夜と王子と:con Sagres el Asturias (1)
負けた……。
このオレが、負けた。
まさか、剣術の腕で、オレより優れたやつが同い年にいるとは思わなかった。
剣術大会の決勝の後、オレは自室に戻り、考え込んだ。
王子の部屋、ということもあって部屋はだだっ広い。平民の四人家族が住む部屋の倍はある。
そして、内装も豪華だ。
ただ、他に誰が住むでもないこの部屋の広さをオレは持て余していた。
サグレス・エル・アストゥリアスの名を持つオレは、この国の第二王子だった。
幼い頃から、オレは王子として、それは丁重に扱われた。
母は高い身分の中央貴族だったし、そういう意味でもオレは恵まれていたと思う。
自由に、わがままに生きることをオレは許されていた。
ただ……成長するにつれて、オレは一つのことに気づいた
オレには……何の役割もない、ということだった。
周りはオレを大切にしてくれるが、それは表面だけのことで、オレが王子だからにすぎない。
オレがオレだから必要とされているわけではなく、そして、この先も、オレは個人として必要とされることはないのだった。
たいていの王族は、どこかの貴族の養子になるか、そうでなければ聖職者や軍人になる。
どの道を進んでも、最初から王子として、何もしなくても裕福に暮らせることが保証されていた。だが、それは役割のない王子に居場所を与えるだけだ。
オレの兄、アルフォンソ・エル・アストゥリアスは違った。大公国の公女を母として生まれた彼は――王太子だった。次の王という役割があり、必要とされていた。
幼い日。兄という存在に何度か会ううちに、オレは理解した。
オレとアルフォンソのあいだには、決定的な差がある。
次の王としての役割を望まれ、必要とされるアルフォンソは、常に敬意を払われていた。彼は国王となるべく、厳しい教育を施されていた。
オレが甘やかされ、自由に生きているのは……オレが必要とされていないからだ。
そのことに気づいて、オレは衝撃を受けた。
アルフォンソはオレよりもわずかに早く生まれた。大公国の公女であり、王妃でもある若く美しい母を持つ。
アルフォンソが王太子で、オレがただの王子なのは、その二つだけが理由だった。
オレは……兄より劣っているだろうか?
もしそうなら、それでいい。兄貴であるアルフォンソが王となればいい。
だが、もしそうでないなら……オレの方が優秀なら、オレが王になるべきではないか?
オレがより必要とされる存在であるべきではないか?
そんなふうにオレは思った。
それから、オレは表面では、今までのように、自由気ままに振る舞い、陰では王太子が勉強しているであろうことを、必死になって勉強した。
宮廷にはいる学者や軍人に教えを乞うと、彼らは驚いたけれど、オレの熱意に負けて、いろいろと教えてくれるようになった。
やがて、彼らは口を揃えて、サグレス殿下は優秀だ、と言うようになった。中には天才だという者すらいた。
最初は世辞を言われているのかと思ったが、どうやら、オレはかなり飲み込みが良かったらしい。
宮廷の人々からの好感を得る方法も、やがて身についていった。
自由奔放な態度を見せながら、それでいて、何にでも高い才能を示す、天才型の王子。それをオレは演じることにした。
幸い、容姿にも恵まれていたし、宮廷での人気を獲得することにオレは成功した。あのアルフォンソはそれなりに優秀で眉目秀麗だが、面白みにかけるとオレは踏んでいて、実際、オレの「自由奔放さ」はアルフォンソの真面目さより受けが良かった。
オレはどうやったら王の座を得られるかも、真剣に考えた。
幸運なことに、中央集権を目指す宮廷貴族と、守旧派の地方大貴族のあいだで勢力抗争があり、オレはそれに乗じる余地があると考えた。
現状に不満を持つ宮廷貴族派は、オレを担ぎ出して国王にすることで、主導権を握ることができる。
この目論見は上手くいき、宮廷貴族の有力者をオレは味方につけた。
地方大貴族は、リアレス公爵家をはじめとして、王太子を支持していたが、一枚岩ではない。
それに王妃アナスタシアの故国である大公国は滅亡していて、急激にアルフォンソの立場は弱くなった。
けれど……それだけでは足りなかった。
まだ、オレが王になるには、あと一歩決め手が必要だった。
鍵が足りないのだ。
そして、その鍵こそが夜の魔女。
クレア・ロス・リアレスとなるはずだった。
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