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擬神ダムネーションズ ~ゲテモノ揃いの黎明社~  作者: 綾川八須
第五章 黎明社立退獄関連高等専門学校
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67 法廷―瑞里の罪状1

 ——時は、釈神討伐戦後にまで遡る。


 日本国首都東都京『菊泉区』は、退獄界の王族である統導家の御屋敷を五芒星の形に囲うように存在する五大隠区(おんく)の一つで、禍狩の本部や退獄関連者の裁判所が構えている。


 隠区は人の世である現世に混じる、妖や精霊が住まう地域だ。日本には千を超える数の隠区が現世の狭間に隠れ、昔の趣を残したノスタルジックな人外の町並みが広がっている。


 煉瓦造りの裁判所。その外観には陽光が照り赤い煉瓦が鮮やかな色彩を放つものの、その内部は無機質であり、これまでに裁いてきた数々の凶悪犯罪の怨嗟が停滞して澱んでるかのように重苦しい。


 法廷は、まるでコンサートホールのような内装をしている。天井は高く、間接照明がU字を描く千席の傍聴席に微弱な光を降らせている。普段は年に一度開催される日本退獄機関長(おさ)会議が執り行われる会場で、国内の八百八十八の退獄機関の長と、退獄界の貴族たちで満席になる。


 しかし現在、この傍聴席に緊迫した様子で腰を下ろしているのは二十人にも満たない。だが集った面々は、退獄界の四大貴族である四貴(しき)家の当主四人と、その一つ下の階級である十二勲(じゅうにくん)家の当主十二人という揃えである。十二勲家のさらに一つしたに二十四師(にじゅうよんし)家という二十四の名門や名家があるのだが、今回は招聘(しょうへい)されていない。


 その他にも、黎明社忍備役(しのびやく)頭(がしら)である支塚(ささつか)影倚(かげより)と、禍狩部隊総隊長である明空(みよく)遵(じゅん)の姿もある。


 証言台にスポットライトが当てられている。そこに立つのは黎明社社長であり、黎明社立退獄関連高等専門学校の校長である神志名(かしな)白呂(はくろ)である。


 彼女の目の前、通常の法廷であれば裁判官席があるはずの場所には、一台の巨大な鏡が立っている。鏡面は漆黒であり、縁取る意匠は綿密で精巧だ。その斜め後ろに、褐色肌の軍服姿の壮年の男が腕を組んで立っている。艶やかで豊富な髪を邪魔臭そうにオールバックに硬め、炎のようなオレンジ色の眼は眼光鋭く威圧的だ。


 日本退獄庁【禍狩(かがり)】統括官 兼 護国五指師の一人でもある戦極(せんごく)勇義郎(ゆうぎろう)その人だ。


 白呂は首筋に手を向かわせてチェーンを摘まんだ。胸元から漆黒の指輪――祈瀬(きせ)瑞里(みずり)を引っ張り出す。


「瑞里ちゃん、さあ、少しお話しよう」


 躊躇ったかのような数拍の沈黙ののち、白呂の手元から赤黒い光が蠢いて小さな人の形になった。赤黒い人型は白呂の腰元にしがみ付くように腕を回し、そして享年八歳の祈瀬瑞里の姿になった。


 傍聴席の貴族たちの空気に警戒心が滲んだ。干戈の濃い口を切る音が冷徹に響く。


「……」


 瑞里はさらに白露のあばらに顔を埋めた。向けられている殺気と警戒心に鈍感ではいられない。


「大丈夫だよ。私がいるからね」


 瑞里の背中をポンポンと叩く。


「怖がらせないでやってくれるかい? 擬神の子とはいえ、この子はあ(・)の(・)二(・)人(・)の娘だよ。十年前の災害だって、すでに浄玻璃の鏡によって二人は被害者であり収束の貢献者であると判決されたじゃないか」


 しかし、貴族たちの反応は変わらない。だが、数人の貴族の中には興味深そうに瑞里を見つめる者がいる。


「――ごめんなさいね、ちょっと悪穢を感じちゃうから驚いちゃったのよ」


 白虎の毛皮を羽織ったタレ目の美女が微笑みながら言った。彼女の視線はどちらかというと友好的だ。薙刀の形をした干戈を簪の形に戻して髪に挿し、無害を示す。


「とても可愛い子ねぇ。御龍(みりゅう)もそう思わない?」


 隣に座る美形に同意を求めて視線を流す。御龍と呼ばれた白群色の眼をした男は、無表情のまま「うん」と頷いた。


「ぼくの息子と君の娘の同級生になる子だったな」

「そうよ。たしか、彼女の双子君の名前は孝里だったわよね? 白呂様、その子は来ていないのかしら?」


 四貴家のうちの二家——稲虎(いなどら)家の女当主と御龍家の当主はマイペースを発揮している。自分の子供達よりも一足早く同級生と顔合わせをしていることが面白いらしく、孝里の所在まで訊ねる。


「今は病院で昏睡状態さ。奏士郎(そうしろう)が付きっ切りだよ」

「まあ……」


 稲虎は指先で口元を隠した。


「……鳳越(ほうえつ)家の青孔雀ちゃんがねぇ……」


 ぽつりと呟いて、鼈甲(べっこう)色の眼が一人の女を捉えて面白そうに細められた。


 戦極は薄い唇を開いた。


「……始めても構わんかね?」


 耳の中に沈み込むような低い声だ。


「そうだね、始めよう。瑞里ちゃん、耳貸して」


 白呂はしゃがみ込んで瑞里の耳元に唇を寄せた。


「せ、宣誓……私(わたくし)、祈瀬瑞里は……りょ、良心に従って真実を述べ……何事も隠さず……偽りを述べないことを……浄玻璃(じょうはり)の鏡に……誓います……」


 たどたどしい宣誓がか弱く空中に消えていく。


 漆黒の鏡面が渦を巻き始めた。巨大な鏡——浄玻璃の鏡が、白呂の過去を読み始めたのだ。この鏡に映し出された者はいかなる隠し事もできず、赤裸々にすべての言動が暴露される。


 ――罪状を述べよ。


 鏡面から老若男女の声を一つに混ぜ合わせたかのような声が響く。


「斎場衆との忌蔵(きぞう)逃亡容疑、及び、釈魂永楽会《しゃっこんえいらくかい》教祖との結託容疑——地獄顕現加担容疑」


 影倚が「フン」と鼻を鳴らした。対面の傍聴席にいる明空が気付いて目を細める。


(どれもこれも無理矢理罪にしようとしてるなぁ……)


 浄玻璃の鏡の鏡面の渦が平坦になり始め、映像が流れ始める。瑞里の罪状――記憶だ。だが、流れているのは忌蔵の内部ではなく、どこかのオンボロアパートの室内だ。奏士郎と苛燐(かりん)、鈴ヶ谷(すずがや)秀作(しゅうさく)が机の三方を陣取って朝食を摂っている。鳳越響(ひびき)の活躍と怒りをニュースで観て、奏士郎が作った朝食についての秀作と苛燐の言い争いの様子が克明に放映されている。長閑(のどか)で平穏な――斎場衆による忌蔵襲撃の同時刻に行われていた孝里の中で見ていた朝だ。


 ――「いいなぁ、美味しそう。どう? 孝里。おじちゃんのご飯、久しぶりに食べたよね?」


 瑞里は孝里に問いかける。しかし、彼女の声は孝里には届かない。


 ――「……」


 振り返った瑞里の視界いっぱいに映るのは巨大な岩の扉だ。三対の閂鎹(かんぬきかすがい)があり、そのうちの上二つには太刀が収まっている。しかし、一振りは抜き身だ。


 貴族たちが一斉に騒めいた。突如として映し出された謎の扉。どう見ても物々しく、どう考えても不穏な存在だ。


 ――……ドン、ドン。


 扉をノックする音がが響いた。扉の中に何者かがいる。


 ――「駄目だよ。開けない。……開けちゃ駄目だもん。また、いーっぱい人が死んじゃうから」


「――迎神門(げいしんもん)か」


 戦極は呟いた。


 地獄に通じ、禍身と擬神を現世へと迎え入れる門が、祈瀬孝里の中に存在している。十年前からすでにこのことは把握しており、現世に顕現した扉を見たことがあったが、その巨大さと禍々しさは十年前よりも増しているかのように思える。万が一にも、この扉が再び顕現し、開放されてしまえば――十年前以上の甚大な被害が齎されることは確実だ。むしろ、世界の終焉(しゅうえん)となるかもしれない。


「やはり、祈瀬孝里は封印するべきよ……深い闇の中に」


 薄闇の中で女の声が低く響いた。現在、この法廷の傍聴席には数人の女当主たちが鎮座しているが、いったい誰が放った言葉なのかは一目瞭然ならぬ、一聞瞭然(いちぶんりょうぜん)だ。


「それについては後で話そう。今はまず、瑞里ちゃんの無実を証明する時間だ」


 白呂は女を一瞥もしなかった。


 ――「……?」


 浄玻璃の鏡に映る瑞里が、ふと自分の体を見下ろした。何か違和感を察知しているらしい。


 ――「どこかに運ばれてる?」


 斎場衆による強奪を感じ取っているのだ。瑞里は困惑している。


 ――「……おじちゃん、おねえちゃん」


 奏士郎と苛燐に向けて呼びかける。しかし、当然届かない。それでも瑞里は言い続けた。


 ――「私の身体がどこかに連れて行かれてるの。おじちゃん、おねえちゃん……」


 瑞里は異変を報せようとしていた。斎場衆による忌蔵襲撃への関与が無かった証拠に間違いない。


 貴族たちは、罪の一つ目の消滅に様々な反応を見せた。落胆、苛立ち、安堵。


 映像は進み、老いた青猿の面を着けた影倚が不審者呼ばわりをされたシーンが流れた。明空が「ぶふっ」と笑い、俯いて肩を震わせている。影倚は中指を突き立てた。一行がSUVに乗り込み、孝里が黎明社に入学することへのメリットを指立て数えながら言い連ねる影倚と奏士郎。三年前に孝里が秀作を禍身から守って後遺症を負っていたことが明かされた。


「擬神の子が人を庇っただと?」「後遺症? なぜ完治しなかった」「後部座席狭そう……」「でもいい匂いしそう……」


 貴族たちの声はさざ波のように薄暗い法廷に響き渡った。

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