第二十四話 きららと綺羅星枠~超越者とステルスマーケティングの是非~
Festivals様に遭ったという体験談はよく聞く。
大抵は妄想や作り事だ。
稀に出会った証拠のようなものを出す者も居る。
捏造だとわかって炎上したりも日常茶飯事。
彼らが姿を見せるのは多くが動画だ。あるいは特定の聖地に決まった時期に降り立つのみ。時折お気に入りの人類にだけはこっそり会いに行くこともある、とか。噂や憶測は尽きない。
相手は遥か高みの絶対者なので、答えは出ないけれど。
非日常に出会ってしまった。
この学校に来てから常にそうだが、衝撃の強さでは一番だ。
自分の悪いところも指摘された。諭してもらった。
くよくよしたところで、現実は変わらない。
落ち込んでしまったが、今はできることをするしかない。
ありきたりな答えに行き着くが、気が晴れたのはFestivals様のおかげだった。
結論としては、レビュー活動は続ける。
そして、なるべくは誠実であろう、ということだ。
琥里先生とは話し相手という距離感を大事にする。
そうすれば、今以上には苦しくならない。
嘘を吐くなら最後まで、いつか話せる日が来るときまで。
微妙に欺瞞に満ちた独りよがりに耽っていると、事件は起こる。
その日の琥里先生は顔色が悪かった。
「あ、あのね‥‥‥こんなのが机に入ってて」
紙をこちらに見せて来る。
その文面を見て、オレは凍り付いた。
『琥里きららは不正をしている。ステルスマーケティングの疑惑。レビュワーと結託し、スコアを不当に稼いでいる』
真っ先に沙汰んちゃんに相談に行き、事態のあらましを伝えた。
学校側で調査してくれるとのことだ。
「あんな大きな声で喋っちゃダメだね。不用心なのが、良くなかったよ」
琥里きららはその輝きを曇らせた。
明るく楽し気な彼女の笑みは静かに沈んだ表情へと変わる。
見ていて、呼吸が詰まりそうになった。
部室に戻り、先輩達に一連の経緯を伝えた。
「オレたちのやってることは違法行為なんでしょうか」
ずっと気になっていたことだ。率直に質問した。
「ものすごく繊細で答えにくいこと聞くね、君は」
ミニ先輩が多少呆れたように話してくれた。
「ステマ規制が初めて施工されてから、超越者降臨で世界は変わった。あらゆる常識が覆り、議論が議論を呼んで一時期混乱の極みに陥った人類。特にステマに関しては、フェス様のご発言問題も大きかったって言うね」
「それは一体どのような」
「知らない? 初期の頃に『ステマってFestivals様はどう思うんだろう』みたいな発言がSNSにあって、フェス様の返信が付いたことがあるんだよ。『別にいいんじゃね? 宣伝なら人類は皆やってるでしょ。違いがよくわからん』って」
「それはまた。おおらかなお答えですね」
「いい加減とも言う。超越者だから付与する現象で騙りが出来ないってのも本当に考え物だよね」
彼らがソーシャルサービスに何らかのコメントを行った場合、それは淡い光のような印を伴って浮かび上がる。例えば人類のモニター上の前に、単行本の表紙や奥付に、アニメの提供や一瞬の空白に。
あらゆる物理法則を無視して、彼らは己の痕跡を残す。
だから人類はそれを「寵愛の印」として有難がる。
よって作品にそれが得られた場合は最大の宣伝効果となるのだ。
「フェス様も一枚岩じゃないらしくて、後から色んな発言で補足はあった。『その考えは我らの総意ではない、個体によって違う。本体の決定とはまた違う』みたいなね。じゃあその『本体』の答えは? って聞いても絶対に答えてくれなかったんだってさ」
ミニ先輩は指先でぷにぷにしたマスコットを弄りながら言う。
ヒヨコズの主人公・レオンだった。
人類発のオリジナル漫画から生まれ、本物のフェス様として降臨したという系統個体。
「ともあれフェス様のご発言だ。一時期加熱な議論になったらしいよ。でも国としての最終的な判断として、ステマは違法。昔通りに投稿した人ではなく依頼した企業が罰則対象」
「はい、そこは調べました。でも自分たちの場合はどうなるんだろうって」
ネットで過去の事例や問題点などについても調べられる範囲で調べた。
でも、学校でそれをやる場合というケースが不明。
だから不安は募る。
「確かに私達みたいな活動の場合、PRや案件とか企業からの依頼だってことは明示するものだよ。ステマの問題はそこ。やらせ、なりすまし。虚偽評価。消費者を守る景品表示法の視点が重要となる」
「悪いものを良い物だとレビューを書くような、ですね」
特にお金を貰ってそれをやらせれば、消費者に甚大な被害を与えかねない。
「そう。だからダメ。でも、ライター部の活動は厳密には仕事じゃない」
「雇われてここに居ますが」
「経緯はともかく、私達が行っているのは、クリエイターの学校における活動の一環。あくまでも学校側の提示した内容に応じた文章を執筆しているだけ」
詭弁じみていてどうかとは思う論点のずらし方である。
ただ、最低限の理屈は存在している、と言えるのか。
「建前は一応整えた上で、ライター部は存在している?」
「学校と言うごく狭い世界に加え、フェス様だの創作者関連の法律とかね。ただ、外の世界じゃタブー。そこはちゃんと頭に入れておかないとね。色んなケースがあるし、まさに状況による」
ミニ先輩はあくまでも慎重な物言いをした。
「つまり限定的に許されている状況。例外に例外を重ねるような」
本来は禁忌に触れるスレスレの活動。
加賀見さんが言っていた、期間限定の特別待遇。
彼の言葉の意味がより強く圧し掛かってくる。
こんな都合のいい事、他にはない。
「そう。表向き、これは商売ではない。言ってて白々しいけどね」
ミニ先輩は溜め息を吐く。
「だからのアドマイラー?」
金で雇われたファン活動。薄っすらと寒気のする何か。
「讃える、って言い方は格好がつきやすいよね。超越者の座す世界だから」
つまりは偽装、あるいは擬態か。
もっともらしい言葉でごまかして実態を覆い隠す。
何とも生臭い話だ。
「ここは様々な例外が許される一種の聖域。公開されている生徒の漫画の感想やオススメをしているだけで、嘘は書いてない。学校の活動として、生徒の作品に柔らかな批評をしてるだけ」
友安さんが補足してくれる。
「つまりは、法の定めたルールの内側ですか」
オレは考えながら言う。
いわゆる創作革命以降のクリエイター関連の条例。
歴史的に創作における法律の改正が激しく行われた過去の時代の出来事だ。
「例の大改革で表現規制の多くが撤廃され、学生の創作活動推進のための諸々。一部税金の免除とかね。おかげで私達も規格外の報酬に預かっている」
ミニ先輩はざっくりと語る。
あらゆる人類に創作をさせるための法改正。
創作教育必修化法や、週に最低十時間の創作活動の義務。
制作した作品のアップロードの義務など。
一時は行くところまで行き着いたと言われる時代。
ただし時代と共に法律が更に改正されていき、義務はほとんどなくなった。
現在はクリエイターの育成に力を入れている、といったところだ。
「人類の迷走とも言われた狂気の時代。その路線が終息した理由はわかる? 新人くん」
ミニ先輩に問われる。
学校の授業で教わったことを思い出しながら答える。
残酷で、とてもシンプルな現実。
「多くの創作物がフェス様はおろか、人類にすらほとんど閲覧されなかったから、ですか」
「ご名答。誰にも読まれない見られない作品、山ほど作ってもね。かえって効率が悪かったってこと」
他でもないFestivals様もまた、人類が自らを縛ることは推奨しなかった。
「創造は義務じゃなくて、好きな人が無理をせずにやるのがいいんじゃないかな、ですよね」
友安さんは穏やかな声で言う。
フレンドと呼ばれるフェス様からのメッセージだ。
彼ら人類に絶大な人気を誇る個体が中心となっての柔らかな提言。
やんわりと人類の「一生懸命さ」を宥めて、落ち着かせていった。
彼らは何事も明言はせず、遠回しに伝える。
それもまた、司令塔たる本体からの指示だとか。
「それより、問題はその琥里先生って子の嫌がらせの方だよね。大丈夫なの?」
篠崎さんに言われ、オレは視線を落とす。
「学校側でも調査中らしいです。少し話をして、落ち着いてはいたようなんですけど」
レビューの話はさすがにしなくなった。
普段から騒がしく、はしゃぎ過ぎたと本人も吐き出していた。
でも、楽しくすることがダメなんて、ひどい話だ。
「私たちは開き直るしかない。学校側がそれを指示してる。何を言われても知らないとしか言えない。でも当の漫画家さんにはそんな事情なんて関係ないよね」
本来は第三者が意図なく自然な気持ちで感想を書くもの。
作者さんに余計な疑惑を向けるなんてあってはいけない。
彼らの立場からしてみれば「迷惑」以外の何者でもない。
「毎年恒例の、綺羅星様だからね。やっかみもあるでしょ」
ミニ先輩はどこか渇いた口調で言う。
「それは一体?」
「学校が例年計画してるプロデュース枠。取材や広報活動など露出の機会を意図的に設けて、アイドルみたいな扱いを受ける人のこと」
友安さんが教えてくれた。
ライター部での活動が始まった際に「綺羅星枠」についての情報を確かに見た。一年生の作品の中でピックアップされていた二人の作者。現在一位の揚羽陽先生に、猫家みかん先生こと、琥里きらら先生。つまりは意図的に目立つように配置された存在。まさに、綺羅星か。
「もう書かない方がいいでしょうか。変な癒着とかを疑われるなら」
オレは不安な気持ちになる。
書いた記事の内容に、嘘はない。
ただ、讃えるという意識を強く持って書いた。
本人のことを知ってからはより強く思った。
何の意図もないとは言えなかった。
「それもかえって良くない。学校側の対応に任せるんだ」
友安さんは冷静に指摘した。
急に書かないとなれば別の意味で波紋が広がる。
一度書いてもらって、二度目も書いてもらって、なら三度目は?
あの人が落ち込む姿を想像すると、胸が痛む。
「補足するとね、ぼくらのレビューや評価は基本的に作品の評価スコアには反映されないんだ。以前沙汰んちゃんの方に確認した」
「そうなんですか」
「もちろん、この活動を良しとするかは考え方次第。何事も全肯定は出来ない。ただぼくらにはどうしても、必要になる」
だから、下手に否定も出来ない。
友安さんは細やかな明言は避け、冷静に現状を唱えた。
「噂が広まったりはしてないんだよね? SNSでもそれらしい話は出てこないし」
篠崎さんは現在主流の情報共有SNSをチェックしてくれたらしい。
生徒のちょっとした雑談や、踏み込んだ噂話まで検索すれば出て来る。
公開している情報はもちろん見られても問題ないレベルのやり取りが大半。
創青天上院高校はレベルの高い学校であり、入学のハードルも高い。
よって、生徒自らの誹謗中傷や変に個人名を挙げるような愚行をする者は表向きは存在しない、と言える。ただ、人間の行動を完全に支配することも出来ず、情報の拡散は完全には防げない。
「はい、オレも軽く調べてみたところ、全然そうした話は挙がってませんでした」
一方で、琥里先生の落ち込みは大きかった。
日頃が明るい性格なので、その様子は見ていられないものがあった。
向けられた悪意への、恐怖や不快感。
何も知らない、よくわからない相手に対する怖さ。
「なら純然たる憶測か。逆に学校側への抗議とも取れるね。贔屓するなって」
篠崎さんは口元に手を当て思案する。
「どうしたらいいんでしょう」
頭を抱えるしかない。
琥里きららを取り巻く環境は複雑怪奇そのもの。
もはやオレが姿を消せばいい云々ではなくなっていた。
「いずれにせよ、これ以上は深入りしない方がいい。くれぐれも、あちらの事情に首を突っ込まないようにね」
ミニ先輩はそこは強めの口調で言いきった。
確かに、自分から関わりに行っている状態と言える。
全ては自分の招いた事態だった。




