22. 結婚の日程選び
グランシェル伯爵家の応接室では、ヴィオレッタとフェリクスが同じ長椅子に並んで座り、卓上へ置かれた一枚の紙を覗き込んでいた。そこには、両家であらかじめ予定を確認したうえで残された結婚式の日取りがいくつか記されている。新居についても、屋敷の補修や家具の搬入に向けた手配が進み始めており、両家からは次に結婚式の日を決めてほしいと言われていた。ヴィオレッタは紙の端を押さえながら上から順番に目を通し、最初に記された候補のところで指を止める。選ぶこと自体は難しくないと思っていたのだが、実際に日付が並べられた紙を前にすると、一つずつ確認せずにはいられなかった。
「最初の候補だと、少し忙しくなりそうね。新居の補修が終わった後、家具を入れて落ち着く前に式の準備まで重なりそうだわ」
「俺もそこが気になった。間に合うとは聞いてるけど、急いで全部終わらせる必要もないと思う」
フェリクスはそう言って、ヴィオレッタが示した日付をもう一度確認した。新居については、まだ長椅子や机の置き場所を決め始めたところである。厨房や使用人部屋の整備もこれからで、庭師との相談も残っていた。式と同時に進められないことはないものの、せっかく二人で決めた家なのだから、完成を急かすような形にはしたくない。ヴィオレッタが最初の候補の横へ小さな印をつけると、フェリクスも異論はないらしく、そのまま次の日取りへ視線を移した。
今度は反対に、かなり余裕のある候補だった。こちらを選べば新居の準備は十分に終わっているはずで、式についても時間をかけて整えられる。ヴィオレッタはしばらく考えたものの、その日付へ印をつける気にはならなかった。余裕があることは魅力的でも、そこまで待つ理由が思い浮かばない。フェリクスも同じような顔で紙を眺めていたため、ヴィオレッタは先に口を開いた。
「こっちは少し先すぎる気がするわ。準備には困らないでしょうけれど、ここまで延ばさなくてもいいと思うの」
「うん。俺もそう思ってた。新居の方が先に整って、そのまま長く待つことになりそうだしね」
ヴィオレッタは二つ目の候補にも印をつけた。そこで一度手を止め、残っている日付を見比べる。両家が出してきた候補だけあって、どれも無理のないものばかりだった。大きな問題がある日を除いていくのではなく、ここから先はどちらを選びたいかを考えなければならない。以前なら、どちらでも構わないと答えてフェリクスへ任せていたかもしれない。ヴィオレッタは紙の上へ指を置いたまま、残った二つの日取りを順番に見た。片方は新居が整ってから比較的早く、もう片方はそこから少し間を取ることができる。どちらを選んでも式の準備には困らないし、両家の予定にも影響はない。
フェリクスも急かすことなく紙を見ていた。ヴィオレッタが答えるのを待っているというより、自分の方でも二つを比べているようだった。やがてヴィオレッタは一方の日付へ指先を移し、そのまま顔を上げる。
「私は、こちらがいいわ。家の準備が落ち着いてから少し時間も取れるし、式の方も慌てなくて済みそうだから」
フェリクスは示された日付を見ると、すぐに自分の方へ引き寄せることもなく、隣から覗き込んだまま笑った。
「俺もそこがいいと思ってた。もう一つでも困らないけど、こっちの方がちょうどよさそうだね」
ヴィオレッタは思わずフェリクスの顔を見る。家具を選んだ時には、互いに相手の好みを優先しようとして長椅子一つ決めるのにも時間がかかった。それに比べれば、結婚式の日取りの方がずっと簡単に決まってしまったらしい。ヴィオレッタが指している日をフェリクスも選んでいたのなら、改めて別の日を検討する理由はなかった。
「では、この日にしましょう」
「うん。決まりだね」
フェリクスが卓上のペンを取り、選んだ日付の横へ小さく印をつける。ヴィオレッタはその手元を見ていたが、ペンが紙から離れてもすぐには視線を動かさなかった。つい先ほどまで同じように並んでいた候補の中で、一つだけ形が変わって見える。新居を探していた時も、家具を選んでいた時も、結婚した後に使うものについて考えているという意識はあった。庭に何を植えるのか、書斎のどちら側を使うのか、客間をどう整えるのかと、すでにずいぶん先の話までしている。それでも、紙の上に選んだ日が残ると、ヴィオレッタはしばらくそこから目を離せなかった。
隣で紙を片づけようとしていたフェリクスが、その様子に気づいて手を止める。
「緊張してる?」
ヴィオレッタは少し迷った後、素直に頷いた。
「……少し。自分でも変だと思うわ。家まで決めているのに、日付が決まった途端に妙に意識してしまって」
「俺も似たようなものだよ。印をつける時、思ってたより緊張した」
ヴィオレッタは顔を上げた。フェリクスはいつもと変わらない様子でペンを置いたため、そんなふうには見えなかった。じっと見ていると、フェリクスも少し居心地が悪くなったのか、小さく笑って肩をすくめる。
「そんなに意外?」
「少しだけ。あなたはもっと平然としているのかと思っていたわ」
「自分の結婚の日を決めるのに、そこまで平然とはできないよ」
ヴィオレッタもつられて笑い、そこでようやく紙から手を離した。ちょうど侍女が新しい茶を運んできたため、冷めていた茶器と取り替えてもらう。日程を選ぶだけならすぐ終わると思っていたのに、最初の茶はほとんど手をつけないまま冷えていた。ヴィオレッタは新しく注がれた茶を一口飲み、卓上に残されているもう一枚の紙へ目を向けた。今度は日取りではなく、これから式に向けて決めなければならないことが並んでいる。
最初の方には式の規模や招待客、その後にも会場や料理などが続いていた。新居について一つずつ相談してきた時と同じように、こちらも一度に全部を決められる量ではない。ヴィオレッタは上から少し目を通したところで紙を置き、茶器へ手を戻した。
「次は、式の規模から考えた方がよさそうね。そこが決まらないと、招待する方の話も進めにくいでしょう」
「そうだね。父上たちとも相談することになるだろうけど、俺たちの希望も先に決めておこうか」
ヴィオレッタは頷いた。アルディーン公爵家とグランシェル伯爵家の婚姻である以上、二人の希望だけですべてを決められるわけではない。招かなければならない親族や、家同士の付き合いから声をかけるべき相手もいる。それでも、最初から両親へ任せてしまうつもりはなかった。ヴィオレッタは少し考え、必要以上に大きな式にはしたくないとだけフェリクスへ伝える。立場上必要な相手を招くことに抵抗はないが、豪華に見せるために人数を増やしたいとは思わない。フェリクスも同じ考えらしく、細かな人数については両家と相談して決めようというところで話を止めた。
その先にもまだいくつもの項目が続いていたものの、今日は日程を決めるために集まったのである。ヴィオレッタがもう一度紙へ目を落としたところで、フェリクスが日程表を手に取った。選んだ日をアルディーン家へ持ち帰り、クロードたちへ伝えるつもりらしい。ヴィオレッタも父アーノルドと母クラリッサには自分から報告することにした。
帰る時間になり、フェリクスが日程表を畳もうとしたところで、ヴィオレッタはもう一度だけその紙を見せてもらった。先ほど二人で選んだ日には、フェリクスがつけた印が残っている。ヴィオレッタはそれを確認すると、今度は迷わず紙を返した。
「この日でお願い」
「うん。父上たちにもそう伝えるよ」
フェリクスは日程表を丁寧に畳んで鞄へしまい、ヴィオレッタと一緒に応接室を出た。玄関で見送った後、ヴィオレッタが再び応接室へ戻ると、卓上には式の準備について記された紙だけが残っている。ヴィオレッタは自分の席へ戻ってそれを手に取り、最初に書かれた式の規模という項目をしばらく眺めてから、紙をきれいに揃えて机の端へ置いた。




