくじゃ無いのか。

廊下の右手、ダイニングに繋がるキッチンからだろうおいしそうな匂い。

さっき瀬田が言っていた、ハヤシライスの香り。

ということは、当たり前だけどそこに瀬田はいる。


どういう顔をすればいいのか、考えてしまう。


「要くん?」

リビングに入ろうとしていたとーこさんが、まだ玄関に立ったままの俺を振り返る。

不思議そうな顔が俺を見た途端、少し目を細めて微笑んで。

ゆっくりと俺の傍に戻ってきた。

「はい」

差し出される、手のひら。

白くて華奢で、その長い指がページを捲るのをよく盗み見ていた。

思わずそんな事を思い出していたら、その手が俺の手を掴んで引っ張った。

「圭介も待ってるから。……ね?」

そう言われて顔を上げると、とーこさんの後ろ、開いたままのダイニングのドアからこっちを見ていた瀬田と目が合う。

「あ」

思わず零れた声に、瀬田はドスドスと音を立てて玄関に歩いてくる。

「だから、俺が見る度いちゃついてんじゃない」

ぽんっ、と、だるまさんがころんだのように繋がれている俺ととーこさんの手を、自分の手を手刀の様にして外した。


外れた手を見て、ゆっくりと瀬田に視線を戻す。

そこには、少しばつが悪そうな拗ねたような、今まであまり見たことのない瀬田の顔。

思わず、噴出した。

「瀬田、ヤキモチ妬いてんの? え、そーいうこと?」

年上なのに! 元生徒会長様なのに! あんなに、自信満々なのに!

瀬田はむっとした顔を向けると、とーこさんの腕を掴む。

「あー、生意気っ。ホントお前、会った時から生意気だよなっ」

「えー、二重人格瀬田会長より、全然いいと思う」

慌てて靴を脱いで、瀬田がつかんでいるのとは反対のとーこさんの腕を掴んだ。

「とーこさんも大変ですよね、こんな面倒な男が従兄で」

困ったように俺を見上げるとーこさんが、なんだか可愛い。

「何言ってんだよ、お前みたいにまとわりついてくる後輩がいて桐子は大変なんだよ」

足を止めた瀬田が、な? と同意を求めるように、とーこさんを見下ろす。

間に挟まれたとーこさんは、交互に俺たちを見ると小さく息を吐き出した。


「とりあえず、今この状態が一番大変かしら」


呆れたような溜息と共に言われた言葉に、俺も瀬田も瞬時に手を離した。

そんな俺たちを、とーこさんは楽しそうに目を細める。

「お腹すいちゃったわ、圭介。要くんも、ね?」

「はいっ」

そう微笑みかけられて、つい元気よく返事をしてしまった。

とーこさんの後ろで、瀬田が大笑いしながらキッチンへと戻っていく。

廊下から消えたその姿をまだ目で追っていた俺を、とーこさんが体ごと向き直って見上げた。

「要くん……。敬語なのは……なぜ?」

会話になっていないその言葉に、首を傾げる。

「敬語?」

聞き返すと、無表情に戻っている。

「とーこさん、あの、どうかしたんですか?」

その無表情が、とても寂しそうに見えて少し腰を屈めた。

目線をあわす。


「……圭介には前と同じなのに、私には敬語なのはなぜ?」

「敬語……」

言われて、ふと気付く。

そういえば、なんか敬語混じっていたような。

思い当たって、屈めていた腰を戻すと後頭部に手をやった。

「久しぶりだったから、緊張してて。あの、不快にさせてたらごめんなさい」

そうだよな。

今まで普通に話していた人が、いきなり敬語になるあの辛さは自分が一番よく知ってる。

瀬田がそう変わったとき、貧血でも起きそうなくらい落ち込んだ。


とーこさんはその表情のまま、いいえ、と頭を振った。

「ちょっと思っただけだから、気にしないで」

……

なんか、拗ねたような表情に見えるのは俺だけだろうか。

思わずじっと見ていたら、返事がない俺に気付いて顔を上げたとーこさんと目が合った。

途端、ふぃっと後ろを向いてダイニングの方へ歩き出す。

「え、とーこさん?」

慌てて後ろから追いかけると、顔を合わさずにそのままダイニングに荷物を置く。

「手、洗って来いよ。二人とも」

既にテーブルには夕食の準備がされ始めていて、そのおいしそうな光景に思わず腹が鳴る。

けれど今は様子のおかしいとーこさんの方が気になって、洗面所へとさっさと移動していく背中を追った。

「ねぇ、とーこさん。怒ってる? やっぱり怒ってるんだよね?」

意識的に敬語を排除して後ろから話しかけても、一向に返事がない。

俺の言葉を無視して水道の蛇口を押し下げたとーこさんの顔を、伺うように覗きこむ。

すると――


あれ?


「とーこさん、顔、真っ赤」


頬どころじゃなく、顔全体が。

「どうしたの? 具合悪い?」

そう尋ねても、返答もせずにとーこさんは手を洗っている。

常に無い反応に慌てた俺は、タオルで手を拭いているとーこさんの額に右手を押し付けた。

「うわ、とーこさん熱いよ? 熱あるんじゃないの?」

高熱と言うものではなかったが、ほんのりと額が熱を持っている。

とーこさんはこっちが焦っているってのに、まったく反応が無い。

タオルに手を掛けたまま、固まっていた。

「おーい、二人とも。早くしないと冷めちゃうんだけど」

なかなか戻ってこない俺達に業を煮やしたのか、洗面所に瀬田が入ってきた。

けれど額に手を当てられて固まっているとーこさんを見て、怪訝そうな表情を浮かべる。

「どうした桐子。顔、赤い」

そのまま覗き込もうとして、慌てて上体を反らす。

瀬田のその声で、とーこさんが一気に覚醒したのだ。

俺の手から離れるように顔を逸らすと、洗面所から廊下に出て行く。

それを追いかけようとした俺の腕を、瀬田に掴まれて立ち止まらざるを得なかった。

とーこさんはどうやら二階に行ってしまったようで、トントンと階段を駆け上る音が微かに耳に届く。


「瀬田、腕離せよ」

瀬田とも話したいけど、今はとーこさんが優先!

ぐっと引っ張ってみるも、瀬田の手は外れない。

身長も伸びたとはいえまだ瀬田よりは下で、見上げる先の顔は怪訝そうに顰められていた。




「要。お前、公園からうちに来るまでの間に桐子に何かしたのか?」


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