第八話 超速ウサギ
運命の日より三日が過ぎた。その間、EL-Onlineの世界では不気味な沈黙が訪れていた。一部のプレイヤーたちが危惧したPKが横行するような事態にはならなかったものの、プレイヤーたちは全体的に街の中へ引きこもりがちになっている。攻略組といわれる一部の廃人を覗いた大多数のプレイヤーたちは、たびたび街の外へ出ては必要な分だけモンスターを狩るという生活を送っていた。
そんな彼らが持て余した時間を使って行ったのは、運営の残した言葉の分析だった。彼らはいつのまにか実装されていた掲示板機能を用い、有り余る時間を費やして言葉の解析を図ったのだ。その結果、次のような考察がなされた。
●運営が名乗ったエッセネの末裔とは、おそらくユダヤ教エッセネ派の末裔であることを示していると思われる。
●旧き書の正当なる守り手、とは何か重要な旧い書物を伝えてきたということだろう。エッセネ派を名乗っていることを考えると、旧き書とは死海文書関連の書物だろうか。
●「丘に血を流す」はおそらくゴルゴダの丘で為されたキリストの殉教を暗示してのもの。つまり、EL-Onlineで人が死ぬことを示しているようだ。
●神に与えられた奇蹟とは、超能力のことらしい。事実、EL-Onlineのテストに参加していたのはすべてレッドカラーだった。
●至高天とは、始まりの大陸がシャマインであることを考えるとアラボト大陸のことだと思われる。つまり、試練を超えて至高天の扉を~というのはモンスターを倒してアラボト大陸へ行けということか。
●流浪の民はおそらく現実の人間全体だと思われる。バベルの塔の伝承を元にしての発言か。
●御子が流浪の民を一つに、ということはこのEL-Onlineを用いて生き残ったプレイヤーが人間の統合でも図るということだろう。だが、どうやって人間の統合などという途方もないことを行うのか。
●選ばれし覚醒者というのはレッドカラーのことか。しかも選ばれし、という言葉からするとレッドカラーの中からさらに選抜されたのか?
●逃れた先は煉獄のみ、というのはログアウトしたら死ぬということか。
――このようにプレイヤーたちが考察を繰り広げる中で、直人と環は平原でレベル上げに励んでいた。とりあえず、運営が目標として示したアラボト大陸を目指そうというのである。だが、そのためにはレベルが高くなくてはお話にならない。それを考えてのことだった。こうして二人は最前線で、廃人たちと共にレベル上げに励んでいた。
だが、閉じ込められて三日目にもなると、開き直ってポジティブになる人間も増えてきたらしい。閑散としていた平原にも、徐々に人が増えてきていた。そんな中、直人と環は平原の最深部で狩りをしていた。そこは現在のところ、彼らと数十名の廃人しか到達していないポイントである。
光が降り注ぐ丘。手を伸ばせば空の星に手が届きそうなほど天に近く、空気は清浄。静けさがあたりに満ちて、神秘的な雰囲気にあふれている。直人と環はそんな丘の頂上付近でゴブリンキャップというモンスターを狩っていた。紅い服を着た、通常のゴブリンより大幅に強いモンスターだ。二人はそれを、ユニークスキルの加速眼や電磁誘導を使って倒していく。
ユニークスキルは戦いにおいて大きなウェイトを占めていた。というよりも、これあっての戦いといってもいいかもしれない。直人の加速眼はいうに及ばず、環の電磁誘導も大幅に強化され非常に強力な物となっていたのだ――。
「ハアッ!」
指先から迸る稲妻。雷鳴が大気を轟かせ、光がゴブリンキャップに直撃する。緑の皮膚がはじけ飛び、血の華が咲いた。ジュッと肉が焼ける音が流れ、焦げたにおいが満ちる。
ゴブリンキャップの動きが急速に鈍る。その動きはさながらロボットのよう。そんな鈍重なモンスターを今度は刃が切り裂いた。光が一閃して、首が飛ぶ。たちまちのうちにゴブリンは倒れて、宙に消えていった。その後にはどす黒い血痕と、紅の服だけが残される。加速を終えた直人はそれを見ると、フウと一息ついた。
「終わった。リーネ、これで何匹目だ?」
「ざっと三十匹は倒したんじゃないか」
「うーん、まだレベルアップしないのか……」
直人は大きく肩を落とした。この三日間で、二人のレベルは揃って6まで上がっている。だが4を越えて以降、急速にレベルアップのペースが落ちていた。それまではゴブリンを二十匹も倒せばレベルが上がっていたのだが、4を超えて以降は百匹単位だ。明らかに何か壁のようなものがある。
環はぶつぶつと呟く直人の方を見ると、顔を曇らせた。そして少々自信なさげに言う。
「もしかすると、適正レベルを超えると入る経験値が少なくなる仕様なのかもしれんな」
「ということは、そろそろ狩り場を変えろってことか?」
「いや、まさか。もっとレベル帯に幅があってもいいだろう。他にも狩れるモンスターが居るんじゃないか?」
直人と環はあたりを見回した。二人の眼に、静かな草原が飛び込んでくる。二人のほかにも何人か狩りをしているプレイヤーがいるが、それ以外は至って平穏なものだ。とくに強そうなモンスターなど見当たらない。二人はそれを見て、安心したようながっかりしたような気分になった。
ゴブリンキャップ以上に強いモンスターというのを二人はこれまで見たことがない。一応、ここが平原の最深部なのでゴブリンキャップがこのあたりで一番強いモンスターということになるのだろうか。だが、レベル帯を考えるとそれはちょっとどうかと思われる。二人はうーんと悩むような顔をした。
しかしその時、直人があることに気がついた。彼はディスプレイを出すと、早速その案を環に提案してみる。
「モンスターの出現情報とか乗せてるスレってないのかな?」
「なるほど。それもそうだな」
うんうんとうなずいた環。直人はディスプレイを操作し、掲示板機能を呼び出した。さらに掲示板のトップにあるスレッド検索の欄に、モンスター出現と打ち込んでみる。すると早速、モンスター出現情報スレというなんともおあつらえ向けなスレが見つかった。
【ゴブリン】モンスター出現情報スレ【ばっかり】
1:名無しの冒険者さん
モンスターの出現場所などの情報をできるだけ詳細にお願いします。
全員生還目指して、頑張りましょう。
2:名無しの冒険者さん
名前:ゴブリン
出現場所:流星の平原全体
特徴:緑色の人型。棍棒で武装している。
強さ:初心者でも苦労しない程度。棍棒さえ気をつければほぼ間違いなく勝てる相手。
3:名無しの冒険者さん
名前:イエローゴブリン
出現場所:流星の平原の真ん中あたり
特徴:黄色のゴブリン
強さ:ゴブリンを若干タフにした感じ。ゴブリンと同じように棍棒に気をつければ大丈夫。
――二人がスレの内容を読んでいくと、そのほとんどが見たことあるモンスターの情報でしかなかった。だがあるレスを見た途端、その顔色が変わった。
34:名無しの冒険者さん
名前:不明(ウサギ?)
出現場所:流星の平原奥地
特徴:角の生えたウサギ。角が生えてる以外は、びっくりするぐらい普通のウサギ。
強さ:やたらつよい。突撃が主な攻撃手段のようだが、一発喰らうとHPが三割ぐらい持っていかれる。ちなみに俺はレベル5の戦士。しかもめちゃくちゃ動きが早くて攻撃が当たらない。おとなしいのでこちらから手を出さなければ大丈夫だが、もし突撃されたら逃げた方が吉か。
――二人の目元がにやりと歪んだ。彼らは互いに顔を見合わせると、やったといわんばかりに微笑む。
「カズト、こいつって……」
「ああ、うってつけのモブだな」
二人はそう小声でささやくと、一旦街へと引き返していった。翌日からの、ウサギ狩りに備えて――。




