17 重なる心拍。
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そして、秀作にはひとつ、欲張りだという自己嫌悪はあるものの、許諾して貰わなければならないことがあった。
「秀作君。受験まででいいんだ。僕を、鈴ヶ谷に通わせてくれないかな」
彷徨っていた視線が、ようやく縋り場を見つけたとばかりに孝里へと定まる。しかし、まだ処理できていない情報の濃度で、孝里の懇願までもを吸収できていない。秀作の冷たく力無い手を取り、孝里は続けた。
「ごめんね、秀作君。どの立場で言ってんだって話だよね。でも、その後は合否がどうであれ、鈴ヶ谷には、もう行かないよ。そうすれば君も訓練に没頭できるようになるし、あとちょっとの我慢だと思ってくれれば……」
「え……? お前、鈴ヶ谷からいなくなるつもりなのか……?」
その声に、邪魔者が消え失せることへの喜びの熱はなかった。孝里はてっきり喜んでもらえると思っていた。秀作が会社で暴露してしまった根底の本音への後悔が無駄の物になればと、彼の気分が少しでも晴れることを、悲哀を押さえ込んで期待を絞り出していた。あの話を聞いた直後だ。きっと、両親の仇かもしれない瑞里への新鮮な怨念が生み出されたばかりだと思っていた。当然、双子の片割れである自分に対しても、連帯の感情が適応されるのだと、そう覚悟していた上での告白だったのだけれど。
だが、秀作は――あまりにも困惑して、緊張して、失望して、混乱していた。
戸惑いながらも、孝里は首肯した。
「もともと、そのつもりだったんだ。僕の目的のために、君の時間と機会をこれ以上無駄にし続けるわけにはいかないからさ」
「オレがお前に対して優しくないからだろ」
「違うよ。僕の罪悪感の問題なんだ。僕は、君の御両親を斬り殺したかもしれない干戈を手に入れるために、鈴ヶ谷に入り浸って、君の時間を奪ってるんだよ」
「確証はないんだろ」
「……瑞里は、日澄よすがの干戈だった。それだけで、理由になる。退獄界はそれだけで、瑞里を封印してるんだ」
「封印封印って決めつけてるけどよお、破壊されてる可能性だってあるだろうが」
「そうだね。でも、双子の勘って奴かな。あの子は、この世にいる」
何の根拠も信憑性もない、ただの勘。だが、双子の間に繋がる不思議なシンパシーは案外侮れないものだ。以心伝心的事象は、幼い頃からよく発生した。同じ動作、同時の発言、なかなか決着のつかないジャンケン、眠気に襲われるタイミングまでもが一緒で、よくそれで「流石双子だね」と笑い合ったものだ。
だからだろうか。きっと、瑞里が破壊されていれば、孝里自身もこの世で生きていないかもしれないという、謎の自覚があった。生死に関しても以心伝心、一蓮托生なのかもしれない。
「秀作君。どうか、お願いします。許して欲しい、あと四ヶ月だけでいいんだ」
孝里は斬首の瞬間を待つ断頭台の罪人のように深く頭を下げた。
――だが、秀作の拒否も許可も受け取ることなく、ものの数秒で勢いよく頭を上げた。孝里の後頭部が顎を掠めそうになって、秀作は「おいッ!」と色を成したが、先ほどの弱々しく許しはいったいなんだっというのか、そしてどういうつもりなのか、孝里は掌で秀作の口を叩くように抑えた。
――どくん。どくん。どくん。
拍動している。胸の中が。だが、それは自分の心臓ではない。
山の中で禍身に遭遇する直前、突如発生した異変と同じことが、また起こっている。
(――禍身が、近くにいる?)
ドドッ。心拍が、同調のタイミングを損なって二重に胸内に響き始める。
孝里は秀作を開放し、特攻符木刀を握り締め、背後に匿う。拝殿の出入口を凝視した。
体内から耳を伝い突き抜けていく心拍音に、砂利を踏み締める音が混じる。方向がわからず、恐怖を煽る。秀作がか細い声で「おっさん?」と自分の背中に問いかけた言葉に、孝里は首を左右に振って否定した。
砂利の音がどんどん大きくなって、開け放たれた扉から差し込む月光に巨大な影が侵食し、床に黒く被さる。階が軋んで、影が伸びて広がり、心拍が徐々に重なり始める。
ドドドッ、ドドドッ、ドドッ、ドドッ、ドドッ、ドド―― ドッ。
ドンッ! と髪を斑に残した巨大な頭が拝殿内に飛び込んで、床に叩き付けられた。重量に耐え切れずに転んだようだ。床は破れて木片が拝殿の下にカラカラと降る。巨頭の禍身は何故か枕で顔を掻くような動作を繰り替えし、鋭利に飛び出した木片で皮膚を切り裂いている。血臭が煙のように湧き上がる。
そして、ぐるんと、顔を横に向けた。切り裂かれて刺し掘られて裏返った皮膚の垂れた血塗れの顔が、ふたりを向いた。
「 あ~~~~~~~~~~~~~~っ 」
歓喜し、口角を上げて目を山なりに細めて嗤う禍身が、拝殿の入り口からふたりを見ている。
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