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終末のアドマイラー~ファン失格だけど、綺羅星のあなたを讃えてもいいですか?~  作者: 鈴林きりん/幻想神意博物館
第二章 ラスボス異形おじさんと君の創作ディストピア

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第三十一話 憧れ

 オレは胸の悪くなる思いで、ふらふらと先輩たちの元へ戻る。


「先輩」


「藤芽くんどうしたの、それ」


 たまらず抱えられるだけの同人誌を持ってきた。

 大量の本を抱えて周りには奇異に見られただろうが、気にしていられなかった。

 篠崎さんは席を外しているらしく、友安さん一人が留守番をしていた。


「酷いです。先輩もみんな一生懸命書いたのに。琥里先生だって」


 どうしてか目頭が潤んでくる。顔が熱い。


 一生懸命作ったのに。漫画を、小説を。エッセイを。

 忙しい合間を縫って、あんなに楽しそうに。


 友安さんは困ったような顔をしていた。


「そんなもんだよ。その、プロじゃないしね僕ら」


「だからって!」


「皆むしゃくしゃしてるんだよ。多かれ少なかれ誰もが競争に苦しんでいる」


「でも酷い落書きまでされてて」


 どうしても、納得がいかない。誰かに訴えたくて仕方がない。

 こんな間違った、醜い発散法なんて。


「この学園の環境もある。生徒のほぼ全員がクリエイターの卵で、既にプロレベルの実力のある上位層が君臨してる。漫画学科や小説学科の作品は愛好者やコレクターも多いけど、他はね」


「確かにレベルの違いはあるかもしれません。でも」


「今の時代だと、みんな最終的に無償で公開するからね。ぼくらの作品もサイトに掲載するよ。また、この学校では転売を厳しく禁じている。一部を残し、いずれは置き場に困って処分する。だから読んでその場で捨てるのも別に間違っちゃいないのさ」


「間違ってますよ。こんなの」


「それは、そうだと思うよ。でも、実力相応というものもある。琥里先生の本に関しては純粋にやっかみだろうね」


 ボロボロの本を手に取りながら、友安さんは哀し気に言う。


「でも先輩たちも、努力してて。先輩の小説、すごく面白いです。読みやすいように難しい文章も使ってないし、会話主体で平易な表現を使ってる。挿絵を効果的に配置してて、琥里先生の絵を最大限生かした、ちゃんと読む人のことを考えた構成で。篠崎さんも、ミニ先輩も、竹平さんだって」


 どうして。書いていないオレだけが何もなく居られるんだ。

 違うだろ、そうじゃないだろ。


 舞台に上がらない人間が、一番傷つかないなんて。


「そうだね。読んでもらえるように工夫はした。でもそれはごく当たり前に行われている工夫だ。それは最低限の水準でしかない。君は他の小説家さんの出した本を買ったかい?」


「それは……」


 優先順位として、漫画に惹かれた。買うなら漫画だろうと。小説界隈の事情は分からないが、見たところ相当に数が多い。手を回す暇はない、と感じていた。そもそも買い物すらしていない。


「どうしても、娯楽って手軽さで選ぶよね。音楽と映像コンテンツ、漫画、文章って順番になりやすい。原作があっても、多くの人の目に触れるのはアニメみたいな。さらに言えば実況や切り抜きや主題歌だけは知ってる、になってくる」


 コンテンツの優先順位。全ては誰も、消化しきれない。

 文章は何よりも、難しさも付きまとう。


「あそこはね、墓場だね。本の。最初はみんなやっぱり驚くよね。同人誌が山ほど捨てられてるって、経験したことがないとちょっと衝撃だよ」


「異様ですよ。もっと扱いはあると思います。なんでよりにもよって創作者を育てる学校でそれをするんです」


 一番納得いかないところはそこだ。

 他でもない作家を、クリエイターの作品をもっと大事にするべきじゃないのか。


「でも世の縮図だ。エンターテイメントの過剰消費社会。廃棄される作品群。日の目を見ない作品たち。現実を知らしめる意味はあるかもしれない。外は外でもっとひどいさ」


 彼はあくまでも淡々と告げる。

 感情的ではなく事実だけを紡ぐ口調に、言い返すこともできない。


「読んでもらえば御の字。ページを開いてもらうだけで、手に取ってもらうだけで」


 幼い顔の彼がそれを言うのは、時代のおぞましさを感じさせる。

 まるで小さな子どもが無慈悲な現実にすっかり摩耗しきったように見えた。


「一番辛いのは僕らじゃない。本業の作家さんの方がずっときつい。新入生たちが墓場を見て、もしも自分の作品が捨てられているのを見たら、さ」


「自分なら立ち直れないかもしれません」


 琥里先生達には、見て欲しくない。


「そうだね。それを許容している学園も無慈悲で酷い。ここでは、まともな倫理観に期待しちゃダメ。若いうちから才能を戦わせて優秀な上位の人間を世に送り出す目的で運営されてるんだよ。いわゆる荒波系、普通の学校に行ける人は他に行きましょう、って言われる場所だから」


「なんでこんな学校があるんでしょう」


「それは僕らの社会の問題だね。歴史は知ってるだろ。人類が滅亡しかけてから世界が再建されて、それ以降エンタメが特殊な立ち位置になった」


 映像で残る、瓦礫の山と化した街並み。

 世界各地に襲い掛かった異形なる存在の群れ。

 あまりの恐ろしさからか、多くには自主規制がかかっている。

 ただFestivals様の御姿だけが多くの映像に残されていた。


 瓦礫から人々を救助する画像や、化け物をなぎ倒す姿など。

 まさに神話の英雄譚のようなこの世ならぬ情景。

 特に初期に多いのは鴉を思わせる姿かたちのフェス様だ。


 ミスター・ハロウ・クロウズは、黎明期降臨個体。

 画像では、ピンボケの姿をかろうじて確認できる程度。

 何をした存在なのかはよくわかっていないらしい。

 他のフェス様達に指示を出していた、などの真偽不明の情報も伝わっている。


 役割不明。だからこそ、謎の存在として伝えられる。

 つまりは、司令塔と言われる、Festivals本体。

 あるいは、はじまりのフェス様の候補にも挙がる。


 今だ特定されない誰か。

 手渡された漫画を読んで、面白いと答えた存在。


 綺羅星のようだ、と人類を讃えたフェス様。


 人類は彼らが好む娯楽を捧げ続ける。

 旅行者だと称した謎の存在に長く留まってもらうために。

 二度と外敵から襲われぬための、絶対庇護を求めて。


「捧げ物としての娯楽を極めるための、場所ですか?」


 考えて、そう聞いてみた。


「バランスの悪さから生まれる何かを期待してるのかもしれない。優しいだけではなく、おかしさから生じる新規性って言うのかな。そういうものを育てたいのかも」


「娯楽は捧げるものじゃなくて、楽しむものだと思います」


 何より無理をしてまで生み出す物ではない。

 心のままに触れて、遊んで楽しんで。

 だけど何よりオレ自身が、それを上手く出来ていない。


 創造も、読むこともノイズがあり、ただ讃える。

 それだけの存在でしかない。


「そうだね。それも楽しみ方だ。でも同時に、今の世の中では食事のように消費するものなんだよ。時代が違う、歴史がそれを促してしまった。人類は少しおかしくなってしまったって、昔の人は言ってたらしいね」


「捨てられるのが当たり前、ですか。でも、それならどうして皆、本を出すんでしょう。物語を紡ぐんでしょう。フェス様にも、読まれもしないのに」


 完成すらしなかった物語は、どこへ行くのだろう。

 何の価値もない、ただ存在してやがて作者にすら忘れされられていく、創造の終焉。

 美しく輝く綺羅星だって、素直に愛されるばかりではない。

 傷つけられ、汚されてしまう。


「誰かの感情の焚きつけにされて終わるだけかもしれないのに。興味すら、持たれないかもしれないのに」


「だって、そうしたいから」


 友安林檎は、とても透明な眼差しで言う。

 小さな子どものような口調だ。

 年下に諭されているような気分になる。

 彼と相対していると、感覚が狂いそうになる。


「捨てられるとわかっているのに?」


「憧れなんだよ。手に取れる作品ってさ」


 その言葉は、ありふれているようで、だけど。

 目を瞑る。そして色んな記憶が駆け巡った。

 兄ちゃん。お父さん。お母さん。

 嬉しそうな、篠崎さんの横顔。

 生き生きと漫画への愛を語る琥里先生。


「だから、人類は物語を生み出すんでしょうか」


「きっと誰かに捧げるためじゃなくてね」


 憧れて、楽しいから描く。

 そしてオレは、楽しみ方がわからなくなっているんだ。

 だから憧れだけを拗らせている。


 友安さんと話をして、最後は少し注意を受ける。

 変に処分されたものを持ち出してはいけないという当然の警告。

 そしてオレの発言についてもたしなめられた。


「体制批判とか迂闊なことを外で口にするのはさ、やっぱりお互いに気を付けよう。誰が聞いているかわからない。いくらおかしくとも狂っていようとも、それに救われて必要としている人間が居るんだ。まさに僕たちだよね」


 金、金が要る。

 それは心を凍てつかせる無慈悲な現実だ。


「あと、処分されても、ちゃんとお焚き上げはしてくれるんだよ。再生されてまた資源として返ってくる。一つの作品がダメでも生きてる限り次はある」


 彼はあくまでも優しく諭してくれるだけだった。

 友安さんは本を手早くまとめて、ゴミ箱に持って行った。


 まだ売れていない本が残っているので留守にもできない。

 しばらくの間、オレはぼんやりしていたが、すぐに彼は戻って来た。

 あぁ、申し訳ないことをしてしまった。


 少し気分転換するように勧められる。


 その通りだと思って、どこへともなく歩き出す。

 けれど、先ほどまでの楽しい気持ちはどこかへ行っていた。

 あてもなく、ふらふらとさ迷うしかない。


 そのとき、ふいに声を掛けられる。


「ねぇ、あんた墓場で何してたの?」


 魔女衣装をまとった、蔡園みすずだった。

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