第2話
何が何だかわからんが貴族になった。王様は「礼をする」と言っていたが、後日侍女が綺麗なドレスを持ってきて、「これにお着替えください。」とか言ってきた。私の頭は「???」状態だったがドレスを着た。化粧までしっとりと施された。侍女たちに導かれて王宮の謁見の間に。
周囲にはずらりと貴族が勢揃い。
「この度、避暑に出かけていた我と王妃が20名からなる暗殺者の集団に襲われた。我らについてきてくれていた守護騎士らの命も奪われ、我らの命も風前の灯であった。そこを通りすがりの女性、アリシアが類稀なる武術をもってして、我らの命を救ってくれた。」
ざわざわと周囲が騒めく。私が武術とは無縁そうな女性だからであろう。
「我と王妃と、王妃の腹に宿るこの国の未来の王か女王の命を救ってくれたことを表し、皐月月桂冠章を授与し、子爵位を与える。他にも褒美をいくつか与える。これがその目録よ。」
従者が目録を手渡してきた。
どう考えても断れる雰囲気ではなかった。
「…有り難き幸せ。」
……てな感じで子爵位を貰ってしまった。法衣貴族だけれど。この国では女性も爵位を継げるのだ。女王だって認められてるし。家の名前は「ファーレス」となった。神話の戦女神である「ファンタアレス」からもじったらしい。王直々につけてくれた。アリシア・ファーレス子爵である。皐月月桂冠章というのは武威を讃える勲章の一つらしい。法衣貴族には年棒(?)が支払われるので、あくせく働く必要がなくなってしまった。目録を見たら、褒美に王都の貴族街にある屋敷を貰ってしまったようだし。ありえない金額が褒賞として貰えた。年棒の分から考えても侍女3人に料理人2人と門番3人くらいは無理なく雇えそうである。
仕方ないので使用人ギルドへ行き、人を雇った。こういう時、業値が目で見てわかるのは便利だよね。性格が悪そうな使用人は選ばないから。持ちうる技能が見えないのは致し方ないけれど。
実家に比べると幾分小さな屋敷ではあるが、新品らしく、どこもかしこもピカピカである。調度品なんかはないんだけれど。貴族の見栄って私はあんまり気にしないのでそのままにしている。
私は貴族でも平民でもそれなりに楽しく生きていけるのだが、貴族になると私の唯一の趣味であるレース編みができるのが嬉しい。地獄ではこういう趣味は持てなかったからなー。私が抜けて鉱物運びの人員は足りているのだろうか…それだけが心配。
私にとっては割とどうでもいいことなのだが、王様たちを狙った暗殺者の黒幕は王弟だったらしい。完全な王位狙い。王弟は公開処刑された。妻子は生涯幽閉だそうだ。
忘れないうちに私服用のドレスと外出着用のドレスをいくつか仕立てておいた。そのうち茶会とかに誘われるかもしれないし。
因みに全然描写してないが、私は王子に一目惚れされるだけあって、中々の美人である。ふわっとしたミルクティー色の髪に灰色の瞳。シミ一つないミルク色の滑らかな肌に、ぷっくりした桃色の唇。体つきはほっそりと華奢。武道?なにそれ?おいしいの?な見た目である。今んところその容姿で得をした覚えはないけど。これは私の獄卒時代と全く変わらない見た目である。死者にはまず舐められるので、たっぷりと地獄の流儀を教え込んでやるわけだが。
時々私の様子を見に来る天使のミルディは「折角人間になったんだし、恋の一つもしてみたら?」などと言うのだが、恋と言うものはどうやってするものなんだ?ミルディに聞いてみたら肩を竦められた。
***
エレマリア夫人の茶会に招かれた。アレクシアとして16年ばかり貴族教育を受けていたので、国は違えど、マナー的に大きな粗相はしなかった。
「アリシア様のような可憐な令嬢が、武術を持って爵位を賜るなんて、なんだか信じられませんわね。どこかで武技を習っていらしたの?」
みんな私に興味津々である。
「いえ。生まれつき運動神経が良く、力持ちなだけですわ。」
「あら、それは素敵ねえ。何か特技があるっていうのは神様から愛されてるのかしら。」
「どうでしょうね。高位存在の都合は私程度の存在にはあずかり知らぬことです。」
神様が何考えてるかなんて私は知らん。天使には会ったことがあるが、神様になど、お会いしたことがないし。
宗教関連の話は根深いし、あまり語りたくない。
私は茶会で、エレーア・ドネル伯爵令嬢とフラン・トネリコ子爵令嬢と仲良くなった。エレーア様は御年19歳。華やかなストロベリーブロンドに青空みたいな碧眼の美少女。ドネル家の総領。フラン様は16歳。栗色の髪に緑眼の美少女。二人ともカルマ値が低くてきれいな魂をしている。
「お二人とも、今度わたくしの家に遊びにいらっしゃって?」
エレーア様がにっこり微笑んで私たちを誘った。
「ええ。是非。」
「楽しみですわ。」
私は、私が編んだレースのストールをお二人に見せると約束した。エレーア様は自作のドレスを見せてくれるそうだ。本格的な針仕事なんて貴族令嬢のすることじゃないのかもしれないが、エレーア様は裁縫に夢中らしい。
「エレーア様のお家と言えば、弟さんが2人いらっしゃるのよね。」
お茶会に来ていたご夫人が発言なさる。
「ええ。」
「確か上の弟さんは天使のように麗しいとか…」
「姉バカですけれど、綺麗な子ですのよ。」
「へえ。」
天使か。知り合いの天使であるミレディの顔が一瞬頭をよぎる。天使は結構フリーダムな職場らしく、時々人間界に降りては人間と契ったりしているようだ。色欲には溺れやすく、時々堕天する者もいる。
「いいわねえ。私の夫は年々トドに似てきますのよ。」
「でも愛してらっしゃるくせに。」
「うふふ。」
ご婦人方のがーるずとーくと言う奴だろう。そのノリに今一つついていけないので私は曖昧に微笑むだけだが。
「アリシア様は誰かお好きな殿方などいらっしゃらないの?」
「爵位を持ってしまったが故に引き裂かれた恋人たちみたいな!」
「悲恋ですわ!」
矛先がこっちを向いた。
「いえ…特に意中の方はいませんでしたわ。」
ご婦人方が少し残念そうな顔をする。恋愛的なお話は私にはあまり期待しないで欲しい。
他には最近飛び交ってる噂話なんかを回収した。サザンスエルのオルトア王子のご婚約者が決定した2週間後に変死したとか。多分あの王子が関わってると思う。相手のご令嬢はお可哀想だな。
***
エレーア様のお宅にお邪魔する日が来た。お土産のミニブーケなどを用意して馬車に乗って、ドネル家を訪ねた。
「アリシア様、よく来てくださいました。フラン様はもうお着きですわ。お部屋にご案内しますわね。」
エレーア様が出迎えてくれた。私はエレーア様にブーケを渡す。
「これ、お土産です。大したものじゃなくてお恥ずかしいですけれど。」
「まあ、ありがとう。」
エレーア様は侍女にブーケを渡して活けるように命じた。
私はエレーア様のお部屋に案内された。フラン様はもう中にいた。部屋の中心にはピンクのドレスを纏ったマネキンが立っていた。
「まあ、素敵。こちらが、エレーア様のお手作りのドレスですの?」
「ええ。夜会用ではありませんけれどちょっとした訪問着にどうかと思って。」
「素敵なデザインですわ。髪の色ともお似合いですし。」
「ありがとう。アリシア様のストールも見せてくださる?」
3人でキャッキャとドレスだのストールだのの品評をした。私力作のストールも中々の高評価を得た。そして3人でお茶。私はブーケを持ってきたが、フラン様は最近話題のお店の焼き菓子を持ってきたらしく、お茶菓子にはそれが供された。クッキー旨いな!
「大変結構なお味ですね。」
「でしょう?わたくし、ここのお菓子に夢中ですの。最近少し太ってしまったのではないかと心配しておりますのよ。」
フラン様は結構ほっそりしたタイプだけどね。エレーア様はボンキュッボンタイプ。私は女性らしい丸みは持ちつつもほっそり華奢な見た目である。
「エレーア姉さん、お友達が来たって本当?」
「アレックスね?入ってらっしゃい、ニコルも一緒?」
「うん。」
扉が開いて2人の男性が入ってきた。一人はエレーナ様と同じ華やかなストロベリーブロンドに碧眼のきれいな容姿の男の子。目も鼻も口も天使と謳われるだけのことはある見事な造形美だ。17歳くらい?もう一人は黒髪に黒目。少し彫が浅めの顔立ち。瞳はくりくりと大きく、少しあどけない印象の男の子。16歳くらいだろう。私は黒髪黒目の男の子の方に目が釘付けになった。
「紹介しますわね。ストロベリーブロンドの方がアレックス、17歳。黒髪の方がニコル、16歳。二人とも私の弟ですわ。」
二人が頭を下げた。アレックス様は好意的な笑顔で。ニコル…様は、おずおずと叱られる前の子供のような顔で。
「フラン・トネリコですわ。宜しくお願いいたします。」
フラン様がおっとり挨拶をする。
「アリシア・ファーレスですわ。ニコル様、ちょっと。」
私はニコルの襟首を引っ掴んで部屋を出た。廊下の隅に連れ込む。腕を組んでじろりとニコルを睨み付けた。
「釈明を聞こう。」
このニコルとか言う男。私と組んで仕事をして、転生の穴に落ちかけた粗忽者の新人獄卒である。見た目も、魂の色も見間違うはずがない。私は確かにこいつを庇った。絶対にこいつは助かったはずなのに、何故人間として此処にいる?
「その…僕を庇って、先輩が落ちて…慌ててしまって。落ちてすぐなら助けられるかもって、僕も飛び込んでしまって…」
しゅんと項垂れてニコルが小さくなる。
「馬鹿か!あの穴は落ちたら即転生するって講習で習っただろう!助かるはずがない!私の犠牲を無駄にしたな!?」
「す、すいません!!慌ててしまって、頭が真っ白になってつい…」
「人間になってしまって、どうするつもりなんだ!」
人間のように永遠に転生を繰り返すつもりか!
「えと…自分から飛び込んだから労災はおりないけど、人間として死んだら職場復帰は出来るらしいっす。減棒300年ですけど。新人は何かしらミスをやらかすものだから、仕方ないって言ってもらえて…」
ほっと胸を撫で下ろした。こんな粗忽者でも一緒に仕事をする仲間だと思うとつい心配してしまう。
「心配してくれてありがとうございます…」
「後輩の面倒は先輩が見るものだからな。」
ニコルの髪をくしゃっと撫でた。
「先輩格好良いっす!後輩を庇って職場事故にあうとか!」
ニコルが目をキラキラ輝かせた。
「……お前、本当に反省してるか?」
「勿論っす!しかも陛下のお命を華麗に助けて授爵とか。パネェっす!尊敬するっす!」
私はぼかっとニコルを殴りつけた。
「能天気!」
「すいませんっ!あ、先輩、ドレスも似合うっすね。かわいい…」
ぼっと耳が熱くなった。
「……照れてるんっすか?」
「ウルサイ。」
私はニコルを蹴飛ばした。女性獄卒は基本的に開襟シャツにホットパンツに鞭装備だからドレス姿を晒すことなどない。後輩に「女性として」見られるなんて初めての体験だ。思わず顔に熱が…くそっ。早く冷えろ。
二人でエレーア様のお部屋に戻る。
「すいません、弟さんを急にお借りしてしまって。」
「構いませんわ。でもニコルが何か失礼なことをしたのではなくて?アリシア様、少しお顔が赤いですわ。あの子、いつもすっとぼけてて家族も手を焼いてるんですの。」
ニコルやっぱりこっちの世界でも浮いてるらしい。なんて言うか地に足のつかないようなふわっふわした奴なんだよな。
「うふふ、まさか、アリシア様、ニコル様に運命感じたり?」
フラン様が冷やかした。そんな馬鹿なことあるはずがないのに。
「はいっ。僕は運命を感じたっす!」
馬鹿な返事をしたのはニコルだ。
「な・に・を・言ってるんだ!?」
私はニコルのこめかみをこぶしでぐりぐり抉った。
「いだっ。いだだっ。先輩、力強いっす!もっと優しく!!」
こぶしを離してやった。あんまり強くすると、脆い人間の頭蓋骨など簡単に割れてしまうからな。
「お前が馬鹿なこと言うからだ!」
「馬鹿な事?」
ニコルが不思議そうに首を傾げた。
「運命を感じたとか…」
「先輩に僕の赤ちゃんを産んで欲しいって感じたのは運命じゃないんっすか?」
「な、何を…」
「先輩とセッ「黙れえっ!!」」
ニコルにアッパーを噛ました。顔が熱い。何を言ってるんだ、この男は…
「どうしてニコルはアリシア様を『先輩』って呼ぶんだい?」
アレックス様に突っ込まれた。
「ただのあだ名ですわ。お気になさらずに。」
アレックス様に微笑んだ。ニコルにアッパーをかました後の令嬢口調の白々しいことよ。くそっ。ニコルめ。私の化けの皮を剝がしやがって。
「ニコルは色々と浮世離れしてますが、中々良い絵を描くんですのよ?」
「絵?」
「絵画ですわ。ご覧になります?」
みんなでニコルの描いた絵を見た。綺麗な風景画が多い。時々笑顔の子供の顔なども描かれている。エレーア様が仰ったように中々良い絵だ。
「意外な才能だな。」
「地獄に居たんじゃこんな風景絶対見れないっすから描いておきたかったんっす。」
「ふうん…」
確かに地獄だとあまりきれいな風景はないよな。どこを見ても苦痛にもがく死者の顔だらけだし。
「でもニコルはコレ、と言うすごく良い絵はみんな売ってしまうのですわ。」
「それはまた、どうして?」
お金に困ってるわけでもあるまいし。
「絵を売ったお金を孤児院とか、障害者支援施設に寄付してるんっす。僕は粗忽者だけど、少しくらい誰かの役に立ちたくて。」
「……。」
こういうところがこの男のズルい所だ。粗忽者の阿保で利己的なら一切容赦なく嫌えるものを…妙に優しいというか、良い奴だから、嫌えない。ズルい。この粗忽者の新人は獄卒女性にはモテモテだったりする。「母性本能をくすぐるから」という理由もあるようだが、根本は「魂が綺麗だから」である。こいつの魂は目立って綺麗だったりする。青く透明に透ける水を湛えた惑星のようなきれいな魂だ。それはもう私が絶対に見間違えない!と自信を持つほどに。
「今度先輩の絵を描いてプレゼントしますね。」
私の心中などお構いなしで、ニコルはにこにこ笑った。