第三十二話 幼き魔女の溜息と稚き綺羅星の輝き
周りから切り離されたような、不思議な存在感。
紫がかった黒髪に良く映えるウィッチハット。
体を覆うような大き目のマント。
ブルーベリーの控えめな白い花が頭と胸に飾られている。
派手さはなく、下は制服のスカート。
コスプレ慣れしていない人と言う雰囲気だ。
「それは」
「どうせ自分たちの同人誌やきららの漫画でも見かけて拾ってたんでしょ。バッカね」
吐き捨てるように、呆れるような口調だ。
どうも一部始終を見られていたらしい。
「捨てられるのが普通なんだから放っておけばいいのよ」
面倒くさそうに吐き出す。
「ついでに私の本もあったんじゃないかな。どれか知ってたら、いかにも拾いそうだね、あんた」
彼女の漫画は知らない。教えてもらってもいない。
だけど、蔡園先生にとっても、一番気にしていることだったのかもしれない。
「自分の作品を捨てられて、そりゃまぁショックなのはわかるけど」
髪を弄りながら、こちらからは目を逸らす。
少しだけ優しい口調だった。
「いいえ、あの、オレは何も書いてません」
「はぁ」
重々しく溜息を吐く。
わずかな同情が欠け落ちたように。
「なら、何をそんなに落ち込んでるのよ。私たちに同情でもしてるわけ?」
オレの態度が彼女の逆鱗に触れたらしい。
「私たちを憐れむな」
低く、重い口調だった。
「誰かに可哀想がってもらわなくちゃいけないほど落ちてないのよ、こっちは」
オレとは琥里きららを挟んでの関係。
「同情が一番いや。こっちは覚悟を持って挑んでるの。遊びじゃないんだよ」
二人だけでは、何を話していいかわからない。
お互いに少し苦手な空気を出す間同志。
「アンタは作品出してないんでしょ。舞台にすら立とうとしない人間が見下すな」
あまりに鋭く、辛辣で、そして正論だった。
そのとき、妙にはっきりと蔡園みすずという人間が見えた気がした。
オレは、これまで彼女をちゃんと見ていなかった気がする。
その向こう側にある、人間性や感情について、あまりに無頓着だった。
蔡園さんは言い放ってから、黙り込む。
オレは、なんと返していいかわからなかった。
しばらくの沈黙の後。
「‥‥‥ごめん、言い過ぎた」
蔡園さんは視線を逸らし、ウィッチハットを深くかぶる。
そのとき、彼女から端末らしい着信音が響く。
画面を見て、何かしばらく操作をしていた。
蔡園さんは、溜め息を吐く。
「あーあ。捕まってら。こういうとき、本当に損ね」
端末画面をこちらに向ける。
それはテレビの中継動画だった。
〇創青天上院高校、新進気鋭の作家さん特集〇
そんな字幕と共に、生放送のインタビューが映し出される。
「それではこれから10の質問をしていきますが、よろしいですか?」
「は、ひゃい。あ、わかりました」
琥里先生だった。
おろおろとして、たどたどしい受け答えをしている。
「早く行ってやりなさいよ、きらら先生の彼氏くん」
突き放すような言葉で、彼女はオレから背を向けた。
オレも慌てて端末を確認すると着信があったことにようやく気付く。
それは琥里先生からのメッセージだった。
ほんの数分前。
「新入生インタビューみたいなのに呼ばれて、これから行ってきます。ちょっと怖いよぉ」
涙目のようなマークが最後についていた。
周りを見回しながら、ニュース中継動画を確認する。
琥里先生をはじめ、数人の漫画学科らしい生徒が集まっていた。
順番にインタビューを受けているらしい。
そして、何故か彼女だけが延々とクローズアップされている。
恐らく周囲から群を抜いて華やかなその姿をカメラに収めるためだ。
この場所は多分、中央部のイベント用の広場だろう。
胸騒ぎがして、とにかく走り出した。
恐ろしく軽やかに動ける。
なんだか、空でも飛べそうで怖くなった。
考えたら、足が浮かぶ。
フェス様の力だろうか。
その力を使ってみたいと思ったが、人目が問題だ。
「ステルス機能あるよ。自分のしたいと思うことを意識して御覧。大抵のことはできるから」
「フェス様?」
言われるままに念じてみる。
目の前に生徒が歩いてきて、避ける。
他の生徒にも触れたが、どうも透けているらしい。
周囲の人垣の向こう側。
普通なら一気に飛び越せないそこを、思いっきり助走を付けて飛び上がる。
ほとんど感覚に任せて、一気に空中を飛んだ。
うわ、なんかすごい。
鳥になった気分だ。超越者の力を今、何の準備もなく使っていた。
空からステージを見下ろしている。現実のこととは思えない。とんでもないことになっているが、今はそれよりあの人のところへ行かなければ。
近くに降り立つ。
壇上を見上げると、琥里先生がインタビューを受けている最中だった。
ここまで、ほんの一瞬のうちに飛んだ。
おかげで助かった。
周囲の人が気をかき分けて、その奥へと向かう。
「それではペンネームを教えていただけますか?」
「ね、猫家みかんです」
インタビュアーに答えて、作家名を答えてしまっている。
不味い、それは不味いですよ。
血の気が引いてきた。ペンネームは匿名の活動に必須。
それを隠しているから学内でも特定されにくい。
「猫家先生はランキングでどれくらい?」
相手も全く遠慮がない。
学内の仕組みを大雑把に理解しているらしいが、その返答の結果も何も全く考慮に入れていない、それはあまりに無遠慮に相手の大事な領域を踏み荒らす。
まるでそれが狙いであるかのようだ。
「えっと、えっと。じゅう、前は10位で。今は」
「ランカーさんじゃないですか、すごいですね」
周囲からはすっかり彼女が丸見えだ。
端末を使って検索をしている風な生徒も多い。
もう見ていられない。
前に無理やり進み出て、彼女の方へと向かう。
カメラマンや報道らしい人間に止められるが、気にせず進む。
この姿のせいか、少々強気になった。
「通ります。どいてください」
「あ」
琥里先生がこちらの顔をみて驚くような顔になる。
「はい? あらお友達ですか? ボーイフレンド?」
あまりにこちら側に詰めて来る。
その態度が、癪に障った。
最近はメディアもクリエイターに遠慮しない。
あらゆる活動はエンターテイメント。
それでFestivals様が喜ぶから。
そんな言説が、ときに誰かに牙を剥く。
「いえ、ただのファンです」
「は、藤芽くん」
「もう行きましょう、先生」
ぱっ、と彼女の顔が明るくなる。
そのまま、こちらに近づいてきて、オレの背中に隠れる。
裾を掴んで「ごめん」とつぶやいた。
「それでは最後に猫家先生に今後の抱負や次回作などについて」
無視していこう。そう、後ろの琥里先生を促そうとした。
そのとき、顔を横から出して、彼女は大きな声で早口に言う。
「こ、今度二百ページの新作を出します! 応援してくださってありがとうございます。まだ若輩者ですが、皆さんのご期待に応えられるように頑張ります!」
一気に言い切った。
彼女の意外な力強さに少しだけ驚く。
「お願い、連れ出して」
小さな囁きに頷く。
「用事があるので。それでは」
振り向かないまま、彼女の腕を引いて歩きだした。
ああいう輩は、どこにでもいる。
一応漫画家の家族だから、多少は経験があった。
周囲の目も、何もかもが煩わしい。
だけど、気にしていても仕方がない。
とにかくこの場から彼女を連れ出したかった。
人気のない校舎裏まで来て、琥里先生は大きく溜息を吐く。
「めちゃくちゃ心臓ばくばくした」
「すいません、つい余計な手を出してしまって」
冷静になると、自分が割り込む必要はなかったかもしれない。
ただ、あのときの彼女がとても困っているように見えたから。
「ううん、助かった。助かりました。ありがとう」
「一体どうしたんですか」
「なんか急にメディアに捕まっちゃったの。酷いよね。もう、自分でも何言ってたか覚えてない」
彼女が捕まった理由は何となくわかる。
見た目の雰囲気とか、明らかに他の学生と違うというかとにかく極限に目を惹く。
「助けてみすずちゃん、ハルきゅんって思っちゃった」
「はい?」
少し首をかしげる。
ハルきゅん、とは?
「ああああ、ごめんね! なんか距離感ないよね! 混乱してて、ついつい藤芽くんの名前、春臣くんだなって、思ってたら、ハルきゅんって」
あぁ、春臣だからか。
いや、別に心の中でどう言われても気にしないが。
「いえ、お気になさらず。呼びたいようにどうぞ」
「いいの?」
「はい」
悪い気はしない。
なんだか友達のようだ。
気を許してもらっていると思えて少し心地良い。
「それじゃあ、ハルくんって呼んでも良いですか?」
小さい頃には幼稚園の友達などに言われていた。
家族の中でそう呼ぶのは一人だけ。
とても、懐かしい呼び方だった。
フェス様の予言はそうして、また当たった。
あと一つは?
「侵略者」ってなんだろう。




