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とりあえず異世界転生  作者: とりてん


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22/22

22.長い一日

「…!、……!!」

何やら騒がしくて目が覚める。外はまだ日が昇っておらず人間の活動には早い時間だ。

私は起こされるのが嫌いだ。睡眠は自然に起きてこそだと思っているのでアラームですらストレスなのに周りが騒がしくて起きるなんて最悪だ。

私はベッドから体を起こしてハクを確認する。ハクはいつも通り私のベッドに潜り込んでおり、すぐ隣で寝息を立てている。

とりあえずハクにはそのまま寝ていてもらって私は騒音の元に向かうことにする。どうやら騒音は1階の方から聞こえてくるみたいだ。

部屋を出て1階に降りる途中で箒を持った宿屋のおばちゃんが昨日とは違ったみすぼらしい恰好のおじさんに絡まれている様子が見えた。

「だから!、いるかどうかだけでいいんだよ!」

おじさんは喚く。

「お客が起きるから静かにしておくれ…、それに何度も言ってるけどそんな人はうちにはいないよ…。」

おばちゃんはうんざりしながらもおじさんを通さないように2階への階段前で立ちふさがって対応していた。

一瞬で理解、私は2人に近づく。

「ほら!、やっぱりいるじゃ…」

おじさんが何か言い切る前にアイテムボックスに収納する。

「大丈夫ですか?」

私が声をかけるがおばちゃんは対応していた相手がいきなり消えて困惑している。

「え?、消え?、えぇ!?」

「落ち着いてください、私の魔法で一旦消しましたが相手は生きていますので安心してください。」

おばちゃんが落ち着くのを待ってから話を聞く。

「何があったんですか?」

「え、えぇと、いつも通り宿の前を掃除してたらさっきの人が子連れの客はいるかって聞いてきたのよ。でもお客のことを話す訳にはいかないからいないって伝えたら確認させろって、それで無理矢理入ろうとしたから止めてたんだけど衛兵も呼べないし困ってたらあんたが来てくれたってわけ。はぁー、とりあえず助けてくれてありがとうね。」

おばちゃんにお礼を言われたがおそらくハクを狙った奴が迷惑をかけたと思うので素直には受け取れない。これは宿の変更を考える必要があるか?、もしくはハクに魔法空間を説明してそちらで寝るか、どちらにせよこの宿にはもう泊まれないな。

「…おそらく私と一緒の子を狙った輩が迷惑をかけたみたいです、すみませんでした。私は先ほどの輩に話を聞いてきますのでもし一緒に泊まった子が起きて私を探したら待っているように伝えてください。」

「あんたが謝る必要はないよ、子どものことは分かったからあんたも無茶はするんじゃないよ。」

おばちゃんに見送られて一旦宿を出る。透過魔法を発動してから少し離れた路地裏に移動して一応周りに人の気配がないことを確認してから収納したおじさんを取り出す。

「…ねぇえか!…って、あれ?、ここは?、…あ?」

おじさんは自分のいたはずの宿屋が路地裏に変わったことに困惑しているがおばちゃんに迷惑をかけた罪は重いので早速話を聞く。

私は魔法範囲外に音が漏れないように設定しておじさんを動けないように空間に体を固定。石で鋭い槍を作っておじさんの目の前に刃先を持ってくる。

「簡潔に答えてください、何をしにあの宿に来たんですか。」

「う、動けねぇ!、なんだ!?、何をしたんだ!」

おじさんは答えてくれないので石の槍で左足の甲を刺す。

「いっ、痛てぇっ!!」

「簡潔に答えてくださーい、何をしにあの宿に来たんですかー。」

私は同じ質問をする。

「痛てぇ…、痛てぇよ…。」

話が通じない人かな?

私が反対の足の甲も刺そうと槍を構えるとおじさんは慌てて答えだす。

「ま、待ってくれ!、答えるっ!、答えるから痛いのは止めてくれ!」

私は槍をおじさんの右足の甲の数センチ上で止めて話を聞く。

目の前に刃物がある時点でしゃべってくれよ、めんどくさい。

「では、何をしにあの宿に来たのか簡潔にお願いします。」

「や、宿に獣人の子どもを連れた客がいるか確認しに行ったんだよ。」

「それはなぜ?」

「な、なぜって、確認してきたら金をくれるって奴が来たからよぉ。」

はぁ、またか。それで頼んできた相手は分からないって言うんだろ…。

答えに予想はつくが一応聞く。

「その頼んできた相手の顔は見ましたか?」

「み、見てねぇよ。」

ほらね、まぁその頼んだ人もバカじゃないってことね。

聞き出せることはもうなさそうなのでこのおじさんの処遇を考える。昨日のおじさんは話せば分かってくれたので何もしなかったがこっちのおじさんは朝っぱらから宿屋のおばちゃんに迷惑かけたからな、悪いことをしたら罰が当たることを理解して反省してほしいところだ。だが大人になると考えは変わらないので手っ取り早く痛みで理解してもらうことにする。

「そうですか、では今回の迷惑に対して罰を与えますね。」

私はおじさんの右足の甲の上で止めておいた槍を落とす。

「痛っ!、な、何でだよ!。ちゃんと答えたじゃねぇか!」

「あなたはお金のために人の嫌がることをやりました。悪いことをすると罰が与えられます。」

「そ、それならお前も俺の嫌がることをしてんじゃねぇか!」

そういうこと言っちゃうんだ。

「はいはい、そういう考えも分かります。ですが元々あなたが行動しなければ私があなたに嫌がることをすることはありませんでした。これはあなたの行動が招いたことです。私がやっている罰とは自己満足に過ぎませんがこれは他の人へも含めて2度とするなよと伝えているだけです。ただ私はこの伝え方しか思いつかなかったのでそれは運が悪かったということで受け入れてください。」

私は自身の考えをおじさんに伝える。

まぁ前世では個人の私刑は禁じられていた気がするが異世界でどうなのかは知らないし国の司法が機能していないなら致し方ないと思っている。そしておじさんのような行動をする人間がいる時点で法律とかそこらへんが役に立っていないと思ってしまう。そもそも私は人間とは自由であるべきだと思っているのだが、…この話は長くなるので別の機会にでも考えよう。ともかくおじさんに2度とこのようなことをしないように私なりのやり方で伝えたのだが果たして伝わったのだろうか?

「い、意味分かんねぇよ…」

伝わらなかったみたいだ、残念。

私がどうしようかと考えているとおじさんはいきなり大きな声を出す。

「衛兵っ!、衛兵!、助けてくれぇー!」

おじさんの見ている方を見ると私たちのいる路地裏から見える大通りの方に分かりやすい兜と鎧を身に着けた2人組が立っているのが見えた。

あれは衛兵か、私とおじさんは透過しているし音も遮断しているので見つかることはないがそういえば悪いことをした人がどうなるか見たことなかったのでこの機会に確認することにする。

私は槍を収納してからおじさんの足の傷を治療。また薬草を集めないといけないが今はいいだろう。地面やおじさんの服に着いた血をきれいにして破れた靴も修復してから透過魔法を解除しておじさんの首の後ろの服を掴んで引きずりながら衛兵の2人に近づく。近づく間もおじさんは喚いているので衛兵の2人はすぐにこちらに気づく。

「どうした!?」

おじさんを引きずる私を見て衛兵の2人は驚いていたが片方の衛兵が私の顔を見て声をかけてくる。

「あれ?、もしかしてカルラか?。」

誰だっけ?

私は忘れっぽいのでこの異世界で目覚めて数えるほどしか人と会っていないが付き合いのない人のことはすぐに忘れてしまう。

私の顔に覚えていないと書いてあったのか相手が親切に教えてくれる。

「俺だよ、ロバート!。ほら、武器の手入れを依頼した。」

あぁ、思い出した、以前受けた依頼の人ね。んなもん覚えてる訳ねぇわ。

「お久しぶりです、お元気でしたか?」

私はにこやかに挨拶する。

「おう、元気元気。それよりもそいつはどうした?」

ロバートさんは引きずられているおじさんを見ながら聞いてくる。

私が説明しようと口を開く前におじさんがしゃべり出す。

「た、助けてくれ!、こいつが俺の足を刺しやがったんだ!」

衛兵2人がおじさんの足を確認するが当然何も見られない。

「…傷はないし血も出てないようだが?」

「はぁ?、そんな訳…、あれ?」

衛兵2人がおじさんを白い目で見ている、おじさんへの信用度が下がったことが確認できたので私が説明する。

「このおじさんは私が泊まっている宿で暴れた後に逃げたので追いかけて捕まえました。宿屋のおばちゃんの証言もありますので付いて来てもらってもいいですか?」

「分かった、案内してくれ。」

ロバートさんが答えて、もう1人の衛兵の人は頷いておじさんを引き継いでくれる。

宿屋まで案内して一旦宿の前で止まる。

「すみません、その人を宿屋の人が見ると怖がるかもしれないので外で待っていてもらうことはできますか?」

「あぁ、そうだな。じゃあ少しの間待っていてくれ。」

ロバートさんがもう一人の衛兵の人にそう言うとその人はおじさんを掴んで外で待機してくれる。

私とロバートさんで宿屋に入るとおばちゃんとハクが出迎えてくれた。

ハクは私を見つけるや否や私のお腹に飛び込んでくる。

ハクが目を覚ます前に終わらせたかったのだが案外時間が経っていたか。

私のお腹に頭を擦り付けるハクを撫でて宥めながらおばちゃんに話しかける。

「おばちゃん、騒いでいた人は外でもう一人の衛兵の方といます。その人がこの宿に来てから逃げていくまでのことをこちらの衛兵、ロバートさんに説明してもらえますか?」

敢えて犯人は逃げたと言ったがおばちゃんは私の考えを汲んでくれるか?

「あぁ、いいとも。あたしが朝早くに宿の前を掃除してたら男が来てね、子連れの客がいるか聞いてきたからそんな客はいないと言ったら今度は確認させろって無理矢理押し入ろうとしてきたんだよ。その時丁度泊まっていたこの子が降りてきてね、あたしとそいつの間に入って守ってくれたんだよ。それでその後なんやかんやあって気づいたらそいつが宿から出て行ってそれを追ってこの子も出たって感じよ。」

おばちゃん…、間に入って守ったとかそんなかっこいい感じじゃなかったでしょ、それになんやかんやって…、一気に嘘くさくなっちゃったよ。

「分かりました。最後に外の男が話に出てきた男か確認をお願いしてもいいですか?」

ロバートさん信じたぁー!。この街の衛兵はチョロいんか?

おばちゃんはロバートさんのお願いを快諾して宿の外に出ていく。残された私はハクに謝罪をする。

「ハク、1人にしてごめんね。」

「…ん。」

ハクには悪いことをしたがいい機会なので伝えておく。

「ハク、今後も私がハクから離れることはあると思う。だけど両親の元に帰すまではハクが嫌でない限り私がハクを見捨てることは絶対にないからね、だから1人だったとしても不安に思うことはないってことを覚えておいてほしいんだ。」

私の言葉にハクは少し考えてから頷く。

手を差し伸べたのなら最後まで面倒を見る、私は今一度この考えを心に刻む。

ハクとの話が終わり少しするとおばちゃんとロバートさんが戻ってくる。

「それじゃあ2人の証言から外の男が宿に押し入ったということで詰所に連れて行くよ。」

ロバートさんの言葉に聞きたいことを聞いておく。

「ちなみにあの人はこの後どうなるんですか?」

「そうだな…、取り調べをしてみて初犯で他に何もなければ厳重注意だけで終わるだろうが余罪や過去にも犯罪を犯していたら罰金または強制労働だな。」

そんなもんなんだ、前世と比べて罰が軽いか重いかは分からないが異世界だからといって特別なことはないんだな。

「分かりました、ありがとうございます。」

「ははっ、これが衛兵の仕事だからな。また街中で困ったことがあれば近くの衛兵を呼んでくれよ。」

ロバートさんは気さくに笑う。

そういえばマントで隠していないハクを見られたのでおばちゃんとロバートさんには口止めをお願いしておく。

「それとなんですが今日ここでこの子を見たことは誰にも言わないでもらえませんか?。この子は珍しい種族らしくギルドでご両親に連絡がつくまでは秘密にしておきたいんです。」

「そうなのか、分かった。ギルドに言っているなら俺が言うことはないな。胸に仕舞っておくよ。」

「おしゃべりなあたしでもお客の情報を漏らさないから安心しておくれ。」

2人とも快く引き受けてくれたので信用する。疑ってもしょうがないしな。

ロバートさんはそれじゃあなと軽く言って待たせていたもう1人の衛兵の方とおじさんを連れて行く。

気づけば日が昇り始める頃合いだ。

はぁ、朝からいざこざはマジで勘弁してほしい。前世の私であれば二度寝を決め込むが今の私は気持ちを切り替えて活動を始めることにする。

今日やりたいことはポルカノさんに白狼関係のことを聞きたいのと買い物、あとはシェーンさんにも話を聞きたい。シェーンさんとゆっくり話すなら魔物の大量持ち込みで別場所に通してもらった時かと考え魔物の討伐も予定に追加する。

「ハク、ちょっと早いけど広場でご飯を食べてギルドに向かおうかと思うけどどうかな?」

聞くとハクはそれで問題ないと言うように頷く。

一度部屋に戻って準備をしてからおばちゃんに挨拶をして宿を出る。昨日は極力姿を消そうかと考えたがコソコソするのは性に合わないのでそのまま広場に向かう。コロコロ意見が変わるのも私の愛すべき特徴だ。

まだ人通りの少ない大通りをハクと歩き広場を目指す。

何か美味しいものでも食べればこの萎えた気分も落ち着くだろう。そう期待して歩いているとハクが私の服を掴んでくる。どうしたかとハクを見ると周りをきょろきょろと見回しながら耳をぴくぴくさせている。

えぇ…、ここは街中ですぞ…。

ハクのこの行動は今までの経験から敵が周りにいる可能性を示しているがふと思いついたので私は小声で話しかける。

「ハク、何か気になることがあったかもしれないけど今は何も気づいていない風にできるかい?」

ハクは頷きいつものようにただ歩き始める。

聞き分けよすぎぃー!、どんな教育受けたらこんなにいい子が育つんだろう?

とりあえずハクの頭を撫でて歩き続ける。

広場に到着して屋台を見て回る。朝早い時間だが広場には人がそれなりにおり屋台はすでに営業していた。

パンを補充し何か気になる食べ物がないか探してみる。

…特には、ないな。屋台も新規参入や新商品が毎日増える訳ではないようだ。

目ぼしい食べ物はなかったので情報収集のために知り合いの肉串屋台のおっちゃんを探す。あの食欲を刺激するタレの匂いを頼りに探してみるがどうやら今日はいないみたいだ。そういえば毎日は屋台を出していないとか言っていた気がするので残念だが諦める。

…困ったな、完全に肉串のあのタレの口になっていたので他の食べ物を買う気がなくなってしまった。

しょうがないのでハクに食べたいものがないか聞いてみる。

「ハク、私の食べたいものはなかったみたいだ。ハクは何か食べたいものはないかな?」

「…魚サンドと昨日の長い肉を挟んだやつが食べたい。」

朝から食欲があるとは元気な証拠だね。

「分かった、それじゃあスープだけ買おうか。」

ハクが頷いてくれたので屋台で野菜スープを買って空いているベンチに移動する。ハクの望みのものをアイテムボックスから出す時に以前買った特製タレの肉串が入っていることに気づいたが今売られていないものを食べていると変に思われるかもしれないので止めておく。

「はい、魚サンドと、これはホットドッグという食べ物だよ。スープもあるからゆっくりよく噛んで食べてね。」

ベンチに皿と食べ物を広げて朝ご飯にする。私は水だけ飲みながらご飯を食べているハクに話しかける。

「ハク、食べながらでいいから教えてほしいのだけれどさっき周りを見ていたのって誰かに見られてたり誰かが付いて来てたと思ったからなのかな?」

ハクは魚サンドを頬張りながら頷く。

「それじゃあ相手の正確な場所は分かった?」

今度は首を横に振るハク。

「よし、じゃあ今度からは相手にバレない様に知らないフリをしながら私にこっそり教えてね。そして相手の正確な場所を探してみようか。」

私の言葉にしっかり頷いてくれるハク。どうにか相手を捕まえてお話を聞きたいところだ。そう、…じっくりと、ね。

ハクの食べる姿を眺めながら朝ののんびりした時間を過ごしているとまたハクの耳がぴくぴくと動き始める。そしてハクがこちらを見たかと思うと小さな声で教えてくれる。

「…1人、近づいてくる。」

私がそれとなく周りを見回してみると確かにこちらに向かってくる男がいる。その男は冒険者なのか鍛え上げられた体つきだが恰好は大人の社交場を思わせるようなフォーマルなものだ。顔は…、どこかで見たような気がするが思い出せない。

少し警戒しているとその男が話しかけてくる。

「カルラちゃん、ハクちゃん、おはよぉ。2人とも早いわねぇん。」

お前かオカマ野郎。

話しかけてきたのはアパシオナーダのビスコさん。今まで見ていた化粧顔と女性物の恰好ではなかったので気づかなかった。

「おはようございます、ビスコさん。普段の恰好ではなかったので気づきませんでした。」

「私もこんな格好嫌なんだけどねぇん、今日会う相手がちょっと格好にうるさい貴族様なもんで仕方なくよぉん。アローザ様に迷惑もかけられないしねぇん。」

この人にもこの人の苦労があるんだな。

「そうなんですね、そういえば可能であればアローザさんに相談したいことがあるので夜にでもいつもの店でお会いしたいのですがどうでしょうか?」

「今日の予定次第だから確実なことは言えないわぁん。でもアローザ様には伝えておくから行けるなら行くわぁん。」

行けたら行くか…、まぁ期待せずに待ってみましょう。

「はい、それで大丈夫ですのでよろしくお伝えください。」

「分かったわぁん。それはそれとしてそのハクちゃんが食べてるのはどの屋台で売ってたかしらぁん?」

ビスコさんが聞いているのは今ハクが齧り付いているホットドッグ。

「これは私の手作りのものですので屋台では売ってないですね。…よければ差し上げましょうか?、手作りであるのとガードシープの肉に抵抗がなければですが。」

「あらぁ、いいのぉん?。どちらも抵抗はないからうれしいわぁん。カルラちゃんって親切よねぇ。」

まぁ私は食べ物は分け合いたいタイプだ。世の中にはこの考えが全くない人も存在するらしいが…。まぁそれも人それぞれだよね。

「ビスコさん、何か包むものはお持ちでないですか?」

ビスコさんの今の恰好的にホットドッグ片手は何か申し訳ないので聞いてみる。

「ならこの包みにお願いするわぁん。…カルラちゃん、厚かましくて申し訳ないんだけれどもパーティーの分も都合してくれないかしらぁん。私皆の分の朝食を買いに来たのよねぇん。」

「全然構いませんよ。」

この全然の使い方って誤用だっけ?。…まぁいいか。

私はビスコさんの出した包みにホットドッグを4つ置く。

「んん、ふっといわねぇん。」

美味しそうって言え、殴るぞ。

私の冷ややかな目線には気づかずにビスコさんが包みを閉じるとそれは片手に収まる程の大きさになる。

魔道具か、これもネルケさんが作ったのかな?

「ありがとねぇん、それじゃあ私はもうちょっと屋台を見てから帰るわぁん。会えたら夜に会いましょぉん。」

ビスコさんはウインクと投げキッスを残して去っていく。

心の中で少し悪態をついたが知ってる人に会えてよかったな。確定ではないにしろアローザさんとの約束は取り付けたし。

ハクに目を向けると食事が終わっていたのでスープの食器を片付けて移動することにする。ギルドに行く前にパンを再び補充。野菜も減ったので以前買ったお店でこちらも補充しておく。

ギルドに着く頃には朝の丁度いい時間になっていたので依頼の受注ラッシュに参加する。狙いは森での魔物の数を稼げそうな依頼。最悪目的地が森でさえあればいいがせっかくなのでよさげなものを探す。

数で考えればグレーウルフか?、群れでいるから見つけることができれば複数確定だと思うし。

他になければグレーウルフの討伐でいいかと考えていると1つの依頼書が目に留まる。

”キョウコウチュウの納品”

名前は虫のようだが依頼書に描かれているのはどう見てもロブスターだ。どこぞのゲームで見たような魔物だが気になったので情報の中にあるか調べてみる。

キョウコウチュウ、森の中の水辺で見られる魔物。大きさは人間の大人の半分ほどだがすさまじい跳躍力で近づいて来て両の鋏で攻撃してくる。鋏での攻撃は人間の手足を簡単に切断可能なので注意。この魔物の甲殻は摂取したものと魔力でできた独自の素材となっており加工すれば貴重な武器や防具となる。肉の味は非常に美味。

情報にあった味の部分に興味を引かれたが依頼書をよく見てみると受注可能ランクはDからとあった。

ふむ、別に依頼を受けなくても狙いに行くか。実際に受ける依頼はグレーウルフの討伐でたまたま森の中で見つけたという体でいこう。欲しいのは肉だけなので甲殻は買い取ってもらえばお金にもなるだろう。うん。

今日の目的が決まったのでグレーウルフの討伐の依頼書を手に取って受付に並ぶ。私の番になったので受注手続きをしてついでにギルドにもワリーフさんのことを情報共有できるか聞いてみる。

「すみません、私は迷子の白狼の子どもを預かっている者でギルドにその子どものご両親を探すお願いをしております。少々進展がありましたので情報を共有したいのですがこちらでよろしいでしょうか?」

窓口の人は光る板を触りながら答える。

「確認いたします。…はい、カルラさんですね。お話は伺っておりますので新たな情報はこちらでお聞きいたします。」

ギルドからの情報はないが特に不信感などはないのでガンガン情報共有していく。

「では、昨日ワリーフと名乗る狼人族の男性が話しかけてきてこの子を両親の元に帰す依頼を受けてきたと言ってきました。その方はこの子の素性や名前を知っていましたが両親や依頼人のことは白狼のことなので一切話せないとのことでした。とりあえず返事は明日の夜まで待ってもらっていますが私としては信用できないので断ろうかと思っています。あ、それとその方は自身のことを旅の狼人族と言っていましたので冒険者ではないかもしれません。」

ワリーフさんの言っていたことを覚えている限りそのまま伝える。

「かしこまりました。そのワリーフという方についてギルドでもお調べしカルラさんに伝えることが可能な情報があればお伝えします。明日の夜が期限とのことでしたので明日こちらに来ていただいた際に結果をお伝えいたします。」

「分かりました、それではよろしくお願いします。」

ギルドも協力してくれるようなので頭を下げてその場を後にする。

これでワリーフさんがギルドからお墨付きを貰ったらどうしよう、断るのを考え直すか?。…いや、それでも自分を信じるかな。一応ハクにもう一度確認は取るけど。

ギルドを出てハクと一緒に東門から街を出る。目指す森まで姿を消してハクと走るとあっという間に到着する。

「よし、それじゃあ今日は森で魔物を狩るお仕事をします。ハクには魔物でも何でも気づいたら教えてほしいのと分かったらでいいから水辺の方に案内してほしいんだ。どうだろう、できそうかな?」

私の問いかけに力強く頷くハク。

いやぁ、頼りになるなぁ。

ここからは透過魔法を解除して森を進む。緊急の場合はもちろんハクを守るが過保護なのも離れた際のケガの元になりそうなのでやめておく。是非ともハクには最終的に信じれるのは自分のみということを知ってほしいかな。悪い意味ではなく自分の力で生きるって意味でね。

森を進んでいると木々の揺れる音や生き物の唸り声などが聞こえてくるが索敵はハクに任せているのでハクが何も言わないなら気にしない。

そうしてしばらく進んでいるとハクが声をかけてくる。

「…カルラ、あっちから何かが近づいてくる。」

ハクが指差した方に意識を向けると確かに何かが近づいてくる音が聞こえる、数は…複数かな?、多分だけど。

こちらに向かってくる相手との距離はまだ少しあるのでハクに聞いておく。

「ハク、相手が魔物なら戦ってみるかい?」

ハクは頷き私の前に立つ。

「分かった、手伝いや交代が必要になったら言ってね。」

子どものやりたいことはどんどんやらせる、成功も失敗も成長には必要だと思うので大人の私は失敗したときに取り返しのつかないことにならないように備えるだけだ。取り返せる失敗は厳密には失敗ではない理論ね。

そうしていると近づいてきた相手の姿が見えてくる。相手はゴブリン4匹、手にはこん棒。その4匹は威嚇も何もなく一直線にハクに襲い掛かる。

私は無視でハク狙いか、子どもだからか?

私の疑問を他所に戦闘が始まる。

ハクは向かってくるゴブリンたちに敢えて突っ込んでいき地面を蹴ると相手の頭上を飛び越える。そして振り向くと同時に氷の針を飛ばして真ん中のゴブリンの胸を貫き、重なった位置にいたもう1匹の腕をかすめた。

すでに呪文を唱えていたのか、うまいな。

残ったゴブリンたちは同時撃破を恐れて互いに距離を取るように分かれてハクを囲もうと動く。しかしハクの方が動きが早く、囲まれる前に移動したと思ったら木々の間を動きゴブリンたちを翻弄する。

うんうん、このまま距離を取って魔法を撃っていれば完勝だな。

安全に戦うと思っていた私の考えに反してハクは最初に倒したゴブリンの落としたこん棒を動きながら拾い上げる。そしてハクの素早い動きに戸惑っているゴブリンの1匹、腕を魔法がかすめたやつの後頭部をすれ違い様に殴り抜ける。

「ギャッ!」

ゴブリンは短い悲鳴と共に前のめりに倒れ、体を痙攣させた後に動かなくなる。

Oh…、結構暴力的なのね。

ゴブリンは残り2匹、だが仲間がやられたからといって相手に逃げる気配はない。

次はどう動くか見ているとハクが小さく口を動かすのが見えた。ゴブリンたちもそれを見逃さずハクが行動する前に2匹同時に飛び掛かる。だがそれはハクも予想していたことのようで冷静に後ろに飛んで冷静に魔法を発動する。発動したのは氷で相手の動きを封じる魔法、フリーズロック。ハクの魔法は完全にゴブリンたちの動きを封じるまでいかないが目に見えて動きを遅くさせる。こうなると後は処理するだけのようでハクはゴブリンたちの後ろから近づいて後頭部にこん棒を振り下ろす。

鈍い音と共にゴブリンたちは地面に崩れハクの戦いは終わる。

うん、私の予想とは違ったけど危ない場面はなかったな。

ハクがこん棒を捨てて私に近づいて来る。そして何かを求めるようにこちらを見つめてくる。

分かってますよ、成功は褒める!。成功体験は大事だよね。

私はハクの頭を撫でながら声をかける。

「心配する必要のないくらい冷静で見事な動きだったね、すごいぞ。この前魔物を倒すのは初めてだと言っていたと思うけど戦いは誰かに教わっていたのかい?」

ハクは誇らしげに答える。

「…大人と一緒に狩りに付いて行ってた。獲物の解体も仕事だったからどこを狙えば倒せるかも分かる。」

魔法に頼りっぱなしの私よりもハクの方がよっぽどこの世界で生きているな。まぁ所詮私は余所者なので誰かと比べて卑屈になることはないが人との違いは感じてしまう。ま、今は私のことよりハクが立派だということでいいでしょう。

「ハク、まだナイフを買ってないからゴブリンの処理は私がやるよ。」

私が撫でる手を放すとハクは残念そうな顔をするがすぐにいつもの顔に戻り頷いてくれる。

ハクの許可も得たのでさっさと済ます。ゴブリンをアイテムボックスに一度収納してから死亡を確定させるために首を切る、ハクの後頭部強打で死んでない可能性もあるからね。その後討伐証明部位である右耳と魔石を取り除き、残りはアイテムボックスから取り出して地面に転がす。

話しは脱線するがよく異世界物で生きているものはアイテムボックスに収納できないとあるがあれはどういう理屈なのだろう?。現状私の空間魔法では生きていようが関係なく収納できているのだが…、ま、いいか。異世界なんてよく分からん世界で理屈がどうかなんてどうでもいいや。興味ないね。

私の中の元ソルジャー・クラス1stが出てきたところで森の探索に戻ることにする。

再びハクに周囲の警戒と水辺への案内をお願いして歩き始めるとしばらくしてまたハクが声をかけてくる。

「…カルラ、あっちに水辺がある。」

お、いいですねぇ。

ハクにありがとうと伝えてここからは静かに移動する。水辺が見えるところまで近づいて確認するとそこは淀んだ水が溜まった小さな水溜りのようなものだった。

ちょっと想像していた水辺とは違うがこういうところでも生き物が集まるイメージがあるので何かいないか注意深く探してみる。

…うん、いないな。まぁ近づいてくる私たちに気づいて逃げた可能性もあるし気にせず次を探しましょ。

次の場所に移動しようとハクに声をかけようとしたが先にハクに声をかけられる。

「…カルラ、あっちから魔物が近づいてくる。…多分、グレーウルフ。」

グレーウルフは分かるのか、…狼だからかな?

私は今回もハクに聞いてみる、というか今日は戦闘が続きそうなので今後も含めて聞いてみる。

「ハク、今日の魔物との戦いはハクがやってみようか、さっき言ったように手伝い、交代はいつでも可能だし、疲れたり飽きたという理由で辞めてもいい、どうかな?」

ハクは頷く。

…ハクはいい子だけれども我慢してないか?、私は気持ちを察することに壊滅的に疎いから言ってくれないと分からないぞ。まぁ以前話し合うことの大切さは伝えたからそこはハクを信じるしかないかな。

少し心配だが魔物は待ってくれない、ハクの言った通り姿を現したのはグレーウルフ。数は6匹で私に目もくれずハクに向かって来る。

ハクも準備は出来ていたのか氷の針を飛ばし相手に先制攻撃するがグレーウルフは難なく避ける。

ふむ、相手もスピードがあってゴブリンの時のように武器はない。この状況、ハクはどうするのか。

私が見守っているとハクとグレーウルフたちは接近戦に入る。グレーウルフたちは数と連携で絶えず攻撃を仕掛けるがハクは必要最小限の動きで避け、時には木やグレーウルフ自体を壁にして攻撃を受けないようにしている。

やっぱりハクの回避能力は高いな、あとはどう攻撃するかだな。

私がそう考えているとハクが攻撃に転ずるようだ。相手の攻撃を躱しながら口が動いている、どうやら初手で避けられた魔法を再び使うようだが果たして当てれるのか?

私の心配を他所にハクが魔法を発動させると氷の針はグレーウルフの真上に現れる。そして攻撃終わりの動きが止まった時を狙ってその脳天を貫き、同じ方法で続けて4匹のグレーウルフを仕留めた。

死角からの攻撃とちゃんと相手の攻撃終わりの隙を狙うと…、魔法で近距離の相手を倒せるのはすごいんじゃないか?。これはお祝いだな。

私が今夜はパーティーでもするかと考えていると残ったグレーウルフがハクの魔法を避けたのが見えた。やられた仲間を見て学習したのだろうがハクもすぐにやり方を変える。相手の数が減って余裕ができたハクは魔法を唱えながらグレーウルフが正面から飛び掛かってくるのを待ち、色々な攻撃に対応しながら狙いの攻撃を見逃さずに魔法を発動する。氷の針は相手の顔に突き刺さりグレーウルフは残り1匹となる。

最後のグレーウルフはこのような一方的な状況でも逃げる様子はなく、低い唸り声をあげてハクを睨んでいる。

魔物だから逃げないのかハクが相手だから逃げないのかは分からないが命あっての物種だと思うがね。まぁ避けられない戦いという考えもあるので深くは考えないけど。

私のどうでもいい考えは置いておいてハクの戦いに集中する。グレーウルフがハクに飛び掛かるが6匹でもハクに傷一つ付けられなかったのに今更1匹で飛び掛かってどうするのかと思っていると攻撃を避けたハクが相手の背中に組みつき首を絞め始める。

なんで?、魔法で圧勝だったじゃん?。ゴブリンの時もそうだったけどハクって肉体派なの?

私がハラハラしていると案の定グレーウルフは背中の異物を排除するために地面や木に体をぶつけて暴れまわる。

早く倒してくれと願っていると次第にグレーウルフの体に氷がまとわりついて

動きを鈍らせ最後には動きが止まる。どうやらハクは相手の首を絞めながらフリーズロックの魔法で動きを鈍らせていたようだ。

ハクは周りに動くものがいなくなったことを確認してから私の前に立ちゴブリンの時のように何かを期待している。

…いや、ハクさん、体はドロドロで顔には擦り傷じゃないですか。おそらく打撲もあるのでしょうに…。全然スマートではないのに何でそんなに誇らしげにやってやったみたいな顔して私を見れるんすか。

私はどう伝えるべきか考えて、結局は褒めて伸ばすことにする。

「ハク、魔物を倒せてすごいぞ。」

汚れたフードの上から頭を撫でながら続ける。

「でも次からはもう少し安全に戦おうか。小さな怪我でもそれが原因で病気になるかもしれないし当たり所が悪くて気絶でもしたらいくら勝っていてもハクの負けになっちゃうからね。」

私の言葉にハクは頷くが顔は撫でられているからか緩んでいる。

ハクは賢いので念は押さないが少し心配だ。

私はハクと自身の全身を魔法できれいにしてからハクに大きな怪我がないかスキャンする。どうやら大した怪我はないようなので薬草は使わないでおく。ハクにとって怪我は勲章かもしれないしあんまり過保護なのも私が嫌だからね。傷口は体をきれいにした時に一緒にきれいにしているからその内治るだろう。

私はハクから離れてグレーウルフを回収する。アイテムボックスに収納してから締めてこいつはそのまま納品するから解体はしない。これで依頼は大丈夫なので本日のメインに集中できる。まぁゴブリンもグレーウルフもメインのキョウコウチュウなるロブスターを探していて遭遇したので集中は関係ないのだがそれはそれ。気分の問題だ。

私がそんなことを考えていると突然右側から矢が飛んできて私のこめかみを狙う。

おぉい、HUNTER×HUNTER読んだことないんか。敵を攻撃するときは相手が獲物を捕らえる瞬間を狙わないと。まぁ私も漫画は読んだことないんだけどね。

私は飛んでくる矢を掴んでハクを呼ぶ。

「ハク、あっちの方に気配はあるかな?」

私が矢の飛んできた方向を示して聞くがハクは首を横に振る。

「そっか、じゃあこの矢の羽の部分のにおいって覚えられるかな?」

ハクは私の差し出した矢のにおいを嗅ぐ。

「…うん、覚えた。」

「ありがとう。どこかでこのにおいがあれば教えてほしい。以前香水のにおいも覚えてもらったけど大丈夫かな?」

ハクは問題なさそうに自信満々に頷く。

うんうん、ハクはいい子だね。それはそうと私を狙うとはお目が高い。だが今はロブスターのことで頭がいっぱいなので殺すのは最後にしてやる。決して気に入ったからではないぞ。まぁ相手の場所も素性も分からないので無理なんだけどね。ちなみにハクが矢で狙われるとは思っていない。そもそもハクが狙われるのは聞いた話だと毛皮にするか戦いの道具にするか、それと一緒に過ごしていて思ったのは自分の子どもにしたいとかだがどれもハクの身体が必要だ。私を倒せないからといってハクを狙っても回収できなければ意味がないのでハクが狙撃されることはないと思っている。まぁ予想が外れてハクが傷ついたら手当たり次第に破壊と殺戮を行うけどね。八つ当たり上等よ。

その後攻撃はなかったので狙ってきた相手のことは今は一旦忘れてキョウコウチュウ探しに戻る。今いる水辺の流れを辿れば別の水辺に行けるかとも思ったが見渡してすぐに水の流れが途切れているのが見えたので大人しくハクにお願いする。

ハクに次の水辺への案内をお願いして森を進むとしばらくして再度ハクが教えてくれる。

「…カルラ、あっちに水の音がする。」

ハクの教えてくれた方に少し進むと大きな水辺が見えてくる。そこは先ほどの淀んだ水溜りとは違って奇麗な水が常に流れていた。

森の中が薄暗いのだけが残念だがそれ以外はなかなかいい空間だ。まぁそもそも私が水の流れをのんびり眺めていられる人間なのでこの感想に共感は得られないだろうがね。

早速水辺の周りを確認して目当ての魔物がいないか探してみると浅瀬の辺りに何匹かのキョウコウチュウが見えた。

でっっけぇぇー!

情報には人間の大人の半分ほどのサイズとあったが私の視界に入っているのは先ほどのグレーウルフより少し小さいぐらい。

さてどうするかと考えているとハクと目が合う。目が合ったハクは分かったと言わんばかりに力強く頷きキョウコウチュウの前に出ていく。

…まぁ、いいか。お手並み拝見ってことで。

私がとりあえず見守っていると姿を現したハクを見つけたキョウコウチュウの1匹がどこからか音を出す。

「ギュッ!ギュッ!」

その音を聞いた他のキョウコウチュウはハクの方を向き、なんなら水の中から追加のキョウコウチュウが現れてハクの前で両の挟を高く上げて威嚇している。

増えたな、ランクDの理由は数か?

私がのんきに魔物のランクについて考えていると早速戦闘が始まる。

キョウコウチュウが尾を地面に叩きつけたかと思うとハクの方に飛びあがり鋏を開いて襲い掛かる。しかも1匹が飛ぶと他のキョウコウチュウも続いて飛び掛かり、傍から見ればさながら波の様だった。巻き込まれれば呆気なくズタズタにされるだろうと容易に想像できる状況だがハクは冷静に横に走る。

ふむ、キョウコウチュウの攻撃はジャンプである以上直線的だし飛んでからは細かな方向転換はできない。ハクのスピードがあれば避けるのは容易いみたいだな。

今度はハクが攻撃を仕掛ける。呪文を唱えて氷の針をキョウコウチュウの集団に飛ばす。だが氷の針はキョウコウチュウの1匹に当たると鈍い音を立てて砕ける。それを見たハクはすぐさま切り替えてフリーズロックの魔法を発動させるがキョウコウチュウの飛び掛かりを止めることはおろか動きを鈍らせることもできなかった。

自分の攻撃が効かないと分かったハクは一旦木に登ってキョウコウチュウとの距離を取る。そして少し考えると私のところまで木々を飛んでやってきて口を開く。

「…カルラ、私の攻撃では倒せない。…交代。」

ハクは冷静な態度だが少しだけ落ち込んでいるようにも見える。

私はハクの頭を撫でながら伝える。

「自分のできないことを認めて人に頼れるのはすごいことだよ。後は任せて。」

そう言って前を見るとハクを追って来た無数のキョウコウチュウが飛び掛かってきていた。

私は一番近い個体を冷静に見極めて人差し指を突き出しながら順番に対処する。

海老の締め方は…、ここっ!、マダガスカルッ!!

向かってくるキョウコウチュウの頭部の中心を順番に貫いていく。貫くのはハクの魔法と同じ氷の針だが私の場合は魔法範囲内である”その場”に出現させるので重なって存在していた相手には氷の針が貫いたように思われる攻撃だ。

私が飛び掛かってくるキョウコウチュウを次々と貫き落とすと数秒後には死骸の山となる。

さて、回収、回収。

念願のキョウコウチュウをアイテムボックスに仕舞って解体しようとすると背中からハクが抱き着いてくる。ハクは頭を擦り付けながら呟く。

「…すごい。」

自分が倒せなかった相手を簡単に倒されて悔しくないのかな?。他人を褒めれる方がよっぽどすごいと私は思うぞ。

私はハクの頭を軽く撫でて解体作業に戻る。まぁ解体作業と言ってもアイテムボックス内の一瞬の作業だ、何なら確認する時間の方が長いまである。

私は収納したキョウコウチュウを解体してアイテムボックスのリスト表示を確認する。

数は全部で24匹、解体して魔石と甲殻と可食部に分けた。可食部は尾の身、鋏の身、足の付け根の身、それとミソだ。普通の海老なら殻も料理に使えるらしいが森の中の水辺に生息している魔物なので今回はパスして売却することにする。情報に武器や防具の素材になるとあったので売ったお金で他の調味料などを買えばいいだろう。

今日の目標はコンプリートしたので街に帰る。時間があれば街でもやりたいことはあるが如何せん森の中は光が入ってこないので陽の光から現在時刻を予測することができない。まぁ一番の目的は達成したので他は気楽に考える。

ハクと来た道を戻るが帰りは特に何もなく森を抜けれた。今は気分がいいので刺客の奇襲でも魔物の追加でも歓迎だったのだが残念だ。

森から出ると空はとても明るくまだ午後の早い時間だということが感じられた。

おや?、森で結構過ごしたと思ったが全然時間は経っていなかったな。

早く仕事が終わる分には問題ないので草原も抜けてのんびり街道を歩きながらハクに話しかける。

「ハク、今日の魔物退治は終わりだ。まだ街でやることが少しあるけどあとはのんびりしよう。今日はハクが頑張ってくれたから何かご褒美をあげようかと思うけど欲しいものはあるかい?」

ハクは無言でしばらく考えている。

そんなに悩むことか?

待っているとやっとハクが口を開く。

「…もっと考えてからでも、いい?」

ええで、ええで。街に戻ったらポルカノさんのお店にも行く予定だからなんか見つけるでしょ。

「うん、大丈夫だよ。何かあれば教えてね。」

のんびり歩いて街に戻りながらそういえば今日は水狼を出してなかったと思い出したのでハクの足元に出現させる。するとすぐさまハクが拾い上げて水狼の頭に自分の顔を優しく擦り付ける。

尊い…。

そんなことをしながら歩いていると街に到着する。街での予定はギルド、次にポルカノさんのお店、時間があれば食材や調味料の買い物、最後に熊猫亭だ。

私たちはさっそくギルドに向かう。今日はシェーンさんと話したいので作業場の方に行くとまだ早い時間の為か冒険者は少なく、解体や加工をしている職員の人たちが見えた。

私はシェーンさんのいる窓口を探してそこに向かう。

「こんにちは、依頼の報告と買い取りをお願いします。」

声を掛けながらギルドカードを出す。

「おや、あんたかい。買い取りなら奥に行くかい?」

話が早くて助かります。

「はい、お願いします。」

私はシェーンさんの後ろを付いて行き奥に通される。

「はいよ、今日は何を持ってきたんだい?」

「今日はキョウコウチュウの甲殻とゴブリンの耳、魔石は複数あります。それと依頼のグレーウルフはそのままでも達成になりますか?」

私は今日の成果とアイテムボックスに入っていた売れそうなものを机に並べながら聞いてみる。

「あんたEランクだってのにまた上のランクの魔物を持ってきて…、まぁいいわ。グレーウルフはそのままでも討伐証明になるけど肉や魔石も買い取りでいいかい?」

「はい、買い取りでお願いします。」

「あいよ、それじゃ待ってな。」

私は黙って待つ。シェーンさんに聞きたいことはあるが仕事の邪魔をするなんて真似はしない。

少しするとシェーンさんが口を開く。

「終わったよ、全部で銀貨3枚、大銅貨6枚だね。これだけ討伐してればランクアップの話も出てくるだろうからそのつもりでいなよ。」

ランクアップは望むところだ。

私はお金を受け取りながら聞いてみる。

「分かりました。それより少々お話があるのですが今お時間のほどはいかがでしょうか?」

「まぁ混む時間じゃないから大丈夫だよ。」

「ありがとうございます。今朝ギルドの方にも情報共有したこの子についてなのですが…」

私は朝にギルドの窓口でした話をシェーンさんにも話す。

「…という訳でそのワリーフさんを信用していいか、もしくはどこかでそんな人の話を聞いたことがないかと思いまして。」

話を聞いていたシェーンさんが答える。

「うーん…、信用云々については何とも言えないねぇ。ただそのワリーフって人が本当に両親の依頼を受けていたらあんたの方が誘拐の疑いをかけられるかもねぇ。」

まぁそれは私も考えたがそれを言ったら私も両親なら直接迎えに来いよと思ってしまうからな、そこはお互い考え方が違うということで、第三者には黙っててもろてね。

シェーンさんは話しを続ける。

「あとアタシが気になってるのは白狼ってのは住む場所を転々として戦闘力も高いって聞くけど攫われたって話は定期的に聞くんだよ、実際に攫われているのかは定かじゃないけどもし本当なら白狼の場所が分かっていて攫う手段も確立してるってことだから相当白狼のことを熟知している存在だと思うんだよ。…まぁこれはただのアタシの憶測に過ぎないんだけどね。」

いや、私もハクと一緒に行動していて思ったがどうやってこんなに素早くて的確に急所を狙える子どもが捕まったのだろうと、シェーンさんの言った通り定期的に攫われているのなら色々考えられる。

…やばい、見た目は子ども、頭脳は大人な名探偵が私の思考の邪魔をする。

定期的、怪しまれずに、行動、生態を熟知、あれれー?、身内、知り合い、真実はいつも一つ、同族、キャラが増えすぎて書き分けが大変そう。

頭の中で色々考えて私の中で結論が出る。

ワリーフさんが同族の狼人族だからといって安心するのは止めておこう。相手には信用できるもの、情報でも物でもいいので私が納得するものをお願いして、こちらは信用してもらうにはどうすればいいか聞いて真摯に対応しよう。

シェーンさんに話したいことは終わったのでお礼を言って作業場を後にする。

次はポルカノさんのところだ。ついでにセイさんがどうなったかを聞いてみよう。

移動の際は人通りの多い道を選び、衛兵を見かけたらできるだけ近くを通ることを意識すると絡んでくるような輩は現れなかった。

歩いてポルカノさんの店に着いたのでいつも通り中に入って声をかける。

「こんにちはー。」

「いらっしゃいませ。」

すぐに返事が返ってきて迎えてくれたのは鼠頭の店員さん。

「どうもこんにちは、ポルカノさんはいらっしゃいますか?」

「すみません、ポルカノさんはセイさんを連れて挨拶回りに出ていまして、戻る時間も分からないんです。」

そうなのか、でもセイさんは採用されたみたいなのでそれはめでたいな。

「分かりました。では買いたいものがあるのですが今は大丈夫でしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ。何をお求めでしょうか?」

店員さんは笑顔で対応してくれる。

「えーと…、この子が使う解体用のナイフ、あとは…」

あれ?、何を買うんだっけ?

いざ買い物で店まで来て買いたいものを忘れることはよくあるよね。

思い出せないということはそんなに必要なものではないのだろうと結論付けてハクに聞いてみる。

「ハク、何か欲しいものや買っておきたいものはあるかな?」

ハクは首を横に振る。

あ、ハクを見て思い出した、髪を解かすための櫛を買うんだった。必要ないものとか思ってごめんよ。

心の中でハクに謝罪しておいて店員さんに伝える。

「あとは髪を解かす櫛があればそちらも買いたいです。それと食用の油やぎゅ、…乳製品の取り扱いはありましたでしょうか?」

危うく牛乳と言いそうになったがこの世界の獣人の存在が頭をよぎって言い換えてしまった。

「えぇと、解体用ナイフと櫛は在庫があったと思います。食料品の方は取扱店のご紹介となります。それでは他になければ商品をお持ちしますね。」

店員さんはそう言って奥に姿を消す。

そういえばこの世界では家畜を見ていない気がするがいるのだろうか?、魔物は存在するが動物は?、そもそも魔物と動物の違いは?。

素朴な疑問について考えていると店員さんが戻ってくる。

「お待たせしました、こちらご希望のものですね。いくつかお持ちしましたので実際に手に取ってお確かめください。」

ハクにナイフを確かめてもらって私は櫛を手に取ってみる。櫛は実際にはハク用なのでこちらもハクに見てもらうべきだが、手持ち無沙汰なので材質の確認を兼ねて私も確認してみる。

ふむ、木製や金属製、何かの魔物の素材でできたものまであり、形も長細いものから半月型、歯の粗さも色々だ。

正直分からん!、何がよくて何が悪いのか皆目見当もつかない!。こういう場合はあれだ、相手のことを考えて選んだという行動が大事だ。相手の好みじゃなくて速攻ごみ箱行きだとしても私はやるべきことはやったと胸を張れればいいんだ。

…うん、まぁハクの櫛だしハクに聞くかな。

ハクの方を見ると真剣にナイフを確認している姿が見えた。

うんうん、自分の使う物だし真剣になるよね。…でもこんな小さな子供が自分用の刃物を選ぶだなんてつくづく前世との違いを思い知らされる。こればっかりは中々慣れないものだ。

そんなことを考えていると買うものがが決まったのか1つのナイフを手に持ってこちらを向くハク。

「…これ。」

ハクが手に持っているのは少し大きめだがシンプルでしっかりとした見た目のナイフ。

私は武器については素人なのでゲームで培った知識で一応確認してみる。ナイフをスキャンして構造を確認してみると1つの素材で刃も持ち手も作られた頑丈なもののようだ。素材までは分からないが使い手の成長に合わせて道具も変えていくと考えれば一生モノでもないし壊れなければいいかな。

ハクに手でオッケーマークを作って了承したところでふと気づく。

「あ、すみません。こちらのナイフを腰から下げるベルトはありませんでしょうか?」

店員さんに聞くとすぐに答えてくれる。

「それならありますよ、少々お待ちくださいね。」

一度で伝えれなくて申し訳ない。

店員さんがまた奥に消えたのでハクに話しかける。

「ハク用の櫛を買おうと思うのだけどどれがいいかな?」

店員さんの持ってきてくれた櫛を見てもらうがハクはよく分からないようで首を傾げている。

「ほら、ご両親とかに髪の毛を整えてもらったこととかない?」

私が何気なく聞いてみるとハクは少し考えてから答える。

「…私のもっと小さい時にお母さんにしてもらった気がするけど、あんまり覚えてない。」

おっと、家庭の方進か?。それとも触れてはいけない地雷な話だったか?

私が考えているとハクが続ける。

「…どれがいいかは、分からないけど、カルラが選んでくれたものなら、大切にする。」

猛反!、猛烈に反省!。親は子どもの世話を望んでするという思い込みでデリカシーのない質問をしたことを猛烈に反省いたします!。そしてっ!、ハクが私といる間は全力で甘やかすことをここに誓います!

私は心の中で勝手に誓う。

「分かった、それじゃあ櫛は私が選ぶけど嫌なものだったら教えてね。」

ハクが頷いてくれたので櫛を選ぶ。

強度を考えれば半月型かと思うが素材によるか?、あとはハクの頭を撫でた時に髪の太さは細かったと思うが、…あくまで私の髪の太さと比べてだ。他人の髪を触る機会なんて前世でもなかったので比較対象は自ずと自分になる。

…それはいいとして、髪が細いのなら歯も細かい方がいいのか?

考えたことを踏まえて丁度戻ってきた店員さんに選んだ櫛について聞いてみる。

「すみません、この櫛の特徴を教えてもらってもいいですか?」

店員さんは近くに置いてあった板を見ながら答えてくれる。

「はい、えぇとそちらは東南の方にある村で仕入れた品物です。村の方が1つずつ手作業で作られたとのことで素材はデグリという魔物の牙ですね。その村の方曰く、櫛はきめ細かくて髪を傷めにくいとのことです。」

うん、分からん。他の櫛との違いも分からないのでもう勘でいく。ちなみにデグリというのは戦闘力の低いイノシシみたいな魔物だと情報にあった。

「ありがとうございます、それではこの櫛をいただきます。」

「かしこまりました。それとこちらベルトになります、サイズ的に当店にあるのはこちらだけでしたのでどうぞご確認ください。」

私は受け取りハクに渡して確認してもらう。

ハクは実際にベルトを腰に巻いてナイフを装着してみる。そして体を回したり動かしたりして確認した後私を見て頷く。

問題ないみたいね。

「ベルトも問題ないようですのでこちらも買わせていただきます。」

「お買い上げありがとうございます。それではナイフ、ベルト、櫛の3点で大銅貨4枚と銅貨2枚になります。」

私はお金を支払い、ナイフとベルトはハクにそのまま装備、櫛はアイテムボックスに仕舞う。

「あとは食用油と乳製品でしたね。油は生製品以外の食料を扱うお店であれば比較的どこでも取り扱っています。ここから近いのは大通り沿いのお店ですね。乳製品は専門のミニュレ商会の取り扱いとなりますのでこちらも大通りに出ればすぐに分かると思います。他のお店にも卸されてはいますがせっかくなら大元を見ておいた方がいいと思いますね。」

乳製品を専門で扱うのはミニュレ商会ね、食べ物関係は覚えておこう。

「ありがとうございます、この後行ってみます。そういえば何度も対応いただいているのにお名前を伺っていませんでした。差し支えなければお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「それは失礼いたしました、僕はオシュと言います。このお店の管理を任されてますので今後こともよろしくお願いします。」

オシュさんは丁寧に頭を下げるのでこちらも返す。

「こちらこそ、若輩者なので色々とお世話になるかと思いますがどうぞよろしくお願いします。」

その後はポルカノさんのお店を出て大通りに向かう。

大通りに出て歩き食料品店らしき店を見つけたので入ると目当ての食用油があったのでまとまった数を購入、ついでに目に付いた小麦粉や塩、砂糖を買う。

いい感じに店員さんの見ていない時にアイテムボックスに収納して、え?、家の者に運ばせましたけど何か?と言ってはぐらかす。お忍びだけどボロが出る貴族の坊ちゃん設定ね。

1つ目の買いたいものは終わったので次は乳製品だ。確かミニュレ商会という店があるとのことだったが…。

大通りを歩いていると一際大きくて目立つ建物がある。その建物に近づくにつれてどこかで嗅いだことのある甘い匂いが鼻をくすぐり、足が勝手にその匂いの方に進んでいく。

辿り着いたのは目立つ建物前の店頭販売。そこでは女性の店員さんが接客を行っており、看板には大きく”レイジカウのミルクで作ったバターを使った極上クッキー!。贈り物にぜひ。”と書いてあった。

この匂いはクッキーだったか、そういえば昼ご飯もまだだったがハクには甘いものよりちゃんとしたご飯だな。

私はそんなことを考えながら先ほどの看板に書かれてあったクッキーの値段を何気なしに見る。

”レイジカウのバタークッキー、1枚大銅貨3枚”

ん?、1枚?、1箱じゃなくて?。…バグかな?。クッキー1枚で定食が5回食べれる計算だが間違ってない?。…いや、いかんな。前世でも1粒いくらの高級菓子があるとかないとかあった気がするので、自分が知らないからといって頭ごなしに否定するのはよくないな。きっとレイジカウというのは希少な何かなのだろう。値段には相応の理由があるもんだよな。うんうん。

私は1人納得して場違いなお菓子売り場ではなく他の商品が並んでいそうな店内に入る。先ほどのお菓子売り場は建物のほんの一部だったようで店内は広く多くの商品が並び、商品によって区画も別れていた。

ほぇー、広いなー。

単純な感想だが本当にそう思ったのだからしょうがない。

早速商品を見ていく。

ミルクから始まりバター、チーズと乳製品が並び、商品説明には魔物の名前らしきものが書かれていた。そして魔物によって値段も様々だ。

ふむ、ミルクは基本魔物から取る食材ってことでいいのかな?、となると卵もか?。…アンシーの町の魚を扱うラック商会もそうだが実は大手の商会ってこの世界においてすごい存在なんじゃないか?。

ふと疑問に思うが私は所詮ただの消費者なので深く考えずに手頃なものを探して店の中を回る。

しばらく商品を見て回ったがどれも量の割に値段が高く、貧乏性の私が何も考えずに買えるものではなかった。

マジか…、ミルクがこんなに高いとは思わなかった。これはまだ私が低ランク冒険者だからそう思うのか?。ダンさんとか飲食店をやってる人はどうしてるんだろう?、会ったときに聞いてみるか。

私が乳製品を買うのを諦めて店を出ようとすると後ろから声をかけられる。

「お客様、お目当ての商品はございませんでしたか?」

振り向くとそこにはぴっちりとしたスーツのような服を着た男性。おそらく店員であろうその男は口調は丁寧で顔は笑顔だが私を見る目はどこかバカにしているように感じる。

「そうですね、思っていたものと違いましたので今日は帰ろうと思います。」

私の返答に男は変わらない笑顔で続ける。

「よろしければお客様がどのように思っていたかお聞きしても?」

まぁ私が勝手に怪しんでいるだけでただ客の対応をする店の人という可能性もあるので素直に答える。

「もう少し安い値段だと思ってました。」

私の答えに男は明らかにバカにしたような顔になる。

「お客様はどうやら田舎の方から出てきたようですね。そんなお客様にこの私が親切に教えて差し上げましょう。」

男は自慢げに続ける。

「当店はその安全性と品質の高さから国に認められたミニュレ商会、日々危険な魔物からミルクを集め、安全な状態にしたうえでお客様に届けております。そんな当店の商品をあなたのような駆け出し冒険者は高く思うでしょうがこれは決して高い値段ではないということを覚えておいていただきたいですね。」

うん、言い方はあれだが言わんとしていることは分かる。いいものだから値段は適正ですよって言いたいんだな。

無知なのは事実なのでこの人から知らないことを教えてもらうことにする。

「そうなんですね、大変勉強になりました。ちなみにライバルや後に続く商会はいないんですか?」

私の質問に男はわざとらしくため息をつきながら答える。

「はぁ、それも知りませんでしたか。安全管理や加工技術はミニュレ商会独自のものですので他の商会が入り込む余地はありません。そして先ほども教えてあげた通りミニュレ商会は国に認められておりますのでそんな当店に戦いを挑む商会なんて存在しません。」

競合他社はいない独占市場と、この世界ではまぁそうなんだろう。とりあえず商品説明の魔物の名前は記録していたのでミルクは自分で手に入れようと思いました。以上。

最後にこの人のことを聞いておく。

「親切に教えていただきありがとうございます。こんなにも博識でお店でも上の立場であろう方にお会いできて恐悦至極です。よろしければお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

それっぽい言葉で相手をヨイショする。

「いえいえ、私はまだただの販売員に過ぎません。ですがゆくゆくはこの支店を出て本店にて活躍する予定ですので、このダイゴの名前を覚えておいて損はないと思いますよ。」

ダイゴと名乗った男は気分よく語る。てかここって支店なんだ、十分大きな店だと思ったがこれで支店なら本店はどんなところなんだろう。ちなみに名前を聞いたからといって失礼な態度のお返しをするとかではない。というかなぜだかこの人には怒りは湧かない。なぜだろうとも思ったがおそらくただの気まぐれなので次会ったときにはぶん殴るかもしれない。

そういう訳で適当に話を切り上げて店を出る。

欲しいものは買えなかったが情報を得られたので良しとして遅めの昼食を取るために広場に向かう。朝に屋台を見たが昼になって店や商品に違いがあるのか興味もあったので丁度いいだろう。

広場に着き朝と同じく屋台を見て回る。見たところ朝から継続でやっている屋台は道具や保存の利く加工品がほとんどで料理系の屋台は大体入れ変わっていた。

何か気になる料理があるかと探してみると先ほどのミニュレ商会で買えなかった商品の名前が目に留まる。

”ミルク風スープ”

風というのが特に気になったので屋台に人に聞いてみる。

「こんにちは、こちらのスープのミルク風とは何なのでしょうか?」

「いらっしゃい、ミルク風ってのは白い色と風味が何となく似ているから名付けたんだよ。まぁ本物のミルクは高くて気軽に手が出せないからな、気休めで作ったら案外同じ考えの人がいたんで屋台で売ってるって訳だ。」

やはりミルクは庶民にはお高いものなのか。

「差し支えなければ材料を聞いてもいいですか?」

「うーん、真似されちゃあ商売にならなくなるからなぁ。言えるのは森で採れる木の実で食べても問題ない安全なものってくらいだな。」

何をもって安全と言っているのかは不明だが異世界ではこれが普通なのだろう。とりあえず気になるものは確かめたいので私とハクの2人分を注文する。木の椀に入れて渡されたスープをハクに渡し、自分の分も受け取って早速2人で飲んでみる。

色は確かに白だが味は…、ミルク…っぽいか?。ほんのり甘さを感じるが…、うーん。あ、そもそもこの世界でミルク飲んだことなかったな。どうしても前世の方の味の記憶に引っ張られてしまうのでミルク風かどうかは判断できないな。

自分の感想は当てにならないのでハクに聞いてみる。

「ハク、美味しい?」

ハクはいつもの冷静な顔で答える。

「…美味しい。」

ホントか?、ハクの美味しい食事でこぼれた笑顔を見たことがあるので美味しいの中でも下の方だと分かる。

まぁこれも勉強だな、白い色の出る安全に食べられる木の実の存在を知れたということで。

椀を返却し屋台を離れる。その後は時間が昼を大分過ぎており夜は熊猫亭の予定なのでハクの分の角ウサギの串焼きだけを買って終わりにする。もちろんハクに確認は取った。

さて、今からどうするかだが、何かをするには中途半端な時間なので広場のベンチに座り考える。

日が落ちてきたらいつもの熊猫亭に行って夕食を食べながらアローザさんが来るのを待つのでそれまでどうするか…、どこかのお店?、街を散策?。うーん、どれもまた絡まれたら嫌だしな、それか今日からの休むところについてハクに説明するか?。説明自体はすぐに終わるだろうがそのままおしゃべりしてのんびり過ごすのもいいんじゃないか?。…うん、そうしよう。無理に何かをしなくてもいいよね。

そう思いハクに話しかけようとすると私たちの前を通りかかった人が急に声を発する。

「あっ、あなたは!」

何事かと思い声のした方を見るとなんとそれは青春冒険者の1人、ミゲル君だった。

「あぁ、ミ…」

危うく名前を呼んで反応するところだったがそういえばお互い名乗っていなかった。私が勝手に相手を覗き見て知っているだけだ。

「…たことあると思ったらあの時の冒険者か。」

何とか軌道修正して話を続ける。

「はい、僕はミゲル。あの時は助けていただいてありがとうございました。」

しっかりと頭を下げるミゲル君。

「いえいえ、困ったときはお互い様ということで。」

「…」

私の言葉に無言になるミゲル君。

あれ?、変なこと言った?

「どうしました?」

私が声をかけるとミゲル君ははっとする。

「ご、ごめんなさい。そんな言葉をかけられるとは思わなかったので、すみません。」

えぇ?、いくら異世界だからといっても人を助けてお構いなくなんてよくあるんじゃないのか?。これはミゲル君の環境の方が特殊なんじゃないか?

私は気になったので質問してみる。

「えぇと…、どのような返しが来ると思っていたのですか?」

「それは…、いえ、」

ミゲル君は言いづらそうな表情から覚悟を決めた顔に変わって話を続ける。

「あの状況で空を飛ぶ魔物を遠距離武器も持っていなさそうなあなたに押し付けたのですから殴られるのを覚悟していました。」

ふむ、となると殴られると思った相手にわざわざ声をかけて感謝を伝えたと、…おめぇいい奴だな!。おじさん礼儀正しい若者は好きだよ、ちみぃ。

私は高まるテンションを隠して冷静に答える。

「そういうことですか、こちらに被害はありませんでしたので気にしなくていいですよ。それよりお連れの方が怪我をしていたようですが大丈夫でしたか?」

確かヒンナ嬢が酷い状態だったと思うので聞いてみるとミゲル君は表情を曇らせる。

「命に別状はありませんでした、ただ…、」

えらく沈んだ顔だと思ったがミゲル君は何か思いついたかのような顔に変わる。

「あ、そ、そうだ。よろしければパーティー全員でお礼がしたいのでギルドまで来てくれませんか?。」

うーん、確かに今の私は暇ではあるがお礼をされにのこのこ付いて行くのもなぁ。

それはなにか違う気がするので丁重に断ることにする。

「先ほど言ったように本当にお気になさらず、そのお気持ちだけで十分ですよ。」

私の返答にミゲル君は再び沈んだ顔になる。

「…すみません、僕は嘘をつきました。いえ、お礼をしたいのは本当なのですがあなたに来てほしいのはきっかけが欲しかったからなんです。」

急に空気が変わったな。

私は相手が話すのを待つ。

「実は怪我したメンバーがひどく落ち込んでまして、僕はその空気に耐えられなくて外に出てきたんです。なので何でもいいからきっかけが欲しくてあなたを誘いました、…すみません。」

うん、理由は分かったけど私が会いに行って何か変わるか?。藁にも縋るほどってこと?

私は少し考えたが最初に野次馬根性で覗いたのはこちらの方なので最後まで見届けようと思う。私はゲームでも本編に関係しないサイドストーリーがシステム上”完了”となっていても気にしてしまうたちだ。後日談とかないか最初に出会った場所に行ったり関係する場所の住人全員に話しかけたりなどなど。まぁ現状この青春冒険者たちのサイドストーリーはその2の後半かその3ってところだろうけどね。

私は意味の分からないことを考えながらミゲル君に話しかける。

「そういうことでしたらお礼を抜きにしてご挨拶に伺いましょう。きっかけになるかは分かりませんがこれも何かの縁ということで。」

私がそういうとミゲル君の顔が明るくなる。

「あ、ありがとうございます。あ、僕のことはミゲルで構いません。えぇと…、」

そういえばこちらは名乗ってなかったな。

「私はカルラと申します、E級冒険者ですので好きなようにお呼びください。それと私は基本敬語が楽で使ってますので不快でなければこの話し方でいきます。あ、この子は連れですがお気になさらず。」

簡単にこちらのことを伝える。

「あ、僕もパーティーも同じE級なんです。それではお互い好きなように話すことにして、よろしくお願いします。」

お、ランクが同じと知っても口調を崩さないとはミゲル君は礼儀正しい丁寧な人だね。

こちらもよろしくお願いしますとお辞儀を返してミゲル君に付いて行く。

ハクには何も伝えていないが話は聞いていて理解したらしく何も言わずとも付いて来てくれる。ありがとうね。

道中は特に会話もなくギルドに付き、ミゲル君の案内で休憩室に向かう。

ミゲル君が休憩室の扉をノックし中から返事が返ってきたので一緒に部屋の中に入る。

部屋の中にはベッドで上半身を起こして俯いているヒンナ嬢とその横の椅子に座るトール君だけだった。

「戻ったよ、外で出会ったから2人にも会わせたくて来てもらったんだ。こちらはカルラさん、僕たちを助けてくれた人だよ。」

ミゲル君に紹介されたのでどうもと挨拶すると座っていたトール君がこちらに勢いよく近づいてくる。

「あの時は助けていただきありがとうございました!」

しっかりと頭を下げるトール君。ミゲル君もそうだが礼儀正しいね、ホント。

「いえいえ、ミゲルさんにも言いましたがお気になさらず。それよりもお連れの方の怪我の具合はいかがですか?」

私の質問にトール君は沈んだ顔になる。

「命には問題ありません…。ただ…、」

言いづらいのかトール君はヒンナ嬢に話を振る。

「ほ、ほら、ヒンナ、助けてくれた人にお礼を言わなきゃ。」

ヒンナ嬢はベッドに座ったまま何も言わずに俯いている。

「すみません、助けていただいたのに。」

「いえいえ、私より怪我をしたお連れの方を気遣ってあげてください。」

私の言葉にトール君は更に沈んだ表情になる。

「それが…、ヒンナ、あ、すみません。この子はヒンナ、僕はトールと言います。」

ご丁寧にどうも。

私が軽く頭を下げるとトール君は話を続ける。

「ヒンナの怪我は死ぬようなものではなかったんですが攻撃を食らった顔が酷い状態でして、それでポーションを使えば傷も治るのですがヒンナ自身がそれを拒否するんです。」

何で?

気になったので素直に聞く。

「差し支えなければ理由を聞いてもいいですか?」

私が聞くとそれまで無言だったヒンナ嬢が口を開く。

「だって!、ポーションは高いのよ!、なのにお金を借りてまで買うだなんてっ、これもあいつを行かせた罰が当たったのよ!、当然の報いなのよ!」

こちらを向いて叫ぶように話すヒンナ嬢の顔は右半分が爛れてドロドロと膿んでいた。

ふむ、私はバットマンのキャラクター、トゥーフェイスを知っているから特に何とも思わないが他の人や当の本人がどう思うかは分からない顔だ。

ヒンナ嬢の言葉にトール君が返す。

「だが傷が塞がるとポーションでも元の顔には戻せなくなるのは知っているだろ。お金を借りたって今後返せばいいけど今ポーションを買わなければ君の顔は一生元に戻らなくなるんだよ!」

トール君の声は最後の方には大きくなっていた。どうやらこの話は一度や二度ではないようだ。

ふむ、ヒンナ嬢の怪我が治せるのか気になったのでアイテムボックス内のコピー君で試してみよう。もちろん実際の素材を使うのはもったいないないので解析した情報による仮想での検証だ。まずはコピー君を前世の自分ほどの強度にしてヴァシミッドの胃酸を頭からかけてみる。結果はコピー君の頭が溶けて終了。

…うん、ヒンナ嬢とは違う結果になってしまったな。考えられる違いとなるとやはり魔力かな?。

コピー君に内包する魔力を変えてみると溶け具合も変わったのでヒンナ嬢と同じ怪我になるように魔力を調整する。

よし、とりあえず怪我の再現はできたな。これでやっと治療の方に着手できる

。

私は治療方法について考える。といってももちろん医療の知識はないのでいつも通り何となくだ。見たところ溶けた感じからして火傷の治療法が思いついたのでそちらを試してみる。

まずは溶けた部分を除去して隣接した健康な肉を少しずつ移動させる。この際筋肉や血管などは反対の左半分の顔や他の人、過去にスキャンした事ある人を参考にして修復する。除去して足りなくなった肉は薬草成分の浸透とアイテムボックス内の時間操作で回復させる。最後にコピー君を時間操作で成長させて回復による影響を確認したところ問題なかったのでこれにて検証を終わる。

怪我の治し方は分かったので現実に戻る。別に怪我の治し方が分かったからといってヒンナ嬢の怪我を治すわけではない。ただ気になったから試す、それだけだ。

私がアイテムボックス内で検証していても現実では時間は経っていないのでトール君とヒンナ嬢のやり取りを見ていたミゲル君が申し訳なさそうに話しかけてくる。

「すみません、せっかく来てもらったのにこんな状態で…」

私は全然気にしていないので問題ないがミゲル君は心底うんざりしたような顔だ。ここは部外者特有の何も分かっていないからこそ聞きにくいことをずかずか質問してきっかけを作りましょうかね。別に私が嫌われてもこの若者たちが決別しても関係ないし。

自分の役目を勝手に解釈して勝手に行動に移す。まずはトール君とヒンナ嬢の2人に確認だ。

「すみません、トールさんとヒンナさんでしたか、お二人にお聞きしてもいいですか?」

私が口を開くと言い争っていた2人がこちらを見る。

「トールさんはヒンナさんの傷を治したいようですが何か理由があるのですか?、ヒンナさんが自身の戒めの為に傷を残す覚悟があるなどは考えないのですか?」

トール君はヒンナ嬢と話している時とは違って冷静に答えてくれる。

「カルラさん、言っていませんでしたが僕たちは同じ村で育った幼馴染なんです。だからヒンナが今は自暴自棄になってこんなことを言っていて後になって後悔することは分かっているんです。」

なるほどね。長い付き合いだから分かってるってことね。

「そうなんですね、分かりました。ではヒンナさんは先ほどポーションはお金がかかると言っていましたがお金がかからなければ顔の怪我を治したいということですか?」

ヒンナ嬢はトール君に考えを見透かされてバツが悪そうだが私の質問には答えてくれる。

「そ、そうよ…!。私だってこんな顔で一生過ごしたいとは思わないわよ…。」

うんうん、正直でよろしい。

「分かりました。話は変わりますがお三方は口は固い方ですか?」

私が急に話を変えたことに不思議そうな顔をしながら3人とも答えてくれる。

「え、ええ、仲間内での秘密事はないようにしていますが他人は信用しないようにしています。」

「僕も基本、他人は信用しませんのでしゃべりません。」

「わ、私もよ。」

遠回しに私を信用していないと聞こえるが一旦気にしないでおこう。

「そうですか、分かりました。」

私はヒンナ嬢の怪我を治す。

さっきは怪我の治し方が分かったからといって治すわけではないと約束したな、…あれは嘘だ。ウワァァァァーーーーー。

私が1人洋画劇場を考えて楽しんでいるとヒンナ嬢の怪我がなくなっていることに気づいたトール君が騒ぎ出す。

「…え?、ヒ、ヒンナ?、怪我が?」

気づいたミゲル君も驚いている。

「怪我が…、無くなってる…」

驚いた顔で自分を見る2人に何を言っているんだという顔で見返していたヒンナ嬢も自分の顔を触ってみて状況を理解する。

「あんたたち何言ってるのよ。…あれ?、怪我が、ない…?」

ヒンナ嬢は今度は服から右肩を出して確かめる。

「肩の怪我もなくなってる…。」

あんまり知らない人の前で肩を出してほしくはないのだが異世界の人は考え方が違うのかな?

私がそう考えていると3人はこちらを見る。そして代表してトール君が私に聞いてくる。

「もしかして…、カルラさんが、怪我を治してくださったのですか…?」

トール君を含む3人は目の前で起こったことが信じられないようで疑問の表情を浮かべている。

「さて、どうでしょうね。ですが私がお願いしたいのは3つ、今日のことは他言無用、怪我が治ったのはポーションのお陰、この後ちゃんとした医療機関で診察を受けることくらいですかね。あ、あと私と知り合いということは誰にも話さない方がいいですよ。なぜだか狙われていてあなたたちにも被害が行くかもしれませんので。」

正確には狙われているのはハクだがそこまで説明しなくてもいいだろう。

私が一通りしゃべると3人は理解するのに一瞬の間を要した後に頷く。

「わ、分かりました、誰にも言いません。」

トール君が答え、残りの2人も同意している。

あれ?、あんまり反応が良くないな?。あれか?、いくら助けてもらっても自分の理解できないものは恐ろしいか?。うんうん、ええぞええぞ。心優しきモンスターの気分だ。

3人の反応が喜びより動揺の方が見て取れたので早々に退散する。

「それでは失礼します。皆様お元気で。」

私は3人の返事を待たずに部屋を出る。

いやー、やっぱり人助けって自己満足だよな。滅茶苦茶感謝されるのも考えものだけどあんなにドン引きされるとちょっと傷つくわ。

ハクと一緒にギルドを出ようとするとまた声をかけられる。

「あ、あの…!」

聞き覚えのある声の方を向くと蜥蜴兄妹の妹の方、ルトラがそこにいた。

ええでええで、今日は何でも聞きましょう。

私が話を聞こうと近づくと妹の横から蜥蜴兄妹の兄、セデクが出てきて妹を止める。

「すまん、妹には言い聞かせたんだが理解が足りなかったようだ。」

すっかり私には丁寧な態度になった兄の方だが今日は気まぐれで話を聞くことにする。

「あぁ、今日は気分がいいから話くらいなら聞くけどどうする?。妹の方も話しをしたら納得するかもよ?」

私の提案にルトラは頷きながら期待するように兄を見て、セデクは少し考えた後に答える。

「…分かった。そっちが話を聞いてくれるというのなら頼む。」

4人でギルドの隅にあるテーブルに移動し向かい合って座る。

「それでは聞きましょう。」

私が促すとルトラが話し始める。

「は、はい。…まずは前回と、その前からの失礼な態度について、謝罪を…」

なんか堅苦しいな、会社でミスをした部下から報告を受ける上司の気分だわ。

「あ、そういうのは結構ですので本題の方をお願いします。」

私の言葉にルトラは委縮するがセデクが声をかける。

「ルトラ、落ち着け。怒っている訳じゃないから伝えたいことを簡潔に、だ。」

あんなにケンカ腰だった君もフォローする立場かいな、セデクはんも成長したなー。

私が兄の方に感心しているとルトラが冷静を取り戻しながら続ける。

「ご、ごめんなさい。…私たちは、お願いしたいことがあってカルラさんに声をかけました。そのお願いとはパーティーを組んでほしいというものです。」

んー?、近寄るなと拒否された相手を仲間にしたいとはどういう了見だ?

相手の意図が分からないので話を続けるのを待つ。

「理由を説明すると要塞蜜蜂の討伐が終わった後からのことになるのですが…、」

ルトラはこちらの様子を伺うように見てくる。

何?、話が長くなるけど大丈夫かって?。

「…どうぞ。」

私が答えるとルトラは話しだす。

「ありがとうございます。…要塞蜜蜂の討伐が終わって、私たち兄妹は討伐の活躍が評価されて上のランクのパーティーから声をかけてもらえるようになりました。それで最初のうちは私たち2人とも臨時のパーティーとして入って依頼を受けていたのですが途中から私だけとパーティーを組みたいという人たちが出てきました。私は兄がいないとパーティーを組まないと伝えたのですが聞いてもらえず、あまりにもしつこかったので兄に相談したら兄がその冒険者を治療所送りにしてしまったんです。問題はその冒険者が顔の広い方だったらしくて私たちとパーティーを組まないようにや協力するなと触れ回っているそうなのです。」

話しが見えてこないな、それで何で私に仲間になってほしいんだ?

気になったことは聞く。

「私が選ばれた理由が分かりませんね、というか2人は他の人とパーティーを組まなくてもやっていけるんじゃないですか?」

私の疑問にセデクが横から答える。

「お前を選んだ理由は強いからだ。他の奴らとパーティーを組んで改めて思ったがお前は口だけの上のランクだからと偉そうな奴らとは違う。それとパーティーを組む理由は3人以上だと受けれる依頼の幅が広がってギルドからの評価が高くなるからだ。俺たちは早く上のランクに上がるために手段は選んでいられない、だから断られると分かっていても頼んでいる理由はそれだ。」

ルトラが続ける。

「…概ね兄の言う通りですが私から付け加えるとするとカルラさんは手柄に執着がないように思えたので私たちとうまくやれると思ったからです。…嫌われているのは分かっていましたけど、どうにか信用を取り戻せないかと思って、話しかけました…、ごめんなさい…。」

うーん、理由は何となくわかったけど全然心が動かなかったな。どちらにしても今は忙しいから断るが協力しようという気持ちが一切湧かない。とりあえず自分たちの目的を達成するために相性の良さそうな私に声をかけたと、今までは他の人たちで我慢してたけどトラブルでうまくいかなくなったからこっちに来たと、うーん、なんだかなぁ…。

今は多少気を遣える余裕があるので考える理由を探るために質問してみる。

「前から匂わせていたその上のランクに上がらないとっていうのは何なんですか?、協力してほしいのなら隠し事はなしにしてもらわないと信用以前の問題ですよ?」

私の問いに2人は顔を見合わせたかと思うと兄の方が口を開く。

「…上にランクに上がりたいっていうのは俺たちの今の状況に関係してくる。お前の信用を得るために話すが他言無用で頼む。」

私は自分自身口が軽いと思っているので約束はできないが今のところ話す相手がいないのでとりあえず神妙な顔を作って頷いておく。

私の顔を見て納得したのかセデクは話し始める。

「…俺たちは蜥蜴人族だけが暮らす村の長の子として生まれたんだがその村では代々長の子の中で一番能力が高いものが次の長になる決まりがあってな、8人いる子は皆日々教育という名の訓練を受けていたんだ。俺とルトラは一番下の2人で比較的仲が良かったんだが半獣人なのは長の子の中でルトラだけでそれが理由で上の奴にいじめられたり大人たちに煙たがられていたんだ。だがある日ルトラに魔法の才能があると分かると本格的に排除する派閥と祭り上げる派閥が現れた。俺たちは大人の汚さに嫌気がさして村を出たんだがさっき言った2つの派閥が俺たちを探していると耳にしてな、どうするか考えた結果肩書とそれに伴う実力を身に着けることにしたんだ。どちらの派閥にも上級冒険者だから村には興味ない、文句があるなら力で納得させるってな。」

話を聞くかぎりどこかで聞いたことのあるような感じだ。昔からのしきたりに縛られる若者の物語ね。

私は疑問に思ったことを聞く。

「上級冒険者になったら長の条件の能力の高いに当てはまりませんか?、それに逆に力で納得させられた場合はどうするんですか?」

私の疑問にルトラは俯き、セデクが答える。

「長の条件に当てはまっても村の奴らを退けられれば問題ない。力で負けた場合は…、村に戻るくらいなら俺たちは潔く命を絶つ。」

セデクは真剣な表情だ。

ふむふむ、私の考えれることは想定済みと。ってか命を絶つかぁ…。今までの行動は覚悟あってのことと考えると…いや、あのケンカ腰の態度はよくないよな。自分から味方になる可能性のある相手を遠ざけたのなら自業自得じゃないか?。まぁそれも若さゆえの過ちと思えばそうだが。

私が考えているとセデクが続ける。

「お前にパーティーに入ってほしい理由は話した通りだ。俺たちに信用がないのは分かっているから仕事としてでも考えてほしい。依頼の取り分は5割渡すし戦闘しなくても付いて来るだけでいい。負傷したのなら見捨ててもらっても構わない、だからどうか頼む。」

「お、お願いします。」

2人は頭を下げる。

…いや、どんだけ私の事を理解する気がないんだ。目の前で死なれたら嫌だって言ったことを忘れたのか?。それに強いから選んだとか言っていたのに戦わなくていいのか?、意味分からん。

まぁなんにせよ断るがどこまで手を貸すかだな、話を聞いてほんの少しだけ情が湧いたがどうしたものか。

考えた結果、気が向いた時に手伝う程度にしておく。

「期待させたくないのではっきり言っておきますが私は現在優先すべきことがありますのでパーティーを組むことはできません。」

私の言葉に顔を上げた2人、ルトラは沈んだ表情、セデクは強張った表情だ。

「…ですが話を聞いて気まぐれに手伝ってあげてもいいかなとも思っています。2人がそれでもいいと言うのならそれで、もしそこで信用を取り戻せたのならパーティーの件はまた考えます。」

少しの間考えていたセデクが口を開く。

「…分かった、それで頼む。」

うーん、ちょっとえらそうだったか?、それとも甘いか?

考えても答えは出ないので考えただけだ。

「では手伝いが必要なら事前に伝言か朝の時間にギルドで会えればですかね。まぁ言った通り気まぐれですので伝言に返信しなかったり断ることもあるとは思いますのでそこは悪しからず。」

2人は頷く。

「他に話がなければ解散でよろしいですか?」

私が聞くとセデクは頷いたがルトラが緊張した面持ちで口を開く。

「あっ、あの…、よ、よかったら夕食を、一緒にどうですか…」

いやぁ…、親しくない相手との飯ほど心休まらないものはないよね。よって断る。

「いえ、まだお互いの関係値が低すぎるので遠慮しておきます。それでは。」

私はそう言って席を立ちギルドを後にする。

ハクはちゃんと付いて来てくれるので安心だ。

とりあえずギルドから離れるように歩きながら考える。

はぁ…、私は一体何がしたいのだろう…。若者にはドン引かれて、突き放した相手をまた期待させて。…萎え。なんだかんだで見返りを期待してるのかね、私は…。私も数多の異世界物の主人公のようにやることなすことうまくいって皆からチヤホヤされたい、…いや、考えてみればそこまではいらんな、正直他人とかどうでもいいし。だが自己嫌悪には陥りたくない。…くそ、また頭の中が雑念でいっぱいになる。

私は一旦落ち着くために深呼吸する。

…ダメだ、徐々に負の感情が膨れ上がっていくのを感じる。

…あの若者どもは何なん?、無償で傷を治してやったってのによく分かんねぇ顔で俺を見やがってよぉ!、それがお前らなりの礼ってやつか?あぁん!?。もう困ってる奴を見かけても無視だ、無視!。勝手に死ね!。蜥蜴どももよぉ、村の奴らがウゼェなら皆殺しにして来いよ。憂いは原因を全部排除すれば解決だろうが!。あームカつく、ムカつくムカつくムカつく…。

…と、考えたところで私は冷静になる。

まぁ考える分には私の自由だ、頭の中で世紀の大悪党になろうが実際に行動しなければ問題ない。問題なのは私という人間は経験によって作られているという点だ。今日のこの経験が明日の大悪党を作るかもしれないが可能性の話をしだすとどうしようもないので深く考えないことにする。

とりあえずは皆違う考えでいいじゃないか。相手を怖がるのも自由、誰かを頼るのも自由。こう考えると私が自分勝手に行動するのも自由と考えてしまうがそこは一旦置いておく。自由という考え方は私が納得するために言っているだけで相手が本当にそうしたくて行動したのかは分からない。…この考えも意味が分からないだろうが私の自由ということで良しとしよう。

とりあえず自分で納得して落ち着く。

落ち着いたので現状を確認してみると空は日が落ち始めた夕方ごろ、あとはのんびり熊猫亭で過ごそうと決めてお店に向かう。

今日はあれこれ起こり過ぎた…、疲れり…。

とぼとぼ歩いて店に向かう。絡まれるのは嫌なので姿を消してだ。

店に着いたので魔法を解除して扉をくぐりテーブルに着く。

「いらっしゃいませー…、あれ?、カルラさん今日はお疲れ?」

マオさんは笑顔で話しかけてくる。

「どうも…、今日は色々ありましてね…。こちらで美味しいものを食べて元気を補給したいと思います…。あ、今日も待ち合わせをしていますのでダンさんにお世話になりますとお伝えください…。」

「はーい、注文が決まったら教えてね。ハクちゃんもごゆっくり。」

マオさんは笑顔で厨房の方に消えていく。あの元気は見習いたいものだ…。

私はテーブルに顔をつけながらハクに話しかける。

「ハク…、食べたいものある…?」

私が聞くとハクは即答する。

「…肉。」

そうだね、疲れた時は肉だよね。

注文が決まったので声をかけようとすると厨房からダンさんが出てきて私たちのテーブルに来る。

「おうカルラ、魚の追加を頼みたいんだが…、って、また今度にした方がいいか?」

私の普段とは違う疲れた顔を見たダンさんが心配してくれる。

「いえ…、疲れているのは心だけなんで大丈夫ですよ…。それでは魚を置きに行きましょうか…。」

席を立ちダンさんに付いて行く。もちろんハクも付いて来る。

地下の食材保管庫に着くと空の箱が用意されていた。

「じゃああの箱に頼む。数は前回と同じ10でいいんだが3匹は生の状態で冷やして7匹はカチカチの冷凍にできるか?」

「分かりました。」

お安い御用なので言われた通りにして氷と一緒に箱に入れる。

「助かる、値段は前と一緒でいいのか?」

「はい、前と同じ1匹銅貨2枚で大丈夫です。」

ダンさんに答えて店に戻る。テーブルに戻る前に肉定食2つ、1つは大盛りを注文してあとはのんびり待つ。

待っている間はハクとおしゃべりでもしよう。

「…ハク、そういえば欲しいものは決まった?」

私が聞くとハクは少し考えている。

「…決まっては、いる。…でもカルラが疲れてそうだから、いい。」

おぉっと、それは聞き捨てならねぇな。大人の顔色を窺って子どもが我慢するなんて、そんなことは許されねぇ。子どもはもっと我儘であるべきだと思うぜぇ。

「それは気を遣わせたね、でも私は大丈夫だよ。特にハクの為なら元気が無限に湧いてくるから何でも言ってほしいな。」

私は姿勢を正し元気アピールをする。だがハクは信じてくれないようで顔をぷいっと背けて水狼と遊び始める。

うん、まぁ説得力はないわな。これは大人しくハクから言ってくれるのを待つしかない。

私は気持ちを切り替えるために伸びをする。

うぅーーん…、今日は本当に色々あった。私から首を突っ込んだのも何個かあるがそれでも多かった気がする。こういう日は好きなものを食べて好きなことをしてリフレッシュしよう。肉、甘いもの、風呂、歌。…リフレッシュというよりストレス発散だな。

思いついたもので準備できそうなものは準備しておく。

甘いものはこの店のパンケーキでもいいがそろそろ違うものも食べたい。アイテムボックス内で作れそうなものを考えてみると今日のミニュレ商会で見たクッキーを思い出す。ミニュレ商会のはバタークッキーだったがバターはないので手持ちの食材で作ってみよう。シンプルなものしか作れないが異世界の食材のポテンシャルを信じようじゃないか。

使う食材は小麦粉、食用油、蜂蜜の3つのみ。全部混ぜて薄く伸ばして焼くだけの超絶シンプル調理。分量や焼く温度などはアイテムボックスの自動調理におまかせで素人でも安心。という訳で完成。これは食後のデザートとして食べよう。

甘いものの準備はできたので次は風呂。マイルームとは別に風呂空間を作成、保存していた木を木材にして浴槽の枠を作る。この木枠は私の空間内にあるので防水処理などはせず形だけだ。その中に温水を溜めて風呂は完成。あとは気分によって風呂の上の空間に外の景色を映し出せば露天風呂にもできる。

よし、風呂は寝る前に入ってそこで歌でも熱唱すれば穏やかな気持ちで就寝できるだろう。

自分へのご褒美の準備も終わりのんびり待っていると料理が運ばれてくる。

「お待たせしました!、肉定食、こっちが大盛りです。」

大盛りをハクの方に置いてもらってマオさんにお礼を言う。

早速いただきますを言って料理を口に運ぶ。

うーん、肉!。デカイ肉の塊を口いっぱいに頬張るのはやっぱり美味い。お上品に小さく切り分けて食べるのも理解はできるが肉は豪快に食べるに限ると思ってしまう。ワイルドだろぉ。

私の中のお笑い芸人が顔を覗かせたところでふとハクを見るとハクも同じように肉を頬張っていた。

…うん、本当なら口いっぱいに頬張るのは注意すべきことなのだろうが私がしていることなので注意することはできない。…だがハクが恥をかかないように言うべきことは言っておこう。

「ハク、食べ物を口いっぱいに頬張るのは見ていて嫌だと思う人がいるから私以外の人と食事するときは気をつけてね。まぁその食べ方をしている私が言っても説得力はないだろうけどね。」

私の話に頷くハク。

言えば分かってくれるハクなので大丈夫だろう。

その後は気持ち小さめの肉を頬張りながら食事を楽しんだ。

肉定食を食べ終えて空いた食器を下げてもらったのでテーブルでのんびりする。ダンさんに持ち込んだ食べ物を食べていいか聞いて許可をもらえたので先ほど作ったクッキーをつまむ。

あ、美味しい。蜂蜜が美味しいからか簡単に作れたのにお店で売られていると言われても分からないほどだ。…まぁアイテムボックス内の自動調理だけど。

ハクに勧めると一口食べて目を輝かせる。小動物を思わせるように少しずつ食べながら嬉しそうな表情だ。

…やべ、めちゃくちゃカワイイ。ハクは仕草一つ一つが可愛いんだよなぁ。

ハクを眺めていると横から声をかけられる。

「か…、カルラさん…。それって、蜂蜜が使われてる…?」

声の方を見るとマオさんがクッキーを見ながら震えている。

「そうですね、蜂蜜クッキーです。」

私が答えるとマオさんが大きな声で厨房の奥に声をかける。

「お母ーさーん!、カルラさんが蜂蜜クッキー食べてるー!!」

何事かと思ったのも束の間、一瞬でシオンさんが出て来る。

「カルラさん?、そちらのクッキーは私たちにはないのですか?」

シオンさんは笑顔だが言い表せない凄みがあった。

そういえばダンさん家族は蜂蜜に目がないとか言っていたな、言っていたのはカイルさんだったか?、まぁそれはいいとして蜂蜜はダンさんに売ったと思うがもうなくなったのか?

疑問に思ったので聞いてみる。

「あれ?、蜂蜜はダンさんに売ったと思いますがもうなくなりましたか?」

私の質問にシオンさんは儚げな顔になる。

「あの人は…、意地悪だから私たちから蜂蜜を隠したのよ…。」

ほぇー、そうは見えないけどダンさんも家族にしか見せない面があるんだな。というより私からすれば家族団らんのエピソードにしか聞こえないな。

私がダンさんの新たな一面に感心していると厨房の方から本人がよろよろと歩きながら出て来る。

「だ…、騙されるなカルラ…、蜂蜜は隠しておかないと全部食べてしまうから仕方なくだ…。」

いきなりどうした?

私が不思議に思っているとシオンさんが口を開く。

「あら、もう動けるようになったの。」

見るとシオンさんは先ほどの儚げな顔ではなくいつもの笑顔に戻っている。

「お前なぁ…。」

「他にお客さんもいないしいいじゃない、それに蜂蜜を隠しているのは本当だし。」

ダンさんはやれやれとため息をつきシオンさんは無邪気に笑っている。

何だ、夫婦のいちゃつきか。微笑ましいじゃないか。

私が2人を眺めているとマオさんが私の服の袖を引っ張る。

「そのぉ…、クッキーを分けてもらうことって、出来ないかなぁ?」

まぁダンさんが禁止にしている訳でないのならいいか。

「それではクッキーを入れるお皿を準備していただけますか。」

私がそういうとマオさんは笑顔で厨房に駆けて行く。

「すまねぇな、2人が迷惑かけて。」

ダンさんが謝る。

ダンさんも家族には頭が上がらないってことね、正直私の中では好感度アップよ。

「いえ、大丈夫ですよ。」

私が答えるとお皿を持ったマオさんが戻ってきたので皿にクッキーを並べる。

「素人が作ったものなのであんまり期待しないようにお願いします。」

そう伝えると3人はクッキーを口に入れる。

…おぉ、表情の分かりにくい熊頭のダンさんでさえ喜びが分かる顔をしている。3人とも蜂蜜が好きなんだな。

シオンさんとマオさんは味わいながら食べ続けダンさんは口を開く。

「うめぇな、使っている蜂蜜によるところもあるだろうが焼き加減と生地の厚さが丁度いい。カルラ、お前さんいい腕してんじゃねぇか。」

くっ…、言えない…。本物の料理人を前にして全自動調理ですとは口が裂けても言えない。

本当のことは言えないので話を変える。

「ありがとうございます。そういえば今日ミルクが高いことを知ったのですがダンさんのお店ではミルクや、あとは卵なんかはどうしているんですか?」

「うちか?、うちは知り合いに融通してもらったり最近は行ってないが食材集めのパーティーを組んで取りに行ったりだな。だが俺のは一般的ではないから普通は店で買うかだぞ。」

ほうほう、大手の商会に頼らずとも個人の流通網や自力でどうにかなると。

「では買えない人はどうしてるんですか?」

「どうしてるって…、買えないならどうしようもないんじゃないか?。別にミルクや卵が買えなくたって死ぬわけでもあるまいし。」

…それもそうか。前世の牛乳も鶏卵も安価な値段で簡単に手に入る感覚が抜けてなかったな。別にどちらも食べないと死ぬわけでもないし栄養面でも他の食材で事足りる。それに異世界の人間の必須栄養素が前世の人間と同じとは限らない。今回は完全の私の思い違いだな。…反省。

「そうですね、勘違いしてました。ありがとうございます。」

「おう。」

この話はここまでだがアローザさんはまだ姿を現さないのでダンさんに聞きたいことを質問する。

「色々聞きたいことがあるのですが今は大丈夫ですか?」

「客もいないしクッキーの礼もあるからいいぞ。」

では遠慮なく。

「えーと、回復魔法って珍しいんですか?」

今日の若者の反応を思い出す。

「回復魔法自体で言うとそうでもないがどんな魔法でも強力なのは珍しいな。それこそ回復魔法なら普通だったら治るのに時間がかかるもんだが教会の教皇様だと一瞬で治して奇跡だなんて崇められるくらいだ。」

あ、やっべ。若者の反応これだわ。ドン引いてたのは合ってるけど奇跡目の当たりにして反応できてなかっただけだわ。心の中で滅茶苦茶罵倒してごめん。…でも一個だけ言い訳させて、私の場合時間止めてるだけで裏ではちゃんと作業しているから、感覚的には一瞬かもしれないけど時間かけて治療したから。

…相手にとっては同じか。

自身の軽率さに落ち込んだが、あ、若者への態度の方ね。自分の行動の方に後悔はないから。気持ちを切り替えて次の話題に移る。

「分かりました。話は変わるのですがキョウコウチュウという魔物を討伐して肉があるのですがおすそ分けにいかがですか?。ちなみに甲殻は売ってしまったので肉だけです。」

「殻なしか…、殻がないとどうしても劣化が早くなるからな…。今日は料理に使うには夜も遅いし今回は遠慮しておく、すまんな。」

そうか、アイテムボックスで劣化を気にしないのは私だけだったな。食材の状態によっても保存期間が変わるからおすそ分けするなら考えものだな。

「いえ、こちらも食材についての知識が足りませんでした。すみません。」

「おう。」

後は何かあったかな。…あ、そうだ。

「あとは明日ハクの今後についてこの店でワリーフさんに話す件ですが、結局断る方向で考えています。それで最悪もしハクを誘拐しているとお尋ね者になったらこの街を出るしかないので予め伝えておきます。」

ダンさんは吹き出す。

「おっ…!、お前急だな。」

「もしもの話ですよ、それに当日に伝えた方がもっと急な話でしょう?」

「それは…、そうだけどよ。」

私は軽い感じで話す。

「まぁ私は世間知らずなのでこの方法しか思いつかないだけですが明日の朝にギルドでワリーフさんの情報が貰える可能性があるのでそれで考えも変わるかもしれません。とりあえず明日は早めにこちらに来て最終的なことをお伝えしますがなるようになるということでお願いします。あ、お店に迷惑がかかるようでしたら場所を変更しますがどうしましょうか?」

「…いや、うちの店を使うのはいいんだが…、まぁいい、明日な。」

ダンさんは真面目な顔で頷く。

大分話したな。そろそろ話題が尽きてきたし時間ももう夜遅くだ。ハクを見ると目が半分閉じているのでアローザさんは用事で来れないと判断してお開きにする。

ダンさんに帰ることを伝えて料理の代金を支払うが魚の代金と差し引くと逆に返ってきたので懐に仕舞う。お眠なハクをおんぶしてダンさん家族に挨拶をしてから店を後にする。

さて、今日の寝る場所だがあのおばちゃんの宿は使えないとして今から探すとなると面倒なのでマイルーム一択だな。ハクは寝ているのでマイルームの説明は明日しよう。

寝る場所が決まったので人目に付かないところを探しながら歩いているとふと気になることが頭に浮かぶ。

そういえばおばちゃんの宿に出入りするときは透過して見られないようにしていたがなんで泊まっているとバレたんだ?。透過は大魔法使いのアローザさんからのお墨付きをもらったので見られていないと仮定して考えると泊まってからバレたか?、宿の部屋には窓があるので覗き見るのは可能だ、だがそれなら窓から侵入すればよくないかと思ってしまうし、そもそも見つけるのに宿の窓を一軒ずつ覗いたとは考えづらい。あとは…魔法か、そうなるともう分からないな。

分からないことをあれこれ考えてもダメなのでとりあえず確実なことから考える。私たちの場所はバレた、だが来たのは変なおっさん、これから導き出される結論は、…いや、情報なさ過ぎて分からんな、大人しく寝よ。

人目に付かないところで透過して姿を消しハクと一緒にマイルームに入る。

久しぶりにマイルームに入ると真っ白い空間にぽつんとベッドが置かれているのが目に入る。

設定ってこんな感じだったっけ?、久しぶりで忘れたな。

とりあえず寝るのに適した暗さにしてベッドの横に小さな光源を作る。ベッドは1人用のシングルサイズだったのでアイテムボックスに入っている木材でダブルサイズに拡張。マットと毛布と枕は1人分しかないので片方に寄せる。私の背中で寝息を立てているハクのマントを脱がせて魔法で全身きれいにする。寝具も魔法できれいにしてからそっとハクを寝かせる。

よし、とりあえず完了。これからは大人の時間だぜ。

私は準備していた風呂空間に移動して服を脱ぐ。

服を脱ぐのもアイテムボックスへの収納で一瞬だからラクラクチンチンチンですよ。

魔法で一度全身をきれいにしてからかけ湯をして湯船につかる。

ふわぁぁぁーーーーーーー。きもちいぃぃーーーーー。

魔法できれいにするのなら意味ないじゃんと思われそうだが説明するのも面倒なほどに気持ちいい。…ちなみに魔法は髪と体を洗う代わりね。

風呂の上の空間に外の景色の夜空を映し出してのんびり眺める。

最高だ…、ただの温かいお湯に浸かるだけなのにこんなにも幸福を感じるのは私が風呂を愛する国の生まれだからだろうか、…今は異世界生まれだけど。

両手で掬ったお湯を顔にかけて体を伸ばしてボーっとする。

もう何もしたくない…。このまま一生過ごしたい…。何ならお湯になりたい。

身体がほぐれて気分もよくなってきたので湯船に浸かりながら歌を口ずさむ。

「ドッ!、ドッドッ!、タッ!、ドッ!、ドッドッタッタッタッ!」

歌は人目を気にせずに全力で歌うに限る。私の場合は人様に聞かせるわけでもないのでうまいとか下手とか関係なく自分の思うままに歌う、それが最高に気分がいい。

という訳で聞いてください、挫・人間で”土曜日の俺はちょっと違う”です。どうぞ。


ーーーーー 割愛 ーーーーー


いやー、スッキリした。デビルマンのうたも君はマザーファッカーもやっぱいい曲だよな。

風呂から上がり空間に当たり判定で椅子を作ってそこに寝転ぶ。魔法で大雑把に体に付いた水分を除去してから全身を乾かすために風を発生させる。別に完全に体に付いた水分を除去することもできるが風呂上がりのこの時間も至福なのであえて時間をかける。

あぁ、火照った体に風を浴びて気分爽快、元気ハツラツゥー。

満足するまで風呂上がりの時間を堪能したので最後に魔法で髪と体をしっかりと乾かしてから服を着る。

ありがとう風呂、最高だったぜ。

風呂空間を出てハクのいるマイルームに戻る。特に問題なくハクが寝ていたので静かにその横に寝転ぶ。

…うん、マットはハクにあげたので直の木製ベッドだが眠れそうだな。まぁ初期はこれで寝ていた実績もあるし大丈夫でしょう。

私はベッド横の光源を消して目を瞑る。

今日は色々あって疲れた。やっぱり一番疲れるのは感情を動かすことだな、…まぁ、それが…人間らしさ…だよ…ね…、Zzz…。

私はすぐに眠りについた。


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