20. 譲ってばかりでは決まりません
王都の家具商へ入ったヴィオレッタは、店内に並べられた家具をゆっくりと見渡した。壁際には大小さまざまな棚や卓が並び、その奥には長椅子や肘掛け椅子も置かれている。新居についてはまだ正式に決めたわけではなかったが、先日見た白い屋敷が最有力候補になっており、どこへ住むことになっても必要になる家具から先に見ておこうという話になったのだ。
フェリクスと並んで奥へ進みながら、ヴィオレッタは目についた家具を一つずつ確かめていく。最初に見たのは居間へ置く小卓で、脚の装飾が細かすぎるものや、部屋に対して少し大きすぎるものは候補から外した。ヴィオレッタがそう判断すると、フェリクスも特に異論はなく、別の品へ目を向ける。飾り棚についても二人の好みは近く、華美すぎない木製のものを候補に残した。
「これくらいなら、居間に置いても邪魔にならなさそうね」
「うん。書類を置いたり、茶器を出したりするにも使いやすそうだ」
そんな具合に、いくつかの家具はすんなりと決まっていった。ヴィオレッタもフェリクスも、どちらか一方へ任せきりにすることはなく、それぞれ気になったところを口にしている。それでも大きく意見が割れることはなく、店員も順調に候補を書き留めていた。
問題が起きたのは、その後だった。
店の奥には、長椅子が何脚も並べられていた。どれも作りがしっかりしており、布地や背もたれの形も少しずつ違う。店員が居間の広さを聞いた上で二つを勧めてくれたが、ヴィオレッタとフェリクスがそれぞれ気に入ったものは別だった。
ヴィオレッタが気になったのは、淡い色合いの布が張られた長椅子だった。背もたれの形は柔らかく、腰を下ろすと深く沈みすぎない。肘掛けも細く、見た目にも軽やかだった。窓辺に置けば、先日見た白い屋敷の居間にもよく合いそうだった。
フェリクスが何度か目を向けていたのは、もう一方の長椅子である。こちらは少し大きく、背もたれもしっかりしている。色合いは落ち着いており、長く使っても飽きが来なさそうだった。体格のあるフェリクスが座っても窮屈には見えず、ヴィオレッタから見ても悪い品ではない。
しばらく見比べたあと、ヴィオレッタは自分が座っていた長椅子から立ち上がった。
「私は、そちらでもいいわ。あなたはこっちの方が気に入っているんでしょう?」
「俺はどっちでも大丈夫だよ。ヴィオレッタは今の方が好きなんじゃない?」
「好きだけれど、あなたも毎日使うものだもの。せっかくなら、あなたが気に入った方にしましょう」
フェリクスは少し考えたあと、自分が見ていた長椅子から離れた。
「だったら、ヴィオレッタが気に入った方にしよう。俺はあっちでも困らないし、座り心地も悪くなかった」
今度はヴィオレッタが困った。自分が譲ったはずなのに、いつの間にかフェリクスから譲り返されている。
「だから、私はそっちでもいいのよ」
「でも、最初に座った時、かなり気に入ってただろ?」
「それはそうだけれど、フェリクスもこっちを何度も見ていたじゃない」
「見てはいたけど、絶対にこれじゃないと嫌なわけじゃないよ」
「私だって、絶対にあちらじゃないと嫌なわけではないわ」
言い争っているわけではない。声を荒らげてもいないし、互いに不機嫌になっている様子もなかった。二人とも相手が気に入った方を選ぼうとしているだけなのに、話はまったく進まない。
店員は少し離れた場所で静かに待っていたが、やがて視線の置き場に困ったように別の長椅子へ目を向け始めた。ヴィオレッタはその様子に気づき、そこでようやく自分たちが何をしているのか分からなくなる。
「……私たち、何をしているのかしら」
フェリクスも店員の方を見てから、少し間を置いて笑った。
「長椅子を選びに来たはずなんだけどね」
「もう、全然決まってないわ」
ヴィオレッタもつられて笑った。振り返ってみれば、最初から二人とも自分の好みは分かっていたはずだった。それなのに、相手が別のものを気に入ったと分かった途端、どちらも譲る方へ回ってしまった。
このままではいつまで経っても決まらないため、一度仕切り直すことにした。相手がどちらを気に入っているかは考えず、自分が欲しい方を正直に言う。それだけの話である。
ヴィオレッタは改めて最初に座った長椅子へ腰を下ろした。やはり座り心地はこちらの方が好みだったし、色合いも居間に合うと思う。背もたれへ軽く体を預けてみても、長く座っていて疲れにくそうだった。
フェリクスももう一方へ座り、肘掛けへ腕を置く。大きさはこちらの方が彼には合っているように見えた。
「私はこっちが好き」
「俺はこっちだな」
今度は迷わず答えた。結果は見事に分かれた。
二人とも相手の方を見て、少しだけ黙る。先ほどまでなら、ここからまた譲り合いが始まっていたところだろう。ヴィオレッタは自分が座っている長椅子の肘掛けへ手を置いたまま、フェリクスを見る。
「……本当にそっちがいいの?」
「うん。ヴィオレッタも本当にそっち?」
「ええ」
確かめ合ったところで、どちらの意見も変わらなかった。
それでも妙に気まずくならなかったのは、どちらも相手へ怒っていなかったからだろう。むしろ、ここまで綺麗に好みが分かれたことの方がおかしくなり、ヴィオレッタは小さく笑った。
「こういうこともあるのね」
「そりゃあるよ。何でも同じものが好きなわけじゃないし」
「それはそうだけど、今まであまりなかったでしょう?」
「確かに」
そこで、それまで黙っていた店員が控えめに口を挟んだ。
「お二人が先ほどお話しされていた屋敷の居間でしたら、こちらを二脚置いても十分に余裕があるかと存じます。向かい合わせではなく、少し角度をつけて配置すれば、圧迫感も出にくいかと」
ヴィオレッタは店員を見て、それからフェリクスを見る。
「……二つ置けるのね」
「みたいだね」
二人とも、どちらか一つを選ばなければならないと思い込んでいただけだった。
店員に配置した場合のおおよその幅を聞き、二人で少し確認する。居間には小卓や飾り棚も置く予定なので、何でも増やせばいいわけではない。それでも、この二脚なら互いの邪魔にはならず、十分に収まりそうだった。窓を塞ぐこともなく、動線も確保できる。
ヴィオレッタは自分が選んだ方の長椅子から立ち上がり、少し離れて二脚を見比べた。形も色も完全に揃っているわけではないが、並べてみると不思議と違和感はなかった。
「じゃあ、二つともお願いしようか」
「そうね。私もその方がいいわ」
今度はすぐに決まった。
先ほどまで何度も互いへ譲ろうとしていたのが嘘のようだった。店員もようやく安心したのか、二脚の寸法を確認しながら必要な書き付けを整え始める。
その後は、長椅子ほど時間がかかることもなく、残りの家具を見て回った。書斎用の椅子は座り心地を確かめ、寝室へ置く小卓については大きさだけを確認する。すべてを今日決める必要はなかったため、気になるものだけ候補に残し、残りはまた別の日に見ることにした。
店を出る頃には、昼を少し過ぎていた。通りには人の姿も増え、馬車が何台も行き交っている。ヴィオレッタはフェリクスと並んで歩きながら、先ほどの長椅子のやり取りを思い出した。
「次に意見が分かれた時は、最初から自分の好きな方を言いましょうね」
「そうした方が早そうだね」
「譲るのは、その後でいいわ」
「分かった。でも、また両方置ける物だったら?」
ヴィオレッタは少しだけ考えたあと、すぐに答えた。
「その時は、二つ置けばいいでしょう」
フェリクスが笑う。
「それなら次から早そうだ」
「何でも二つ買うという意味ではないわよ」
「分かってるよ」
ヴィオレッタもつられて笑い、そのままフェリクスと並んで歩き続けた。




