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戦場でビーフシチューを作るおっさん

「その能力は、我らが統べるこれからの世界には少々目障りでしてね。消えてもらいましょう」


 ログナーは俺に剣を振り下ろそうとしている。あと数秒で痛みとともに死が訪れるのだろう。


 俺は静かに目を閉じた。これで異世界生活も終わりか。こんな中途半端なところで死んで終わるとしたら締まらない最後だな。そんな自嘲気味の思考を遮るように怒声が響いた。


「待て、ログナー! 勝手な真似はするな!」


 声のする方を見やると主はカルヴァンだった。ログナーは動きを止め、露骨に苛立ちを見せていた。


「カルヴァン閣下、こいつは魔人を浄化するスキルを持っております!即刻処刑すべきです!」

 

「そんなことは百も承知だ。そもそも、お前たち三傑魔は勝手な行動が多すぎる。慎めと言ってきたはずだろう」


 魔人王の怒気を含んだ声に、ログナーをはじめとするゲイブランド軍の空気が一気に張りつめる。彼らは動きを止め、じっとカルヴァンの言葉を待った。

 

「そなたが……ダイスケか? ワシの話を聞いてくれぬか」


 カルヴァンは、なぜか俺に向かって今までの経緯を語りかけてきた。その話の内容は、セデリア王国で教えられてきた魔人王カルヴァンの姿とはまるで異なるものだった。

 

 彼が最も憎んでいたのは、かつてのセデリア国王──クラムウェル・セデリア。俺がこの世界に召喚されたとき、最初に出会ったあの国王だ。


 あの国王はゲイブランド地方に過酷な税を課した。農作物の生産量が多かったゲイブランドは、重税に苦しめられ、人々の暮らしは困窮を極めた。やがて海の向こうから来た魔女の呪いによって、ゲイブランドの民は魔人化の運命を背負わされることになった。


「一つ聞こう。なぜそなたは魔獣に飯を与えた? なぜ魔人に食事を与えて浄化しようとした? そのスキルがあれば、自分たちだけで安全に生きる道もあったはずだ」


 確かにそうだ。今までの場面、俺がわざわざ危険を冒して、魔獣や魔人を浄化する必要なんてほとんどなかったはずだ。


 魔獣や魔人の相手なんて俺より強い奴に任せて逃げればいいだけだったはずだ。なのに、なぜ俺はわざわざ飯を食わせようとしたのか。考えていると一つだけ思い当たる節があった。


 それは、俺が魔獣や魔人たちの姿とかつての自分を重ねていたということだ。痩せこけて、味覚を失い、自我も失って動き続ける存在。その姿を見ていると、どこかブラック企業で心身をすり減らしていた前世の俺と似ているような気がしたのだ。


 俺は前世で業務用スーパーで作る美味い飯に救われた。どうしようもないブラック企業で働いていてもその美味い飯さえあれば俺はまた頑張れた。


「相手が魔獣や魔人だろうが関係ない。美味い飯を食えないのはどんな種族でも可哀想だ。自分が美味い飯を食わせてやればそれで救えると思ったんだ」


 魔人王カルヴァンは、俺の言葉を聞いてしばらく黙り込んだ。

 

「……なあ、ダイスケ。いや、ダイスケ殿下。ワシはそろそろ争いを終わらせたい。魔人であることもやめたいのだ」


「それはつまり和平を望むってことか?」


 カルヴァンは静かにうなずき、続けた。


「ダイスケ殿下とアナスタシア陛下がいれば実現できるじゃろう。正式に終戦し、和平を結びたい」


 そのとき、俺はカルヴァンの真意を初めて知った。魔人王の本当の願いは、呪いを解き、戦争を終わらせることだったのだ。まわりの魔人兵たちは騒然としながらも、その言葉に静かに耳を傾けていた。


「ところで、ダイスケ殿下。ビーフシチューという料理を知っておるか?」


 そう言うとカルヴァンは出会ってから初めて笑った。



 異様な状況だった。ここはバーネス村の民家の中。俺は村人に調理器具を借り、料理をしていた。


 外では、セデリア軍とゲイブランド軍の兵士たちが言葉も交わさず、静かに待っている。俺は【業務用スーパー】のスキルで、ビーフシチューの材料を購入し調理に取りかかった。


――――――――――――――――――――

 ビーフシチューの素 180g×5 : 429GP


 購入合計:429GP

 残金:753871GP

――――――――――――――――――――


 和平の意志を示した後、カルヴァンは「できるなら好物のビーフシチューを食べて人間に戻りたい」と申し出た。ゲイブランド地方ではビーフシチューが故郷の味らしい。


 俺は冷凍野菜と牛肉を煮込み、念入りに味見をした。仕上がったビーフシチューは、コクと旨味の詰まった一品になった。


 カルヴァンにシチューを渡すと、すぐに一口食べた。


「……なんと!生きてきた中で一番美味いビーフシチューだ!」


 そのまま勢いよく食べ進めるうちに、灰色の肌と虚ろな目が次第に人間の姿へと戻っていく。


 俺は周囲の兵士たちにもビーフシチューを振る舞った。セデリア兵も、ゲイブランドの兵士も、分け隔てなく美味そうに食べていた。そして、そこにいたすべての魔人兵たちが次々と浄化されていった。


 俺はそれを見届けると魔人化したクラリスにも一口シチューを食わせてやった。それを飲み込むと元の人間に徐々に戻った。


「……私はいったい、何をしていたんだ?」


 一部始終を説明するとクラリスは「さすがは私の認めた男だ」と笑い、すぐに真剣な表情でログナーを見据えた。


 ログナーは最後まで俺の作った料理には手を付けなかった。それどころか、この状況に納得いかず騒ぎ立てた。


「なぜお前らは憎きセデリアの兵士どもと馴れ合って飯を食っている!? 許さん、こんなことは許せんぞ! カルヴァン閣下! 我らがどれだけ犠牲になったと思っているんだ!」


 ログナーは激高し周囲の人間を弾き飛ばして、カルヴァンに詰め寄り剣を突きつけた。カルヴァンは動じることなく、静かに視線を返した。


 それを見て、沈黙を破るようにクラリスが静かに一歩を踏み出した。


 ログナーの懐に入り、炎を纏った剣を一閃。ためらいなく放たれた一太刀が、ログナーの身体を上下に分かつ。三傑魔の騎士は何が起きたのか分からぬまま呻き声をあげ、やがてそのまま息絶えた。


 こうして、セデリア王国とゲイブランド魔人国との、長く続いた争いは終わりを迎えたのだった。

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