令嬢の天蓋
他の三人が激痛と血の匂いに溺れている時、この場所の僕は、甘やかな薔薇の香りと最高級のシルクに包まれていた。
「……ねえ、こっちを向いて? 私の可愛い『僕』さん」
公爵令嬢エレナは、天蓋付きのベッドの上で、僕の首に巻かれた細い革の首輪を指先で弄んだ。
この場所の僕は、地獄のような拷問も、臓器の摘出も受けていない。ただ、彼女の私室という黄金の檻の中で、二十四時間、彼女の視線と愛撫に曝され続けていた。
「お前は本当に不思議な子ね。叩けば怯え、優しくすれば蕩けたような顔をする。……でも、その瞳の奥には、誰にも触れさせない『虚無』があるわ」
エレナの白い指先が、僕の頬をなぞり、そのまま唇を割って口内へと侵入する。
拒むことは許されない。僕は彼女の気まぐれに合わせ、愛玩動物のようにその指を吸い、あるいは足首に頬を寄せた。
彼女が求めているのは、僕という「人間」ではなく、彼女の望むままに形を変える「生きた人形」としての僕だった。
「いい? お前は私の所有物。外にいるあの醜い下男も、神官に仕える従僕も、本当の『お前』じゃない。……この部屋で私に飼われている、この瞬間だけが真実なのよ」
耳元で囁かれる甘い毒。
食事は彼女の手から直接与えられ、排泄さえも彼女の管理下に置かれた。
物理的な破壊はない。だが、一秒ごとに、僕の精神は「エレナのもの」へと塗り替えられていく。
彼女の膝の上で頭を撫でられていると、時折、自分が本来誰であったのか、なぜここにいるのかさえ分からなくなるような、恐ろしい多幸感に包まれる。
「……そう、その顔。その空っぽな笑顔が、一番大好きよ」
エレナは満足げに僕の首輪を引き寄せ、深い抱擁の中に閉じ込めた。
他の場所で死に瀕している「僕」たちの絶叫も、ここでは厚いカーテンに遮られ、届くことはなかった。




