Ⅲ 先輩と後輩と
わたしは緊張しながら、お茶会の場に入った。
王立学園はともかく設備が立派だ。学生寮や校舎の他に、生徒たちが交流のために使えるようにしている建物がある。
五十年前の卒業生の大貴族アビレス侯の寄付で建てられたから、アビレス侯記念会館という名前になっている。
その一部屋をセレナさんは借りているのだった。白で統一された部屋は、ティールームとして利用できるようになっていて、さすが貴族の学園といった雰囲気だった。
名門貴族の娘のセレナさんには、寮でもそれなりに広い部屋が割り当てられていると思うけど、お茶会には手狭なのかもしれないし、そもそも男子生徒は女子寮には出入り禁止だ。
参加者は、セレナさんとそのクラスメイトの女の子何人かが中心だった。すっかり、セレナさんもクラスに馴染んだみたいでほっとする。もちろんフィルも誘われている。
あとはレオンもいる。レオンは別のクラスとはいえ、同じ一年生だし、フィルの友人だ。わたしと一緒にセレナさんに何度も会っている。
レオンはけっこう顔立ちも整っていて、少年らしい凛々しさと幼さの混じった雰囲気は、同い年の女の子からの評判も悪くないようだった。実際、わたしの目から見ても、フィルほどじゃないけど、レオンもなかなかの美少年だった。
セレナさんの友人たちに囲まれ、きゃあきゃあと構われている。レオンは人当たりの良い笑みを浮かべ、彼女たちに接していた。
人見知りのフィルよりも、レオンのほうが受けが良いというのも理解はできる。
ただ、レオンは彼女たちの相手を卒なくこなしながらも、女の子に囲まれて、舞い上がったり、照れたり、ということはなさそうだった。
しばらくして、わたしがからかうように、レオンに聞いてみると、「あの子達よりもフィル様の方が可愛いですからね」とそっけない返事が返ってきて、わたしはくすっと笑った。
他の招待客は、ちょっと異質だ。まず、二年生のわたし。
それに生徒会の副会長だという女子生徒もいた。副会長をやっているからには優秀なのだと思う。華やかな雰囲気の端然とした美人でもあった。金髪に真紅の瞳が印象的だ。
フローラという名前で、マロート伯爵家と親しい名門貴族の生まれらしい。けど、セレナさんとの個人的な交流はあまりないみたいだった。「クレア先輩のほうがずっと大事です!」というのは、事前にセレナさんが言ってくれたことだった。
最後にサグレス王子。招待客のなかではもちろん、最上位だ。お茶会の格を上げるために、招かれた客とも言える。それにマロート伯爵家とサグレス王子派のつながりも影響しているんだと思う。
まあ、サグレス王子と親しくせよ、とご両親から言い含められているのかもしれない。ただ、先日の決闘の一件もあるし……セレナさんとしては複雑な思いに違いない。
ただ、確実なことは、上級生組三人は明らかに浮いているということだった。
わたし、サグレス王子、フローラ先輩の三人は自然と、片隅のテーブルに集まることになる。わたしもアリスを連れてきていないし、サグレス王子たちも、従者を連れてきていないのだ。
遠慮してセレナさんのそばには行かなかったけど、セレナさんがちらちらとこちらを見ていたので、もっとセレナさんの近くに行っても良かったのかも知れない。ちょっと後悔だ。
やがて、お茶会が始まった。貴族の社交の場とはいえ、舞踏会や晩餐会とは違って、お茶会は、堅苦しい作法もないし、打ち解けた雰囲気で行うものだ。
セレナさんが立ち上がり、純白のティーカップに紅茶を注いで回っている。二杯目以降は自分で注ぐのだけれど、一杯目はお茶会の主人が入れるのが、カロリスタの流儀だった。主人が客をもてなしている、ということを示すための、儀式的なものだ。
セレナさんがわたしのもとにやってきて、そっとティーカップに紅茶を注ぐ。
真っ白なティーカップに、淡いオレンジ色の液体が満ちていく。
ふわっとした、フルーツのような華やかな香りが立つ。
わたしは一口飲んで、そして微笑んだ。
「美味しい……。これ、グレイ王国の、春摘みの茶葉でしょう?」
「さすがクレア先輩! よくお分かりになりましたね!」
セレナさんに尊敬の眼差しで見つめられて、わたしは困ってしまった。
前回の人生で覚えた知識を使っているだけなのだから、すごいことでもなんでも無い。
でも、褒め言葉は素直に受け取っておくことにしよう。
それより……問題は、サグレス王子だ。
わたしの目の前のサグレス王子は、にこにことしている。
少し長めの赤い髪と、青い線の入った服が、対照的で、印象に残る。
その金色の瞳は、敵意を示していなかったけど、吸い込まれるように深かった。
「やあ、先日の決闘以来か」
「はい」
わたしは短く答えた。
サグレス王子は、明確にリアレス公爵家とフィルを攻撃しようとした。
決闘という形で恥をかかせようとしたのだ。
それは前回の人生では成功し、フィルは決闘に敗れ、ぼろぼろになって、みんなから中傷を受けた。
もちろん、その問題を放置して、フィルを手助けしなかったのは、わたしだ。それが、わたしの破滅へとつながった。
今回はわたしが決闘の代理人をすることで、問題は解決したけど……もとはといえば、このサグレスのせいなのだ。
前回の人生で、わたしはサグレス王子のことを警戒していた。アルフォンソ様にとっての王位継承権のライバルだったからだ。
今回の人生でも、わたしはサグレス王子と対立するだろう。フィルの敵になりうる存在だから。
そして、サグレス王子も、アルフォンソ様の最大の支持者の娘であるわたしを、敵だと思っているだろう。
そんな内心とは無関係に、お茶会はあくまでも穏やかだった。
わたしの隣のフローラ先輩が、わたしにささやく。
女性にしては低い声で、でも、耳にとても心地よく響く声音だった。
「お茶会の目的を知ってる?」
「それは……」
貴族の社交……だろうか?
けれど、フローラ先輩は首を横に振り、白百合のような美しい微笑みを浮かべた。
「おいしい紅茶と、お菓子を楽しむこと。そうでしょう?」