3 乙女選考会と男爵の黒い指先
聖域の静寂を切り裂くように、その建物――『聖樹管理局』の分室は、不自然なほど豪奢な装飾に彩られていた。
「……不合格! 申告書の『好きな食べ物はお肉』とは何ですか。乙女の魂は、朝露と清廉な思想のみで構成されるべきですのよ」
選考会参加受付後に提出させられたプロフィール書類を確認しながら、管理局員の声が厳しく響く。
それを聞きながらリンは隣に立つガイに、扇子で口元を隠しながら囁いた。
「……なぁ。あの面接官、一発殴っていいか? 肉食って何が悪いんだよ。野菜で『世界樹』が救えるなら苦労しねーよ」
「我慢だよ、リンネお姉様。……それより、ほら、あっちを見て。あの成金くさいの」
ガイの視線の先には、管理局のパトロンを自称する新興貴族、バルト男爵がいた。
彼は選考に落ち、涙に暮れる少女たちを、値踏みするような卑しい目で見つめている。
リンの胸元で、カイル特製の『カニのブローチ』が、かつてないほど激しくカチカチと振動する。
「人の強い感情」に反応し、「黒」で強度5の振動は、マイナス感情が非常に大きいことを示している。
「カイルの野郎、宝石を五色も使いやがって……。黒がこれだけ輝いてるってことは、このオッサン、相当えげつねぇこと考えてやがるな」
二人の鎖骨に食い込むカニの爪が、これから始まる大立ち回りを予感させるかのように、一層強く食い込んだ。
「次の方」
目を戻すと、自称・他称入り乱れた大勢の『乙女』候補達の中でも、ひと際目を引く可憐な少女が、面接官の前に立ったところであった。
「名前はマリアンヌね。あなたも、『好きな食べ物』が『アップルパイ』になっているわね。この選考会の趣旨を理解しているのかしら?」
鋭い目つきが彼女を突き刺す。
「『世界樹』のためには『清らかな乙女の祈り』が必須です。その乙女は、嗜好品ですら『生まれたての朝露』というくらいの、清らかな存在であるべきです」
使命感に燃えたその目が狂信者のように光る。
「…まあ、いいでしょう。処女性は守られているようですし…。鍛えなおせば正統なる『清らかな乙女』が、きっと生まれるわ…。あなたは、そうね、合格。あちらに進みなさい」
一方的にまくしたてられたマリアンヌが小さな声で「どんな女よ、それ」と呟いたのをうっかり聞いてしまったリンとガイは、その心の内で激しく同意する。
「次は俺たち、いやアタシたちだわ…、行くぞガイア」
「いや、あの合格基準だったら無理だよ…」
果たして、見た目だけは完成度の高い二人の結果は。
「不合格。なんだか気持ちが悪い……」
女性特有の勘なのか、それとも隠しきれない野生の何かが漏れ出ていたのか、バッサリと不合格の烙印を押された。
「……ちょっと待て。不合格なのはいい。だが『気持ち悪い』ってのは聞き捨てならねーぞ、このババァ……!」
リンの喉から、低くドスの利いた地声が漏れ出しそうになる。
慌ててガイがその脇腹を突き、裏声で「やめてお姉さま! 汚い言葉は乙女の毒ですわ!」と必死のフォローを入れた。
「ひどいわ、アタシたちの何が不満だっていうのよ!」
「そうよ、そうよ! アタシたちが若くて可憐だからって僻んでいるんだわ、このクソババァ!」
人というのはおかしなもので、絶対に合格したくないと思っていても、いざ不合格と言われると甚だ気分を害するものなのだ。
「この二人をつまみ出して」
ともあれ、こめかみに青筋を浮かべた面接官が、冷たい一言で二人を部屋から追い出そうとしたその時、会場をねっとりとした視線で見守っていたバルト男爵が、下劣な笑みで近づいてくる。
「まぁ、待ちたまえ。この二人は私が預かろうじゃないか。君たちのような美しい花が、村で朽ちるのはもったいない。さあ、特別な『保護施設』へ案内しよう」
頭沸いてんのか、このオッサン。
二人が思うのと、胸元のカニが真っ黒な輝きで、目一杯そのはさみをカチカチと鳴らすのは、ほぼ同時だった。
「リン、これ……鎖骨が砕ける。カニの怒りがダイレクトに骨に響くんだわ……」
「安心しろ、俺もだ…」
がっちり喰いこまれた、カニの痛みのせいで、目を潤ませるふたりに、バルト男爵はますますその下卑た笑いを深めた。
「可哀想に、選考に落ちてしまっても悲しむことはないんだよ。さ、付いてきなさい」
そういって二人を部屋から連れ出し、『聖樹管理局』の廊下を進み始める。
「『世界樹』のためとは、実に高尚な願いだ。君たちは十分、清らかで美しい」
二人の肩にかけられた手の指には、いくつもの品のない指輪が輝き、その趣味の悪さを惜しむことなく披露していた。
「私もこの活動には実に力を入れていてね。…なに、『清らかな乙女の祈り』だけが仕事ではないよ。私の元で働くのも悪くはないだろう?」
言っていることはもっともらしいのだが、いかんせんカニが痛すぎる。
リンとガイはぶち壊したくなる衝動を抑え、震えながら小さくうなずく。皮肉なことにそれが儚げな少女にみせる後押しをしている。
あいにくこの男爵は顔だけ良ければ他は気にしない性格のようで、先ほどの女性のような鋭さもない。
丁度いい。せいぜい油断させて情報を搾り取ってやると、今後の算段を立てていた。
――その先に、閉じ込められた少女たちを見るまでは。
「さあ、入りたまえ」
施設の一角。『聖樹管理局』の管理局員ですら立ち入り禁止となっている。
いわばバルト男爵専用の部屋なのだろう、その一室に通される。
審美眼の欠片もない成金趣味の羅列に、二人は吐き気を覚えた。
本物のアンティークを扱う『星屑の天球儀』の末端として、この空間に居ること自体が耐えがたい屈辱だった。
普段から一級品を見慣れている二人は顔をしかめた。
その品のないオブジェクトの中でもひと際趣味の悪い壺に男爵が手をかけると、重い音とともに壁の一部がはずれ、隠し部屋があらわれた。
――その部屋の中央には…。
さきほど、目の前で「不合格」を突きつけられた少女をはじめ、見覚えのある少女たち。
その十数名ほどの少女たちが、冷たい檻の中に後ろ手を縛られて閉じ込められていたのだ。
「『世界樹』のための乙女は一人でいいのだから、それ以外の見目の良い女たちは私が有効に使って問題ないだろう」
男爵から漂うのは、高級な香水の裏に隠しきれない、奴隷商人特有の鉄錆と脂の匂い。
カニの振動が骨に響くたび、リンの堪忍袋の緒がギシリ……と悲鳴を上げた。
先ほどガイにたしなめられ、必死に「乙女」を立て直したというのに、もう限界だった。
――パキッ…。
何かが決壊する音と共に、リンの口からはドスの利いた地声が漏れ出る。
「……おい、クソおやじ」
地を這うような、逃れようのない「男」の声が、密室に冷たく響き渡った。




