Delighting World ⅩⅩⅩⅡ
Delighting World ⅩⅩⅩⅡ
ワービルト王、ヴォロッド・ガロルに挑む前に5日の修行時間を提供されたビライトたち。
それぞれがボルドーとメルシィの補助と協力の下、ビライトたちはこの短期間で大きく戦力を上昇させた。
最後の5日目はそれぞれが自由な時間を過ごし、6日目。
ついにヴォロッドとの手合わせの日が訪れようとしていた。
5日目の自由行動でもまた、それぞれは色々な思いを抱えて過ごしたのだが、それはまた別のお話。
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ヴォロッドとの約束の日。
ビライトたちは朝から気合十分だった。
「よう、おはよう。」
「あっ、ボルドーさんだ!」
「おはようボルドーさん。」
「調子はどうだ?」
「うん、大丈夫だよ。」
ビライトとキッカは宿屋で支度をしていた。
ビライトは4日目でボルドーと本気の手合わせをし、体力を限界まで使い果たし気を失った。
5日目の朝までずっと眠っていたが、起きてからは元通りになっており大きな影響は無い様子だ。
「そうか、いよいよ今日だな。」
「うん。いよいよヴォロッドさんと手合わせだ。やっぱり緊張するなぁ。」
ビライトはこの修行でかなりレベルアップした。
だが、それでもヴォロッドと同じ土俵には立てていないだろう。
「大丈夫だ。ただ勝てばいいってもんじゃない。お前の気持ちをアイツにぶつけてやれッ!お前が俺様に見せてくれた熱い思いをな。」
「うん。俺やるよ。ヴォロッドさんに認めてもらって許可証を貰うんだ。」
ビライトは拳をグッと握りしめた。
「あ、そうだ。ボルドーさん。」
ビライトはボルドーに頭を下げた。
「んあ?どした?」
「ボルドーさん、修行手伝ってくれて本当にありがとう。」
ビライトはそう言い、頭を上げた。
「おいおいよせやい。急に頭下げられると照れるじゃねぇか!」
「でもボルドーさんが本気で向き合ってくれたから俺、強くなれたと思うから。」
「ダハハ、後でヴァゴウにやりすぎだって怒られちまったけどな~…だが!」
ボルドーはビライトの前に拳を出す。
「お前はもっと強くなれる。だからまずはその絶対揺るがない気持ち、どんとぶつけてこいッ!」
「あぁ!」
ビライトはボルドーの拳に拳を当て、握手した。
キッカはそれを見て、「よかったね!」と微笑んだ。
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「来たな。」
場所は変わり、ワービルト城。
城門ではアルーラが待っていた。
「アルーラさん、おはようございます。」
「よっ。」
「あぁ。おはよう。では早速戦いの場に案内しよう。王がお待ちだ。」
アルーラは軽く挨拶し、城門を開く。
そして謁見した場所とは違う場所に向かって歩き出す。
「ついてこい。」
アルーラはそう言い、ささっと歩いて行ってしまった。
「…行こう。」
ビライトの声に全員が頷いた。
今回の手合わせに参戦するのはビライト・キッカ・レジェリー・ヴァゴウの4人だ。
クライドはワービルトの外に居る為不参戦だが、今日ばかりは隠密魔法で姿を消しこのワービルト城に潜入していた。
クライドは天井を物音無く走り、戦いの場の上から見学するつもりらしい。
(見せてもらうぞ。修業の成果を。)
クライドは4人の戦いが始まるのを静かに待つ。
そしてボルドーとメルシィは不参戦と命じられている為、2人もまた4人の戦いを見守る側である。
「彼らはやれるでしょうか。」
「やれるさ。実力はまだまだヴォロッドの方が上だろうが、一応4対1。パーティの戦いもアイツらは慣れている。連携して修行の成果を発揮できれば、きっと同等まで渡り合えるだろうよ。」
ボルドーはビライトたちを信じて見守る。
メルシィもまた、ブランクと共にその行方を見守るのであった。
大きな扉を開けたその先には鋼鉄製の闘技場のような広いフロア。
その中央にはヴォロッドが立っていた。
「王よ、連れてまいりました。」
アルーラが声をかける。
するとヴォロッドは振り返る。
「ウム、ご苦労。よく来たなビライトとその仲間たちよ。」
ヴォロッドは楽しそうな顔をしている。むしろ、ワクワクしているような顔だ。
「ご機嫌だなヴォロッド。」
ボルドーはそれにいち早く気付き、ヴォロッドに言う。
「あぁ、そうだな。私は早く戦いたくてウズウズしている。」
ヴォロッドはビライトたちを見る。
「ウム、良い目をしている。やはり修行の時間を与えたのは正解だったようだ。」
ヴォロッドは頷き、話を続ける。
「これまで多くの者が未踏の地に行くために私に許可証を求めてきた。だがどいつもこいつも弱すぎるわ、そこにかける情熱も弱いわで退屈しておった。だがそなたたちは違う。初めから良い目をしていたが、より強きものになったではないか。」
「そう言ってもらえると、嬉しいもんだな。」
「えぇ。ホント。」
ヴァゴウとレジェリーは素直に喜んだ。
「俺たちは未踏の地に行かなきゃいけない。ヒューシュタットの許可証をどうするかは何も策が無いけど…それでも前に進まなきゃ。」
「うん。そうだね。」
ビライトはヴォロッドの目を見て言う。
「俺たちは負けない!」
4人は頷いた。
「フハハ!面白い!その目だ!決意に満ちた目!全員が同じ目をして私を見ておる!アルーラよ!最高ではないか?」
「えぇ、私からも感じます。彼らの本気、我々ワービルトもそれに向き合わねばなりますまい。」
アルーラはビライトたちのヴォロッドの間に立つ。
「ルールを説明しましょう。」
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「これから私が結界魔法を展開する。その中では決して大きな怪我をすることはない結界だ。」
「結界魔法…広範囲のものは上級魔法ね…あたしも使えないわ。」
レジェリーはアルーラが相当な魔法を使えることを知っている。
「そしてこの手合わせの敗北条件はこの結界の外に出ること。よろしいかな。」
「つまり結界内が場内で…場外に放り出されたら負けってことか。」
「その通り。あくまでこの結界は大きな怪我を防止する為の結界だが、多少の怪我はあり得るだろう。覚悟して挑むがいい。」
「へっ、怪我なんか恐れてたらこれまでも戦ってないってなッ」
ヴァゴウは武器を魔蔵庫から取り出し構えた。
持つは槍。鋼鉄製の槍をヴァゴウは構えた。
レジェリーは杖を魔蔵庫から出して装備。
「そうね。でも本気で行かないとあたしたちがやられちゃうもん。」
キッカとビライトも戦闘態勢を取る。
「お兄ちゃん。頑張ろうね!」
「あぁ、ボルドーさんやメルシィさんの気持ち、そしてクライドの分も俺たちがやらなきゃ。」
ヴォロッドの武器は爪のようだ。
手には大きく鋭い鋼鉄製の爪が装備されている。
「心意気良し。ではアルーラよ。結界を展開せよ。」
「はっ。」
アルーラは魔法を唱える。
「結界魔法、オーシャンベール。」
アルーラの周囲にオーロラか水の波動のような膜が出現。
それは広がっていき、ビライトたちとヴォロッドの周囲を覆った。
直径約50m程度の大きな膜が闘技場を覆った。
「オーシャンベールの範囲内での戦闘を行い、範囲外に出た時点でその者の敗北とする。ビライト殿たちはキッカ殿を除く3人全員がオーシャンベールから出たら負けとする。キッカ殿はビライト殿が敗北した時点で敗北となる。」
キッカは魔法ダメージは受けるようだが、物理攻撃はすり抜けてしまう。そしてビライトと長い距離を離れることが出来ないため、ビライトとキッカは同じ者として扱われることになった。
「我が王は楽しい手合わせを望んでいる。失望させることがないように。」
アルーラはそう言い、結界の外に出る。
ビライトたちは頷き、皆がそれぞれを見る。
「みんな、準備は良いか?」
ビライトが皆に聞く。
「もちろん!」
「おうッ!」
「うん!頑張ろう!」
ビライトたちは頷いた。
「お前ら!!気合いれてけよッ!目にもの見せてやれッ!!」
「みなさーん!頑張ってくださいね!」
「あう~!」
ボルドー、メルシィ、そしてブランクが結界の外からエールを送る。
応援もある。ビライトたちの気合も調子も申し分ない。
これ以上ないぐらい良いコンディションだ。
「それでは…はじめッ!」
アルーラの合図により戦いが始まった。
「エンハンス!」
ビライトはエンハンス1段階目を発動。
「キッカ!サポートの準備!レジェリーもオッサンも頼んだ!」
「はいッ!」
「ええ!まっかせて!」
「おうッ!ビライト!行くぜッ!」
「来るがいい!」
ヴォロッドは迎え撃つ構えをしている。
ビライトとヴァゴウが前衛に出た。
キッカはビライトと離れすぎない距離で魔法の発動準備をする。
そしてレジェリーもまた、後方で魔法発動の準備を始めた。
「オッサン!」
「おうよっ!」
ビライトヴァゴウは大剣と槍を持ちヴォロッドと対峙する。
「はっ!」
「おらッ!」
「ムン!」
ビライトの大剣とヴァゴウの槍をヴォロッドはその手に装備した大きな爪でふせぎ、弾き飛ばした。
「流石に受けられるか…!」
「ビライト!追撃だッ!」
「あぁ!」
すぐに体勢を戻してビライトたちは再びヴォロッドに攻撃を仕掛ける。
「フッ、その程度ではあるまいな。」
「何!」
「ッ!こいつァ!」
ヴォロッドが爪で一振り。
その爪とビライトとヴァゴウの武器が衝突するが、2人が圧倒的に押し負けた。
「ッ!やっぱり強い!」
「ビライト!」
レジェリーの魔法の準備が整った。
「いけっ!スプラッシュ!」
レジェリーの水魔法だ。
ヴォロッドの周囲に水の柱が出現。その水の勢いでヴォロッドは四方を塞がれた。
「おおおおっ!」
ビライトは懐に入り込み攻撃を仕掛けようとするが。
「無駄だ!」
ヴォロッドは勢いよく身体を捻って周囲を切り裂いた。
その衝撃でスプラッシュはかき消され、ビライトもそれに弾き飛ばされた。
「!?」
ビライトは早くも場外にはじき出されると危惧した。
「お兄ちゃん!」
キッカの魔法がビライトに当たる。
その魔法でビライトの衝撃は吸収され、後方地点で着地し、場外に出るのを免れた。
「ありがとうキッカ!」
「うん!待ってて!今からみんなをサポートするから!」
キッカは意識を集中させる。
一方、ヴァゴウはヴォロッドと戦っていた。
「ッ!すげぇ勢いだぜ!」
「フン!やるではないか!」
ヴォロッドの猛攻をヴァゴウは槍で防ぐがすぐに受けきれないと判断し、盾を出現させ、片手で盾を持ち換えて防御。
もう片腕で槍を持ちなんとか攻撃をしようとするが、ヴォロッドの勢いが強く、ヴァゴウは防戦一方だ。
だが、ヴァゴウには狙いがある。
外から見ていたボルドーは「なるほどな」と頷いた。
ヴァゴウの上空には武器が浮かんでいた。
そう、ヴァゴウが修行で会得した武器を浮かせる魔法である。
盾でただ防戦一方になっていると見せかけて、見えない場所で攻撃の準備を整えているのだ。
防ぎながらまた1つまた1つと武器を増やしていく。
「ビライト!いくわよ!」
「あぁ!」
「グランドニードル!」
レジェリーの土魔法が発動。
大地が棘に変わり、ヴォロッドに向かって襲い掛かる。ビライトはその棘の上をジャンプしながら乗り継いでヴォロッドに向かう。
「なるほど、連携が取れているようだ。」
「まだだよ!スピードアクセル!」
キッカの補助魔法が発動。
キッカの周囲からオーラが広がる。
ビライト、ヴァゴウ、レジェリーの3人は光に包まれた。
ビライトはより素早くジャンプし、ヴォロッドに向かう。
ヴァゴウはヴォロッドが動こうとした所を狙い槍で奇襲をかける。
「ムッ。」
「もう少し付き合ってもらうぜ。」
「エンハンス…セカンドッ!」
ビライトはエンハンス2段階目を発動。
レジェリーの岩の棘とビライトの大剣の一振りが同時にヴォロッドを狙う。
「良い連携だ。」
ヴォロッドはそう言い、声をあげる。
「グルオオオオオオオオオオオ!!」
その高く響き渡る咆哮は衝撃波となり全てを吹き飛ばした。
「ッ!!」
「ウオッ!」
ビライトとヴァゴウは後方まで吹き飛ばされ、着地した。
「ホント…やっぱりこの人ヤバいわ…!」
レジェリーの魔法もアッサリと破られてしまって、冷や汗が流れる。
ビライトとヴァゴウはなんとか体勢を整えようとするが、ヴォロッドはすぐ傍まで来ていた。
「ヤバイ!」
「ビライト!」
ヴァゴウが前に出る。
その振り下ろされた爪の一撃をヴァゴウは盾で受ける。
「ッ…オオッ…!」
「その程度の盾で受けきれると思うかッ!!」
ヴォロッドの力の方が強い。
盾にヒビが入る。
「オイオイ、シャレにならんぞ…!」
やがてその盾は砕け、ヴァゴウはヴォロッドの振り下ろした爪に潰され、地面に叩きつけられた。
「グアッ…!」
「オッサン!」
「「ヴァゴウさん!」」
まともに食らったヴァゴウだが、大怪我には至っていない。オーシャンベールのおかげだろう。
だが、もちろん攻撃による痛みや多少の怪我はある。
ヴァゴウは今の一撃でオーシャンベールで受けきれるダメージ軽減ギリギリの強いダメージを受けたと言っていいだろう。
「…ッ、大丈夫さ。まだやれるぜ。」
ヴァゴウはフラリと立ち上がる。
「オッサン!下がって!」
ビライトはエンハンスセカンドがかかった状態だ。
ヴァゴウよりも今は耐久力があるはずだ。
ビライトはヴォロッドの攻撃をやや防戦気味だがなんとか防ぎきっている。キッカのスピードアクセルのおかげもあり、攻撃の回避も出来ている。
「ヴァゴウさん!」
キッカはヴァゴウにエクスヒールをかける。
ヴァゴウの身体は回復したが、ヴォロッドの一撃による体の負担が大きいようで、まだふらついている。
「サンキューキッカちゃん。」
「あたしだって!」
レジェリーは走った。
ヴォロッドの後ろに回り込んで魔法を撃つ作戦だ。スピードアクセルの恩恵を受けたレジェリーは素早く大回りし、ヴォロッドの後方付近に移動。
ビライトとは挟み撃ちが出来るような状態になった。
そしてヴァゴウは空中にまた武器を召喚しながら、再び前に出ようとする。
「ヴァゴウさん!これ!」
キッカはヴァゴウに防御力を高めるアーマーブレスをかける。
「おう!ありがとよッ!」
ヴァゴウはビライトの支援に向かう。武器を槍から鈍器に切り替えた。
ヴァゴウはそれを片手で持ち、もう片方には銃を装備。
「いいぞ!もっとだ!もっと楽しませて見せろ!」
ヴォロッドは楽しそうだ。その表情はまさに戦闘狂を連想させる。
後方からのレジェリーの魔法や、ビライトたちの攻撃も多少なりとも食らってはいるのだが、タフなのか、防御力が元々高いのか、多少のダメージでは大したけん制にもならず、ダメージにもなっていないようだった。
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結界の外に居るボルドーたちはその戦いを見守る。
「流石ですわね、ヴォロッド様。」
「おう、アイツは武を極めた男。そう簡単にはいかねぇ。」
ボルドーはビライトたちの戦いを見て呟いた。
「負けんなよ。」
「レジェリーちゃん!」
「ええ!フレイムシューター!連射よ!」
レジェリーは初級魔法のフレイムシューターを乱射。
その反対側にはヴァゴウ。
ヴァゴウは片手に持っている銃を撃つ。
ビライトがヴォロッドと正面からやりあっている為、ヴォロッドの横や後ろが無防備だ。
だがヴォロッドはビライトの相手をしながらヴァゴウの弾丸を弾き飛ばし、レジェリーの炎は生身で受けているが全くダメージを受けていない。
「タ、タフすぎるわよ!」
「銃でもダメかッ!」
レジェリーもヴァゴウも全く歯が立たない。
ヴァゴウは上空に武器を溜めているが、それも歯が立たないのではないかと思い始めている。だが、少しでもけん制になればとヴァゴウは上空に武器を溜める。
「はあああああああああっ!!」
「ヌウン!!」
ビライトの連撃を確実に受け止めていくヴォロッド。
「ッ…!」
ビライトの状態はエンハンスセカンド。
修行により身体の負担はかなり抑え込めてはいるが、全く無いわけではない。ビライトの身体は確実にエンハンスの影響で傷ついていた。
「どうしたッ!動きが鈍くなっているぞ!?」
(確かにその通りだ。身体が悲鳴をあげてきてる…!)
ビライトの身体には確実な負担がのしかかっている。
「なら…一気に畳みかけるしかないッ!」
ビライトはヴォロッドの爪が大剣に当たった瞬間に後ろへとバックステップ。
「ハァ…ハァ…」
ビライトは明らかに疲労がたまっている。エンハンスをこれ以上続けるとサードを出す前に力尽きてしまう。
「お兄ちゃん!ヒールアクセルッ!」
キッカは周囲に回復魔法を同時発動した。
ビライトの体力は少しだけ回復するが、エンハンスによる負担の方が重い。
キッカは走り、ビライトの元でエクスヒールを発動する準備をし、ビライトを回復させる。
「キッカちゃん、頼む。」
ヴァゴウがキッカの元に行き、キッカはヴァゴウに魔法をかけた。
「一時的に跳躍力を高めるフライの魔法だよ、頑張って!」
「おうッ!」
「攻撃の手を緩めない!アイスバーン!」
レジェリーの魔法、アイスバーンが発動。
地面が氷に包まれていく。
「ムッ。」
ヴォロッドは地面を強く踏み、氷を崩した。
それにより滑ることを防止する。
「隙が生まれた!」
レジェリーは続けて魔法を放つ。
(あたしはヴォロッド様の注意を引き付ける!狙いは…上だもんね!)
「上級魔法!アクアブレイカーッ!」
レジェリーの杖から大量の水が噴射される。強い水圧を持った激流がヴォロッド目掛けて放たれる。
「ムッ…!」
ヴォロッドにアクアブレイカーが命中。
爪で受け止めるが、アクアブレイカーの水圧はヴォロッドの足を後方へと後退りさせる。
「やるな…ムッ!」
ヴォロッドは気が付いた。ヴァゴウが居ないのだ。
「…上かッ!」
ヴァゴウは上に居た。
ヴァゴウは飛行している。
「ほう!飛べるのかッ!」
「生憎魔力は結構あるほうなんでなァ!」
飛行は本来とてつもなく魔力を消耗する。まともな飛行が出来るのはドラゴンと、エクスリストレイが使えるボルドーぐらいであろう。
だがヴァゴウには短時間だけ浮遊、飛行が出来るだけの魔力がある。
ヴァゴウの中に眠るドラゴンの血が重血の能力と重なり、高い魔力を引き出しているのだ。
「武具召喚・フルバーストだぜッ!!」
ヴァゴウが展開してた上空の武器は全て弓と銃だった。
「撃てッ!」
ヴァゴウの周囲に浮いている弓と銃の数はおよそ30。
そこから一斉に矢と弾丸がヴォロッドに降り注ぐ。
「ムッ!」
「オルアアアアアアアアアアッ!!!!」
ヴァゴウの魔力がどんどん削られていく。
宙に浮かせた銃と弓で乱射をしているだけで魔力を消耗する上に、今は飛行状態だ。
ヴァゴウの魔力はすさまじい勢いで減っていく。
「こざかしいッ!」
ヴォロッドは高くジャンプ。
爪で矢と銃弾を弾きながらヴァゴウの位置に到達する。
「ッ…ワリィ。ワシはここまでみてぇだ。」
これは当たる。魔力はもうほとんど無い。避けられない。
ヴァゴウはかわせないのならばと、その拳でヴォロッドを迎え撃った。
「ヴァゴウさん!!」
「魔力も、気合も全部乗せだッ!」
「迎え撃つ!」
拳と爪が衝突する。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「グラアアアアアアアアアアアアア!!!」
互いの力が衝突する。
「良いぞッ!面白い戦いであったッ!」
ヴォロッドが押し勝った。
空中でヴォロッドの一撃が炸裂。
ヴァゴウは勢いよく吹き飛び、オーシャンベールの外へと放り出された。
ヴァゴウが離脱した。だがヴァゴウはかすむ視界を目に不敵に微笑んだ。
「あとは頼むわ。」
「!」
後ろだ。
ヴォロッドの後方に高く跳躍し大剣を振りかざすビライトの姿があった。
「オオオオオッ!!!」
ビライトの一撃がヴォロッドに命中した。
「グオオオッ!!」
手ごたえありだ。ヴォロッドは激しく下に叩きつけられた。
「ッシ!」
地面に叩きつけられたヴォロッドを見てレジェリーはガッツポーズ。
だが、この程度では倒れないこともレジェリーは分かっていた。次の魔法の発動に入る。
「驚いたな。ここまでやるとは。」
ヴォロッドは土煙の中から姿を現した。
身体には確かに傷が見えた。しかし、これまでと雰囲気が変わっている。
「…これ、マズイかも…!?」
レジェリーは背筋がゾクッとする感覚を覚えた。
着地し、荒い呼吸でヴォロッドを見つめるビライト。
そして回復魔法を撒き続けるキッカ。
「誉めてやろう。そなたたちは強い。だが…次はどうだろうな?」
場外に出され、ボルドーとメルシィに介抱されているヴァゴウもそのヴォロッドの雰囲気が変わったことに気が付いていた。
「ガハハ、あいつバケモンだわ。」
「だろ?」
ヴァゴウは苦笑いする。ボルドーも納得の返事をする。
「激しい戦いですわ…見ている私たちも引き込まれてしまいそうです…」
「あぁ、だがヴォロッドの本気はこっからだ。」
ボルドーの発言はまさにここからが本番だという合図だった。
上から見ているクライドにも緊張が走る。
(ヴォロッド…魔法を使う気か…?そこまでさせただけで上出来だが…こちらは負傷あり…か。どうする…ビライト。)
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「私に魔法を使わせずに終わっていたら問答無用で失格であったが…まずは及第点といったところだな。」
ヴォロッドは魔法を発動させた。
「ヴァゴウの戦いも見事であった。」
ヴォロッドの全身からあふれ出る力の波動。赤い炎のようなうねりがヴォロッドの身体を覆いつくす。
間違いなくエンハンスだ。
この感じ、ボルドーの時と少し異なるが、間違いなくキングエンハンスだ。
ただでさえキングエンハンスが無くてもここまでタフで強敵だというのに、そこに更に上乗せしてくる底知れない力にビライトたちは恐怖すら覚えた。
「キングエンハンス……ボルドーさんといい、ヴォロッドさんといい…ホント……揃いも揃ってバケモノクラスだな…」
「お兄ちゃん…どうしよう…もうサードを使うしか…」
「だな…もうそれしかない。」
ビライトは大剣を構え直す。
「キッカ。全力でサポート頼む。」
「うん。」
ビライトはエンハンスサードを発動させるつもりだ。
レジェリーはビライトと合流した。
「あたしも道を作るわ。残念だけどあたしの魔法でヴォロッド様を倒すのは無理っぽいから…あんたに託すわよ。」
「あぁ。オッサンが身体張ってここまで来たんだ。その思いも連れて…最後まで戦い抜こう。」
キッカとレジェリーは頷く。
「さぁ来い!そなたの切り札を見せてみよ!ビライトよ!」
「持てる力を出し切って…勝つ!エンハンス…サードだっ!!」
ビライトに更にエンハンスの力が乗る。
「ッ!!」
ビライトを重く激しい痛みが襲う。
「お兄ちゃん!」
キッカはすぐに回復魔法をかける。
「そのまま行って!」
「ウオオオオオオ!!!!」
ビライトは走り出す。
そしてレジェリーも魔法の準備。
「ライトサンダーッ!」
レジェリーの雷属性魔法だ。
今この舞台は水だらけだ。
水は電気が通る。
濡れているヴォロッドにももちろん電気が通るはずだ。
「効かぬわッ!」
全身が電撃に包まれるがヴォロッドには効いていない。
「ああもう!ホントにバケモノ級ね!」
自分の魔法が全く効いていない。本来なら悔しいはずだが、レジェリーは少しばかり不愉快というより腹ただしかった。
「絶対何とか言わせて見せるんだから…!見てなさいよ!!」
レジェリーは自身の魔力を高める。
「だああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
ビライトの一撃がヴォロッドに放たれる。
「なるほど、それがそなたの切り札かッ!面白い!」
「俺は…未踏の地に…イビルライズに行かなきゃいけないんだーーーーッ!」
ビライトにはもはや周りを見ている余裕はなかった。
キッカも持てる限るの力でビライトにエクスヒールをかけ続ける。
上級回復魔法を持ってしてもビライトにかかる負担の方が圧倒的に重い。
だが、そのエクスヒールがあるからこそビライトはまだ力を残せている。
まだいける。まだやれる。
「諦めるもんかッ!!!」
「フッハハハハ!いいぞ!!エンハンスを使っているこの私と対等に戦えるなど、ボルドー以来であるわッ!!グッハハハハハ!!」
最高潮に高笑いするヴォロッド。
「王が楽しそうでなによりだ。」
アルーラはその姿を見て小さく微笑んだ。
「ム…レジェリーめ…後で知らんぞ。」
アルーラはレジェリーを見た。
レジェリーの足元には赤い魔法陣が現れていた。
「レジェリーさん…あの魔法陣は…?」
「なんだアレ。俺様も知らねぇぞ。」
場外にいるボルドーたちもレジェリーに気が付いていた。だが、その正体は誰も分からなかった。
それを分かっているのはクライドだけだった。
(アレを使うか。やれやれ…すっかり頭に血が上ってしまっているようだ…)
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“赤き流星を携えし広大なる宇宙よ
我が心に眠りし勇ましき力を解き放て
輝く流星よ、今こそ強き力を貫く刻。”
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攻撃、攻撃。攻撃。
とにかく攻めるしかない。
剣と爪が交差しあい、激戦が繰り広げられる。
だが、ヴォロッドもビライトも互角。
しかしビライトのエンハンスサードはもう保たない。キッカのサポートをもってしても限界はすぐそこ。だがヴォロッドのキングエンハンスには何のデメリットも無い。
ならば勝機は1つ。このエンハンスサードが発動している間にヴォロッドを場外に出すしかない。
(このままじゃマズイ!もう、身体が…!)
ビライトも自身の限界が近いことを認識していた。
キッカも苦しそうだ。魔力を使いすぎている。
ビライトの負担とキッカの負担はリンクしている。
「ムッ」
ヴォロッドが左側から何かを感じた。
横目でそれを見る。その先にはレジェリーが居た。
レジェリーの足元で赤い魔法陣が展開されており、ただならぬ何かを漂わせていた。
「アレは…!」
「輝け勇敢なる心よ~…~……魔法……ブレイブメテオ」
小さくボソッと呟くレジェリー。
その時だ。
魔法陣から赤い炎を纏った隕石のようなものが出現し、それはすさまじい速度で放たれた。
「!」
速い。ヴォロッドが避ける間も無いほどの速さで隕石が直撃し、ヴォロッドはよろめいた。
「ウッ!」
レジェリーはその魔法を放った衝撃で身体ごと後ろへ放り投げられた。
「レジェリー!?」
レジェリーは場外まで反動で飛ばされていった。
「っ~…やっぱキツイわこれ…」
レジェリーはフラっと立ち上がる。
目の前にはアルーラが居た。
「お前、“アレ”を“表”で使うなと言われているだろう。」
「あはは…緊急事態ってことで勘弁してよ。」
「ならん、後でたっぷり説教してやる。」
「うう~…カタブツ。」
「黙れ。」
アルーラはレジェリーに相当ご立腹のようだ。理由は不明だが、レジェリーの先ほどの魔法はあまり出すべきではないものだったのだろう。
そしてそれを食らいよろめいたヴォロッド。
「今だッ!!!」
「しまっ…!」
ビライトはその一瞬を逃さなかった。
ビライトは身体を下へ傾け、ヴォロッドの懐に入る。
「させんッ!」
「ここで決めるッ!!」
ヴォロッドは大剣が来るであろう位置に腕を移動させる。
「かかった…!」
「何!?」
ビライトは手に持っていた大剣を離した。
その手にあるのは己の拳。
ビライトの狙っていた場所とヴォロッドが身を守っていた場所とにズレが生じた。
「全部の力だあああああああッ!!!」
ビライトの拳がヴォロッドの腹部にクリーンヒット。
「グッ!!!オオオオオオオッ!!」
ヴォロッドを大きく吹き飛ばしたビライト。
「だああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ビライトの拳が最後まで振りきられた。
ヴォロッドは勢いよく後方に吹き飛ばされた。
その大きな巨体は宙を舞う。
しかしビライトにはそれに追いうちをかけるだけの力はもう残されていなかった。
限界だ。
ビライトはフラリと倒れ、動けなくなった。
「ハッ、ハッ、お兄ちゃん…」
キッカももう限界だった。これ以上は命に関わる。キッカの身体はほとんど魔力。これ以上の無茶は精神体であるキッカには危険だ。
そして吹き飛ばされたヴォロッドはオーシャンベールの外へと放り出されそうになるが…
「なるほど…ここまでだな。」
ヴォロッドは身体を宙で起こし、地面に着地。
そのまま後ずさりするが、大地を強く踏みしめ、間一髪のところで耐えきった。
オーシャンベールの外へ放り出すことは出来なかったのだ。
「っ…くそっ…!!」
ビライトは身体を動かそうとするが、もう身体は動かなかった。
「動け…動け…身体ッ…!」
キッカはもう何も出来ずに座り込む。
「お兄ちゃん…私たちの負け…だよ…」
「…ハァ……ハァ…」
ビライトはエンハンスが解かれた。
一気に身体が楽になるが、もう身体は動かなかった。
「ビライト…」
「ビライト……」
レジェリーとヴァゴウは無念でいっぱいだった。
「よく頑張った。アイツはよ…」
「ええ。よく頑張りました…」
ボルドーとメルシィはビライトたちを見て拍手を送った。
「ビライト・シューゲン。キッカ・シューゲン。」
ヴォロッドはビライトたちの元へと歩く。
アルーラはオーシャンベールを解除した。オーシャンベールはその膜を失い、ベールは解かれた。戦闘終了の合図だ。
「そしてレジェリー、ヴァゴウ・オーディル。」
ヴォロッドは4人の名を呼ぶ。
「――合格だ。」
その言葉にビライトたちは驚いた。
「え…合格って…」
最初に声をあげたのはレジェリーだった。
「そのままの意味だ。そなたたちを認めよう。」
ヴォロッドの言葉にビライトたちは驚きを隠せない。
「でも俺たちは…負けた…なのにどうして…!」
ビライトは仰向けになってヴォロッドに言う。
「私はこう言った筈だ。“私を満足させてみろ”とな。」
「…!」
「勝敗は関係なかったってことか…大事なのは強い意志、心だったってことだな。ガハハ。」
ヴァゴウはようやく微笑みが溢れた。
ビライトたちからはのしかかっていたものが全て解かれたかのように深いため息が出た。
「いやはや、お前たちは実に面白い。楽しかったぞ?ワハハハハハ!!!」
高笑いで喜ぶヴォロッド。
こちらは死ぬ気で挑んだというのに、この余裕っぷり。ボルドーと言い、ヴォロッドと言い、底知れなさすぎてもはや訳が分からない。
しかし、ビライトたちはヴォロッドに認められたのだ。
「この私に魔法を使わせ、そして場外ギリギリまで追い詰めたのだ。十分であろう。ホレ、早く介抱してやれ。」
ヴォロッドに指示され、皆はビライトとキッカの元へ。
「ビライト、大丈夫?」
レジェリーが声をかける。
「ははは、あんまり大丈夫じゃないかも…」
「ガハハ、お前ってやつは!無茶しやがって!でもかっこよかったぜ!」
「ありがとう…みんなが居たからだよ。」
「みんな…本当にありがとう…私も…頑張れたよ…」
4人は敗北した。だが、ヴォロッドは4人の力を認めた。そのことにまずはビライトたちは喜び合った。
メルシィの回復魔法でフラフラするものの立てるようになったビライト。
「ビライト、みんなもよく頑張ったな。負けはしたが…ヴォロッドを認めさせたんだ。かっこよかったぜ。」
ボルドーは戦った4人に激励を送った。
ビライトたちは嬉しさで、笑みを零して笑いあった。
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少しだけ落ち着いてから、改めて謁見の間に向かったビライトたち。
「さて、約束通り許可証を渡そう。明日、ここに取りに来るがよい。」
ビライトたちは疲れ切った顔で見つめあい、そして笑いあった。
「そなたたちならば、未踏の地を越えることが出来るかもしれんな。だが、まだまだだ。これからも修行を積んで来るべき日に備えることだ。」
「「はい!」」
元気に返事をするビライトとキッカ。
レジェリーとヴァゴウも強く頷いた。
「さて…いるのは分かっているぞ。そろそろ姿を見せたらどうだ?クライド。」
ヴォロッドはクライドの名を言う。
「え!?」
呼ばれたからには仕方ないとクライドは上から飛び降り、着地。
「バレていたか。」
「当然だろう。私が気づかぬと思ったか。」
「フン、ここには顔を見せるつもりはなかったのだがな。」
「クライドさん…見ていたの?しかも知り合いなんだ!」
キッカが尋ねる。
「まぁ…そうだな。ヴォロッドよ。こいつらは俺が今請け負っている依頼の護衛対象だ。許可証の発行感謝する。」
クライドはヴォロッドに頭を下げる。
「ウム、お前がついているのならばなお心強いであろうな。しっかり護衛することだ。」
「ビライト、俺は再び外で待つ。明日しっかりと受け取り合流だ。」
クライドはそれだけ言い、再び姿を消した。
「アッサリだな。」
「彼にとってこの国はそういう場所なのでしょう。仕方ありません。」
ヴォロッドのつまらなさそうな声にアルーラは仕方ないと返す。
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ビライトたちはヴォロッドと明日、許可証を貰う約束を交わし、城を出た。
「では明日またここに来るがよい。」
アルーラはそう言いビライトたちを見送るが…
その際にアルーラはレジェリーに耳打ちした。
「レジェリー。お前には話があるから後でこっそり来い。」
「うわっ、忘れてて欲しかった。」
「忘れるわけが無かろう。」
「どうしたの?レジェリー。」
「な、なんでもない!さ、宿屋に戻って休みましょ!あたしもうヘトヘトよ~…」
ビライトたちはいったん宿屋へ戻った。
そして戻るなり、ビライト、レジェリー、ヴァゴウはそのままベッドイン。あっという間に眠りこけてしまった。
「激しい戦いだったもんなァ。」
「ええ、でも皆さん本当によく頑張りましたね。」
ボルドーとメルシィは眠る3人を見て微笑んだ。
「お兄ちゃん、みんな…私の為にありがとう…私も、もっと頑張るからね…」
キッカは眠ることが出来ない。しかし魔力が大分消耗しているため、少し意識が遠い。
キッカは目を瞑り、しばらくじっとしていることにした。
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そのままビライトは次の日の朝まで眠りこけてしまっていた。
エンハンスサードの負担はそれほどまでに強力なのだ。
レジェリーとヴァゴウは夕方には目を覚まし、それぞれがワービルトでの時間を過ごした。
キッカは眠りこけたビライトを静かに見守っている。
ヴァゴウは夜にボルドーとメルシィとで静かに酒を酌み交わす。
3人以外はよく眠っており、一安心だ。
「お前もよく頑張ったな、ヴァゴウ。」
「よく頑張りましたわ。」
「おう、ボルドーとメルシィの修行のお陰だわ。サンキューな。」
「よせやい。アルーラに言われなくても俺様はお前らの力になってやる。」
「私たちは少し手を貸しただけ。頑張ったのはみなさんですから。」
しばらくしてボルドーは目を細める。
「なぁヴァゴウ。俺様はワービルトまでお前らと同行することになってたよな?」
「ん?あぁ…そうだったな。」
そう。ボルドーとはここでお別れになる予定だったのだ。
本来ボルドーは世界を旅する途中だ。
「お前らの次の目的地はヒューシュタットだろう。だがヒューシュタットは危険だ。しかもお前ら全員顔が割れてるからな。」
「だな…確かに危険ではあるが…だがワシらは…」
「わーってるよ。それでもお前らはヒューシュタットの許可証を求めなくちゃならねぇ。」
ボルドーはヴァゴウに真剣な目で言う。酒が入っていて顔は赤いが、その目はいたって真剣なものだ。
「俺様はなァ…最後までお前らの旅に同行してぇって思ってんだよ。」
「あなた…そう、ですわよね。ヒューシュタットのことになったら私たちも他人事ではありませんものね。」
ボルドーとメルシィは2人共、まだビライトたちとの旅を続けたい。
「…気持ちは嬉しいけどよ。ワシらが目指している場所は何が待ち受けてるか分からねェんだ。お前はドラゴニアを背負う王になるべき存在だ。」
「…けどよォ。」
ボルドーは酒をグイッと飲む。
「せめてよ、最後の許可証…ヒューシュタットの許可証を手に入れるところまでは手助けさせてくれや…良いだろ?」
「良いのかよ。ヒューシュタットだって何が待ち受けてるか分からねぇんだぞ。それにお前らには子供も居る。」
「…けどよ…俺様とアイツらはまだ短い付き合いかもしれねぇ。だが、一緒に旅をして切磋琢磨して、一緒に戦った。アイツらはもう俺様の国と同様、家族なんだよ。助けてぇんだ。」
ボルドーは真剣な目でヴァゴウを見る。
「…良いけどよ…せめてブランクはドラゴニアに預けていけよ。流石に一緒だと守りきれねぇぞ。」
「…ま、そうだよな…いったん国に帰るのが最良だよな。元々そう考えていたんだ。ヴォロッドにもそろそろ帰った方が良いと言われた。」
ボルドーとメルシィはヴァゴウの提案は受けざるを得なかった。
確かにこのままブランクを連れて行くのはあまりにも危険だ。ドラゴニアに預けるのが最良と考える。
「だが、俺様はお前らだけでヒューシュタットに行くのが心配でならねぇんだ。だからブランクをドラゴニアに預けて…もう少しだけお前らの手助けがしてぇんだ。ブランクには寂しい思いをさせちまうけどよ…」
「…そうなると私は同行出来ませんわね…出来ればあなたも国に残って欲しいと思っていますが…あなたの力はビライトさんたちの力になれますから。」
「…寂しい思いをさせる。すまねぇ。」
「構いませんわ。でも、必ず帰ってきてくださいね。」
「おう。必ずだ。約束な。」
ボルドーとメルシィは指を交わし約束する。
「…てわけだ。一旦ドラゴニアに寄り道するが、もうしばらくお前らの力にならせてくれ。」
「おう、よろしく頼むぜ。ボルドー。」
「おう!よろしくなッ。」
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一方レジェリーは、アルーラの元へと来ていた。
「アルーラ。」
「来たかレジェリー。」
待ち合わせたのは修行場。
時刻は夜。もうここには誰もおらず、2人きりだ。
「さて、お前の聞きたいことに全て答えてやる。その代わり私の言うことにも耳を傾けろ。」
「は~い…」
レジェリーは長い説教が始まるんだな~とテンションが下がり気味だ。
「まずお前から話せ。」
「あ~…っと、その、師匠、元気にしてる?」
思った以上に普通過ぎる質問にアルーラは沈黙し、目を細めて言う。
「…なんだそのつまらん質問は。」
「うっ、うるっさいわね!こういう時はまず平凡な話題から入るのがベタなのよっ!!」
「我が主は元気だ。何も変わりはない。そう、何もな。」
「…そっか。相変わらずヒッキーなのね。」
「ヒッキー言うな。無礼だぞ。」
アルーラはため息をつく。
「…早く本題を話せ。」
「…えとね。アルーラさ。あたしがなんで破門されたか…知ってる?」
「…知らん。」
「嘘ばっかり。」
アルーラは嘘が下手なようだ。顔を少しだけ逸らしたのだ。それだけで嘘だと分かる。
「…知りたければ主から直に聞くがいい。どうせお前たちが向かう道中にお前の故郷があるのだからな。」
「…あたしね、闇魔法を魔物から受けた時に変な記憶を体験したの。」
レジェリーは空を見上げる。空には綺麗な星が点々としていてとても美しく、月の光が明るく照っている。
「その中であたしは師匠に殺されていた…」
「…レジェリー…お前は…」
アルーラは何か言いかけたがすぐに口を閉じ、レジェリーの言葉に耳を傾けた。
「ねぇアルーラ。あたしは“生きているの?”」
レジェリーはアルーラを見つめる。
「…生きている。お前の心臓は動いているだろう?」
「…そうだけど…でもあたしは確かに死んだのよ。あの日のことは何も記憶が無い。気が付いたらあたしは師匠に破門を言い渡されて…何も身に覚えが無かったから突然で驚いた。でも…」
レジェリーはアルーラの肩を掴む。
「ねぇアルーラ。あたしはあの日、“何をしたの?”」
レジェリーは真剣な目でアルーラに言うが、アルーラは静かに首を横に振った。
「我が主に直接聞け。」
「そればっかり。バカ。」
レジェリーはため息をつき、肩を放す。
「もう良いわ。元々いつか直接聞くつもりだったし!大体アルーラが二股してるなんて知らなかったし!」
「人聞きの悪いことを言うな。我が主はあのお方とヴォロッド様だ。」
「二股じゃないの。」
「…私は誰かに仕えている生き方しか知らんのだ。我が主は私を自由にした。だがその自由こそが私にとっては束縛なのだ。だから私はたまたま流れ着いたワービルトで王と出会い、仕えることになった。それだけのことだ。」
「それはヴォロッドじゃないの?」
「ずっと前の代からだ。私はずっとワービルトの侍従であり続け、そして我が主もまた、私の生涯の守るべき者なのだ。」
アルーラは少し寂しそうに空を見る。
本当はずっと元の主の元に居たいのだろう。だが主はそれを望まない。だからアルーラはこの主の居る場所から遠くのこの地でいつまでも思い続けている。
時々顔を出しては世話をしているようだが…
「師匠、アルーラと話してる時は楽しそうだもんね。」
「あぁ。私も主と話すのはとても楽しい。光栄だ。その素晴らしい御心に私はいつでも命を捧ぐことが出来ようものよ。」
「相変わらず師匠大好きね…まぁいいわ。あたしの話したかったことはそれだけよ。」
レジェリーはこれ以上話を膨らますと師匠語りが永遠に続きそうだと思ったので、ここで話を終わらせた。
「…レジェリー。“禁断魔法”はもう使うな。」
アルーラはレジェリーに低い声で言う。
「…ダメ?」
「ダメだ。お前は主から学ばなかったのか。禁断魔法は名の通り禁断の魔法…その力の強大さはお前も知っているだろう。」
「でも~「でもじゃない。全くお前みたいなやつに何故主は禁断魔法を教えたのか…それも複数。」
「でもそれで誰かを助けられるならそれでいいじゃない。あたしは現にこれでビライトたちの手助けをしたこともあるし。もちろんビライトたちは気づいていないわよ。知ってそうな人はいるけどね…」
「使い方を誤ると大事故につながるかもしれんのだ。いくらお前が“英雄の子孫”だからって出来ることと出来ないことが「はいはい、分かりましたよ。無闇に使わないわよ。」
また長い説教になりそうだったのでレジェリーは受け流す。
「全く…とにかくだ。我が主は…お前のことも気にかけているんだ。万が一禁断魔法で誰かを傷つけお前の心が傷ついても、お前が禁断魔法の暴発で誰かを殺めることになってしまっても、主が悲しむのだぞ。」
「…分かったわよ。」
「それでいい。」
アルーラは洞窟から出ようと歩き出す。
「レジェリー。」
そしてアルーラは振り返る。
「“この世界”は楽しいか?」
「…うん。楽しいよ。“外の世界”は残酷なこともあるけど、でも楽しい。あたし、今ビライトたちと旅してて最高に楽しいんだ。」
「そうか。」
アルーラは歩き出す。
「その気持ち、どんなことがあっても捨てるなよ。それがこの世界を生み出した者たちの力になるのだからな。」
「なにそれ、わけわかんない。」
レジェリーはアルーラを追いかけて走り出す。
「ねぇねぇ、師匠にお土産買って行こうと思ってるんだけど何が良いと思う?」
「私が知るものか。」
「つれないわね~久しぶりに会ったんだからもっと楽しく話そうよ~」
「とっとと帰れ。」
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翌日。
ビライトたちはワービルト城に来ていた。
「ウム、昨日はご苦労であったな。約束の許可証だ。受け取るがいい。」
「あ、ありがとうございます!」
ヴォロッドから直接許可証を貰ったビライト。
その手にした許可証を見て笑顔で笑いあう一行。
「さて、では突然だが私から頼みがあるのだが、聞いてくれぬか?」
ヴォロッドが言う。
「なんですか?突然。」
レジェリーが尋ねる。
「ウム、ヒューシュタットのことだ。」
ヴォロッドの言葉に一行に緊張が走る。
「ヒューシュタットの様子がおかしいことはそなたたちも分かっておろう。そもそもだ。ヒューシュタットは昔はああではなかった。」
ヴォロッドが言う言葉にヴァゴウとボルドーは頷いた。
「ヒューシュタットがおかしくなったのは十年ほど前からだ。突然ヒューシュタットの国民は覇気を無くし、死んだ目をしながらただ働くだけの存在になっていった。」
ボルドーが言う。
「そう、そしてやがてヒューシュタットにはスラムが出来、種族差別が加速し、人間だけの独裁国家が生まれてしまった。これが何故だか分かるか?」
ヴォロッドはビライトたちに尋ねる。
「うーん…王が関係しているのかな?」
キッカが呟く。
「おお、その通りだキッカよ。」
ヴォロッドはキッカに言う。
「王に何かあった…ってことか?」
ヴァゴウは首をかしげる。
「ヒューシュタット王であったホウ・ワルトとは私も親しくてな。よく酒を酌み交わしたものよ。
「ホウ・ワルト?確か今のヒューシュタット王って…ガジュールって名前だったような…」
ビライトはその名前に違和感を覚えた。何故なら、ヒューシュタットのシルバーやブロンズはヒューシュタット王はガジュールという名だと言っていたからだ。
「オッサン知ってたか?」
「いや、ヒューシュタット王の名前まではワシも知らなかった。」
ビライトはヴァゴウに尋ねるが、ヴァゴウは首を横に振った。
「ガジュールとかいう野郎が王になってからおかしくなった。すなわち、ガジュールがヒューシュタットをああしたと俺様は睨んでる。」
ボルドーはヴォロッドと話したことをビライトたちにも伝える。
「ホウは生きていないかもしれん。だが、もしまだガジュールとやらに捕らえられているとしたら…ホウを救ってやって欲しいのだ。」
ヴォロッドはビライトたちにお願いした。
「ホウは優しい男だ。もしも彼が生きていたならば許可証も貰うことが出来よう。だが王がガジュールとやらである限り、そなたたちの願いはかなわぬだろう。」
ビライトたちにとって、これは希望だった。
正直この後ヒューシュタットからどうやって許可証を貰うか分からずにいたからだ。
まだ希望はある。
「…分かった!これは俺たちにとっても希望だ!ヒューシュタットに着いたらホウさんの行方を探してみよう!」
一行は頷いた。
「ウム、頼んだぞ。」
ヴォロッドは改めて一行に頼んだ。
そろそろ会話が終わろうとしていた時だ。
ドォンと大きな音を立てて扉が勢いよく開いた。
「何事だ?」
ヴォロッドが言う。
そこに居たのは獣人の兵士たちだ。
「お、お知らせいたします王よ!ヒューシュタットが…“大量のオートマタを引き連れてドラゴニアに向かっている”と…情報部隊から連絡がッ!」
「なっ!?」
「何ッ!?」
「えっ!?」
「嘘…ッ!」
ヒューシュタットがドラゴニアに向かっている。
それも、大量のオートマタを引き連れて。
ただならぬ状況、ドラゴニアに危機が迫っている。
ビライトたちに一気に緊張が走る…
第7章 ワービルト編 ~獣王の試練と修行の日々~ 完
第8章に続く…