二十三話 時々急に説教したくなる系おじさんの正論めいた忠告
彼はひとしきり騒ぎ終えると「しんど」とつぶやいた。
何だか遠い目をしている。
思い出したようにこちらに視線を戻す。
「で、急に話変えるけどね」
「あ、はい」
「不景気な顔ばっかりしてると読者に嫌われるよ。鬱展開とかもうマジ無理って人多いよね。そろそろ切りどきかなぁ。あーあ時間無駄にしたって言われる奴」
急にメタ発言。
フェス様は娯楽が大好き。
割とふざけたお言葉を残すこともあるので、彼ら流のユーモアだとされていた。
「なんか、すいません」
「僕じゃなくて読者に謝れや」
「ごめんなさい、終わってて」
ご不快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした。
胸の内で謝罪する。
「まぁ、ここまで着いてきてくださるのは奇特な読者様だからいいでしょ。それで、君はどうしてそんな憂鬱なわけ?」
「申し訳なくて、いたたまれなくて」
「漫画家の家族を持つから? 可愛いあの子に嘘を吐いているから?」
「両方だと思います。オレは漫画が好きで、漫画家さんを尊敬しています。でも」
不意にある言葉を思い出す。
「まるでファン失格、ですよね」
あらゆる意味における一つのしっくりくる形容。
そう漏らした岩永さんを重ねての言葉だ。
「はぁ?」
フェス様は急に真顔になった。
「その言葉を軽々しく使ってほしくないね」
先ほどまでのふざけた調子はなく、とても落ち着いた声音で彼は続ける。
「そもそも何を持ってファン失格なのか。自分の尊敬する相手を金儲けに利用したから失格? 漫画の感想で収益を得たから失格? 違うでしょ。それは全く違う」
「何が違うんでしょう。オレは」
漫画家の息子という立場には、あまりに業が深い。
批評もレビューも仕事にされている方は沢山居る。
決して悪いことではない。
必要とされる立派な仕事。
ただ、一方的に誰かを利用するような形だけは受け入れがたかった。身の置き場がないような気分だ。
「ならやめりゃいいんだよ」
フェス様はバッサリと叩き切るように言った。
「やめれば、いい」
確かにそうだ。
罪悪感のある仕事なんてやらずに、別の何かをすれば。
でも。
「やめられない。だからグダグダ言ってるだけだろ?」
彼は大きな人差し指でこちらの胸を指し示す。
「他の仕事じゃ、まともな生活送れない。続けるしかないと、わかっている。でも、って言うね」
こちらの内心を見透かし、諭すように言葉を重ねる。
「要は自分の気持ちの問題。己自身がどう思うかの話」
返す言葉もなかった。
ただ無言で、目の前の異形に心を射貫かれる。
そうだ。まさに、それが核心だ。
「君が失格だと思うから失格なんだよ」
「はい」
その通りかもしれなかった。
今の仕事に対する、自分への失格意識。
悪いとわかっているのに続けている矛盾。
「つまり僕が言いたいのはだね」
上から見下ろされるように、影が落ちる。
「何かを後ろめたく感じるなら、逃げちゃダメなんじゃないかな」
まるでそれは、こちらの心を包むような言葉だ。
落ち着いた声と合わさって妙な説得力がある。
「申し訳ないと思うなら、最善を尽くすのも償い方の一つだよ。何も相手を傷つけているわけじゃない。傷ついているのは自分でしょ。例えばその胸のモヤモヤをさ、相手に伝えたとしても困らせるだけだよね」
こちらの心の奥底まで見透かしてくる。
彼らは超越者。隠し事は出来ない。
「はい。そうだと思います。絶対に悟られちゃいけない。どれだけあの人を苦しめることになるかわかりません」
それだけは強く、思う。
彼女を、琥里きららを傷つけてはいけない。
浅ましい自分の罪を見せるのは許されない。
「大事なのは?」
「覚悟を持つこと」
問われると、すんなり答えが出て来た。
そうだ、そこに行き着く。
悩もうが苦しもうが、戦うしかない。
篠崎さんにも言ったじゃないか。
オレはやりますよ、と。
ありきたりの精神論。
演じるなら演じ切る、徹するなら徹し続けるしかない。
期間限定の、今だけ与えられた生活。
ならばその間だけ、頑張り抜くしかない。
「そうだね。君がそう思うなら多分そうだろうね。おじさん興味ないけど」
急に梯子を外してくる。
後ろを向いて漫画か何かを広げていた。
なんだろう、この自由っぷり。
ここまで露骨に人をおちょくるところが妙にらしく感じた。
伝承や伝聞で伝えられる彼らのイメージと奇妙に合致している。
でも、話していて嫌な感じはしない。
隠し事をしなくていい、そんな安心感。
言わずともわかってくれる。
まるで、親のような。
フェス様達はそうやって、人類とコミニケーションを取って来たのだろう。主に人類側があたふたと、慌てふためきながら。彼らの気まぐれに一喜一憂する。
「まぁお話出来て別に楽しくなかったよ。お暇な異形の相手をしてくれてありがとうね。お礼に部屋まで送ってあげよう」
指をパチンと鳴らすと、周囲の光景が一瞬で切り替わる。
よく見なれた寮の自室だった。
夢でも見ていたような、キツネにつままれた気分だ。
だけど、土足のままだった。
「夢だったのかな」
どこからか、彼の声が聞こえて来た。
「あーやれやれ、こんなでよかったかね。まぁ、いいや。漫画でも読むか。今週のヒヨコズどうなっただろ。考察の内容当たってっかなー。無駄に掲示板でクソ激論かましたから外れてたら赤っ恥だわ」
「フェス様?」
独り言につい言葉を返してしまった。
彼らは飲食をしないらしい、と伝え聞いている。
「あれ? おい、こちらの声聞こえてる? やべ、マイク切り忘れた。えええええええ。やべぇ、フェス様の秘密がお茶の間に駄々洩れじゃん! もう自演できねぇよ。特定されちまう。くっそおおおおおお。まぁ、わざとだけどね」
「あの、今日はありがとうございました!」
オレは宙に向けて声を放つ。
話を聞いてもらえて、アドバイスをしていただけた。
これは得難い経験だ。
「別にいいよ。さようなら。暇があったら、またね」
ぶつっ、と途切れるように彼の声は消えた。
なんだったんだろう。
最後までユーモラスに振り回された。




