2 聖樹管理局の研究員と乙女たち
「……なんだか、微妙だわ。平民感がぬぐい切れないわね、二人とも」
『星屑の天球儀』の地下、特設の更衣室。 ナディアの冷ややかな声と共に、リンとガイはかつてない屈辱に震えていた。
そこにいたのは、最高級のシルクとレースに身を包んだ、二人の可憐な「令嬢」である。
「なんで……。なんで『世界樹』の調査に行くのに、ドレスを着なくてはならないの!?」
「そうだわ、あんまりだわ、お姉さま方はアタシ達がそんなに憎いのだわ!!!」
リンの、肩甲骨の下まで流れる金髪のウィッグは、ナディアの手によって完璧な形でふんわり巻かれている。目を伏せていれば、どこかの貴族が隠し育てた深窓の令嬢にしか見えない。……そう、「黙ってさえいれば」。
いざ口を開けば声色を隠すための裏声が震え、歩き出せば「ドレスの裾が邪魔だ」と言わんばかりのガサツな足取りが、繊細なレースを無慈悲に跳ね飛ばす。その姿は、美少女の皮を被った「不慣れな生き物」そのものだった。
一方、ガイの方は、肩下で切り揃えられた栗色の髪が、彼の端正な顔立ちを「清純な乙女」へと完璧に塗り替えていた。
だが、どれほど顔が可憐でも、肩のラインや、ふとした瞬間に膝を開いて座ろうとする「染み付いた男子の重心」までは隠しきれない。
美少女の造形と、野生児の挙動。その二つが致命的な不協和音を奏でる様は、見る者に「……可愛い。けれど、何かが決定的に違う」という脳のバグを引き起こさせていた。
その様子のおかしい女子二人組が、ソフィアとナディアに食って掛かっている。
ソフィアとナディアは基本的には『天球の灯』の仕事にはかかわらない。原則はアンティークショップ『星屑の天球儀』の従業員として業務にあたる。
エレオノーラの特命を受けた場合を除いて。つまり…
「エレオノーラ様より、ご指示を頂いたからよ」
ソフィアは美しいシルクのリボンを手に取り、そっとリンに合わせながらおっとりと答えた。少し小首を傾げ、そのままリンのウィッグに器用に編み込み始める。
「潜入のためよ、リン。現在、『世界樹』の麓の村に入れるのは『聖樹管理局』が認めた『乙女』の候補者とその関係者だけ。……男の魔導士二人がうろついていれば、即座に拘束されておしまいよ」
「カニは???この……カニはどうにかならないの?!」
ガイが涙目で指さしたのは、胸元のリボンに鎮座する、宝石を散りばめた例のブローチ――『恋心を数値化するカニのブローチ』だ。 カイルの執念により、カニの脚はドレスの生地を貫通し、しっかりと二人の鎖骨にフックしている。
「あら、素敵なアクセサリーじゃない。……さあ、背筋を伸ばして。令嬢たるもの、カニに鎖骨をハグされているくらいで顔をしかめてはいけませんわ。時間がないので淑女教育までできないのが、心残りですが」
いらない、心底そんな教育は受けたくない。二人は必死で取り繕った。
「「問題ないわ、お姉さま方!アタシたち、超イケてる乙女だわ!!」」
その時のソフィアとナディアの、残念なものを見るような眼は一生忘れられない。屈辱と恥辱にまみれながら、二人は目的地に向かうのだった。
『世界樹』の麓、管理局の検問所。 そこは、アルテミス王国中から集められた『乙女』候補たちの熱気と、それを管理する役人たちの威圧感に包まれていた。
「アルテミス王都から参りました、リンネとガイアですわ」
「侯爵家からの推薦で『乙女』候補として参りました。こちらが、推薦状ですわ」
淑女の仮面を被った二人が、管理局の役人に書類を差し出す。 『聖樹管理局』の受付印が入った推薦状を確認した役人は、怪訝そうな顔をしながらも道を開けた。
「……入れ。今、樹の周辺は魔力が不安定だ。あまり奥までは行くなよ」
検問を抜けると、そこには枯れ始めた巨大な黄金の樹――『世界樹』がそびえ立っていた。かつては眩いばかりの光を放っていたはずの枝先が、茶色く変色している。
「……確かに、これはまずいかもな」
魔力の源とされている『世界樹』が枯れれば、おそらく魔法そのものの根幹が大きく揺るがされることになる。それは世界の構造そのものを脅かす出来事だろう。
改めて深刻さに、息を詰めて見上げていると背後からのんびりと声をかけられた。
「よーぅ。リンネちゃん、ガイアちゃん、かーわいいねぇー」
振り返ると、波打つマロンブラウンの髪を、面倒そうに緩い三つ編みにまとめた男がそこにいた。少し垂れた目元には、リンたちの世代にはまだ早い、隠しきれない大人の色気と気だるさを漂わせている。
管理局の制服をこれほど着崩してなお、知的なエリートに見えてしまうのは、彼が持つ「余裕」という名の年輪のせいだろう。
そしてもう一人。月の光で紡いだ糸のような銀髪の男がその男の隣に並び立っている。その隙間から覗くペールブルーの瞳は、静まり返った湖のように冷ややかで、同時に恐ろしいほど整っている。
若さゆえの尖った美しさではなく、洗練され、落ち着き払った一級品の美貌。彼がただそこに立っているだけで、周囲の空気が一段階、格式高いものへと書き換えられるような錯覚すら覚える、そんな男であった。
しかし、見知った顔である。
三つ編みの男はシオン、銀髪の男はレヴィン。ギルドの魔導士だ。しかしリンとガイが驚いたのはそこではない。
「「何で女装してない!!!」」
叫ぼうとしたその口は、寸前で二人に塞がれたが。
「大声出すな、目立つなと言われただろう」
レヴィンの静かな瞳で、じっと見られると例え同性でもそわそわしてしまう。「うー…」とうなりながらガイが目をそらして不貞腐れたように問いかけた。
「それ、『聖樹管理局』の研究員の制服だよね?なんで?」
問われたこと自体が、意外だというようにシオンとレヴィンは目を丸くして顔を見合わせる。
「俺とレヴィンの魔法で、『世界樹』の異変を遅らせたんだよ。レヴィンの水魔法に俺の付与魔法でありったけの植物に良さそうな魔法を付与したやつ。まぁ、ギリギリ食い止められてるだけだけどな」
二人の魔法の効果を『聖樹管理局』に売り込み、実績を評価されて「研究員」として潜り込んだということらしい。
「つうか、お嬢様に、潜入手段は任せるって言われなかったか?何で女装だよ」
大笑いされたリンとガイにだって言いたいことは勿論あった。選択の余地などなかったと。しかし目の前で確実な方法でさっさと潜入を済ませている「先輩魔導士」に物言うことなどできないのであった。
「とにかく、俺とレヴィンはこれから村の麓で現地調査と聞きこみを始める。お前らは、うん。『乙女』枠で来たかったんだろ? 向上心があってイイと思うヨ。せっかくやる気になってるんだし『乙女選考会』に潜入して内部調査してこい」
大変不本意な、共同戦線が張られた瞬間だった。




