11.やっぱり学園物らしい
昨日、情報を整理していて気がついたことがある。
まず高巣さんや黒岩くんがまだ僕に何かを隠しているということ。
理由は色々ある。
そもそも高巣さんたちが今の状況に焦燥を覚えているのはおかしい。
状況を見た限りでは単に高校生が集団で厨二病を発症しただけだ。
しかも症状は軽度。
腕に封印された何かが暴れ出すのを抑えるとか眼帯するとか手の平で瞳を隠すとかいう奇行に走っているわけでもない。
むしろみんなまともすぎるくらい高校生をやれていると思う。
なのに高巣さんたちは一刻を争うような危機感を募らせていたんだよ。
僕に「ご指導を仰ぐ」というのも変だ。
だって前世の記憶が蘇ったとしたって今まで暮らしてきた日本の高校生としての記憶もちゃんとあるはずだ。
なかったら正常な生活が出来ないからね。
僕の指導なんかいらないじゃないか。
まだある。
高校生として生活出来ているみんなに今さら適応障害なんかが起こるだろうか。
高巣さんが前世では王国とやらの王女様だったとしたってクラスメイトのみんなは忠誠を尽くしすぎなのでは。
前世が王女だから今世でも主君だ、というのは今時ラノベでも珍しい設定だよ。
精神状態が王国臣民だというのが本当だとしてもクラス中が一糸乱れぬ統制下にあるのはおかしすぎる。
そうせざるを得ないような何かがあると見た方がいい。
でも僕に教えてくれないってことは、それ相応の理由があるんだろう。
むしろ僕に指導して貰うという名目で監視するつもりだとみた方がいい。
逃れる術はなさそうだ。
親に無理を言えば転校させて貰えるかもしれないけどクラスメイト全員でかかれば日本中どこに行ったって追いつかれる。
だったらとりあえず協力して信用を得ていくしかない。
で、思いついたのがこれだったわけ。
「サークル、でございますか」
脇に控えている黒岩くんが首を傾げた。
「そう。
昨日の話だと、例えば他にまだ王国臣民がいないかどうか調べたりするんだよね?
だったらクラスを組織化したらいいと思うんだ」
高巣さんも不思議そうな顔をしている。
「組織化ですか」
「クラス全体で何かやるのは人数が多すぎて大変でしょう。
だから何人かのグループを作ってそれぞれ用件を担当すればいい。
その方が小回りが効くし、リーダーが定期的に集まって進捗を報告する形にすれば効率的に進められると思う」
「……なるほど!
確かにその通りでございますな」
判ってくれたらしい。
実はこれ、無聊椰東湖のサラリーマンとしての記憶から出てきた方法論だ。
高校生の僕には思いつきそうにもないやり方だけど、無聊椰東湖が言うには会社では当たり前らしい。
「プロジェクト」だ。
「ですが、なぜサークルなのでしょうか。
クラス内で班を作ってもよろしいのでは」
高巣さんが聞いてきた。
「サークル、いやむしろ同好会にした方がメリットがあるし、デメリットが少ないと思うんだ。
だってクラスの中で突然班分けして何か始めたら先生とかに変に思われるかもしれないでしょう。
でも同好会の活動ですと言い張ればグループで活動しても不思議じゃない。
部活ならともかく先生たちは少数の同好会活動にまでは干渉して来ないからね」
やや苦しいけど自説を押し通す。
クラスで班分けなんかしたら誰が何をやっているのか判らなくなりそうだし。
サークルという形でメンバーを固定してしまえば把握が楽になる。
「どうですか?」
これは高巣さんが黒岩くんに向けた言葉だ。
王女様が相談役に判断を求めたというところか。
「採用すべきと愚考致します。
確かにその方法をとれば、我々としても今後の活動を効率的に遂行出来そうでございますから」
「判りました。
ではそのように」
「「「お心のままに」」」
高巣さんって統制力あるなあ。
これで決まってしまったらしい。
「矢代大地殿、他には」
黒岩くんがボールを投げてくるけど、僕にはまだ王国とやらがよく判ってないからね。
逆にどんな問題があるのか聞きたい。
そう言うと頷かれた。
「当然でございます。
それでは失礼して」
黒岩くんが教壇に立って何か指示を始めた。
僕は自分の席に戻ってため息をつく。
今日は無聊椰東湖が大人しいなあとか思っていたら高巣さんが近寄って来た。
鏡と琴根が付き従っている。
護衛か。
僕相手でも油断しないらしい。
「よろしいでしょうか?」
「いいよ」
うっかりタメ口を叩いてしまったけどお咎め無しだった。
鏡が僕の前の席の椅子を逆向きにして引く。
高巣さんが優雅に腰を降ろして僕と向かい合った。
凄い。
何か昨日とは別人みたいだ。
いや高巣さんは高巣さんなんだけど、凄く綺麗になっているような。
お化粧?
「変ですか?」
聞かれてしまった。
「変じゃないよ。
でも何て言うか」
「その……『高巣洋子』はお化粧に全然興味がなくて、そういった用具をまったく持っていなかったのです。
前世で着飾る事があまり好きではなかった反動のようです。
なので昨日、急遽購入して前世でやっていたように顔を作ってみました」
なぜかため息をつく。
「難しいものですね。
化粧品の種類が多すぎる上に効果がありすぎて夜のお仕事に従事される方のようになってしまったので、今朝は最低限に止めたのですが」
(いや、凄くいいよ!
女の子はナチュラルが一番!)
ていうかナチュラルに「見える」お化粧があるらしいけど。
突然、無聊椰東湖が出てきて何か言いそうになったので僕は歯を食いしばった。
高校生が言うことじゃないでしょ!
高巣さんをオフィスレディ扱いするんじゃない!
「そういう技能って覚えているの?」
話を逸らせるべく聞いてみた。
「お化粧の事ですか?
そうですね。
高巣洋子としてのわたくしはリップクリームくらいしか持っておりません。
ひたすら地味に作っていました。
王国王女は自分の顔形も言わば商売道具ですからそういった技能はあります。
もっとも技術は覚えていても前世のわたくしと高巣洋子とでは素材や肌の性質が違いますし、そもそも化粧品の類いがまったく異なりますので」
「それにしては上手くいっていると思うけど。
見違えたよ」
これ、お世辞じゃないからね?
「ありがとうございます。
これも追々慣れていかなければならないでしょうね」
「……ところで、何か用があるんじゃない?」
忙しい? 王女様が雑談しにきたとも思えないし。
「そうでした。
まずはお礼を申し上げたくて」
「はい?」
「的確なご指示だと思います。
目的別にサークルを作って担当要員を振り分ける。
施政の基本ですのに、わたくしも×□……黒岩も思いつきませんでした。
盲点でしたね」
そうなのか。
まあ、精神が王国臣民になってしまった以上、改めて組織化しようとか思わないかも。
でも大した事言ってないよね。
それで?
「昨日お願いした事なのですが」
高巣さんは真剣な表情で言った。
「ご指導頂きたいのですよ」
何を?




