第四十九話「国を守護している聖女ですが、妹が何より大事です」
ウィルマ・セオドーラ。
今はなきセオドーラ領の若き領主。
元婚約者であるルビィを意図的に傷つけたことで私がおしおきした男だ。
その後もいろいろと悪だくみをしていたので、ミセドミル大陸の外、魔島と呼ばれる離れ島に追放した。
そのはずだ。
「待って。どうしてウィルマが……?」
魔島は海岸から見える位置にあるが、辿り着くことは決してできない島と言われていた。
複雑な海流によって発生する大渦が島を取り囲んでおり、船で近づくことができないためだ。
入ることはもちろん、出ることも叶わない島とされていた。
天然の監獄である魔島にぶっ飛ばしたのに、どうして戻って来れた?
困惑する私に、メイザは「これは予想ですが」と前置きしてから続ける。
「ウィルマ……奴は、ソルベティスト様のような力を得たのだと思われます」
「ベティの力……って、転移?」
神出鬼没。
通り名のとおり、ベティは転移であらゆる場所に移動できる。
あの能力を、ウィルマも持っている……?
「どうしてそう思うの?」
「気配です。奴は一瞬で出現し、そして消えました」
目を閉じるメイザ。
ウィルマが襲撃してきた時のことを思い出しているらしい。
「今にして思えば、あれはソルベティスト様がお越しになられた際の気配の現れ方にそっくりでした」
「……」
ウィルマが転移の能力を得たと仮定する。
魔島からこちらに現れたこと。
そしてメイザに悟られずルビィの元に現れたこと。
それらは転移ができるなら造作もないことだ。
「うーん」
しかし、ベティ以外が転移を体得できるのかと言われると……首をひねるしかない。
一時期、魔法研究所でベティの能力を解析しようとした時期があった。
人類が求めてやまない魔法はいくつかあるが、転移はそのうちの一つだ。
すべての人々の恩恵を受けられるようになればすべての物流・旅の常識が覆り、人間という種は何歩も先へ飛躍ができる。
そう思い、研究所職員が総動員で再現に乗り出した。
結果、再現は不可能という結論に至った。
仮にできるようになったとしても、それは研究に研究を重ねた数世代先の人間たち。
それも『もしかしたら』というレベルだ。
それくらい、彼女の転移は現代において希少なのだ。
ベティだけじゃない。ユーフェアもエキドナもマリアも、聖女の拡大解釈によって得た能力はみな唯一無二だ。
もちろん私だって例外じゃない。
確かにウィルマはあり得ないところから戻ってきた。
しかし、だからと言って転移の力を持っている……とは考えにくかった。
未発見の大渦を避けられるルートを発見したとか、気配を完全に遮断できる道具を使ったとか、そういう方がまだ納得できる。
できる……けれど。
メイザの感覚を信じたいという気持ちも大いにあった。
「メイザさんの話、たぶん合ってると思う」
静かに話を聞いていたユーフェアが、唐突に口を挟んだ。
「そのウィルマって人を視てみたんだけど、棺の上でヘンな木の実を食べてたよ。そしたら影がむくむくって大きくなってた」
「棺……木の実……。影?」
ユーフェアの未来視を解釈すると、魔島に追放されたウィルマが何らかの力を取り込み、転移に目覚めた……?
……そんなことがあり得るのだろうか。
「とりあえずそれは保留にしましょう。奴は何か言ってなかったの?」
「それが……なにも」
返してほしければ身代金を用意しろとか、そういったことは言わずに消えたらしい。
「どういうつもり……?」
ウィルマの意図を探りかねていると。
唐突に、頭上から高笑いが聞こえてきた。
▼
「はぁーっはっはっは!」
「ッ!」
「いかんいかんッ。僕としたことが伝言を残すことを忘れていたッ」
反射的に上を向くと、見覚えのある顔が宙に浮いていた。
服装は少し変わっているが、ルビィを傷つけた相手を見間違えるはずがない。
「まあいい。こうして直接言うことができるのだから、結果オーライだッ」
ウィルマ・セオドーラだ。
「久しぶりだなぁ、クリスタ・エレオノ――」
「全力聖女パンチ」
瞬間、私はウィルマと同じ高さまで飛び上がり、拳をお見舞いしていた。
大陸中央の魔物ですら敵わないパンチに、ウィルマの顔は原型を――
「—―っておい! まだ話の途中だろうがぁ!」
「ッ」
留めている。
いや、それどころかまともに喰らったのに吹き飛びもしていない。
(……なに。今の感触?)
威力を殺された訳でも、防がれた訳でもない。
なのに平然とするウィルマに、得体の知れない奇怪なものを感じた。
私が着地すると、遅れてウィルマの身体もゆっくりと降下してくる。
完全には着地せず、ふわふわと宙に浮いている。
……魔法は使えなかったはずだけれど、どういう理屈で浮いてるんだろうか。
「乱暴なところは相変わらずのようだな。クリスタ・エレオノーラッ」
「そういうあなたは見ない間に随分と変わったようね?」
ウィルマの見た目に変化はない。
しかし、以前とはまるで別人だと私の中の何かが叫んでいた。
「分かるか。僕はあの島で『力』を得たんだ。このように――ッ」
フ――と残像を残し、ウィルマの姿がかき消える。
同時に、背後からぞわりとした気配がした。
「聖女裏拳」
反射的にそちらに拳をぶつけると、確かな感触が返ってきた。
「瞬間移動も、防御も。思いのままッ!」
(効いてない!?)
先ほどと同様、手ごたえはあるのにウィルマはびくともしていない。
これが『力』とやらの恩恵だろうか。
「力を得たと言ったわね。どういう意味?」
再び正面に転移したウィルマが、待ってましたとばかりに両手を広げる。
「よくぞ聞いてくれたッ! なんとあの島には、魔人の力が封じられていたんだッ!」
「まじん……って、お伽噺の?」
いわゆる超人的な力を宿した人間のことをそう呼んだりする。
しかしそれは空想の話だ。
「お伽噺じゃない! 実在したんだよ! あの島は魔人を封印する巨大な装置だったんだ!」
ばっ、と勢いよく身振り手振りを加えながら、ウィルマは聞いてもいないことをしゃべり始める。
「お前に飛ばされたあの日。僕は島をふらふらとさ迷い続けた。半日もの間なにも口にできず、生死の境をさまよった」
「たった半日で生死の境……? 大げさな」
ユーフェアが小さくツッコむが、ウィルマは反応しない。
自分の苦労(?)話に酔いしれているらしく、全く聞こえていないようだ。
「そして行き倒れた先で、偶然魔人の封印を解き、見返りとして力を得た。今ではこのとおりだァ!」
ウィルマが軽く右手を振るうと、触れてもいないのに大きな木が音を立てて真横に倒れた。
魔人かどうかは定かではないが、何らかの超常的な力に目覚めたのは本当らしい。
(……棺の上で食べた木の実って、そういうことだったのね)
遅まきにユーフェアの言っていた意味を理解する。
「ルビィを返して」
「そうはいかん。大切なハーレム要員だからな」
「……は?」
バサ、とマントを翻しながら、芝居がかった様子でウィルマは宙に浮いた。
「僕は新たな支配者としてこのミセドミル大陸の王となる! すべての美少女は我がハーレム要員なのだ! もちろんルビィも例外ではないッ!」
「……しょうもな」
得た力に対してあまりにも小さすぎる野望に、ユーフェアが小さく毒づく。
しかし、やはりウィルマには以下略。
「クリスタッ! まずお前を屈服させ、ハーレム要員に加える。それこそが我が覇道の第一歩なのだ!」
「……………………きも」
いろいろ言いたいことはあったけれど、それしか感想が出てこなかった。
「魔島に来るがいいクリスタ・エレオノーラ! 魔人の力で飼いならした強大な力を持つ魔物。そして我が野望に賛同した同志たちがお前を待ち構えている」
「そいつらを全員ぶっ飛ばしたら、ルビィを返してくれるのね?」
そう聞き返すと、ウィルマはニヤリと気色悪い笑みを浮かべた。
「もちろんだ。できれば、の話だがな」
ウィルマの身体が徐々に高度を上げていき。
「僕は玉座でお前が無力感を味わい屈服するその瞬間を見て楽しむことにするッ! 待っているぞッ! ははは、ははははは、はぁーっはっはっはっはっは!!」
そしてそのまま、見えなくなった。
▼
ウィルマの姿が見えなくなったあと。
「…………すぅ」
私は間髪入れずに懐から笛を取り出し、それを思いっきり鳴らした。
独特な音が響き渡り、ほどなくして空から何かが降りてくる。
もはや私専用となりつつある、あのワイバーンだ。
それに飛び乗りつつ、短く指示を出す。
「メイザ。私がいない間、マリアの指示に従って」
「かしこまりました」
「アラン。申し訳ないけど護衛はここまでにさせて」
「緊急事態ですから、仕方ありませんね」
「それからユーフェア。悪いけど」
「『極大結界』の肩代わりとマリアへの説明は任せて」
「……ありがと。それじゃ、行ってくるわ」
ワイバーンの首を撫でると、翼を二度、三度と羽ばたかせ、空へ飛び上がった。
目指すは大陸を超えた先――魔島。
「荒唐無稽な野望に妹を巻き込む奴ら、全員まとめて私が分からせてあげる!」
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国を守護している聖女ですが、妹が何より大事です
完
まだ続けられそうな気配が漂っていますが、ここで本編は完結とさせてください
ここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました




